卒業式に断罪イベントは付き物です
「アーデルハイネ・ワイドブレット、聞きたい事がある。
こちらへ来るように」
卒業式も終わり、パーティーの為に集まった卒業生と父兄の集まる中、第二王子の声が響き渡った。
その背後には緩くウェーブのかかったピンクの髪の子爵令嬢、アザットーイ・オヴァーカが、目をうるうるさせながら立っている。
一部の父兄と教師は、心の中で『あれ?何だか見た事がある気がする』と呟いていた。
「ロイ様、何か御用ですか?
ダンスの時間にはまだ少し早いと思いますけど」
友達と談笑していたアーデルハイネが近寄ると、第二王子は自分の婚約者である彼女に、冷たい視線を投げかけた。
「アーデルハイネ、君がこの1年間同級生を虐めていたとの訴えがあった。
虐めなどは恥ずべき行為だ。
王族の一員として有耶無耶にせず、この場で全てを明らかにさせて貰う」
「お志しは素晴らしいと思いますけれど、私が虐めを…ですか?」
扇子で口元を隠し小首を傾げるアーデルハイネ。
「君はここに居る子爵令嬢に暴言を吐き、所持物を破損させたり、足を掛けて転ばせたりしたそうだな」
第二皇子が一歩横にずれ、アーデルハイネは子爵令嬢と向き合うこととなる。
「身に覚えがないのですけど」
「暴言を吐いはいないと?」
「ええ。
オヴァーカ様は貴族の一員となったばかりなので、貴族社会のルールをあまりご存知ないようなので、少々苦言を致しましたけど、暴言など口にした覚えはありませんわ」
「オヴァーカ嬢は傷ついたと言っている。
さあ、何をどう言われたのか、皆にも教えてやれ」
第二王子がアザットーイに、この場で虐めの告発をする様に促した。
目をうるうるさせながらもアザットーイは、大きな声で話し出す。
「えっとぉ〜、私は仲良くしたいからぁ、周りの人に話しかけていただけなのにぃ、敬語で話せとか言うんです〜。
敬語なんて使ってたら〜、距離ができちゃうじゃないですか〜。
やっぱり仲良くなりたかったらぁ、親しく喋るのが一番じゃないですかぁ。
それに〜、名前を呼ぶなって、酷くないですかぁ?」
このアザットーイ・オヴァーカは、子爵家の婚外子で、母親が亡くなった為、一年前に庶子として引き取られ、直ぐに学園に編入したので、貴族社会の常識を知らない。
平民ならタメ口をたたこうと、いきなり名前呼びにしようと問題はないかもしれない。
だが貴族社会ではあり得ない事だ。
数年後には第二王子に嫁ぎ、国母となる身として、助けになればと目に余る行動に対して注意をしていただけである。
「それにぃ、男性に馴れ馴れしくするなって言うんですぅ。
カレシが欲しいって思うのってぇ、私だけじゃないと思いませんか〜。
婚約者の居る男の人に近づくなって言うけどぉ〜、結婚している訳じゃないんだし、婚約者より相性が良いかもしれないじゃないですか〜。
結婚してから運命の恋人に会うより、婚約ならやめちゃえばいいと思います〜」
《いや、貴族の結婚はそんなんじゃないから!》
会場にいる人々の心の声が一致する。
「………他にはどんな事を言われたのだ?」
「そうですねぇ〜、下位の貴族が王子の周りをウロチョロするなとか言われたんですよぉ。
先に話しかけるなとかも言われたかなぁ。
酷くないですか〜、学園では身分なんか関係ないのに〜」
《いや、それは学園生活において身分を気にせず学べと言う事で有って、敬意を払うなと言う事じゃないだろ!》
教師の心の声が熱を持つ。
「その人侯爵令嬢だからって、子爵家の私をバカにするんですよ〜、言葉遣いがバカっぽいとか酷いです〜」
「……………………アーデルハイネ、何か反論はあるか?」
第二王子に問われ、アーデルハイネは姿勢を正し発言する。
「敬語を使うようにと注意はしました。
異性との距離が近すぎる件も注意しましたわ。
無闇に体に触れるのは良くないと。
婚約者のおられる方に近づくのも注意しました。
言葉遣いに関しては…成人女性としてあまりよろしくないとは言いましたわ」
《至極真っ当な事では?》
周りの人達の心の声は表情にも出ていて、首を傾げる者もいる。
「それでも、爵位に関してその方を貶めるような事は言っておりません」
「それに!
それにぃ、あの人私の教科書を破ったりぃ、靴をゴミ箱に捨てたりぃ、すれ違いざまに足を引っ掛けたりぃ、後は〜う〜〜ん…そう!
階段から突き落としたんですぅ!
これってえっと、器物破損?と傷害ですよねぇ?
そんな事する人はロイ様のお嫁さんに相応しくないと思いま〜す」
アーデルハイネの言葉を遮り指折り数え、罪を告発するアザットーイ。
「私はそんな事しておりません。
第一に理由がございません」
アーデルハイネが否定すると、アザットーイは第二王子をチラチラと見ながら言葉を発する。
「それはぁ〜、私とロイ様に嫉妬したんだと思います〜。
だって私たちってとってもお似合いの二人なんだもん」
キャッ!と赤くなった頬を押さえるアザットーイ。
《バカなのか?バカなんだな?うんバカだ》
人々の目が据わってきている。
勿論第二王子の目も据わっている。
「………そろそろいいかな…。
先ずは言ったという事柄に関しては、言った本人と受け取る側の齟齬が出てくるのは良くある事だ。
アーデルハイネの発言は間違っていない」
第二王子の発言に、「え〜〜〜」と不満の声を上げるアザットーイ。
「貴族社会の事をキチンと学ぶべきだと思うのは私だけではないはずだ」
第二王子の言葉に会場中が頷く。
「私だって一生懸命勉強していますぅ〜。
ロイ様酷いです〜」
「私は君に名前を呼んで良いと言ってはいない筈だが。
それにアーデルハイネ嬢の事もあの人呼ばわりするのは貴族がどうと言うより、人としてどうなのだ?」
うんうんと、大きく頷く周りの人達。
「酷い〜!ロイ様がそんな人だったなんてガッカリですぅ〜」
「……人の話を聞かない君の頭の方がガッカリだ。
それに器物破損や傷害などと言っていたけど、クラスの違う君とは校舎も違うアーデルハイネ嬢が、どうやって君の教科書を破ったりするのかな?」
冷たい視線を向けながら問い詰める第二王子に、視線をうろうろさせるアザットーイ。
「えっとぉ…放課後かな?」
「彼女は授業が終わると王子妃教育のために毎日城へ行っているのだが」
「え?そんなの知らない……あ、そうだ!
取り巻きの人達を使って虐めをおこなっているんですぅ!
放課後に取り巻きの人達に囲まれてぇ、たかだか子爵家の分際でとか、酷い事言ったり、扇子で殴ったり、水を掛けたり、噴水に突き飛ばしたり………」
「アーデルハイネ、君の友達をこちらへ」
第二王子に言われ、いつも行動を共にしている仲の良い三人を呼ぶアーデルハイネ。
「彼女たちのことですか?」
アーデルハイネが問うと、アザットーイが指を挿しながら声を上げる。
「そう!こいつらが実行犯で、あの人が指示をしているのよ!
そんな人ロイ様に相応しくないよね?
いじめを指示する様な人より、私の方がずーーーーっとロイ様に相応しいわよ!」
《バカなのか?バカだよな。口調も取り繕えなくなって来てるよね》
呆れを通り越して スン とした表情の人達。
「………彼女達が君の事を『たかだか子爵家の分際で』と言ったんだな?」
第二王子が尋ねると、そうですと何度も頷くアザットーイ。
「君達、申し訳ないが自己紹介してもらえるかな?
こいつ……この女性にはっきりわかる様に」
周りの『あ〜あ』と言う視線に気付かないアザットーイは、訝しげな表情で三人を見ている。
第二王子の言いたい事を察した三人は、ニッコリ笑い自己紹介をした。
「初めまして、オヴァーカ様、トーリ・マキノです。
父の爵位は準男爵ですわ」
「ソノーニ騎士伯の次女、サクラ・ソノーニです」
「ガヤシーです。
平民ですから家名はありません」
「はーーーーーーー⁉︎」
自己紹介を聞いたアザットーイが叫ぶ。
「準男爵とか騎士伯ってほぼ平民じゃない!
何で侯爵家で次期王妃とか言われてる人が平民なんかと連んでんのよ!
あり得ない!」
「あり得ないと言われましても。
学園にいるからこそ爵位に関係なく友人として付き合う事ができたのです。
勿論卒業後も侍女として側に居てくれるのですけど」
「あー、コネ作りで取り巻きになったのね。
さすが平民、やる事が狡いわー」
蔑んだ目で三人を見るアザットーイに、アーデルハイネは不快な表情を浮かべる。
「彼女達はそんな方ではありません。
家柄に関係なく教養があり、視野が広く、心遣いのできる方です。
私を支えてくれる為に努力してくださった方なのです。
悪く言う事を許しませんわ!」
「うわー、何その『私下々のものにも心が広いの』アピール、笑っちゃ……」
「もう黙れ」
第二王子の低い声がアザットーイの言葉を遮る。
「そろそろ茶番を終わらせようか。
戯言ばかりで気分が悪くなって来たからな」
「茶番って……」
「茶番だろ?
ボロを出し過ぎだろ、お前」
「ひっ…酷いです〜」
「もういいから黙れと言っている」
ギロリと睨まれて口を閉じるアザットーイ。
「衛兵、コイツを牢へ連れて行け。
罪名は上位貴族に対する暴言、虚言、捏造、自作自演の器物破損、盗難、注意をしたにも関わらず私の名を呼ぶ不敬罪も加えようか」
ヒッと息を呑むアザットーイ。
「自作自演って何のことですか?」
「そのままだ。
お前が自分の教科書を破った時に、気に入らないクラスメイトのノートを破ったり、物を盗んだりしただろ」
「そ、そんな事…」
「していないとは言わせない。
影が全て見て報告してくれたからな」
「影は地面にへばり付いてるもので、見たり話したりできません!」
《いや、その影と違うし…、バカなのか?やっぱりバカとしか言いようがないな》
「影とは王家に使える諜報部員の中で、王族の身辺を見守っている者達ですよ」
「王家のストーカーが何で私の事を見てたのよ?
あ、私が王妃…」
「お前がアーデルハイネにの周りをウロチョロしていたからな、監視をさせていただけだ」
アザットーイの言葉を遮り、言い放つ第二王子に、アザットーイは膝から崩れ落ちる。
「酷い…なら最初から全部わかってて、私を晒し者にしたの?」
恨めしげな瞳で見上げるアザットーイに、鼻で笑う第二王子。
「やっと分かったか。
全てはお前の愚かさを皆に広げるための茶番だよ。
お前は私の最愛のアーデルハイネを嵌めようとしたのだからな。
皆の前で罪を明らかにし、お前の愚かさを広げるための舞台だよ。
きっと数日中にはお前の愚かさは全ての貴族に広がっているだろう」
衛兵に連れていかれるアザットーイを冷めた目で見る第二王子は、アザットーイに向けていた視線とは真逆の、愛の溢れる視線をアーデルハイネに向ける。
「ハイネ、こんな僕は嫌いかな?
でも僕は君を手放す事は出来ないんだ。
これからもずっと君だけを愛するし、君に害を与える者、与えそうな者は排除して君を守るから、僕のそばを離れないで」
小さく震える手を差し伸べる第二王子。
アーデルハイネは知っている。
アーデルハイネを嫌っていた第一王子が他国に婿入りする様に、父である国王陛下を誘導した事を。
アーデルハイネは知っている。
王子妃教育でストレス発散をしていた王妃がいつの間にか表舞台から姿を消した本当の理由を。
差し出された手を取り、にっこりと微笑むアーデルハイネ。
「愛する貴方のそばを離れるはずないですわ。
ハラーク・ロイ・オーゾック殿下」
大円団だと拍手を送る周りの人達。
ただ…誰もが心の中で密かに思うのは………
《このままこの国に居て大丈夫かなぁ》
○コにはアメディ○ですし、アーデルハイ●には白パンですよね。
ポッと出のピンクより、婚約者を信じる王子が書きたかっただけの話です。
腹黒王子は色々暗躍しています。
でもヒロインはそんな所も好きなんだと思います。