18.私の代で大陸を統一したいの
「シュトルンツ国王子、カールハインツ・ローゼンベルガーである! いざ、勝負」
「エルフリーデ・ツヴァンツィガーですわ。お受けします」
互いに名乗りあって、剣を構える。次の瞬間、弾かれたように飛び出したカールお兄様が大剣を振り上げる。しかし軽くいなされて、精霊の剣がきらりと輝いた。
驚くほど簡単に決着がつく。もちろん、私の大切な側近エルフリーデの勝ちよ。予想通り過ぎて、笑ってしまったわ。猪突猛進で飛び込んだお兄様を、エルフリーデは優雅に躱す。騎士のマントがあったら、闘牛さながらの光景だったわね。
たたらを踏んだお兄様の首筋に、抜いた剣の柄で一撃。手加減するどころか、相手にされなかったわ。実力の差が大きすぎるのよ。筋肉を鍛えるのもいいけれど、もっと頭の中身も鍛えないと。それに作戦が猪突猛進ひとつだけってのも、どうかと思うわ。
「やはりカールお兄様の負けね」
「まだ負けてないぞ」
口だけは達者だけど、動けないくせに。強がるお兄様の前でしゃがみ、私に似た金髪を撫でた。日に焼けて色が薄く、ぱさぱさとした手触りだ。
「……淑女が、そのような」
「カールお兄様にだけよ」
嬉しがらせを口にすれば、得意げな顔でエルフリーデを見る。自分が優先されたと喜んでるみたいね。本当に単純なんだから。そこがまた可愛いと思えるのは、私がカールお兄様に可愛がられてるからよ。好意的な態度には、やはり好意を返してしまうもの。
下着が見えると指摘するのは、兄くらいしか出来ないじゃない。そんな意味の言葉を、お兄様は素直に受け取る。これが貴族や他国の者相手なら、相応に裏を読むのに。私に関してはまったく用心しないんだから困ったものだわ。頬にちゅっとキスをして立ち上がれば、すぐにテオドールが膝を突いて埃を払う。
「ありがとう、では参りましょう」
「ローゼンベルガー王子殿下はよろしいのですか?」
ケガをさせないように倒したけれど、埃塗れで放置は気が咎めるらしい。エルフリーデの配慮に、私はからりと笑って扇を広げた。
「大丈夫よ、側近がいるもの。任せてあげて」
それが彼らの仕事なのよ。エルフリーデを従え、私は王宮内を移動する。途中で何回か魔法陣を使用した。魔法陣の上に乗り、行先が書かれたプレートを踵で叩けばいい。上階に行けば、王族の私室があるけれど、そこは魔力の識別が行われていた。
誰でも通過できるのは、文官の執務室がある中間層まで。この仕組みはとても良く出来ていて、子どもの頃にはしゃいで移動しまくったわ。少なくとも日本にはなかったから、楽しかったのよね。
「叙爵が終われば、侯爵夫妻は領地に戻られるのよね。寂しくない?」
「寂しくはありませんが、気にはなります」
国境付近であること。領地を境目に国境が変わることは同じだが、所属する国が変わった。そのため、アリッサム国は領土を取り返そうと戦いを挑む可能性がある。彼女の心配はそこね。
「安心して、手を打つわ」
「ブリュンヒルト様相手に、心配はいたしません」
ふふっと笑い合い、私達は開けたテラスと庭がある上層階から見下ろした。
「ここから見える景色も、見えない場所も、すべて私達の物になるわ。私の代で大陸を統一したいの」
国同士の諍いは、民を疲弊させて傷つける。戦に駆り出されて戦死するのは、貴族の子より一般の兵士が多い。壊され焼き払われる田畑や家も、攫われて奴隷にされる民も、すべて国民だわ。
「立派なお覚悟です。私は最期まで付き従います」
言わなかった覚悟に気づいたエルフリーデは、ほわりと柔らかく微笑んだ。




