第十二話 ダメージ
久々の更新です。
●12.ダメージ
コントロール室には桜内、白井、戸川がいた。
「『シェフズ・カフェ』よりもこっちにいた方が、しっくりと来るな」
桜内は船長席の肘置きを軽く触っていた。
「船長、早いとこ、連中を追っ払って、ものほんの地球に急ぎましょう」
「しかし、どうやるかだな。それにポストマンとしては、勝手に押収された郵便物を取り戻す必要がある。例え
世界革新社会党関係者あての郵便物だとしてもな」
「彼らが押収した郵便物は焼却されたことも考えられますが」
戸川は少し不安げに桜内の方を見ていた。
「マイカ、押収されたものはどこにあるかわかるか」
「高度医療船に運ばれたところまでは確認できています」
「そうか」
「船長、世界革新党のそんなの放って置くことはできないっすか」
「白井、我々はスペース・ポストマンだ。そのプライドは捨てるな。郵便物はどこの誰のものでも、着実に届けるのが我々の使命だぞ」
「はい。わかりました」
白井は申し訳なさそうにしていた。
「それでは船長、誰かがあちらに行って探す必要がありますね」
戸川の言葉に張り詰めた空気が少し和らいだ。
ロボットメンテナンス室で戸川は看護師ロボットを改造していた。高度医療船の通路を歩いていても目立ったないモデルだが、自立判断で押収郵便物の保管場所を探すようにプログラムし直していた。
「どうだ上手く行きそうか。私は遠隔操作の方が確実な気がするがな…」
桜内がメンテナンス室に入ってきた。
「電波は妨害されたら、それまでですけど。一応、ロボットの目のライブ映像は電波で転送させます」
「それじゃ、コントロール室で黙って見ていれば、良いのだな。楽しみにしているぞ」
「はい。後はこのロボットが自分で探してくれるはずです」
「残りはドクターの目を覚まさせることだな」
桜内は戸川に付き添われて通路を歩いていた。戸川は手に生理用品の袋を手にしていた。
「船長、どうされました」
たまたま通路歩いていた飯島が声かけてきた。
「あっ、ちょっとあれが始まりまして」
桜内は恥ずかしそうな顔をしていた。
「すみません。急いでいるので、失礼します」
戸川は桜内をいたわるように歩みを進めた。そうなのかという顔をした飯島は二人を見送った。
田山は医務室に桜内たちが来たので、高度医療船から急いで戻ってきた。
「船長、血の量はどれくらですか」
田山は桜内の下半身の方を見ていた。
「全然大丈夫です。こうでもしないとドクターと話をする機会がなくてな」
「船長、研究結果をまとめていた所なんで、遊んでいる場合ではないのですが」
「ドクター、よく聞いてくれ。ここは地球軌道上ではないんだ。国際宇宙連合の査察団というのも嘘なんです」
桜内の言葉に田山は口をあんぐりと開けていた。
「…そ、そうなんですか。何か証拠でもつかんだんですか」
「証拠はあるし、正気に戻したマイカから、いろいろと確認もしている」
「それなら、なおさら、私の成果を私のものとして彼らに言わなければ」
「言っても無駄ですよ。ドクターの成果を横取りする気で、高度医療船を使って研究開発させたのですから」
「…医療チームの中には、私の実力を認めている者もいます。彼らの医療研究者として良心に訴えれば、横取り
などできないはずですが」
「ドクター、とにかく長居は無用です」
「船長、ここを発つにしても準備が必要です。後一日時間をください」
田山は動揺していた。
桜内はマイカの報告を受けて、船内の多目的大広間に駆けつける。密閉度の高い分厚いドアを開けると、医療チームの面々と『しなの』の乗客が何人か集まっていた。座席やテーブルが大学の講堂のように配されていた。田山が立つ演台の後ろにはホワイトボートやモニター画面が置かれていた。
「ノバ感染症オリジナル株の後遺症である中性化は人類の新たな進化の段階ということは申し上げましたが、これが何を意味するかというと、完璧な免疫体系が構築されることなのです。ですから、元に戻せないと言うことで、根本的な治療薬は作れないのです。もちろん個人差があります。…」
田山は演台にある緑茶を飲み、口を潤していた。
「えぇー、私はこの中性化は第三次性徴と呼び、これが見られる人類はエターナル期に入ることを確認しました。これは男女の性があるブリーダー期には老化や寿命があり、エターナルー期になると文字通り不老不死になるということです。変異株に感染した場合、この変化は起きませんが、ノバ感染症の免疫はできず、オリジナル株に罹患することでエターナル期に移行できます」
田山はモニター画面に中性化した人の性器を映し出していた。
「つまりワクチンも根本的な治療薬も作れない結論に至るわけです。発熱など諸症状は対処療法で治療するしかなく、そこで死亡する人もいますが、大多数の人は治癒し後遺症が現れるます。…」
田山は滔々と講演を続けていた。聴衆の半分は尊敬の眼差しを田山に向けていたが、残り半分は、眉唾ではないかという顔をしていた。
桜内は田山が後遺症のデータなどを開示してしまったことに落胆していた。少し遅れて大広間に駆けつけた戸川と白井。桜内の顔色を見て、田山が何を言っていたか、見当がついていた。
講演が終わると控室に戻る田山。待ち構えていた桜内たち。張り詰めた空気が漂っていた。
「ドクター、どうしてそこまで言ってしまったのですか」
「船長、治療薬の開発ができないことの裏付けとして、どうしても後遺症のことは示す必要があったのです。このことで私の研究成果は完結します。これは揺らがない発見であり、私の発見です。こうして動画として収録しているわけですから、誰も横取りできなくなったわけです」
「しかしドクター、奴らがそんなことで引き下がると思いますか」
「こんな動画、消去されたらそれまでっすよ」
「それにここは、地球から離れた宇宙空間です。いくらでも闇に葬れます」
中性化した戸川にしては珍しく、ヒステリックな雰囲気が漂っていた。
控室の外が騒がしいので、白井がドアを半分開けてみると、外には田山を信奉する医療チーム員たちが押しかけていた。
「田山先生、治療薬できないということはここを去るのですか」
「先生は日本の宝です」
メガネをかけた若い女が目を輝かせて言っていた。
「ドクター田山、あなたが研究所開設するなら、私も一緒に研究させてください」
「先生、これは世紀の発見です」
信奉者たちの声が渦巻いていた。
白井は半開きのままドアを抑えていたが、控室に田山が居るとわかると信奉者たちが押し徐々に開いていった。控室になだれ込む信奉者たちは、色紙や花束を手にしていた。桜内はこれほどまでに医療チームに田山寄りの人たちがいるとは思ってもみなかった。
「先生、サインをお願いします」
「ドクター、これを受け取ってください」
信奉者たちが田山を取り囲む。ひと際大きな花束を持った男が田山に近づいてきた。片手にはきらめくものを手にしていた。その手は、そのまま田山の胸の辺りを一突きした。田山は血を流して、わけがわからぬまま倒れ込む。
「キャー」
女性の悲鳴が上がり、辺りが騒然とする。男は信奉者たちにもまれながら逃げようとする。桜内は血の気が引く思いで田山の方を見た。駆け寄った桜内は田山を抱き起す。白井と戸川は胸から流れる血を止めようと、ハンカチなどを押し当てていた。
「先生に、何をする」
「医務室に運んで」
信奉者たちの声が錯綜する。
「誰かぁ、浮遊ストレッチャーを持ってきて」
メガネの女性が声を張り上げていた。
信奉者の手を振りほどこうとする男と桜内は目が合った。
「岩村ぁ!」
桜内はありったけの大声で叫び、飛びつこうとした。しかし脇からセキュリティー担当のロボットの腕が伸び、岩村を捕まえ引き寄せた。
岩村は狂ったように暴れて、ロボットの手を振りほどこうとした。
「抵抗は無駄です。刃物を捨てなさい」
ロボットは岩村に顔を叩かれてもビクともしなかった。
「静かにしてもらいます」
ロボットは岩村を持ちあげると、通路の鉄柱に向けて投げつけた。岩村はハエ叩き叩かれたハエのように、ぐしゃりとなり叩きつけられた鉄柱からずり落ちた。体中の骨が折れているようで、即死状態であった。
「おいおい、やり過ぎだろう」
桜内は初めはいい気味だと思っていたが、息をしていないことに、あ然としていた。
「これでは、背後関係がわかりません」
「戸川さん、証拠なんかなくっても、ドンベイ・ベルクハイマー社側に決まってますって」
「マイカ、念のため大広間のカメラ映像は暗号化して保存してくれ」
桜内は襟章に言っていた。
「あぁストレッチャーが来たわ。まだ諦めちゃダメよ。急いで医務室へ」
メガネの女性は適切な応急処置をした田山を運ぼうとしていた。
「あなたは」
桜内は献身的に動いている女性に声をかけた。
「医療チームの寺脇美香です」
「とにかくドクターを助けください」
桜内は医療チーム全員が一枚岩でないことを痛感した。
「医師として最善を尽くします」
寺脇にはプロとしてプライドが漂っていた。
コントロール室で医務室から連絡を待っている桜内たち。
「ドクターの言い分など聞かず、一日待たなければ、こんなことには…」
桜内は握りこぶしを強く握っていた。
「船長に責任はないっすよ。悪いのは岩村ですって」
「でも、昨日の時点では郵便物の在り処はわからなかったし…」
「今でもわからないんっすよね。同じじゃねぇ」
「待って、高度医療船に潜入させたロボットからメッセージが届いているわ」
戸川はメッセージをモニターに転送させていた。
桜内たちは、モニターに注目した。
「焼却されていただと。存在しないというのか。ロボットが細工されてないだろうな」
桜内は信じたくなかった。
「船長、ロボットのAIはマイカのリモートチェックも受けていますので、細工の可能性はほぼないと言えます」
「何ってこった…」
白井がささやいていた。
「ん、でも郵便物は焼却前に画像データとして残しておいたのか。どこにあるのだ」
桜内は一旦目を離したモニターに再び目を向けていた。
「えぇと、画像データは、高度医療船のサーバーに保存されているそうです」
戸川は暗号メッセージを通常の文章に次々と変換させていた。




