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35.あなた、いま帰る対象を私の国だと言ったのよ?

 アルストロメリア聖国を出ていてよかったわ。少し遠回りになるけど、聖国を通るのは危険だから回り込んだ。魔国の隣にあった小国はお祖母様の代に併合されている。そのため、魔国へ領地が直接繋がっていた。この辺はテオドールも知って手配したはずよ。


 本当は子爵の砦より、男爵が管理する隣の砦の方がアルストロメリア聖国に近いんだもの。遠回りしてあの砦に駆け込んだのは、魔国へ向かう時に街道へ直接繋がる距離を重視した。分かっていても、あの子爵は勘弁してほしいわ。自らの息子を側近という名の夫候補に押し込んでくる。テオドールに処分されちゃうわよ?


 馬車に乗って出かける寸前、嫌な噂を聞いた。なんでも子爵とその息子が廊下で黒い影に襲われたとか。その廊下が私が眠る客間に近かったなら、間違いなく犯人は彼ね。既成事実でも作ろうとしたのかしら? まあ、万が一にも入室できたとして、私に指一本触れられなかったでしょうね。


 異世界チートは、私にもあるのよ。最大は隣国すべての物語を覚えている知識チートだけど、それだけじゃなかった。そうでなければ、命令されてもあの執事が私の側を離れるわけがない。無力なら、たとえ1時間でも自由なんてないわ。


 一度部屋に運んだ荷物を再び馬車に乗せ、青白い顔で見送る子爵に笑顔で別れを告げた。その後、執事テオドールが何か囁いたら、青ざめて震えていたけど……気のせいよ。


 エルフリーデが騎乗したため、馬車の中は少し広くなった。テオドールは当然のように私の隣に陣取り、向かいでリュシアンが溜め息をつく。


「その執事、いろいろ間違ってないか?」


「仕方ないのよ。とても役に立つ番犬だもの」


 気安く話しかけるリュシアンは、だいぶ外面が剥がれた。ハイエルフの頂点に立つ実力は、彼に窮屈な日常を強いてきたはず。粗野に振舞えば「相応しくない」と罵られ、大人しくしとやかに振舞う癖がついた。それも小説で読んで知ってるから、彼の乱暴な口調は親しさの証と受け止める。


「聖杯の偽物って、もうないのか?」


「ええ。作らせてないけど、折角だから大量生産して宴で使おうかしら」


 デザインは好きなの。それに見た目も豪華そうだし、きっと宴で人気が出るわ。お土産にしてもいいけど。そう笑うと、嫌そうな顔で「やめておけ」と否定された。


「魔国に着いたら、子どもを治してさっさと帰るぞ」


「分かったわ」


 気づいてるかしら。あなた、いま帰る対象を私の国だと言ったのよ? 私がいる場所を帰る家と思ってくれたら嬉しいけど、それはまだ先ね。リュシアンの隣、空白になった場所に置かれた小さな木箱に目を向けた。


 本物の聖杯が入っている。国に戻ったら、立派な箱を仕立ててしまわないといけないわね。お土産用に回収した偽物を、シュトルンツ国の教会に置こうかしら。魔国の分はそのまま持たせておきましょう。聖国が偽物だと気づく日は来るかしら。


 精霊達が教えなければ区別がつかないなら、どちらでも同じね。揺れる馬車の中で、私は窓の外へ視線を向ける。異世界でもワイバーンが飛んでたり、しないのよね。残念だわ。長閑な田園風景が広がる街道は、ゆっくりと貿易都市へ向かっていた。


 魔国から産出する鉱石類を取引するために作られた人工都市は、この国で唯一外壁を持つ小さな町だ。レンガを積んだ外壁が遠くに見える。


「お嬢様、休憩は町に入ってからにしましょう」


「任せるわ」


 私は揺られているだけだもの。よくある異世界転生みたいに、転移のチート魔法が欲しかったわ。ぼやく私を乗せた馬車は、開かれた門の内側へと吸い込まれた。

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