クリスティーネ・エンゲルブレヒトの場合
貴族同士の情報戦が当たり前の国に生まれて、騙される側に回る気はなかった。前世の知識もあるから、私は一歩リードしているはず。ルピナス帝国の中で一目置かれる存在になった頃、第二王子殿下が婚約破棄を考えていると聞いた。
正直、嬉しいと思ってしまう。だって能無しを夫にするのは、私の才能の無駄遣いだわ。それにせっかく異世界に来たなら、あちこち見て回りたかった。前世ではお金がなくて海外旅行先が限定されたけれど、この世界では侯爵令嬢よ。お金も地位もあるなら、自由に生きたいと願うのが普通でしょう。
家族との仲も良好で、虐げられることもない。結婚しない娘は困るだろうから、貴族令嬢として政略結婚は受け入れる。でも、その後で理由をつけて国を出るつもりだった。外交官なんて素敵よね。大使夫人あたりが理想的だけれど……よりによって第二王子だなんて。
中途半端すぎる。他国を回るのに、王族の妃は最悪だわ。見たいところへ行けないし、外遊や友好親善で訪れたら拘束される。好きな国へ向かうのも難しい。行き先も目的も決められ、せっかく他国へ出向いても夜会くらいしか活躍の場がないのよ?
あの王子が他の女の腰を抱いて「真実の愛」を叫んだ時、内心でガッツポーズするくらい嬉しかったの。だからアウグスト王子がワインのグラスを掴んだ時も、被って退場すればいいと考えた。まさか……大国の王太女殿下が被害に遭うとは思わなくて。
宣戦布告だと胸を張る彼女に見惚れた。窮屈なはずの跡取りの地位にいて、他国に出向いて側近を選んでいると言い切る。その自由さも、奔放さも、言葉で皇帝を下す鋭さも……羨ましかった。だから踏み出した。
ローゼンミュラー王太女殿下の手を取ったの。口説かれて側近になった私は、外交を任された。諸国へ出向く立場を得て、シュトルンツの貴族を見初める。ええ、私が選んだのよ。彼ではない。ローヴァイン男爵ラウレンツは、私の獲物だわ。
狙いを定めた私に、ブリュンヒルト様は寛大だった。身分差などとくだらない言葉を吐かない。追い回して、逃げる彼を追い詰めて、最後に口説き落とした。必死だったけれど、あの時間は後から考えると楽しかったわ。
「ラウレンツ、次はどこへ行こうかしら?」
「南のほうで小さな騒動があったようです。気になりませんか?」
「あら、どんな話?」
いつだって情報交換はベッドの上。薄着でじゃれ合って、年上の彼に甘える。そんな幸せな時間に、無粋な迎えが飛び込んだ。
「ちょ! 事前に連絡してあっただろ?! さっさと準備しろよ……って、攻撃するな!!」
「最愛の妻のあられもない姿を覗き見る賊は、殺されても仕方ないでしょう?」
素敵な口説き文句ね。くすくす笑いながら、ガウンを羽織る。すぐに着替えると言い残し、部屋を後にした。寝室で大きな物音がするけれど……困ったわね。久しぶりにブリュンヒルト様にお会いするんですもの、着飾りたいわ。でも時間がないし……。
迷いながら選んだ服に袖を通す。呼び出した侍女の手を借りて、正装という武器を身に着けた。装飾品を選んで、化粧で気持ちを切り替える。遅れてしまうわね、あの人も準備できたならいいけれど。




