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ヤマシロ調査委員会  作者: takine_kuon
7/13

古文書

 今日は起きる時間が随分と早い。目覚めがいい朝だ。ここ二日は昼前にやっと起き出していたが、今日はまだ九時過ぎ。睡眠時間が短いわりに、頭のリセットがしっかり出来ていた。朝食を済ませてシャワーを浴びると、私はホテルを出る。もう道路はしっかりと乾いていた。

 青空、空の色が今日は鮮明な気がする。昨夜の雨のせいだろう。道路わきの新緑は、生き生きと日差しを受けていた。

 今日は何をしようか、二回目の試験失敗の原因はもう判明した。次はいよいよ切替器と偽の制御信号だ。この二つが事故の直接的な原因なのは間違いない。コンピューターのログは全部調べたが、偽の制御信号を送信した記録は見つからなかった。おそらく命令を出す部分は、念入りに隠されている。もっと丁寧に制御信号の経路を調べる必要があった。

 切替器の方が厄介だな。人に気づかれずにボタンを押す方法を私は思いつかない。であれば、データセンターに侵入せずにボタンを押す方法があるのかもしれない。あの切替器の仕掛けを少し調べてみたかった。

 昼間にレベル4の試験をすれば、深夜に同じ現象を起こせるはずだ。現象を起こす条件はもっと絞り込めるだろうか。

 調べたいことが沢山ある。手詰まりでない状況なので気は楽だ。ただ、やみくもに試験や測定をやっても仕方がない。もう少し頭の中を整理しよう。真実に近づく方法、どこかにヒントはないだろうか。ここに来てから読んだ記録や図面、新たに分かったこと、・・そこで私は、あることに気づいた。

 気がつけば、青空の先に白い建物が見えていた。『ヤマシロ』には青空が似合うな、ふと私はそんなことを思った。


 技術局長室に入ると、今日もミエはすぐにやってきた。私の出社を見計らうルーチンが出来上がっているとしか思えない。

「おはようございます。」

「おはようございます。」

 三階の廊下にも監視カメラがあった。それで私の出社を把握しているのだろうか。

「昨夜も起こったんですね。しかも非常口を含めて、サナダさん以外に出入りがない状態で。」

「ええ。昨日で手がかりがいくつか増えました。」

「一応、ロイのことを調べています。何か関係があるかもしれないので。」

「レベル表示盤の件ですか。あれは単純なミスだと思いますけどね。」

「借金がないか、とかそんな程度ですよ。念のため。」

「運用センターのケーブルを変えただけじゃ、レベル変更の制御信号は出せないですよ。それにロイさんには、良いヒントをもらいました。」

「ヒント?」

 ミエは怪訝そうに私を見返した。私はすこし詳しく解説をする。

「ケーブルの繋ぎ方を間違ったせいで、コントロールセンターからはレベル4の命令は無効になっていた。それはレベル5も同じでした。」

「はい?」

 レベル4とレベル5は、レベル表示盤の中で同じ処理になっているのを、私は昨夜確認していた。

「じゃあ、なんで二回目の事故は起きたのか不思議なんです。午前三時にレベル5にちゃんと切り替わったし、運用センターのレベル表示盤も正常に動いた。」

「レベル5に切り替わらないのが、正解だったんですか?」

「コントロールセンターからレベル5変更の命令を出しても無効でした。でも、コントロールセンター以外からは有効かもしれません。」

「コントロールセンター以外からは、出せないですよね。」

 ミエは、やや困惑しているようだ。

「通常の経路ならそうですね。偽の制御信号は、受信ログもコントロールセンターからになっています。でもデータセンターの中で、コントロールセンターからの経路に乗ったのかもしれません。」

「どういう経路?」

「あくまで可能性の話です。ただ、データセンター側をもっと調べた方が良さそうです。データセンターの制御システムに入る信号、コントロールセンターからの制御信号は全て切替器を通るので、特にそこです。」

「切替器に問題があるんですか?」

「分からないので、今日はまず切替器を調べようと思ってます。古い図面は地下にもあるんですよね。」

「ええ、たぶんウスイさんの所に。」

「まずは切替器の詳しい図面を探すつもりです。」

 ミエはちょっと黙ったが、すぐに気持ちを切り替えたようだ。次の手配を考え始めた。

「昔の図面がどこにあるか、私も把握していないんです。この時間はたしかアヤさんがいるので、連絡しますね。」

 アヤとはまだ話したことはなかったはずだ。ウスイ親子の娘の姿を、私はぼんやり思い出した。


 ものの数分でアヤが技術局長室に現れた。今まで気づかなかったが、設備管理室は同じ三階にあった。

「局長、こんにちは。何度かお見かけましたよ。」

「あ、そうですか。ご挨拶をしてなかったかも。」

「いえいえ。」

 アヤと初めて言葉を交わす。ミエと同い年と言っていたが、二人の印象はまるで違っていた。アヤは柔らかな笑顔が印象的で、作業服がよく似合っていた。

「昔の図面ですよね。もう捨てていいって言われているのに、父がとっておきたいみたいで。」

「大事な資料にもなりますからね。現に私も、昔の図面に興味があります。」

 私とアヤは『ヤマシロ』の地下に向かった。その一角に書類を保管している倉庫があるそうだ。

「資料なんて、全部ファイルになっていますよね。」

「場合によっては、パソコンの交換より紙を捨てる方が、勇気が要るのかもしれません。」

「そんなものでしょうか・・。さあ、着きました。こっちです。」

 地下一階にある目立たぬドアを開けると、アヤは私を招き入れた。むき出しの金属棚が並んだスペース、その奥の棚にダンボールが並んでいた。

「図面はここの三段です。上の棚から古い順に並んでいます。今の機材の切替が四年前ですよね。上から二番目のあたりだと思います。」

 一番の目的は切替器の内部図面だった。しかし、このダンボールの中にあるかは、現段階では分からない。

「最初から覗いてみたいですね。興味があるんで。」

「台車を用意しますよ。」

 彼女は資料を運び出そうとしたのだが、私はそれを遮った。

「いえ、ここで構いませんから。」

「そうですか。」

 私は、その場で資料に手を伸ばした。年代順に並べられたダンボールの中には、図面や記録帳が作成順に入っている。最初のダンボールには、竣工時の建物の図面があった。作成日を見ると今から十年以上も前だ。おそらく初期導入時からの資料が揃っている。私は資料の精査を始めた。

 何分ほど経ったろう。ダンボールを覗き込んでいた私に、アヤが背後から声をかける。

「あの、ここにずっと居られても困んです。」

「あ、すいません。」

 私がここにいる間は、アヤも待っていなくてはいけない。きっとそう言うことだ。

「やっぱり台車を貸していただけますか?」

「はい。どのダンボール?」

「ここの全部運びたいので。」

「全部?」

「はい。」

「そんなに興味を持ってくれたら、父も喜びますわ。」

 アヤは少し呆れたようだったが、それからテキパキと台車の用意に入った。


 八箱ほどのダンボールを技術局長室に運び込むと、私は最初の一箱目を机の上に広げた。すぐに集中して資料を読み漁る。図面を追いかけるつもりだったが、当時の作業記録にも興味が引かれて、ついしっかり読んでしまう。

 十年前、『ヤマシロ』の立ち上げ当初はずいぶん混乱していたようだ。記録では失敗や計画遅れが多く、図面は版数を重ねていた。二箱目、三箱目と調べを進めて、やっと立ち上げ時期が終わる。『ヤマシロ』のシステムは四年ほど前に大規模なリニューアルが行われ、多くの機材が交換されていた。この時、導入当初の切替器から今の切替器に交換されている。

 三箱目のダンボールには、導入初期の切替器の内部図面があった。今稼働している切替器は二代目、その内部図面は見つからない。外観図と呼ばれる見た目の図面は、初期型と二代目のが揃っていた。私は机の上に左右に並べて、見比べてみる。それは極めて似ていた。違いはボディ正面に突き出したボタンの数だ。

 初代の切替器は『接続』『切断』のボタンの右側にも小さいボタンが二つあって、そこには『遠隔有効』『遠隔無効』と印字されていた。図面には『リモート制御ロック用』と短い説明がある。内部図面を辿ると、特定の信号の出入りを通すかのスイッチだ。リモート制御、つまりは初期型はケーブルを伸ばした先のどこかから『接続』『切断』の切り替えが可能だったのだ。

 初期型と二代目は、サイズもケーブル端子も違いはない。内部の構造はどうなっているんだろう。私は初期型の内部図面を眺めた。

 初期型の切替器は、制御信号を分配する機能が入っている。複数ある入力先のどこかから制御信号が来れば、その情報は各所に伝えられる。この回路なら、コントロールセンター以外からの信号にも、運用センターのレベル表示盤はしっかり反応するだろう。

 二代目の内部設計は初代と全く同じじゃないか、私は思った。切替器に出入りする信号を、今の制御信号の図面に合わせて簡易図にトレースしてみる。

 その時、ノックの音がして扉が開く。ウスイが顔を出した。

「今よろしいかな?」

「はい。」

「局長が昔の資料に興味を持ってくれていると、娘から聞きましてね。」 

「ちょうど今、拝見させてもらってました。」

 ウスイは私の机の上を覗き込む。切替器の図面にすぐに気づいた。

「切替器ですか。こっちは一つ前のですね。懐かしい。」

「ぱっと見ただけで、よく分かりますね。」

「その頃は、まだここで現役のエンジニアでしたからね。」

「そうでしたね。」

「何をお調べですか?」

「切替器の内部構造です。」

「ほお。」

 ウスイは興味深そうに私の顔を見た。私は思い浮かんでいた疑問を、そのまま口にする。

「初期の切替器は、リモート制御できたんですね?」

「ええ。わざわざデータセンターに行く必要がない設計でした。リモート制御は実際には使われなかったですけどね。」

「そうだったんですか?」

 何かを期待しての質問でなかったが、思いもよらずウスイから明確な答えが返ってきた。

「もめたんで、よく覚えてます。コントロールセンターと運用センターで、最初からやりたいことが違ってました。」

「切替器の機能が変わったんですか?」

「はい。当初の切替器は、コントロールセンターの制御を運用センターに切り替える役割でした。運用センターで全ての操作が出来る予定で、データセンターでの操作は補助だったんです。」

「そうなんですか。今とずいぶん違いますね。」

 今はレベル3以上は、双方の合意がないと作業できなくなっている。

「レベル3以上の運用に後から制約が足されていって、コントロールセンター側からの干渉が増えた。運用センターはそれを嫌いまして、話し合いになって・・。まあ、今の形がその妥協点ってことになります。」

 当時の記録でも図面の描き直しが何度もあり、二転三転した状況は推定できた。

「そうなんですね。どうりで切替器の名前と機能が一致していないはずだ。」

「ええ、切替器でなく、遮断器ですからね。」

「でも外観図で見ると、違いは表のボタンの有無だけです。制御線の本数は変わっていない。」

「ええ、このケーブルです。」

 ウスイはそう言って図面の一か所を指し示した。切替器へ伸びる制御ケーブルだ。

「最終版には書いてないですが、最初の図面にはちゃんとリモート用の制御線が割り振られていました。」

 必要な制御線が何本であっても、束ねるケーブルの種類は決まっている。ケーブルの中には使用されない制御線があることも多かった。

「図面にない余りの制御線はどうしてましたか?」

「どうしたって何がですか?」

「コンピューターへ渡す必要のない信号は、無効にしてました?」

 ケーブルの先のコネクタで、制御線をコンピューター側と繋げていたかを、私は知りたかった。

「たぶん、そのままストレートですよ。使わないものを毎回わざわざ切るなんて面倒くさいこと、ここの工事じゃしてないはずです。」

 つまりは余った制御線は放ってあるから、信号を送れば届く状態だ。

「リモート制御はケーブル的には生きていたんですね。初代の切替器は、内部的にも有効だったんでしょうか。」

「もちろん。最終的にリモート不可に決まったのは、切替器が設置された後ですから。」

「ずいぶんドタバタだったんですね。」

「ええ、システムを入れる時はもめるもんですから。毎回そうです。四年前の更新の時もひどかったかな。その時の技術責任者は特にきつい性格だったから。」

 そのまま昔話が始まりそうだったので、私は話題を戻す。

「初代の切替器はリモート操作用に設計したのに、機能は使われなかったんですか。」

「ええ。」

「切替器は、来るはずのない命令を待っている受け口があった。それって今の機材、前回の更新も同じ設計ですかね?」

「どうだったかな。でもボタンは違ってますよ。」

「『遠隔有効』『遠隔無効』のボタンですか?」

「はい、最初のはリモート用のボタンを埋め殺しておいたんです。二代目は埋め殺しでなくて、最初からボタンをなくしましたよ。」

 ボタンを埋め殺した、つまり内部はそのままで、ボタンだけ外して表面をボディで覆ったのだろう。私は仮説を口にした。

「二代目は初代とサイズは同じだし、外観もそっくりですよ。内部的に同じ可能性が高いと思うんですよね。やっぱりリモート制御が必要だって話が変わるかもしれない。念のため内部はそのままにしておこうと。」

「この箱をつくった会社とは昔からの付き合いだ。ちょっと確認してみましょうか。連絡先はどこだったかな。」

「よろしくお願いします。それにお話、とても参考になりました。」

「そうですか。こんな昔話が役に立つなら嬉しいね。」

 ウスイとの会話を終えると、私は頭の中で仮説の検証を続けた。


 切替器の初期型は、リモート制御が可能な設計だった。この機能を使えば、データセンターに入らずに切替器のボタンを押すことが出来る。

 もし二代目の切替器がリモート操作可能だったとして、命令はどこから出せるのか。切替器のコネクタは二つで、一つは制御信号のやりとり用だ。もう一つのケーブルはどこに繋がっていたっけ、私はケーブルの経路を図面の上で追った。

 『監視盤B9』。レベル送出関連の機器の状態をまとめている。ネットワーク線と制御線、その両方から情報を集め、異常を検知すればアラームを作動させる。監視盤は逆の方向、つまり各機材への命令を出すことはない機材のはずだ。ただしケーブル的には、この監視盤の制御線から偽の制御信号を出すことが出来る。

 監視盤の中を調べる必要があるな、と私は思った。監視盤内のプログラム解読は時間がかかる。ここに頼める人はいるだろうか。本社の誰かを捕まえた方が早いかもしれない。

 そこである人物の顔が浮かんだ。イサキ、私と同期のエンジニアだ。ちょっと気まぐれだが、特に調査に関して高い能力を発揮する。あいつなら面白がって、面倒な根回しなしに引き受けるかもしれない。ただ証拠がもう少し必要だ。今は図面から得た情報による推測でしかない。

 この証拠をとるのは簡単だ。『監視盤B9』のケーブル切替器から外して測定器に繋げておけば、切替器への信号を記録できるだろう。そのためにはもう一度、偽の制御信号を出す必要がある。私は音声通話でコントロールセンターに連絡をとった。

「ヒガシダニさん、何度も悪いけど、またコントロールセンターのレベル変更の試験をお願いしていいですか。」

「おやすい御用だ。」

「それからもう一つ、測定器を貸してほしいんです。今度はデータ保存が出来るタイプ。」

「昨日の試験結果じゃ、まだ気が済まないのかい?」

「別の測定がしたいんです。」

「それは楽しみだ。」

 ヒガシダニが興味を持ってくれたので、手配はすぐに進むだろう。それから私は計測の算段を始めた。


 数十分後、データセンターには数人が集まっていた。測定器やケーブルを用意したのを聞きつけて、一部の技術スタッフが見物に来たのだ。

「局長、なんかしましょうか?」

 若手が声をかけてくる。

「いや、たいした作業じゃないから大丈夫。それより人が多いと緊張しますね。作業を見張る方が最近多かったから。」

「技術局長が今度は別の試験をやるって聞いたので、何を始めるのか興味があって。」

「やじ馬だなあ。」

「いや、こうしてお手伝いに参上しているんですよ。」

 若手メンバーは、コントロールセンターにいる時よりも気安く話しかけてくれる。普段の業務場所と違うせいだろうか、彼らはリラックスしているようだ。

「ところで、正式には私はここの局長じゃないんです。技術責任者なだけです。」

「そうでしたか。」

 無邪気な彼らを見ていたら、コントロールセンターで初日に受けた印象を思い出した。今回の事故と現場で隔たりがあると感じた。今思えば隔たりではなくて、管理層が情報をうまく共有できてないだけだ。ここ数日で、私はなんとなくそう思えてきた。

「これから『監視盤B9』のケーブルを外します。外したらアラームが鳴るので、コントロールセンターに連絡お願いします。」

 そばにいた若手に声をかけた。

「はい。」

 連絡が終わったのを確認すると、ケーブルを抜く。データセンター内でも監視盤のランプがついた。予定通りの動きなので、特に問題ではない。取り外しに使ったドライバーで、ケーブル先端のコネクタを開ける。コネクタの中では全部の制御線が繋がっていた。私はコネクタを閉じると、ケーブルを這わして測定の準備を進めた。

「測定器に繋いでどうするんですか? ステータスを知らせる信号の入力だけですよ。」

「いや、分からないから測定するんです。」

 私はケーブルを測定器へ繋ぐと、電源を入れてしばらく待つ。画面が映って正常に立ち上がったのを確認した。

「これ、データ保存は何時間分なんだろう。」

 その質問には、測定器を持ってきたヒガシダニが返事をした。

「付けっ放しでも二日は持つやつだ。」

「へえ。」

 測定器のモニタが確認できるようになると、ざっと信号を確認した。現段階では異常は何もなかった。データ保存も正常だ。これで網は張った。

「じゃあ、すみませんが、コントロールセンターに戻って昨日と同じ試験をしましょう。」

「今からかい?」

「そうです。お願いします。」

「はいはい。」

 私のやりたいことを、ヒガシダニは理解している。だから、その先を仕切ってくれた。

「じゃあ、みんな移動だ。」

「はい。」

「了解です。」

 ここ二日、何度もやっている試験だ。その後、コントロールセンターの試験ではレベル4変更にも成功し、夜に向けての準備は整った。


 夕方になって、ミエが報告に技術局長室へやってきた。

「聞き込み調査は続けていますが、まだ何も分かっていません。あとは昨日、今日と休みだった数人に話を聞くだけ。あまり成果は期待できないです。」

「そうですか。そちらはお任せします。」

「サナダさん、毎日深夜まで調べられてますよね。今夜は早く帰られては。今夜も誰か当番を立てるようにしますので。」

「いえ、ちょっと実験中なので、今夜も三時くらいまでいるつもりです。」

「そうですか・・。」

「深夜の当番はいなくて大丈夫ですよ。非常口から出入りがないことは確認できたので。」

「分かりました。でも、サナダさん、寝不足じゃないですか?」

 ミエは私の顔を覗き込んで聞く。

「大丈夫ですよ。それに今夜は答え合わせですから。楽しみです。」

 ミエにはその意味が分からなかったようだが、お身体をお大事に、と言い残して部屋を出ていった。


 一時頃にはデータセンターに入って、そのまま待機することにした。まだ切替器は『切断』のまま、今のところ異常は起こっていなかった。私の今夜の興味は、切り離した監視盤から信号が出るかだった。

 午前一時三十分、電圧変化が測定器に現れた。谷型の波形、明瞭なパルス波だ。『監視盤B9』から出ている信号を捕まえたのだ。これはいいデータだと私は一人で微笑んだ。

 念のため切替器を見ると『切断』のまま変わっていない。『接続』に切り替えるための制御信号は、今日は測定器に入って、切替器までは届かなかった。


 午前二時半、私は再びデータセンターに入った。次の現象に備えるためだ。データセンターに入った直後に、上着を忘れたのに気づく。たいして時間はかからないと、私はそのまま待機を始めた。

 データセンターは、コンピューターに心地よい環境になっている。十分もすると、だんだんと身体の芯から冷えてきた。早く来すぎたのを後悔しながら、寒さに耐えて時間が経つのを待つ。

 午前三時、『監視盤B9』に繋いである測定値に反応はなかった。繋がっている制御線のどれも状況は同じだ。偽の制御信号は『監視盤B9』から出ていない。危険はまだ取り除かれていないのだ。レベル5出力の命令も『監視盤B9』が関係すると思ったのだが、当てが外れてしまった。

 一晩で全部が分かるほど簡単じゃないんだ、私は頭を切り替える。別の作戦に進もう。私は気を取り直してから、念のため現在のレベルも確認する。


 『レベル1(0日10時間21分継続)』


 今日は運用センターは実験はしていないようだ。コントロールセンターで試験した後から、レベルは変わっていなかった。

 測定器からデータのコピーを取ると、三階の技術局長室に戻った。まず温かいコーヒーを口にする。身体の冷えはだんだんと解消されていった。

 一休みした後に、私は同期のイサキに連絡のメールを入れた。証拠が取れたら連絡しようと思っていた人物だ。それで今夜の仕事はおしまいにする。

 切替器の謎が解けたのだ。まずまずの成果としていい。私は一人静かに喜びを噛みしめた。

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