26.どちらの顔も立てる策が必要かしら
到着してから3日間、私は用意された神殿の部屋でのんびりと過ごした。実際疲れているからちょうど良かったわ。これから行動を起こすのに、隈のある青い顔色の王太女殿下なんて、カッコ悪いもの。
テオドールは私の支度を整えると、朝から出掛ける。昼に一度戻って報告を済ませると、また夕方になるまで外出した。それでも、私の入浴時間前には戻るのよね。下着や服を用意するのは、彼の大事な仕事ですもの。他の侍女やエルフには任せられないんですって。
私としては、執事が下着まで用意するのはおかしいと思うけれど。まあ、テオドールだから諦めてるわ。16歳までは、目隠しをして風呂の世話までしてたのよ? さすがにお母様に止められたけれど。過去の暗闇訓練が役立ったと微笑まれても、ジョークか判断できなかったわ。
「エルフリーデもいないのよね」
はぁ……退屈だわ。そう呟いて庭を見詰める。自然の森を再現したような美しい光景は、自国の庭と全然違う。大輪の薔薇はなく、代わりに花弁の小さな野薔薇が顔を覗かせる程度。むせ返るほどに香りの強いローズマリーが、薄紫の花弁を揺らしていた。
菜の花畑みたい。色は違うけど、ひとつの植物に支配された庭は、ある意味自然なのでしょうね。この時期に花咲くものしか見えない。その下で、夏に咲く花々は準備をしている時期だもの。
日本だと梅雨の頃、春の終わりに花開くローズマリーは、「聖杯物語」を彩る小道具のひとつだった。この花が満ちた月光の庭で、宴の夜に聖杯は魔王の手に渡る。幻想的な情景描写が評価された小説は、強いローズマリーの香りまで届けた。
香りを知らなかった私は、慌ててハーブを買いにスーパーへ行ったのよ。乾燥ハーブじゃ我慢できなくて、通販で香油を手に入れて部屋に漂わせた。雰囲気に浸りながら、最終巻を読んだのよね。
「お待たせしました、ブリュンヒルト様。準備が整いましたわ」
「お嬢様、こちらの準備も終わりました」
ほぼ同時に戻ってきた二人に、私は穏やかな笑みで頷く。
「お疲れ様。お茶を振る舞うわね」
立ち上がり、手元のポットに触れる。温度が低いわね。眉を寄せた私に気づいたエルフリーデが、魔法で氷を作り出した。彼女は人族の中では魔力が高い。悪役令嬢のチート補正よね、と笑い合った。
「お体が冷えます」
湯を沸かす気で炎を作ったテオドールが、不機嫌そうに張り合う。これはどちらの顔も立てる策が必要かしら。
「ではテオドールは新しいお茶を沸かして。エルフリーデの氷で少し冷やしていただくわ」
自分のカップの氷を半分に減らす。これで体が冷えすぎないでしょう? そう妥協を促す私に、テオドールは機嫌を直したみたい。すぐに新しいポットでお茶を用意し始めた。ローズマリーの強すぎる香りを払うように、特徴あるアールグレイの紅茶が振る舞われた。
アイスティに向いてる紅茶、それも香りの強い銘柄を選ぶ辺り、さすがは私の専属執事だわ。円卓を囲んで座り、私達は長いお茶会を始めた。情報共有は、作戦の肝だから疎かに出来ないのよ。
ここ3日間、不在の二人を悟られないよう小さな騒動を起こし続けた。お茶のポットをひっくり返したり、庭で転んでみたり。そそっかしい世間知らずのフリをしながら囮役を過ごした。その甲斐あって、新しい情報がいくつも手に入る。整理した情報を元に、作戦の修正を行なった。
「決戦は今夜よ」




