第十四話 離脱
●14.離脱
コントロール室の船長席に座る桜内。その傍らで申し訳なさそうに立っている白井。
「船長、お宅の男女いや女男の戸川さんを預かっているいるが、どうしものかな」
モニター画面に映る飯島は、ニヤニヤしていた。カメラの画面が下を向くと、手錠を掛けられ半分以上引きちぎれたストームトルーパー姿の戸川が映っていた。
「それはそれは、」
わざと余裕の表情を見せる桜内に、ちょっとひるんだ飯島。
「強がりですか」
「いや。こちらにはドクターを殺そうとした寺脇さんがいますけど」
「ん。何っ。どうせハッタリだろう」
飯島は近くにいた部下に真偽のほどを尋ねていた。
「まだ、伝わってなかったですか。もっともこちらから伝えてませんが」
「ちっ、しくじったか…。そのようだな」
飯島には不服そうな顔がありありと現れていた。
「まずは、取引と行こうじゃないか」
桜内はじっくりと飯島を見据えていた。
「寺脇と戸川の人質交換というわけか。互いに目的を達成できなかった者同士のな」
飯島の言葉に白井はわずかに頬を緩めていた。
「私は戸川の件は濡れ衣だと信じているが…」
「船長、この期に及んで濡れ衣とは…それなら、寺脇のことは言いがかりではないのか」
「それでは眼下の国際宇宙連合の本部や国際司法裁判所に仲裁に入ってもらうしかないです」
桜内はまだ自分たちは地球軌道上にいると信じているフリをしていた。
「いや、待て。大事にする必要はない」
「でしたら、このような不毛な言い合いをするよりも人質交換をしましょう」
「まぁ、良いだろう。で、どうする」
「互いに納得の行く形にしたいから、事細かに決めます」
桜内は言い終えると、人質交換の時間や立ち会う人数などを提示し始めた。
『しなの』のサテライト・ハッチ側には、桜内と寺脇を捕まえているロボットが立っていた。ハッチの扉が開くと、向こう側には飯島と戸川を捕まえているセキュリティー担当の乗員が立っていた。
「寺脇さん、あちらへ」
桜内が言うとロボットが捕まえている腕を離した。とぼとぼと歩く寺脇。
「おい、行かせろ」
飯島が言うと、戸川は軽く突き飛ばされるように腕を離された。飯島はしっかりとした足取りで歩いていた。
戸川がサテライト・ハッチ側に入ると、桜内は戸川を手を取り引き寄せた。
「船長、わっ、私としたことが…、すみません」
戸川は沈んだ声で言っていたが、桜内は演技だとすぐに感じた。その様子を見ていた飯島は、サーバー室のデータがコピーされているとは疑いもせず、不幸中の幸いという顔をしていた。
「寺脇、しばらく雑用係をしてくれ」
飯島は冷たく言い放っていた。
「はい。わかりました」
寺脇は目を伏せたままであった。
「飯島さん、もう薬の開発はできないことがわかりましたし、ドクターの病状も考えれば、我々はいつまでも軌道上にいる必要はないと思いますが」
桜内は鎌をかけていた。
「いや、隔離の必要はある。『しなの』に留まってくれ。力づくでも留まってもらう」
「地上に降りようとするとどうなるのですか」
「ウィルスを持ち込ませないために『しなの』をミサイルで撃墜するまでだ」
「地上のミサイル基地から攻撃されるというのですか」
「これは国際宇宙連合の決議に基づいている行為だ」
「そうですか。それではもう、ここを行き来することはないでしょう」
桜内はハッチの扉を閉めるスイッチを押していた。
コントロール室のモニターには船外カメラの映像が映っていた。
「このフェイクな地球ではなく、本物の地球へ急ぐか」
桜内は自分のコンソール席に座っている白井と戸川を見ていた。
「船長、高度医療船のレーザー砲が起動し始めました」
マイカの人工音声が聞えてきた。
「どこを狙っている」
「まだわかりません」
「スペースデブリ避けにしては大きいものと言えます」
戸川は船外カメラで捉えているレーザー砲の映像を分析していた。
「そんなもの装備していたんすか」
「我々を足止めするには、発電区画かワープ駆動区画を狙う可能性が高いです」
マイカが付け加えていた。
「我々の芝居がバレたか」
桜内は渋い顔をしていた。
「芝居というよりは、ワープ球の待機電源の充足率をセンサーでモニターしていたものと思われます」
戸川はコンソールのモニター画面を4分割にして、いろいろとチェックしていた。
「『しなの』と高度医療船の距離が近いので、大爆発させるようなことはしないだろう。だとすると発電区画などは対象外だな」
「船体に穴を空け空気漏れにする警告でしょうか」
「戸川の言うことも一理あるな」
「それに船長、地表からのミサイルでなく、レーザー砲ってことは、自らフェイクな地球と認めたことになるっすね」
「それもそうだ。仮面が剥がれたな」
「あれっ船長、奴ら誘爆も覚悟のようっすよ」
白井の言葉に桜内と戸川がモニター画面に注目する。レーザー砲が鎌首を持ち上げて発電区画の方向に向いていた。
「船長、彼らはレーザーを低出力にして原子炉を加熱させることで僅かなタイムラグを生じさせて、その間に短距離ワープをしたら、逃げられるのでは」
「戸川、そうだ。その手があったか…」
「まずいっすよ」
「マイカ、通常ロケット噴射で少しでも避けられないか」
「ロケット点火まで後10秒」
高度医療船のレーザー砲から赤いレーザー光が発射される。
「あっ、」
戸川が声を上げていた。
「発電区画の船体壁面温度上昇中」
「ロケット噴射」
マイカの人工音声が立て続けに響く。
「船長、温度上昇が収まりました。し、しかしレーザー光が動きに追従し始めました」
戸川はコンソールのキーボードを叩き、船外カメラの位置を調節していた。
「おい、あれはなんだ」
桜内は別のモニターに映る高度医療船の後部が小爆発しているのを発見した。『しなの』に照射されていたレーザー光は消えた。桜内たちは、呆然とそのモニター画面を眺めていた。
「船長、今度は何か物体が放たれました」
「戸川、映像を拡大してくれ」
桜内が言うとすぐにモニターに映る物体がズームアップされていく。
「救難ポッドっすね」
「あぁ、そうだな。しかしどういうことなのだ」
「船長、レーザー砲が向きを…」
戸川は言いかけた次の瞬間、レーザー光が救難ポッドに向けて放たれた。ポッドはスラスターを噴射し、レーザー光を避けていた。
「仲間割れっすか」
「後部に命中しています。あぁ、穴が空いたようです」
救難ポッドは避けきれず、かすめるように命中した箇所から白い煙のように空気が流れ出ていた。
「誰が乗っているのだろうか。いずれにしても助からないだろうな」
「船長、しぶといっすよ。宇宙服で脱出してます」
白井が言っていると、宇宙服を着て漂い出ている人物の背後で、救難ポッドは爆発していた。その爆発の破片が飛散していた。戸川が宇宙服の人物をズームアップした。宇宙服の人物は太もも辺りを手で押さえていたが、指の隙間から空気が漏れていた。その空気中には球体状にたわむ血の滴が混ざっているようだった。
「破片の一つが宇宙服を貫いたようです」
「おかげさまで時間の余裕ができたが、まぁ、我々には関わりのないことだ。急ごう。マイカ、ワープ航行の準備はできたか」
「はい。完了しました。いつでも連続ワープできます」
「船長、変な打音が無線に…あぁ、ちょっと待ってください。モールスかもしれません」
戸川は打音をモールス信号に当てはめてみた。
「自分たち以外にもモールス信号を知ってる奴らがいるんすか」
「船長、SOSこちら寺脇、SOSこちら寺脇、救援を乞うとなりました」
「ええっ、助けを求めているのか…。狡猾な奴らの罠かもしれん」
「我々のワープを阻止するためでしょうか」
「でもレーザー砲で止められたのに、こんな面倒臭い芝居するんすか」
「わからん」
桜内は腕組をしていた。
「リスクを秤にかければ、ワープ実行が合理的です」
マイカの声はいつも通りだが桜内たちにはどこか冷徹に聞こえた。
「…こちらには乗客や郵便物がある。人道的配慮が仇になるわけにはいかんからな」
「船長、やっぱ自分は、心苦しい気がするっす」
「白井君、でもどう助けるの」
「以前の白井らしくない気がするが、これも中性化した影響なのか」
「船長、あの人、ドクターを殺そうとした時、かなり躊躇してたし、性根は悪人ではない気がするっす」
「あの監視カメラ映像は作りものではないからな。やるなら即実行だ」
桜内は策が頭に浮かんでいた。
「ええっ、船長」
戸川はびっくりしていた。
「戸川は、寺脇の現在位置を正確に出してくれ」
「はい」
戸川はセンサーで測ったデータを船長席のモニターに表示させた。
「よし、これなら行ける」
桜内は通常ロケット推進を作動せる。
『しなの』の巨大な船体がゆっくりと動き出した。高度医療船側は様子を見ているのか何の反応もなかった。しかし数分後、爆発箇所を迂回した電源バイパス作業が完了したらしくをレーザー砲が動き始めた。
「戸川、寺脇はワープフィールド内に入ったか」
「もう少しです。後120メートル程度です」
「船長、レーザー砲が狙いをつけてやす」
「あぁわかってる。マイカ、出力最大再噴射」
桜内は船長席の肘置きを叩いていた。『しなの』は少し動きが速まった。
寺脇の現在位置を示したモニターを凝視する桜内。
「入りました」
戸川の声と同時に桜内はワープを実行させた。
儚げに浮遊していた宇宙服姿の寺脇は、『しなの』の船体を包むワープフィールド内に取り込まれた。小数点以下数秒前まで『しなの』が存在した宙域にはレーザー光が虚しく貫いていった。
ワープフィールドの外の星が線上に流れる中、AI操縦の船外作業ポッドがアームで宇宙服姿の寺脇を回収していた。寺脇はわずかに手を動かしているように見えた。




