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08.前世のお名前を教えて欲しいわ

 ガキン! 派手な音がして打ち合ったオリハルコンの剣は、騎士の剣どころか骨まで断ち切った。大きく切り裂かれて転がる無残な死体を前に、国王の全身が震え始める。この場所から分かるほど震えるなんて、よほど気が小さいのね。


 帝王学を叩きこまれた私としては、目前に死が迫っていようと怯えるなかれと習ったけれど。アリッサム国の王族の振る舞いを見る限り、何も学んでいない。ただ特権と贅沢の上に胡坐をかいた愚か者の集団だった。私が知る乙女ゲームの内容とだいぶ違うわ。まあ、現実はこんなものかも知れない。


「うわぁ! やめろ、不敬だぞ!」


 騒ぐ国王と貴族達を、我が国の騎士が取り押さえていく。敷地内にいれるのは癪だけど、牢は建物の地下なのよね。拘束され引きずられる姿を見送った侯爵とエルフリーデが手を振った。歩いて戻る彼女の姿は、確かにスカートのスリットが見えない。良く出来てるわ。


 では、もしかしたら隣の夫人も? 小首を傾げて視線で問えば、小さく頷いた。どうやら当たってたみたい。テオドールがいなければ、裾を捲って見せてくれたかもしれないわね。


「ツヴァンツィガーでは、女性は皆同じドレスなの?」


 デザインではなく、スリットの話。夫人は微笑んで肯定した。


「はい、従姉妹や姉妹も同じです。そのため裾の捌き方が独特でして、剣術の足さばきと一緒に習いますわ。お陰で人前で無作法する失態は避けられております」


 何事もなければ淑女のドレス、いざ有事なら戦闘服に変わるのね。取り入れてみたいけれど……ちらりと執事の顔を窺う。首を横に振られてしまい、そうよねと諦めた。私が同じドレスを着て、万が一にでも膝から上が見えようものなら。


 現場にいた者は男女を問わず、目を抉られる。いえ、悪くすると惨殺会場になってしまうわ。危険すぎて、試す気になれない。


「テオドール、皆様のお部屋は用意した?」


「もちろんでございます」


 何ひとつ手抜かりなく完璧に整えた、そう聞えた。実際、そうなのでしょう。なら、私が次に命じるのはひとつだけ。


「エルフリーデが戻ったら、私の部屋に来るように伝えて。夜更かしして語り合いたいことがあるの」


「お伝えします。控えの侍女も下がらせましょうか」


「そうして頂戴。ではご夫人、騒動も収まりましたのでお休みください。明日、また改めて領地の相談をいたしましょう」


 優雅な礼をして下がる侯爵夫人の挨拶が、綺麗過ぎるわけだわ。あれは相当鍛えている。剣を扱うから体幹がぶれないのよ。羨ましいわね……剣ダコは要らないけど。高位貴族令嬢や夫人にしては硬い手のひらを思い出し、私は柔らかい白い手をテオドールに預けた。


 宛がわれた客間に紅茶と茶菓子を用意させ、私は香りの高いハーブティーに目を細める。甘い香りがするのは蜂蜜かしら。半分ほどカップを空けた頃、ノックの音が響いた。


「どうぞ」


「失礼いたします」


 エルフリーデは、柔らかなクリーム色の室内用ドレスを纏っている。胸元で切り替えられたエンパイアラインの裾を捌き、彼女は淑女の礼で挨拶した。それに応えて長椅子を勧める。


「エルフリーデ、前世のお名前を教えて欲しいわ。私はアイリと言うの」


 答えが分かっている相手に、駆け引きも探りも必要ない。彼女は転生者だわ。もしかしたら憑依系の転移かと思ったけれど、夫人の様子を見るに違うと判断した。緊張した彼女の喉がごくりと動く。


 さあ、あなたのお名前は?

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