89.最低限の教育も足りてなさそう
「嘘だっ! キョウコがそんなことするわけ……」
ぱちんと扇を畳む音で言葉を遮った。大事なことを忘れているでしょう? あなた……王太子や巫女の恋人として発言する前に、人として謝罪すべきだわ。
「ねえ、婚約者がいる男が別の女に手を出すことをなんて呼ぶか、ご存じかしら? 浮気男さん。下半身で物を考えるなら、森の獣と同じよ。まず婚約者との関係を清算してから、新しい女を作るべきだったの。王家の種をあちこちにばら撒いてはいけない、その程度の教育は受けたでしょう?」
どこの王族でも似たような教育は存在する。王女を追放したり娼館落ちさせる未来を描いた作者さんには悪いけれど、現実ではありえないのよ。王侯貴族は家柄が物を言う。その根底にあるのは「血統」主義だった。数代前まで血統を遡って確認できるサラブレッドと同じで、純血であるかどうかが重要なの。
どこの馬の骨とも知れぬ、召喚者が王族に入れば血が濁るわ。聖女と呼ばれる能力者なら、その能力を手に入れるために「王太子以外」の王子や王弟が娶る。傍流ならば取り入れても影響が少なく、もし子に能力が受け継がれたなら、従兄弟や従姉妹として直系に血を戻す方法が選ばれてきた。
本流の血が濁れば、それは王家への信奉や信頼が揺らぐ。貴族も同じで、まずは家同士の繋がりを強めるために正妻の子を求めた。婚外子や庶子を受け入れるならば、その子が相応の実力や能力を見せなければならない。どこまでも純血を保つのが、国の旗頭である王族の役割なの。
好きな人だからと結婚できる王族なんて、王位継承権を捨てた王子や王女くらいよ。子を宿しても王位継承権が発生しない誓約を結んで、二人の間に子を産ませることも可能だった。そうして産まれた子は王族に連なる血筋と認められないから、将来、貴族との結婚は無理よ。
我が国なら、生殖機能を停止させて結婚させるでしょうね。お家騒動の種は芽吹かせないのが重要だわ。厳しいようだけど、尊敬や贅沢な生活と引き換えに求められる王族のモラルや規律は、他の貴族のそれと比するべくもなかった。まったく理解してないみたいだけど。
「好きな女と結婚して何が悪い!」
「最悪だわ。国民の誰より大切にされ、贅沢な生活をしているのは、あなたに自由がないからよ。結婚相手も将来も、すべて縛られて生きる代償なの。それが嫌なら王位継承権を捨て、王城を出て結婚しなさい。二度と家族に連絡をせず、金や生活の援助もなく生きていくなら……許されるかもしれないわ。だとしても我が国でお兄様が同じ選択をしたら、生殖器を切り落とされるけれど」
「野蛮だ!」
びっくりするような返答に、思わずきょとんとしてしまった。振り返って、扇の先で指し示しながらエレオノールに問う。
「ねえ、最低限の教育はしたのよね?」
「は、はい。した……はずです」
いくら弟に甘くても、最低限の教養や知識を身に付けさせなかったら、王として役に立たないものね。疑ってごめんなさい。微笑んで頷く。その態度が勘に触ったのか、ジェラルド王子は大声で騒いだ。
「貴様ら! なんの権限があって、この国で好き勝手してるんだ?!」
「ミモザ国より強大な国力を誇るシュトルンツの王族、次期女王の権限。来賓なのに、ホスト国の王太子に殺されかけた被害者の権限ね」
「な……なんのこと、だ?」
腹芸のひとつも出来ないの? ポーカーフェイスもあったもんじゃないわ。呆れて溜め息を吐く。どちらにしろ、彼が王位に就いたら国が傾いたでしょう。他国から馬鹿にされるし、いいカモだった。アリッサム国の前タヌキ国王でも、彼なら手玉に取られそうよ。




