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455.(幕後)一番貴重なものを望んだ

 母は忙しい人だった。幼い頃は一緒にいてほしいと泣いたこともある。代わりに乳母がいたけれど、僕は母といたかった。


 ある程度の年齢になれば、母ブリュンヒルトは一国の女王であり、育児をする暇がないのだと理解する。それでも寂しかった。少ない自由時間をやりくりして、会いに来てくれる。その時間が楽しみだった。二歳上の姉も、同じだろう。


「フリッツ、我が侭はいけないわ。お母様は本当に忙しいんだから」


「分かってるけど」


 会いたいし、一緒にいたい。同じ部屋にいるだけでいい。そう泣いた。すると、普段は接点のない父が僕を抱き上げた。姉ヴィンフリーゼの手を引いて、廊下を移動する。こんなに遠くの部屋に来たのは初めてだった。僕や姉は、昇降魔法陣を使えないから。


「失礼します。ヴィンフリーゼ様、フリードリヒ様をお連れしました」


「……テオドール、何度言ったら分かるの? この子達はあなたの娘で息子よ」


 困ったような顔をするお父様は、その後、リゼとフリッツと呼んでくれた。僕はそれが嬉しい。だってお父様はいつもお母様と一緒で、僕達を好きじゃないと思ってた。






「あの頃は、理解したつもりで分かっていなかったんだ」


 呟いた僕は、がたんと大きく揺れた馬車の中で妻の肩を抱き寄せる。祖母の墓参りの帰り道だった。前の馬車には、父上と母上が乗っている。


「子どもなら当然です」


 従姉妹でもあるローザリンデの慰めに、泣きそうになった。あの頃、両親に認めてほしかった。僕がここにいることを、いつも手を伸ばして愛してほしいと泣いていることを。知って、手を握り返されたかった。


 諦めを覚え始めたある日、妹のパティが誘拐された。茂みから伸びた手がパティを掴んで、泣くのに引っ張った。僕は考える前に飛びついて、頭に大ケガを負ったんだ。あの騒動で、母上は変わった。


 姉上や僕と過ごす時間を増やしてくれたし、ケガのお見舞いもほぼ毎日。僕が寝ていても優しく撫でていたと、侍女から聞いて嬉しかった。愛されてると感じる。


 誘拐されたパティと追いかけた姉上を、父上が助けたと聞いて驚く。ケガをした僕の傷を確認し、丁寧に包帯を巻いた。その後から、共に過ごす時間が増える。穏やかに母上のことを教えてくれた。


 どんなお茶を飲んだか、好きなお茶菓子のこと、本当は可愛いひらひらの服が好きなこと。僕はもちろん、姉上も目を輝かせて聞き入った。パティはまだ幼くて、落ち着きがなかったけど。


「いいお父様ね」


「ん? そう、かな。難しいけど、あの人は父親になったと思ってなかったかも」


 僕らの父親ではなく、母上の夫だった。母上が産んだ子だから、大切に接する。母上との間を取り持って、嬉しそうに笑う。すべては母が望んでいたから、僕らにも興味を向けただけ。


「そうかしら」


「たぶんね、あの人はそういう人種なんだよ。母上がいなくなれば、即座に首を掻き切って追うくらいの覚悟はありそう。羨ましいくらい、母上を好きなんだ」


 この気持ちは勝てる気がしない。そう笑った僕の頬に、妻の指先が触れた。


「幸せだったのね、そうでなければこの涙はないもの」


 そうだね。厳しい教育や躾を受けた姉上も、今は立派な女王だ。僕も公爵家当主となって何不自由なく暮らしている。パティは結婚しないと自由にしているけど。


 不自由なはずの王族に生まれて、これほど幸せなんだから。僕達は確かに愛されている。


 祖母も優しくしてもらった記憶しかなかった。お菓子を用意して待っていて、いつもお土産を持たせてくれる。決して僕を後回しにしなかった。父上や母上とは違う愛情を貰ったんだ。


「ねえ、私のお父様はあなたのお母様が大切で仕方ないの。これはお母様から聞いたから、間違いないわ」


 こっそりローザが教えてくれた情報に、頬が緩んだ。姉妹が大事なのは普通だし、距離があって寂しくても繋がっている。大人になった今は、幼い頃の母上との時間がどれほど貴重だったか分かる。


 女王として君臨し、他国を併合して国を富ませる母上は、本当に時間がなかった。少しでも体を休めたい時間を削り、子どもとの時間を作ったんだ。僕もそうありたい。


「僕は立派な父親になれるだろうか」


「きっとなれるわ。だってフリッツは、立派なお義父様に育ててもらったじゃない?」


 ふわりと笑う妻の頬や鼻先にキスを送り、最後に嬉しい言葉を紡ぐ唇を奪った。


 願わくば父を母が看取ってくれますように。祖母を亡くした祖父はひどく落ち込んでいたから。逆なら、父上は待っているだろう。でも母上は先に逝ってしまいそうで……。そんな考えを振り切るように、馬車が大きく揺れた。領地の境を越え、屋敷はもう目の前だった。












*********************

 フリードリヒ君、まだまだ子どもです。王族籍を抜けて正解でした。特殊な家に生まれた、普通の子だった_( _*´ ꒳ `*)_

 次はパトリツィアでしょうか。この際だから書いちゃうかな。

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