エレオノール・ラングロワの場合
書き終えた手紙を確認してペンを置いた。封をして届ける前に、大人しく待っていた弟ジェラルドの髪を撫でる。こんなに穏やかな日々を迎えられるとは、思わなかったわ。
ブリュンヒルト様に出会う前、私は突然降ってきたという巫女を持て余していた。本人は聖女だというし、人前に突然現れたのも事実だ。予言に残された巫女であると、お父様達も認めた。世話を任されたものの、彼女は奔放すぎた。
何度注意しても、ジェラルドへの過激な接触をやめない。他の貴族への無礼な態度も改めない。悩む間に巫女の評判は悪化した。手の打ちようがなくて放置すれば、父に呼び出されて叱責されるのは私。巫女本人へ注意しようにも、ジェラルドが邪魔をした。
そんな手詰まりの状況を切り開いたのが、ローゼンミュラー王太女殿下だったの。直前に襲われた話も知らず、私は巫女の非礼に震えていた。無礼を通り越し、非礼に当たる。大国の後継である王太女殿下を指さして「誰?」などと口にするなんて。
慌てて下がらせたが、夜会会場でもやらかした。それもジェラルドまで一緒になって……。婚約破棄騒動で騒がしい場が凍り付いたのは、ブリュンヒルト様が「予言内容を知っている」と口にしたから。驚いて固まったわ。
堂々と父や弟を言い負かし、無礼な巫女を処断した。役に立たない「予言に記されただけ」の巫女だと最初から知っていても、ジェラルドは惚れたかしら? 未練がましくそんなことを考えた。結局、愚かな弟はブリュンヒルト様を殺そうとして、恐ろしい執事に壊されてしまった。
いえ、壊してもらってよかったわ。可愛い私だけのジェラルドが帰ってきたんだもの。撫でれば素直に頬を摺り寄せ、甘えてくる。愛玩動物のようだけれど、これが私達の愛だった。ブリュンヒルト様は私の愛を否定しない。
「あなたが迎えに来たのね」
「ああ、ほかにいないだろ。こんなに優秀な精霊師は」
にやりと笑うハイエルフへ、敬意を示して会釈する。ここで「こんなに優秀な男」なんて言われていたら、真っ向から否定したわ。精霊師という表現は、ハイエルフかエルフしか対象としない。エルフリーデも精霊の剣の乙女であって、精霊師の呼称は使わなかった。
「お手をどうぞ……っと、ワンコも連れてくのか?」
「いいえ。今日はお茶だけだから……お留守番できるわよね、ジェラルド」
不満そうな顔をするけれど、ジェラルドは拗ねた様にそっぽを向いた。硬い髪を何度か撫でて、私は弟ではない男の手を取る。ブリュンヒルト様が待っておられるわ。きっと……楽しい時間を過ごせるはず。
年老いていく速度も種族で違うから、また「狡いわ」と言われてしまうかしら? 困ったような顔で微笑むのをやめて「そんなことありませんわ」と返してみましょう。どんな顔をなさるか楽しみね。




