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スペースポストマン  作者: daishige
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第十五話 地球

●15.地球

 マイカの監視のもと寺脇は医務室の隔離病室にいた。

「船長、助けていただいて、ありがとうございます」

寺脇はベッドから身を起こしていた。

「でもどうして、モールス信号とか、非常共通周波数帯を知っていたのですか」

桜内は寺脇の表情を慎重に見ていた。

「私は、以前に宇宙郵船の就職試験に向けて勉強していましたから」

「ということは医療関係の就職以外も検討していたのですか」

「一般職ではなく、宇宙郵船の医療乗務員もしくは船内医が志望でした」

「なるほど。まだ他にもいろいろとお聞きしたいことがありますが、よろしいですか」

「はい。田山ドクターの件を考えれば、私を疑うことは当然と思いますので、知っていることは包み隠さず全部お話しします」

寺脇は隔離病室の中を見回していた。桜内のそばには看護ロボットが近寄ってきた。

「船長、患者の右大腿部縫合箇所の消毒時間ですが、いかがいたしましょうか」

ロボットは桜内の返事を静かに待っていた。

「あぁ、そうか。やってくれ。それでは寺脇さん、また頃合いを見計らって参ります」

桜内は病室のロックを解除して出て行くが、ドアが閉まるとすぐにロックされた。


 看護ロボットの左腕のサーボモーターに不具合が生じたので、急遽白井が隔離病室内に入り修理をしていた。左腕を外されたロボットは使える右手を使って、寺脇の食事を電子レンジで温めようとしていた。

「このロボットは、片腕でも作業ができるのですね」

寺脇はロボットの様子を眺めていた。

「あ、はい」

白井は寺脇に声を掛けられたので、応えてよいものか躊躇気味であった。

「ちょっとこのロボットは目の辺りがC3POに似てませんか」

寺脇がさり気なく言っていると、白井は寺脇と目が合ってしまった。白井はドライバーを滑り落としてしまい、床に落ちた音が室内に響いていた。

「すみません。作業の邪魔をしてしまいました。どうぞ続けてください」

寺脇はそれ以降、黙って食事が運ばれて来るのを待っていた。


 「マイカ、明日には地球に到着するが、一連の件をまとめるとどうなるんだ」

船長席の桜内は、コントロール室の天井のマイクに向けて言っていた。

「寺脇氏の証言や今までの船内の状況などを総合的に判断しますと、世界革新社会党はノバ感染症爆発を伝えず各国に混乱を招き、世界革新社会党だけが感染爆発に的確な隔離対処し、誇らしい実績として支持者や支持国を増やそうと目論んでいるようです。一方の国際自由国民党は、その傘下や支持している医薬品会社を通じて新薬開発で巨万の富を得たいと目論んでいるようです。そのため『しなの』の乗客にあえて感染させ、変異や後遺症についてのデータを収集しようした可能性が高いと言えます」

「うん、私もそれには同感だ。だってオリエンタールで乗船の際に検査して全員陰性だったのに感染するわけがないからな。手荷物などに隠してウィルスを持ち込んだんだろう」

「それじゃ船長、どっちの陣営もとんでもない奴らっすよ」

「持ち込んだのが岩村だとしたら、本人も感染するのだから捨て身の行動になりますね」

「人類の大きな進歩につながるかもしれないノバ感染症だが、それを知ってか知らずか、欲にまみれた奴らばっかりだな」


 郵便物保管庫にタブレットPCを持ち込んだ桜内と戸川は、手分けしてメモリーに保存された画像データを手紙ごとに切り分けて、デジタルメールの体裁に整えていた。

「いくら世界革新社会党の手紙でも郵便物は郵便物だからな、文面は部外秘だし、いい加減な扱いはできない。できる限りのことはしないとな」

桜内はタブレットの画面をチェックしていた。

「これで焼却された分は全てですね。あともう少しで終わります」

「私はこれで終わりだ」

桜内はエンターキーを押していた。戸川は手早くキーボードを叩き、作業の速度を早めていた。桜内はUSBケーブルを外して巻いていた。

 「ところで船長、白井君なんですが、寺脇が来てからなんか落ち着きがなくなった気がしませんか」

戸川も作業を終了させていた。

「そうかな」

「中性化している人間でも恋心は生まれるのでしょうか」

「白井が寺脇に恋していると感じるのか。それは女の勘か」

「今は中性化しているので、女の勘というか…」

戸川は言い淀んでいた。

「私も中性化しているから何とも言えんな。でも問題があるか」

「白井君が彼女にそそのかされ、ドクターを殺したりしては…」

「マイカが見張っているから大丈夫だ。それにまもなく本物の地球に到着だ。寺脇の厄介払いもできるだろう」

桜内は戸川の肩を軽く叩くが、少し柔らかみがある気がしていた。

「船長はそのぉ、ブリーダー期の女性をどう見ますか」

「ブリーダー期?あっドクターの言っている人生の区分けだな。私はエターナル期になってからまだ意識して実物の女性は見てないが、写真やビデオの女性には性的な魅力というよりも、美しさや内面に惹かれる気がする」

桜内は『エターナル期』という言葉をあえて織り交ぜていた。

「エターナル期の変化というか、新たな進化というものがあるのでしょうか」

戸川も『エターナル期』という言葉を使って、軽く微笑んでいた。

「あるかもな」

桜内と戸川は中性同士で自然と見つめ合っていた。


 ほぼ3日間の連続ワープ航行を終えた『しなの』は、地球が間近に見える宙域に突然現れる。すぐに通常ロケットを噴射して軌道ターミナル・ステーションへとゆっくりと移動した。

 『しなの』とターミナル・ステーションの距離が徐々に近くなる映像がコントロール室のモニター画面に映っていた。

「船長、長旅お疲れ様です。今空いているのは第5ポートですから、お手数ですがそちらのサテライト・ハッチでドッキングしてください」

ターミナル・ステーションの管制官の声がコントロール室のスピーカーから聞こえてきた。

「はい。あのぉ、本船にはいろいろなことがありまして、治ったとはいえ、ノバ感染症の感染者がいますが…」

桜内が言いかけたが、言葉を重く受け止めていない様子の管制官であった。

「あぁ、例の風邪程度のものですね。全員治っているのですか。それなら問題ないです」

「念のため検疫をお願いします」

「は、はいわかりました。今手配します。それで郵便物の方はウィルスが付着してないと思いますから、すぐにロボット搬出してください。手紙を心待ちにしている人達がいますから」

「わかりました」

桜内はまだ全然情報が届いていないと感じていた。


 『しなの』の病室にやってきたターミナル・ステーションの病院の医療班たちは、人工心肺装置につながる田山の姿を見ていた。

「うちのドクターの発見でオリジナル株のノバ感染症による後遺症で臓器の復活再生が可能になることが、わかっています。このままで感染症の対処療法をすれば、自力で完治するはずです」

桜内は体調を管理しているモニター画面を見ていた。

「本当ですか。それじゃ瀕死の状態の彼に感染させたのですか」

班長の樽川は桜内のことを鬼でも見るような顔をしていた。

「はい。それに幸いにも今のところ無症状で感染している状態です」

「急変したらどうするんですか。リスクが大き過ぎます」

「…私とドクターの仲ですから、彼なら、きっとこうして欲しいと願っているはずです」

「そんな勝手なことを言われても、私は地表の専門病院で臓器移植をしないとダメだと思います」

班長の樽川はいぶかしんでいた。

「私も後遺症で中性化しているので、不老不死の因子があります。調べて見れば嘘でないことがわかります」

「中性化に不老不死ですか。ちょっと突拍子もないことばかりなので、じっくりと話す必要があります」


 その後、看護ロボットやドクターのデータを交えて桜内が説明し、医学的なことは寺脇に代弁してもらった。

「ノバ感染症というのは、ただの風邪でないことがわかりましたし、治療薬の開発も無理と言うことになりますか」

樽川はペニトリスの映像を眺めていた。

「はい。その上、この中性化という後遺症には、まだわからないことがあります」

「なかなか、興味深いことです。ここまで重大な案件となると、つくばの総合感染症センターで、ドクターの回復を待ち、研究を続行させなければなりません」

樽川は医学的好奇心に若干興奮気味であった。

 一連の説明が終わると寺脇は隔離病室に戻って行った。

「それでは寺脇さんもつくばに行ってもらうことになりますが、彼女の所属はどちらになりますか」

「たぶんドンベイ・ベルクハイマー・ジャパンだと思いますが、訳あって今はフリーでして、『しなの』で起こった事件の一味であり証人でもあるのです」

「あの女性がですか」

樽川はかなり驚いていた。

「この後、寺脇に関しては『しなの』は日本船籍なので、国際宇宙連合と日本の警察が取り調べることになっています」

「となると地球外が管轄の第二本庁舎になりますか」

「はい。たぶんつくばの警察第二本庁舎でしょう」

「取り調べによっては逮捕ということもあるのですか」

「それはわかりません。その上、彼女の証言の裏を取るために私も呼ばれる可能性は充分にあります」

「そうですか。わかりました。後は成り行き次第ですか」

樽川は自分たちの管轄外のことには首を突っ込みたくない様子であった。


 国際宇宙連合と日本政府の判断で『しなの』を降りた桜内たち乗員と乗客は、つくばの総合感染症センターに滞在することになった。そこでノバ感染症が陰性と全員確認されたので、隣接する療養ホテルに移されたが自宅に戻る許可はまだなかった。

 ホテルのラウンジで桜内は、聞き取り調査に来た国際宇宙連合の駐日事務次官ヤン・オルソンと、スマホの同時AI通訳器を通して話していた。相手の声は音声キャンセラーで弱められる上、その声に似せた声で通訳されるので、本人と直に話しているような感覚があった。

 「ノバ感染症を利用して勢力拡大や大儲けしようとする人たちがいるので、『しなの』はそのとばっちりを受けたと言えます」

桜内は感情的ではないが迷惑顔であった。

「そこにグローバル政党が一枚絡んでいるわけですか」

「はい」

「しかし国家を越えた影響力や発言力があるグローバル政党は、各国政府や民族系政党を凌駕しています。国際宇宙連合と言えども、なかなかか介入ができないのが現状です」

オルソンは歯痒そうにしていた。

「グローバル政党の思惑を打破できなくても、うちのドクターの研究結果は本人のものとして守られるべきだと思います」

「わかりました。そちらの方は国際法上、国際宇宙連合も介入はできるので、守られると思います」

「高度医療船は、たぶん我々の到着の30日後にこちらに着くはずですから、それまでに権利などをしっかりと確保したいものです」

「それは大丈夫でしょう」

「それと寺脇の件は、全部お任せしてよろしいのでしょうか」

「…『しなの』の船内で起こった事件については民事、刑事共に日本政府と協議してください。この手の事象は管轄の違いがあるので、すんなり行かないと思いますが、対応の程よろしくお願いします」

「協議ですか…、わかりました」

桜内は何か釈然としない感覚が残っていた。


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