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スペースポストマン  作者: daishige
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第十話・高度医療船

●10.高度医療船

 『しなの』は土星の軌道を過ぎると、わずか数分で地球軌道に到達し、連続ワープを終了した。太陽系での地球の位置関係からか、予定よりも1日早い到着であった。『しなの』は通常ロケットエンジンを点火し、軌道ターミナル・ステーションへとゆっくりと移動する。『しなの』とターミナル・ステーションの距離が徐々に近くなっていく映像がコントロール室のモニター画面に映っていた。すると警備の小型船艇が『しなの』を取り囲み始めるのが見えた。

 「船長、貴船はノバ感染症のクラスターが発生しているとの連絡を受けています。こちらの指示があるまで、ハッチ接続は控えそのままの状態で待機してください」

ターミナル・ステーションの管制官がビジネスライクに言う。

「あぁ、はい。情報が早いですね」

桜内は、ワープ船よりも早く情報が伝わるものかと感じていた。

「貴船がワープ航行を終了した直後に、乗客から倍速通話通報がありましたもので」

「通報ですか…。私も『しなの』が所定の位置に停止次第、報告しようと思っていたのですが」

桜内は岩村の顔が頭に浮かんでいた。

「乗客の方は、一刻も早く知らせようと思ったのかもしれません。しかし今後は個々の無線連絡は封鎖し一本化するので、コントロール室のみと交信できるようになります」

「承知しました。あぁそれと第一メインポートが損傷しているので使えません」

「何か事故でもありましたか」

「連絡船が接触したもので」

桜内は話が長くなるので余計なことは言わなかった。

「了解しました」


 ブリーフィング室。

「岩村の奴、ワープ終了と同時に、本船に感染者いたことを通報したようだ。たぶんドクターのデータも地球のどこかに送信したのだろう」

桜内は苦々しそうにしていた。

「地球軌道上じゃ、電波は瞬時に届くっすからね」

「それで船長、待機はいつまで続くのでしょうか」

臀部も小ぶりになり胸も平らな戸川は、女性的でない体型を気にせず言っていた。

「わからない。ドクターの後遺症データなどが学会で発表されてからかな」

桜内は皮肉交じりだが、顔つきは冷静であった。

「船長、フェイクな方は、大恥かくようにしてあります」

田山は喜々としていた。


 桜内は船内の喫茶店『シェフズ・カフェ』でコーヒーを飲んでいた。服部が空き部屋で半ば趣味で始めた店だが、本格焙煎が人気を呼び乗客の評判は良かった。この日も地球に戻れない乗客たちで込み合っていた。店内に置かれたレトロなブラウン管風テレビから地球のワイドショー番組が流れていた。

 『「地球軌道上で足止めされている『しなの』で蔓延してるノバ感染症は、ただの風邪とほとんど変わらないと世界革新社会党寄りの医療関係者が言っていますが、根拠のないデマではないかと思います」

中年の女性コメンテーターの顔がアップになっていた。

「国際自由国民党系のメディアによりますと、非常に感染力が強く危険な感染症だと報道しています。私はこちらの方が信憑性が高いと感じています」

若年層の代表のような女性コメンテーターがもっともらしく言っていた。

「このノバ感染症ですが、別の報道によりますと、ドンベイ・ベルクハイマー製薬はいち早く、その分析に成功し新薬開発に着手し始めたとのことです。適切に恐れることが大切と言えます」

インテリ風の男性コメンテーターは明るい表情であった』。

 喫茶店の乗客たちは、地球メディアの情報伝達が早いことに少々驚いていた。ざわついている中、眉をひそめている桜内、白井、戸川。

「ドンベイ・ベルクハイマー製薬って岩村の医薬品会社っすよね」

白井は小さいカップのウィンナコーヒーを飲んでいた。

「あの人が所属しているのは、その日本法人のドンベイ・ベルクハイマー・ジャパンだけどね」

戸川はコーヒーを売りにしている店なのに、懐古趣味の好奇心からクリームソーダを注文していた。

「…たった2日しか経っていないのに、地球では我々の話題持ちきりのようだな。それにしてもだ。郵便物の引き取りは来ないつもりかな」

桜内は冷めた目をしていた。3人はそれぞれ自分の飲み物を飲んでいた。

「マイカ、この地球のワイドショーを見てどう思った」

桜内はコーヒーで湿っている唇のまま、襟章に呼びかけていた。

「若干の違和感があるようです。船長、たった今入った連絡によりますと、船内時間の明日午前10時に国際宇宙連合の査察団が来るそうです」

「何しに来るのだ」

「感染状況の把握となっています。船長が非番だったため、私が受理しました」

「そうか。明日は防護服に身を固めた奴らが来るか」


 『しなの』の通路を歩く防護服姿の国際宇宙連合の査察団。先頭を行くジェームズ住田は、団長を示す赤い腕章を付けていた。桜内とブリーフィング室で到着の挨拶を手短に済ませると、乗客乗員全員は査察団に付き添われサテライトハッチにドッキングしている高度医療船でPCR検査などをすることになった。


 査察団の医師が桜内の胸に聴診器をあてようとした。桜内はすぐに首から下げているUSBメモリーを手で持ち上げた。医師はメモリーをじろりと見るが、すぐに神経を聴診器に集中した。

「肺炎の兆候は見られませんね。それでは後遺症を見させてください」

医師は平然としていた。桜内は医師が後遺症のことを知っていたので、どこか空恐ろしい気がしていた。

 桜内はブリーフを下し、陰口とペニトリスを見せていた。医師は実物を初めて見るようで、息を飲んで目を丸くしていた。

「…あのぉ、痛みとかはありませんか」

「いや別に。ただ以前の性器に未練がないと言ったら嘘になりますか」

桜内は全く動じていないので、医師は感心していた。

 「以上で一通りの検査は終わりです。それで…PCR検査の結果が出るまでは、こちらの高度医療船に居てください」

「これで陰性だったら、地球に降りられるのですか」

「はい。そうなると思います」


 翌日、乗客乗員のPCR検査の結果が出て、全員が陽性となった。特に発熱などの症状はないのだが、陽性ということで、『しなの』に戻ることはできても地球に降りることは先延ばしになった。


 検査の結果後、ブリーフィング室に集まるクルーたち。 

「この検査結果はマジなんすかね」

「私もいささか腑に落ちない点があります」

「私ゃ、自分の作った料理がまずくなったら、陽性って気がしてましたけど」

服部は健康そうな顔をしていた。

「ドクターはどう思いますか」

「…ノバ感染症は未知の部分が多いので、検査結果には一理はあると思います。しかしオリジナル株、変異株ともに同時に再発して陽性となるのは、考えにくい気がしないわけでもありません」

田山は肯定も否定もしない構えであった。

「ドクター、PCR検査そのもののに細工がされていたり、信憑性はどうですか」

「…ドンベイ・ベルクハイマー社でない中立的な立場の会社のものを使っているので、細工はできないと思います」

「マイカ、どう思う」

「はい。未知の感染症です。予期せぬことが起こる可能性は高いと言えます。今、我々が地球に降りるための最短の方法は治療薬の開発ではないでしょうか」

「治療薬の開発って言っても、そう簡単には行かないだろう」

桜内はマイカが意外なことを言うと感じていた。

「いいえ。田山ドクターの研究データと見識があり、ドッキングしている高度医療船の機器があれば、予想以上に早く開発できるはずです」

「でも…ここでドクターのデータを共有するのはな」

桜内は首から下げているメモリーを無意識のうちに触っていた。

「国際宇宙連合の医療チームですから、ドンベイ・ベルクハイマー社にデータが漏れることはないはずです」

「既に漏れている部分はあるがな。でも今後も岩村をマークしていれば、大丈夫というわけか」

「査察団長の住田氏と岩村氏の件も含めて協議する必要があります」


 コントロール室の船長席に座る桜内。モニター画面に映る住田は、高度医療船にいるので防護服は着ていなかった。

「船長たちが検査をしている間に郵便物は地球に届けていますから、安心して療養しドクター田山が治療薬を開発するのを待っていてください。乗員たちには、ちよっとした休暇になるのではないですか」

住田は調子の良いことを言いそうな、軽い感じの男であった。防護服越しではわからないことだった。

「しかし、乗客も療養しているので、クルーの休暇にはならないと思います」

「はぁ、そうですか。あぁ、それとこの所の太陽風の影響で地球のテレビは受信し難くなります」

「見られない方が、地球に郷心を誘わないので、良いかもしれませんよ」

桜内は裏があると思ったが、如才なく話を合わせていた。


 桜内が医務室に入ると、国際宇宙連合の医療チーム員が何人か助手として作業していた。田山は高度医療船の機器を使い、自分がやりたいと思っていた検証などが存分にでき、イキイキとしていた。桜内はそんな田山を少し不安げに見ていた。

「ドクター、順調に新薬の開発は進んでいますか」

「あ、船長、昨日から臨床試験を開始しています」

「それでドクター、メモリーのデータは彼らと共有しているのですか」

桜内は他のチーム員に聞こえないように小声で言っていた。

「後遺症の症例についてはまだですが、ウィルスを無毒化する仕組みについては開示して共有しています」

「となると、私が首から下げているこれの半分は教えてしまっているのですか」

「もちろん岩村氏の動きは国際宇宙連合の人たちが監視しシャットアウトしていますから」

田山は安心しきっていた。

「ドクター、もしものことがあるので、後遺症のデータは最後の切り札として隠して置いてください。ノーベル賞は共同受賞よりも単独でもらった方が良いですよね」

桜内は田山の心を動かすと思われる言葉を散りばめていた。

「…まぁ、それはそうですが。いずれにしましても無毒化と新薬の方が先になります」

田山の目は輝きに満ちていた。

 呼び出し音がすると船内通話モニターの画面がオンになった。

「田山ドクター、昨晩の投薬の影響でしょうか、被験者の人格が不安定になり始めました」

モニター画面に映る高度医療船にいるチーム員は焦っていた。

「ん、人格が不安定だと、どういうことだ。今すぐそちらに行く」

田山は桜内にも一緒に来て欲しいと促していた。


 高度医療船の被験者室内マジックミラー越しに見ている医療班。変異株を発症した乗客の男性が被験者になっていた。

「ドクター、こんなことして良いのですか。我々の乗客ですけど」

「船長、仕方ありません。変異株のウィルスを持っているのはこの人達ですから」

「あぁ船長、これは医療の進歩のために我々が特別に許可したものです。違法性はありません」

国際宇宙連合の医療チーム・統括マネージャーのフランク飯島が、いつの間にか桜内達のそばに来ていた。

「それで、どう人格異常なのですか」

田山は何よりも被験者に関心があった。

「外見上は変異株でも中性になったものの、男性人格と女性人格が交互に現れ、本来の自分の性がどちらかわからなくなり、感情的になっています」

飯島は部下の報告を詳細に把握しているようだった。マジックミラーの向こうにいる被験者は床で女座りをしたり胡坐をかいたりと、落ち着きがなかった。


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