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59.お礼を言うべきかしら

「お嬢様の仰せのままに」


 テオドールの返答に重なって、苦痛の声が上がった。悲鳴は噛み殺したが、老体ががくりと膝を突く。本当に遊んでいたのね。テオドールへの仕置きと褒美のバランスを考え直さないといけないわ。


 眉を寄せた私と違い、侍女達は青褪めている。多少鍛えた執事程度の認識だったテオドールが、かつて東方騎士団を率いた男を相手に押していた。細いレイピアに似た武器は、アーレント卿の鎧の上を滑る。シャン、と美しい音が響くたび、関節や鎧の隙間へ深く埋め込まれた。


 細い剣は抜くたびに赤い血を滴らせる。情け容赦なく、本気で勝ちに出た暗殺者を、引退した騎士が止められるはずはなかった。だって、テオドールはまだ()()だもの。身体能力も高く、私を守る決意も固い彼が油断するわけないわ。


 隙を見せず、アーレント卿の手足を潰したテオドールの剣先が首に振り下ろされる。


「そこまでよ」


 殺したら価値が半減する。この男は生きて恥を晒し、過去の栄光をすべて剥ぎ取って後悔させたいの。おそらく今回の襲撃は最初から最後まで、この男が絡んでるはずだから。


「承知いたしました」


 素直に力を加減し、首を強打するに留めたテオドールは、そのまま戦う騎士達の応援に入った。円陣を組んだ騎士の守りは鉄壁だが、数を減らすには至らなかった。後ろから挟撃する形でテオドールが参戦すると、すぐに戦況は覆る。


「引けっ!」


 ここでようやく号令がかかるも、退却のタイミングとしては遅かった。戦の采配に才能がない私でもそう感じる。テオドールは逃げる者の背に容赦なく短剣を投げ、騎士も追撃に入った。


 上手に二手に分かれ、守備も残していく辺りは優秀ね。東方騎士団は実戦で十分使えそう。今後の参考にさせてもらいましょう。振り返った私は、肩を竦めて友人に苦笑いする。


「エルフリーデ、動かないでと言ったでしょう」


「横たわっていたら、危険が迫ったときに対応が遅れます」


「なら、ありがとうとお礼を言うべきかしら」


 驚いた顔をしたエルフリーデは対応に困ったみたい。まさかお礼を言われると思わなかった。そう呟いて真っ赤な顔を伏せる。どんな状況であれ、私のために動いてくれた人に礼のひとつも言わない女じゃなくてよ。


 侍女達もほっとした顔で、互いの無事を確かめ合う。そんな彼女らにも礼を告げた。役に立つ立たないではなく、身を挺して戦おうとした気持ちが嬉しいの。


「お嬢様、すべて捕獲に成功しております。邪魔なので首を刎ねても構いませんか」


「生捕りは無理かしら」


 物騒なこと言わないで。できたら証拠は多い方がいいわ。襲って来た彼らとアーレント卿の関係も興味があるし。何より、死人に口なしでアーレント卿が言い逃れる可能性を残したくないの。脅されたとか、そういう理由があってはいけないのよ。


 私の目を見つめ返したテオドールは、にっこりと微笑んだ。通じたみたいね。これだけ戦って、返り血をほとんど浴びてないのが驚きよ。彼の身体能力って、同じ人とは思えないわ。


「王太女殿下、アーレント卿は……その」


 どうして裏切ったのか。そんな言葉を口に乗せるのを躊躇う騎士へ、私はゆっくり首を横に振った。


「憶測で言えないわ。でも事実だけを覚えておいて」


「はい」


 敬礼する彼らは、勝手に今の言葉を誤解するでしょうね。憶測で過去の栄光を貶めてはならない。どんな人であれ、東方騎士団を率いて治世に尽くした人、その事実を忘れないで。そんな風に受け取ったはず。私はそう聞こえるように誘導したもの。


 そもそも、アーレント卿の行動はおかしい。私の救助に向かうのに我が国の旗を立てなかった。私が国外にいたなら、極秘行動も納得出来るわ。このせいで敵味方の判別が遅れたの。もしエルフリーデが戦える状態なら、先制攻撃を受けた可能性があるのに。


 この時点で、彼女がケガをして戦えない情報を知っていると考えた。引退した元団長が、どこのルートから情報を仕入れたのか。騎士は確認していないはず。ここも問題点ね。


 敵の襲撃を受けた私の名を、敵がいるかも知れない場所で大声で叫ぶ。すべてが彼を敵だと物語っていた。普通はね、現場で私に捕虜の対処を尋ねたりしないのよ。だって生かして捕らえたなら、利用価値があるって意味だもの。殺させようと仕向けた時点で、彼の敵対は確実だったの。

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