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ヤマシロ調査委員会  作者: takine_kuon
8/13

原因究明

 太陽が雲に覆われていた。その雲は厚くはなく、明るさは十分に感じられる。ホテルの窓から見上げる空は、今日はまた違う表情を見せてくれた。

 『ヤマシロ』までの上り坂を、時間をかけて歩く。まずは頭の整理をしっかりしておこう、歩き始めてすぐに私は思った。

 切替器が『接続』になる直接の原因は分かった。『監視盤B9』から切替命令が出ていたためだ。午前一時半の現象については、調査が大きく進んでいる。

 午前三時に出た偽の制御信号は、まだ経路が分かっていない。『監視盤B9』から切替器、この制御線が関係しているかと疑ったのだが、午前三時については見込み違いだった。

 果たして偽の制御信号は、午前三時に出ているんだろうか。私はまだ一度も捕まえていない。いや、証拠が何もないのだ。まだ隠された仕掛けがあると考えておいた方がいい。

 見つけていない仕掛け、一体なんだろう。調べるには、偽の信号を制御線のどこかで捕まえなくてはならない。午前三時に、制御線のどこかで網を張っておこうか。ただ、闇雲に測定器を仕掛けていたら、何十回と試験が必要になってしまう。

 午前一時半の話だって、全て判明したわけではない。分かったのは監視盤から切替器というルートだけだ。監視盤はどこかから命令を受けているのか、それだって追う必要がある。

 今日はどこまで調べられるだろうか。監視盤の解析結果によって、やることは随分変わりそうだな、気がつけば『ヤマシロ』が目前に広がっていた。曇り空のせいだ、今日は『ヤマシロ』が空に映えていない。


 三階の技術局長室、ノックと同時にミエが顔を出す。

「私の聞き込みはなんだったの、って思ってしまいます。」

 ミエの第一声だ。最初に言いたかったのだろう。

「いろいろな可能性を考えて調べることは有益です。そのうちの当たりを誰が引くかは、クジみたいなもんですよ。」

「そんなこと言って、サナダさんは最初から予想してたんじゃないかしら?」

 ミエは、少しトゲのある言い方だ。

「いや、一つ一つやっていかないと、分かるもんじゃないですよ。」

「技術者って秘密主義なところがあるから。」

「いろんな可能性が浮かび過ぎて、確実な証拠がないと信じない人が多いだけ、だと思います。」

 ミエのぼやきは、ひとしきり続いた。ただ彼女にしても調査に進展があったのは嬉しいようで、いつもより声のトーンは明るかった。

「まずは『監視盤B9』の解析です。この不審な機材は、早く取り除いておきたい。」

「ええ、もちろん。」

「おそらく『監視盤B9』には不正プログラムが仕込まれています。いつ用意されたか、調査を進めます。」

「その不正プログラムは、サナダさんが調べるんですか?」

「本社の詳しい人間に応援を頼みました。リモートログインして、調査を始めているはずです。」

「そうですか。私に何かお手伝いできることはありますか?」

「監視盤にこっそり不正プログラムを入れる方法ってありますかね? 外部からの不正アクセスがあったか、とか。」

 その時、イサキからの連絡がきた。ちょうど良い、ミエにも聞いてもらおうとビデオ通話を開始した。

「面白いもん、送ってくれたな。」

 画面にはイサキの顔が映った。

「すまないな。」

 そう言いながら、私は手元のカメラで自分とミエが映るように調整する。

「こちらはミエさん。私と一緒に事故の調査をしている。」

「ああ、どうも。」

「はじめまして。」

 初対面の人間をたいして気にした様子もなく、イサキは話を始めた。

「とりあえず調べられることは終わったんで、伝えておく。」

「ああ、よろしく頼む。」

 ビデオ通話で、イサキの端末の画面が映し出された。

「不正な切替がされた時刻は分かっている。監視盤のコンピューターに入って、その時間に動いていたプロセスを調べたんだ。すぐに信号を出しているプロセスは見つかったよ。」

 コンピューターの中では、役割ごとに多くのプログラムが動いている。それをプロセスと呼んで、イサキは解説した。

「こいつだ。小さなバイナリーファイル。メモリ管理のプロセスに似せて作ってある。」

 画面でイサキは問題のプロセスを示してみせる。バイナリーファイルとは、コンピューター向け言語に変換されたファイルで、そのままでは人間が理解できない。

「このプログラムを実行する。そうすると、違う言語のプログラムが現れるってわけだ。」

 イサキが、そのファイルを実行すると、画面には新たなプログラムが現れた。

「なるほど、このプログラムなら私でも分かる。」

「バイナリーを実行した結果を、プログラムとして再び実行する。コンピューターウィルスの定番やりかたの一つさ。不正なプログラムは合計三つで、起動プロセスは一つだけだ。」

「もうそこまで特定できたのか。すぐに削除だな。」

「もうコピーは取ってある。やっていいなら、この後に削除しておく。ところでな。」

 イサキはここで言葉を切った。画面の右上には、頬を緩めたイサキの顔が映っている。調査を楽しんでいる時、イサキがたまにする表情だ。

「同じような仕掛けで、別のプログラムも動いていたぜ。」

「別のプログラム?」

「これは信号を出すんじゃなくてな。他のコンピューターに命令を実行させている。」

「他のコンピューター?」

「監視盤は何台かのコンピューターと繋がっているだろう? 接続方式がいくつか混ざっている。」

「そうだったか?」

 『監視盤B9』は、切替器以外にも数台のコンピューターの監視を行っている。それは制御線でなくネットワーク線を使っていたはずだ。

「ああ、細工しやすい接続方式のコンピューターを狙ったみたいだ。」

「監視盤は、そのコンピューターと切替器の二つを操作していたってこと?」

「そう。そのコンピューターも制御信号カードを持っている。監視盤が直接カードへ命令していた。だから通常の送信ログには残らない。」

「それって・・」

「そっちの事故のことは詳しく知らないけどな。不正な仕掛けは監視盤に巣食って、システムの各所にいたずらしているってことさ。」

 イサキは満足げにまた笑う。十分なことが分かったのだから、イサキがいくら自慢話をしても私は構わなかった。

「ありがとう。やっぱりお前に頼んで良かったよ。」

「サナダさん、途中から分からなくなったんだけど、新しいことが分かったの?」

 画面から目を離したミエは、私に聞く。

「ええ。理屈が全部揃ったというか、説明が出来るようになりました。」

「午前三時の現象も、監視盤がおかしな動きをしたせい?」

「はい、どうやらそのようです。」

「そうなの。これで不正を行った人も特定が出来るといいけど。」

「いや、それはちょっと違う話ですね。」

 ミエと私の会話の途中で、イサキがまた別の情報を話し始めた。

「参考になるか分からないけどな。このプログラム、入り込んで実行させる部分の細工はないんだ。」

「どういう意味だ?」

「気づかないように外部から入り込んで、秘密の処理を仕込む、その部分の仕掛けはない。プログラム自身の存在だけを誤魔化している。その辺がそこらのコンピューターウィルスとの違い。」

「外部からの侵入じゃない?」

「それは分からないな。ただコンピューターに直接入って処理したんだろう。外部ネットワークからいきなり入って、こんな細かい工作できないだろ。連携システム全体が分かっている必要がある。このシステムの構築に関わった人間じゃないか。」

「なるほどね。」

 考えてみれば、切替器のリモート制御を知っている時点で、内部の人間が関わった可能性が高い。

「怪しいのがいるか?」

 その問いかけの答えを私は持っていなかった。イサキには別の質問をしてみる。

「起動させるきっかけって分かっている?」

「ここのネットワークからのアクセスだね。アドレスは一つで、たぶん同一の端末からだ。」

「さすがだね、ありがとう。」

 仕事に抜かりがない、たいしたものだ、私はイサキの調査能力に本当に感心した。

「監視盤に命令を出したアドレスは送っておく。そこから午前一時半と午前三時に接続されたんだ。」

「ありがとう。」

 アドレスとはネットワーク上の番地情報だ。ネットワーク上にいる端末に、それぞれ割り振られた住所と言っていい。アドレスが分かれば、その住所を持つコンピューターはすぐに特定できる。私とミエはコントロールセンターでアドレスの照会をすると、すぐに命令を出した端末のある場所へ向かった。


 『ヤマシロ』の三階、目立たぬ一角に設備管理室はあった。この時間、設備管理室にはマヤだけがいた。

「午前一時半なんて、ここには誰もいませんよ。」

「そうですよね。夜はここはいつも真っ暗だった。でも、この端末は電源を付けっ放しですよね?」

 私はそう言って、机の上にある端末に手を置いた。これが問題のアドレスを持っている。

「はい。」

「この端末は何の作業用ですか?」

「設備の記録を入れたり、連絡事項を見たり。どの部屋にもあるんじゃないかな。」

 マヤが操作すると、端末の画面は業務用のデータ入力画面に変わった。

「そうね。特別なシステムじゃないわ。」

 マヤの発言にミエも頷く。そういえば、私もこの画面を見たことがあった。確か定時報告を読んだ時だ。

「この端末の操作は、ウスイさんとマヤさんと二人だけ?」

「基本的にはそうです。」

「今日はどんな操作をしたか教えて下さい。」

「いつも通りですよ。朝から何度か。」

 そう言ってマヤは、画面を操作しながら説明していく。業務開始の記録、連絡事項の確認、定時報告の入力、画面がどんどん変わっていった。

「この三日くらいで、特別にした操作はないですか?」

「特にないと思うけど。」

「なんでもいいんです。細かいことでもいいので、思い出せませんか?」

 マヤは端末を操作して、数日分の記録をまとめて読み返す。しばらくしてから言った。

「ええと・・。最近よく試験してるでしょ。コントロールセンターでレベル4以上の試験があったら、定時報告のチェック欄にマークを入れておく、これくらいかな。」

「チェックすると、どうなるんです?」

「運用センターに連絡メールが届くと聞いてます。決まりでやっているだけで、あまり詳しくは知りませんが。」

「運用センターに確認するわ。」

 間髪を入れずにミエが言った。

「ほかに最近変わったことはないですか?」

「例の事故があったけど、それ以外には特にないと思います。」

「小さなことでも構わないので。この部屋の中で、何か変化はなかったですか?」

「ええと、この端末を増やしたのが一か月前くらいかな。窓際のこっち、前から使っているのが最近調子が悪くて、今は二台にしてあるんです。」

「じゃあ、新しいアドレスが最近増えたんですね。」

「ええ。」 

「端末は新品ではなさそうだ。」

「父がどっかから用意してました。」

「そうですか。」

「父は今日は休みですけど、明日は出社します。」

「分かりました。何か影響している可能性があるので、この端末、一旦ネットワークから外させて下さい。業務はもう一台ので、やってもらっていいですか?」

「はい、たまに動きが遅くなるんですど、まだ使えますので。」

 アヤに確認をとって、私はネットワーク線を外した。それから端末を調べようかと思ったが、ここはもっと詳しい人間に任せておいた方がいいと手を止める。

「ちょっと本社に電話してきます。」

 そう言って、私は設備管理室を後にした。


 本社への連絡を終えると、私は同じ三階のコントロールセンターに入った。そこで『監視盤B9』からネットワーク線も外すように依頼をする。制御ケーブルは昨日から外してあるが、イサキからの情報を聞いて対応を広げることにしたのだ。

 技術局長室へ戻ると、私は次の作戦を考えた。設備管理室の端末には、何か秘密がある可能性が高い。解析が必要だ。切替器とあの端末だけで、過去二回の事故は説明できるかもしれない。イサキは、不正プログラムは『ヤマシロ』の内部で仕込まれたと推測していた。そんなことは可能なんだろうか。

 少し遅れてミエが入っていた。他の部署で聞き取りをするからと別行動をしたが、そちらの調べが終わったようだ。

「運用センターには、お知らせメールは届いていたわ。ずっと昔から。でも、来たメールを見るくらいで、それで作業することはないそうよ。」

「メールが届いているなら、見た目の動きは正常ってことですね。」

「あと、マヤさんがお父さんに電話してくれたんだけど、端末は倉庫にずっと保管されていたみたい。ちゃんと手続きをとっていたわ。」

 ミエは手元のメモを見て話を続ける。

「それからもう一つ、ウスイさんから伝言です。切替器は初期型も今のも中身は全く同じものだったって。今日、メーカーに電話してたらしいの。」

「それも重要な情報ですね。監視盤が切替器を操作している、その裏付けになります。」

「いろんなことが分かりましたね。」

「はい。設備管理室の端末から監視盤を通して、切替器の操作とレベル変更が実行された。しかも、午前一時半と午前三時に時間を分けている。なかなか手がこんでます。」

「ええ、確かに。」

 そこでミエがため息をつく。

「いったい誰が、こんなこと仕込んだんでしょうね。」

 今日は新しい情報が増えた。そのことで、新しい調査も必要になっている。私は精一杯、思考を巡らせた。

「ミエさん、あの端末のこと、もうすこし調べられますか?」

「端末の何をですか?」

「どのくらい倉庫にあったのか、以前はどこで使っていたか、とかです。」

 こういう調査は、私はあまり得意ではない。だから、まずミエに相談をしてみた。

「やってみます。」

「助かります。ありがとう。」

「私は総務課の人間ですよ。」

 ミエの言い方には、なにかしら自信があるように聞こえた。しばらくは結果を待つことにしよう。

 調査が一区切りついたので、その日は私は早めにホテルに戻ることにした。そういえば今日は金曜日だ。週末の対応をコントロールセンターへ依頼する。

 午前二時過ぎにデーターセンターの切替器の『切断』を確認して、問題が起これば深夜でも私に連絡するように伝えた。昼間に試験はしないし、監視盤も切り離しているが念のためだ。


 その週末、コントロールセンターからは一度も連絡は来なかった。おかげで、このところ続いていた寝不足は解消されて、睡眠のリズムをしっかり正常に戻すことが出来た。

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