38.吹っ切れたなら良かったわ
許せるかと聞かれたら、許せないでしょう。ただ謝罪されても納得できない。それが感情を持つ生き物にとって、当然のこと。リュシアンはこの感情を悪だと考えるのかしら。
「俺は助けたい」
「それでいいのね?」
念を押した。頷くリュシアンに微笑む。言葉で肯定する必要はないわ。リュシアンは何かが吹っ切れた顔だった。決断するまでの葛藤が嘘のように、穏やかな金瞳を瞬く。
「ユーグに代償を求めることと、あの子らを見捨てることは同じじゃない。それをしてしまったら、俺はあいつらと同じだ」
エルフリーデは何も言わない。緑の瞳はゆっくり瞬き、私の反応を待っていた。リュシアンのいう「あいつら」は、故郷のハイエルフの事ね。無関係の者に罪を問う。彼がされた行為を、そのまま押しつけるのは間違いだ。リュシアンがそう判断したなら、私は彼を支持するわ。
「分かったわ。聖杯の箱を持って付いてきて」
蓋を開けないよう注意し、再び病院内に戻る。テオドールもほぼ同時に戻った。魔王達は病室に異常がないか見回して、外から戻った私達に一礼する。簡素な会釈だが、高位貴族である彼らの精一杯だろう。
気位が高く、魔族が最上の種族と考える魔王達にとって、人の国の王太女なんて虫ケラ同然のはず。それでも治せる可能性を持つ医師を従えるのが私だから、子どもの為に頭を下げる。やはり王として立派だわ。
「テオドール殿が口にされた治療を試したい。協力をお願いできないか」
「構いませんわ。その前に……ひとつだけお願いがありますの。魔王陛下、この治療が終わったら、リュシアンと話をしてくださいませんか?」
驚いた顔をした魔王ユーグは、ゆっくりと視線をリュシアンへ向けた。正面から視線を受け止め、睨むでもなく落ち着いた様子のリュシアン。見つめ合った後、先に視線を逸らしたのは魔王だった。
「分かりました」
「では、治療を始めましょう。テオドール、リュシアン」
呼ばれた二人が並んで、一番近い距離にいた子どもに近づく。誰が来たのか確認する気力もない病人のベッドに、リュシアンは木箱を置いた。その上に手を置いて、小さな声で願う。この子に入り込んだ病の原因を消し去るように、と。
古代語で紡がれる願いは、豊かな音で響いた。まるで歌のよう。美しい響きが終わる頃、子どもの全身が光った。ぱちりと目を開いた子は、自分の両手を持ち上げて不思議そうに呟く。
「体、痛くない」
「マルク! 心配したのよ、よかったわ。ありがとうございます」
駆け寄って抱き締め、涙ながらに頭を下げる女性は母親らしい。頭に大きな羊のツノが付いた彼女は、回復した我が子の顔中にキスを降らせた。微笑んで頷いたリュシアンに、ユーグも頭を下げる。
「テオドール、魔法陣の準備は出来ていて?」
「こちらに」
リュシアンが一人ずつ治すのも、ナイチンゲールみたいで絵になるけど。時間がかかり過ぎるわ。精霊魔法を使うリュシアンの治療を、テオドールの魔法陣で病院全体に広げるのが効率的だった。
事前の打ち合わせ通り、テオドールがリュシアンを魔法陣へ誘導する。その中央で胡座をかいて座ったリュシアンは、聖杯の箱を膝に載せた。先ほどより長い古代語が紡がれ、精霊が集まってくる。力を貸してくれと伸ばされた手に宿り、ぼんやりと光った精霊が蛍のように舞った。
原作では描かれなかったシーンね。とても綺麗だわ。この光が子ども達を助けるのよ。私はエルフリーデと肩を寄せ、手を握り合ってこの光景に見入った。




