表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
477/484

テオドール・ワイエルシュトラウスの場合

 生まれから卑しい存在だと思っていた。まるで異国の蟲毒のように、見目美しい男女が入り乱れて子をなす。その結果が俺だ。数えるのも嫌になるほど兄姉がいる。もちろん弟妹も同様だった。汚い存在と自分を認識したのは、いつだっただろう。


 国が崩壊して奴隷として売られた先で、毒に体を慣らした。耐性をつける目的で、半数近い奴隷が死んでいく。生き残った者に厳しい訓練を課し、暗殺者へ育て上げる組織だった。穢れた血の元王子は体内を毒に染め、両手を真っ赤に汚して死ぬのだ。


 諦めに満ちた俺を、暗闇から救ったのは女神のような少女だった。美しい白い手を躊躇いなく差し伸べ、微笑んで光の中へ引き上げる。汚く臭いガキに「よく生きていたわ」と微笑んだ。ローゼンミュラー王太女殿下、そう呼ばれる少女に俺は囚われた。


 心が縛られる感覚が心地よくて、この人のすべてを手に入れたいと願う。身に過ぎた想いを抱えながら、いつかこの方に捨てられる夢を見た。あの美しい青い瞳に俺が映らなくなるなら、抉ってしまおうか。狂気に揺れる俺を繋ぎ留めたのも、ブリュンヒルト様だ。


「私の執事になりなさい。専属になれば、着替えも身の回りの世話もすべて……あなたに任せるわ」


 嘘を吐かない主君のため、全身全霊を注いだ。王宮の執事長に師事し、ブリュンヒルト様に関するすべてを記憶する。好み、振る舞い、言葉に隠された棘や牙まで。そのお考えを阿吽の呼吸で捉えたとき、あの方は私に手を触れた。


 頬を撫で「よくやった」と褒めてくださる。努力も苦労も報われた。いや、ブリュンヒルト様のためなら苦労すら甘美だ。体に触れる医師が妬ましくて、医師の資格も取得した。優秀だと称賛されるたび、ブリュンヒルト様に相応しい犬になれたと嬉しくなる。


 他国に出向き、有能な配下を増やしていく。それでも一番近くにいる側近は、常に俺だった。表面上は穏やかな「私」の仮面を被り、ブリュンヒルト様を補佐する。


 女王に即位する直前、ブリュンヒルト様は私を選んだと仰った。何を言われたのか、初めて理解できずに返した言葉で激昂される。私を……この俺を選んだ、と?!


 あの歓喜は筆舌に尽くしがたい。ブリュンヒルト様が俺を選ぶなら、この世界に何も要らない。俺だけが触れる権利を得た。美しく気高い孤高の女神が、俺のような獣を側に置いてくれるのだ。体を繋いでも、子をなしても、夢は覚めなかった。



「テオ、そろそろリュシアンが戻るわ。全員揃ったら、いつものお茶を淹れて頂戴。あなたのお茶でないと満足できないの」


 我が儘に振舞う主人であり、妻でもある()()()に笑顔で頷いた。


「承知しております。お茶菓子は三種類ご用意しました」


「レモンの焼き菓子は?」


「もちろん、ございます」


 ヒルトの好みをこの俺が忘れるはずはない。当然用意したと胸を張る。年老いてなお、美しさと輝かしさを増した俺だけの女神だ。その柔らかな白い手を、どうか俺に預けてほしい。差し伸べた手に、ヒルトが触れることを……今は疑いもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ