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【サポーター特典SS】※2022/10/16公開

 魔国バルバストル。魔族が集う国は、迫害の末に生まれた。圧倒的な魔力を誇る魔族は少なく、ほとんどは人族よりやや魔力が多い程度だ。そのため魔法が使えると重宝され、各国に散っていた。いつからか、そんな彼らが迫害され、搾取から逃げてきたのは。


 先代魔王の時代から保護政策を始めた。この頃はまだ「国」としての形が不安定で、他国との会合はほとんどが不調に終わった。地方の一種族が国のトップに口を利くなど烏滸がましい。面と向かってそう言われた経験もある。だから国を作った。


 空に浮かんだ月を見ながら、溜め息をついて暦盤を眺める。指で年月を示す盤をなぞった。人族は紙にインクで記すそうだが、その手法では数百年程度しか残せない。歴史が長く寿命が千年以上の魔族は、己が生きた証を後世に残すため、金属の盤に刻み込む方法を選んだ。


 あと数日だ。もう少しで、唯一の友であるリュシアンに会える。彼に告げられた期限まで、2日を切った。これは、あの風変わりな人族の王太女が女王になり、召されてから3年後の命日だ。精霊の守る森で暮らすアルストロメリア聖国のハイエルフが、こんなに長期間外にいるのは初めての事例だろう。


 リュシアンを裏切ったことは、後悔しない。魔国が亡びれば、弱い魔族は搾取の対象にされる。それを防ぎ、他国の干渉を拒むのは王侯貴族の義務だった。誘拐された子がいれば、貴族達が動いて助ける。国の危機とあれば、王が命を投げうってでも危機を回避する。


 力を持つ者の義務だった。当たり前だった義務が厭わしいと感じたのは、後にも先にもあの時だけだろう。リュシアンを裏切ると決めた日、私の心は引き裂かれた。その傷を癒すのも、さらに血を流すのも、リュシアンの言葉ひとつ。


 宣言通り、魔国がある島を除く大陸を制覇したシュトルンツの新女王は、リュシアンに目を掛けていた。人族が持つ知識を授け、代わりに彼の助力を得る。孤独から魔族と交流を持つほど寂しがり屋の彼に、一度も孤独を感じさせなかった。それだけで尊敬に値する。


 何も知らぬ者がみれば、ハイエルフを連れ出して利用した女王だろう。彼の知識を利用し、己の治世の基盤を固めた。それも間違いではない。だが、あの女王は傲岸不遜ではなかった。自信に満ち溢れ、己の才能を過信せず、配下とした者の才能を伸ばす術を知っている。


 シュトルンツが大陸を制覇する少し前、突然連絡があった。すでに老いた彼女は、十分に美しさと気高さを保つ姿で笑う。扇を広げて、昔のように優雅に。この魔国を切り離しませんか? それが提案の内容だった。大陸制覇を目前にした彼女にとって、魔国は吸収対象だ。


「魔国は独立している方が好ましいのです」


 いざという時の逃げ場として、すべての国を統一しない方がいい。大陸制覇を掲げる彼女らしくない意見だと思ったが、理由を聞いて納得した。同じ国ならば差別を減らせる。種族も国も混ぜてしまえばいい。混血が進むほど、寛容になるだろう。その一方で、混じらない種族に偏見が集中する。


 魔族と交わり子を成すことが出来るのはハイエルフだけ。圧倒的に数の多い人族では、生まれるまでに母体が死んでしまう。逆もまたしかり、魔族の女性が孕んでも子は生まれるまでに死ぬ。ならば、魔族は迫害対象として残ってしまうのだ。


「魔族を守るため、王侯貴族が力を合わせたら可能でしょう?」


 すでに試算を終えたのだろう。自信満々で言い切られ、出来ないと言えない雰囲気を作られた。たかだか100年の寿命しかない人族に、ここまで利用されるとは。徹底的に拗れる前にリュシアンの気持ちを逸らして私を救い、今回は種族まで守ろうとした。


 呼び出された無礼も忘れ、私は最上級の賛辞を込めて彼女の額に口付けた。途端に、隣に控える男に凄まじい殺気を飛ばされる。彼が全盛期なら、私の首を一度くらい切り離せたかも知れない。そう思わせる実力者も、今は老いてしまった。


 誰もが私を置いていく。控えるリュシアンの目が、私に真っすぐ向けられた。その時に悟る。ああ、もう女王の寿命は長くない。当人も周囲もそれを知るから、彼女の最後の望みを叶えようとしているのだと。ならば、私もその一端を担うとしよう。


 魔国を島として切り離す。膨大な魔力を注ぎ、貴族を総動員して行った地殻変動は、大陸と魔国の間に巨大船を5隻連ねるほどの距離を作り出した。間に橋を渡して交流は行うが、大陸外として侵略対象から外される。この時点で、女王の大陸制覇は完全に成された。


 あと二日だ。リュシアンに会えたら何を言おうか。謝罪はもう相応しくない。ならば子らを救ってくれた感謝? それも違う。ああ、そうだ。もう一度友になって欲しいと願おう。彼が頷いてくれるまで、何度でも。


「おいっ、目を開けたまま寝てるのかよ!」


 乱暴になった口調が不思議と似合う銀髪の青年は、黄金の瞳を不機嫌そうに歪めて私の鼻をつまむ。精霊が気配を消したのだろうが、驚いた。こんなに簡単に触れられるとは、魔王の名を返上するか。


「そうだな、長く待った」


「ああ、そうかよ」


 誰が悪いんだ。そんな口調でリュシアンは肩を竦める。約束の日まであと二日あるのに、自ら出向いてくれたのか。憎まれ口はやめておこう。これから「私の友人になってくれ」と頼む立場だからな。くつりと喉の奥で笑い、眉を寄せたハイエルフを抱き寄せる。


「やめろっ、こら!」


 騒ぐ彼の耳元に口を寄せて、決めていた懇願の言葉を流し込む。ぴたりと動きが止まったリュシアンの耳や首筋が赤くなり、ぐったりと力を抜いた。抱き留めたリュシアンは首に顔を埋めて、ぼそりと呟く。


「おせぇんだよ」


 許された瞬間だ。私は再び友を取り戻せた。これもすべて、あの女王のお陰だろうな。明後日の命日に、花でも供えてやるか。


「はぁ? 何言ってんだ。本当に耄碌したんだな。今日が命日だよ」


「……公式発表と違うぞ?」


「公式は公式、事実は事実だ」


 どうやら、最後の瞬間まで一発かまされたらしい。リュシアンを膝に乗せたまま、私は数十年ぶりに腹が痛くなるほど笑った。彼はその間ずっと、私から離れずに悪態をついていたが。


 月光が雲に遮られ、暗闇が訪れる。直後に雲の切れ間で月明かりに照らされた友人は、顔を真っ赤にして新しい悪態をつく。このくらいの関係が丁度いい。近づぎず、遠すぎない。まるで大陸と島を隔てる溝のように、私とリュシアンの間にも距離は必要だ。そう思えたことが、私の一番の成長だろう。








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カクヨム、10月有料サポーター様のリクエストSSです。

1ヵ月以上経過したので、公開しました。

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