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ヤマシロ調査委員会  作者: takine_kuon
6/13

正しい測定

 ホテルで目を覚ましてカーテンを開くと、どんよりとした曇り空だった。ロイが今夜は雨だと言っていたな、ふいに昨夜の会話を思い出す。帰りの傘を心配しながらも、やっぱり今日も『ヤマシロ』まで歩くことにした。

 緩やかな坂道が描くゆったりとしたカーブ。三日目にもなると、道路のまわりの様子もだいたい頭に入っている。その分、歩きながらも考え事に集中しがちだ。この時間は車の往来はほとんどないが、私は車道に入らないように気をつけた。坂道を上りながら、昨夜のことを思い出す。

 切替器の『接続』ランプ点灯。過去二回の事故でも同じことが発生していた。『接続』状態が確認されたのは朝だが、状況から午前三時以前に切り替わったはずだ。

 切替器が操作されるきっかけが、何か存在するのでないか。コンピューターや機材の不具合とは動きが違う気がする。昨日と一昨日の違い、やっぱり昼間の試験に関係がありそうだ。でも試験の手順の中には、不確定な要素は見当たらない。一体何が起こっているんだろうか。

 考えがまとまらないまま、『ヤマシロ』が徐々に近づいてきた。私は駐車場を足を踏み入れると、改めて『ヤマシロ』を眺めた。今日はなんだか壁の色がくすんで見える。それは、やっぱり曇り空のせいだろう。


 出社して三階の局長室に入ると、五分もしないうちにミエが現れた。

「よく眠れました?」

「ホテル住まいには慣れてるんですが、昨夜が刺激的だったので、眠りが浅い気がします。」

「昨日、同じ現象が起きたんですよね。朝メールを見てびっくりしました。」

「はい、そうなんですよ。」

 挨拶もそこそこに、私とミエは昨夜の話題に入った。私は考えていた仮説をミエに説明した。

「同じ手順で昼間に試験をすれば、それをきっかけに、夜に問題が発生する。これが確実なら、再現できたことになります。再現性があるかないかは重要ですから。」

 同じ現象を狙って発生させられたら、調査は大きな前進だ。詳細なメカニズムをじっくり見極めていくことが出来る。まだ再現できたのは一回だけだが、ともかくも昨日の一番の成果と言っていい。

「そんなルールが存在するんですか?」

「まだ分かりませんが、確認してみます。」

「私の方では、監視カメラを見直してもらってました。データセンターの入り口の映像には、十八時の定時巡回と、あとはサナダさんしか映っていませんでした。」

 ミエは全く別のアプローチで、昨夜の現象の調査を始めていたようだ。

「定時巡回って誰がしているんですか?」

「設備のウスイさん、映っていたのはお父さんの方です。」

 ミエは小さくため息をついてから、話を続けた。

「他には映っている人がいないんです。今のところ可能性があるのはウスイさんとサナダさんのお二人のみ。どちらも不正をする人じゃない。サナダさんはともかくウスイさんだって、二回目の事故の時も見回りだったから、その時もだいぶ時間をとって確認してます。」

「出入り口は一か所?」

「非常口があります。前にも調べたんですが、内側の鍵を外しておけば出入りはできます。非常口は非常階段へ続いていて、非常階段の出口も他のカメラで監視しています。ただカメラの死角があるかもしれないし、データセンターの非常口にもカメラを増設しないとダメかしら。」

「疑いだすと、きりがないですからね。」

「一応ですね。ウスイさんに待機してもらってるんです。一緒にお話を聞いた方がいいかなって。入ってもらっていいですか?」

 切替器が操作されたのは、午前一時より遅い時間のはずだ。夕方の巡回は関係ないと思ったが、すでにミエは廊下から誰かを招き入れていた。

「突然ごめなさいね、ウスイさん。」

 廊下から入ってきたのは年配の男性だった。

「いえいえ、協力できることはなんでもしますよ。」

 ミエにそう言ってから、ウスイは私にはまず挨拶をした。

「こんにちは。」

「はじめまして。」

 私は立ち上がってお辞儀をする。

「ウスイさん、こちらがサナダさん。新しい技術責任者よ。」

「あなたなんですね。よろしくお願いしますよ。」

 ミエに促されて、ウスイは私の向かいに座った。すぐにミエの質問が始まる。

「早速だけど昨日の巡回のことを聞きたいの。」

「いつもと変わりませんよ。散歩みたいなものです。」

「散歩ですか?」

 ミエに代わって、私がウスイに聞く。

「ええ、前は一日に一回自主的なものだったんですが、前の事件から一日三回、業務になってしまった。」

「一日三回の巡回を、お一人でやっているんですか?」

 私の質問には、ウスイより先にミエが答えた。

「娘さんのアヤさんと二人で、ですよね。平日だけですし。」

「データセンターの確認はコントロールセンターの仕事かと思っていたんですが、設備管理なんですね。」

 私がさらに質問をすると、ウスイは静かに笑った。

「ヒガシダニさんが、どんどん頼むもんだから。」

「設備管理課ではあるんだけど、以前はここの技術部門にいたし、まあ、私たちも甘えてしまって。」

 珍しくミエの言葉の歯切れが悪い。各部署の役割分担には曖昧な部分があるのだろう。当事者たちが心地よく感じているなら、今回の話で追求する必要はない。

「夕方の巡回はいつも十八時?」

「はい、あとは朝九時と午後一時。朝はだいたいアヤがやっとります。」

「巡回の時はいつも何をされているんですか?」

「異常を示すランプがないか確認しますし、スイッチの状況を見ています。あと大事なのは音ですね。いつもと違う音がしないか。」

「音ですか。毎日巡回しないと気づかないですよね。ランプの色の方がまだ分かりやすい。」

「ええ。ランプは数が多いので覚えきれませんが。」

 私はラック内の様子を思い出しながら言う。

「ランプが光っているのが正常なら、青色のシールが貼ってある。」

「その通り。」

 ウスイは嬉しそうに笑った。

「あのシールは、あなたが貼っているんですか。」

「まあ、だいたいはそうです。常に点滅しているのが正解なら緑色、何もシールがないランプが光っていたら、何かが起きているということ。」

「なるほど。」

「あとは放置されているアラームランプは赤シールです。ひどいのは一年以上も赤シールのままだ。壊れる前に対応しようって思わないんでしょうね。壊れた後に考えればいいと思っている。運用センターの人はいつも忙しいから仕方ないのかもしれませんが、大きな問題になる前に片付けるべきだと、私は思いますがね。」

 ウスイの思考がどんどん違う方向に進んでいく。私は話を本題に戻そうと質問をした。

「昨日、夜の巡回は様子はどうでしたか?」

「シールの色との矛盾はありませんでした。異音もなしです。」

「波動装置の切替器も?」

「はい、もちろん。『切断』でした。」

「なるほど。ちなみに問題を見つけた場合は、どういう行動をとるんですか?」

「基本的には連絡だけです。だいたいは直接運用センターに言う。ことづける場合もありますが、担当が分かっていればその人にね。それから定時報告にも記載します。」

「定時報告?」

「はい、今は一日三回送っています。娘と二人のどちらかが。」

 定時報告は集めた資料にあっただろうか、たぶん読んでないはずだ。

「ちなみに過去二回の事故が発生した日はどうでした?」

「その頃は十三時だけでしたけどね。いつもと変わりはありませんでした。」

「その定時報告を後で見せてもらえませんか?」

「構いませんよ。『ヤマシロ』にある端末なら閲覧できます。」

「サナダさんの机の上の端末でも見られますから、後でお教えしますわ。」

 心得たようにミエが言ったので、私はそれに甘えることにした。

「そうなんですね。ありがとう。」

 それからウスイに別の質問を投げかける。

「波動装置の切替器が勝手に切り替わったなんて、過去の定時報告にはないですよね?」

「ここ数年はなかったですね。まあ二十四時間見ているわけではないですが。真夜中に切り替わって、すぐに戻っていたら誰にも分からない。」

「まあ、そうですよね。」

「前のシステム更新の時にトラブったことがあったかな。まあ、それくらいです。」

「今回みたいな現象があったんですか?」

「どうだったかな。レベル5が送出されて大騒ぎになってましたね。」

「原因は? なんだったんですか。」

「確か運用センターからの連絡ミスと聞きました。ただ、私が一度退職した後の出来事なので、あまり細かいことは知らんのですよ。」

「そうですか。」

「お役に立てなくて、申し訳ない。」

「いえ、情報ありがとうございます。今回の場合は、連絡ミスってことはないですね。運用センターの記録も確認しました。」

 人間のミスであれば、話は簡単だ。その場合はシステムに明確な証拠が残っているはずだ。残念ながら今回の事故には当てはまらない。

 他にウスイに聞きたいことはないか考えたが、もう思い浮かばなかった。データセンターの巡回についても詳しく聞けた。ミエの思惑と違っただろうが、良い状況把握になったと私は思った。

「ところで非常口から出入りはしますか?」

 最後に、念のためウスイへの質問を足す。

「非常口? ああ、わざわざ遠回りなんかしないですよ。」

「他の人もそうですよね?」

「そうだと思いますよ。」

 ウスイは始終落ち着いた様子で、説明に不審な点はない。切替器の変更はウスイの巡回と無関係、私は頭の中で結論づけた。


 ウスイが技術局長室を出た後、ミエが私の正面に席を移して話しかけてくる。

「昨日勤務していた全員にヒアリングしましょう。」

「え?」

「何か見た人とか、後ろめたいことを隠している人とか、いないとも限りません。」

 いつもにも増してミエは早口になっている。張り切っているのだ。

「それはミエさんにお任せしますよ。私は別に調べたいことがありまして。」

「そうですか。二人で面談した方がいいかと思いましたが、そうおっしゃるなら今回は私がやりますね。」

「よろしくお願いします。」

 犯人探しには、私は正直あまり興味がなかった。何か言質が得られたとしても、それだけで間違いのない証拠とは思えない。それよりも技術的な根拠をつめておこう。


 私はコントロールセンターに向かった。昨日のレベル4変更の失敗について調べたかったからだ。失敗の原因を、私はいくつか推定していた。一つ一つを確認するつもりだ。

「ヒガシダニさん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど。」

「なんだい?」

「今の時間でもいいですか?」

「なに遠慮しているんだ。あんたがボスだぜ。」

「ではお言葉に甘えて。昨日の試験だけど、実際の制御信号を測定しておきたいんです。」

「測定器はある。でも、どこを?」

「受信側と送信側のそれぞれの根元。コンピューターで命令は出ているんだから、どこで変化があるか、あるいはないか、です。」

「測定して問題なかったら、どこを疑う?」

「考えられるのは、受信側の制御信号カードの不具合ですね。あるいは送信側の信号の品質の問題。もし受信側と送信側の間で違いが出れば、途中経路の問題も考えられます。」

「正しいアプローチだ。徹底的にやるってのはいい。嫌いじゃないぜ。今までのボスはそんなタイプじゃなかったからな。」

「新参者は基本ということで。」

 午前三時の事象とはなんの関係もないかもしれない。でも、事故の原因は多角的に捉えるべきだし、一つ一つを丁寧に解き明かしていくのが常道だと私は思っていた。


 私たちは今日も試験を始めた。大型モニターの前にコントロールセンターの数人を集めて、試験手順の確認を行う。今日は制御信号を測定するため、同じ命令を何度も実行する手順になっていた。

「試験の測定結果によって、その次に行う試験内容をパターン分けしていますので、ここを間違わないように注意して下さい。」

 このパターン分けで原因が絞り込める、私はそう期待していた。

「追加試験で、データセンターまで繋げるのか?」

 ヒガシダニが声を上げた。今日の手順書には、データセンターを含む調査を行うパターンがあったからだ。

「ええ、もし試験システムの受信側で問題が出たら、データセンターでも同じように発生するか確認したいんです。」

「ちょっと危なくないかな。」

 試験で行ったレベル変更が、間違ってデータセンターから波動装置へ伝わらないかの懸念だ。ヒガシダニの心配はもっともだった。

「実際にはデータセンターには信号を渡しません。データセンターの最初の受けで測定するので。」

「そりゃあ、そうなんだけど。」

「最初にレベル2変更して、実際の波動装置へ命令が行かないことを確認します。」

「・・はいはい。分かりましたよ。」

 ヒガシダニの指摘で、メンバーにも作業時のポイントがよく伝わっただろう。有難い発言だったなと私は思った。

「ここは入念に確認ですね。よろしくお願いします。」

 そうして手順書の確認を最後まで終えると、私たちはコントロールセンター内に散らばった。

「では、手順書の項番一の事前確認からお願いします。」

「はい。」

 昨日と同じで、前半の試験は順調だった。試験システムへ切り替えて、制御信号を出す段階になると、ヒガシダニと私は測定器のモニタを覗き込んだ。そこには送信側が出した信号の状況が表示されている。

「レベル2変更から頼む。」

「はい、行きます。」

 操作卓側のメンバーは、ヒガシダニの声かけにタイミングを合わせる。レベル2の変更命令が実行された。

「四ボルトから低下・・、二ミリボルトってとこだ。時間幅もよし。問題ない。」

「レベル4に変更しましょう。」

 私はヒガシダニに声をかける。レベル2変更は正常な値の確認をしているだけで、次の計測が本番だ。

「次、レベル4変更。」

「はい、行きます。」

「よし。」

「二ミリボルト、こっちも問題なしだ。」

 つまり発射された制御信号は、レベル2もレベル4も正常だった。

「じゃあ、次は受信側の手前ですね。」

 私が言うと、すぐにヒガシダニが頷いた。送信側のケーブルを元に戻すと、代わって試験システムの受信側のケーブルを外す。測定器への繋ぎ込みを終えると、ヒガシダニが操作卓側に再び声をかけた。

「いいぞ。やってくれ。」

「はい。ではレベル2行きます。」

「おう。」

 受信側の制御信号を見たが、送信側とほぼ変わりはなかった。これも問題なしだ。

「よし。次、レベル4。」

「はい、レベル4です。行きます。」

 声かけとともに、制御命令が再び実行された。ヒガシダニと私は同じタイミングで、また測定器のモニタを覗き込む。

「下がりきってない。これじゃあダメだ。」

「六百ミリボルト?」

 私は測定器のモニタの数字を読んだ。

「うん、高過ぎだな。」

「これで分かりましたね。信号は出ている。ただ今までよりコモン電圧が上がっている。」

 この制御信号の場合、命令を出す時に電圧が下がる。この下がった時の電圧がコモン電圧だ。コモン電圧が想定より高いために、信号と判定されていないのだ。電圧が下がらない現象は、命令が出た直後は起きていないのに、その先で起こっている。経路上に何か問題が発生している可能性が高い。

「何が原因だろう?」

「さあ・・。試験システムへの連携の問題の可能性がありますから、やっぱり次の試験をした方がいいですね。」

 次の試験とはデータセンター側での測定のことだ。ヒガシダニは観念したように頷いて、次の指示を出す。

「じゃあ次はデータセンターだ。試験システムから切り替えてくれ。データセンターだけだぞ。」

「はい。」

 コントロールセンターの何人かが行って、切り替えの作業はすぐに完了した。ヒガシダニと私でその確認をする。いよいよ次はデータセンター側で制御信号の測定だ。

「じゃあ、データセンターで準備が出来たら連絡する。」

「はい、分かりました。」

 ヒガシダニの声に、コントロールセンターのメンバーが答える。ヒガシダニと私は測定器を携えて、六階のデータセンターへ移動を始めた。

 ケーブルは壁の裏側を伝って、この館内に張り巡らされている。そのうちの一つの経路について、私たちは正確な測定が必要だった。


 六階のデータセンターに着くと、ヒガシダニは迷いなく受信側のラックに近づいて、後ろ扉を開けた。ケーブルの何本かをたぐるように確認する。目的のケーブルを見つけると、次に測定器の電源を入れる。それからヒガシダニは、コントロールセンターへ連絡を入れた。

「こちらはデータセンターだ。聞こえるかい?」

「はい、よく聞こえます。」

 スピーカーフォンにして、ヒガシダニはケーブルに再び手を伸ばした。

「今は制御信号用の受信側ラックの裏にいる。この後、コントロールセンター側の受信ケーブルを抜くぞ。」

「はい。」

「丸フダを確認する。」

「はい。」

 ケーブルには、丸フダが括り付けられていた。丸フダは白く丸い形をしていて、丈夫な紐でケーブルと繋がっている。表と裏があり、文字の色が黒ければ表、赤ければ裏だ。通常は丸フダの表にはコネクタ側の繋ぎ先が、丸フダの裏にはケーブルの先にある繋ぎ先が書いてある。ヒガシダニは入念に丸フダの表裏を見た。

「よし、オッケーだ。コントロールセンターからの波動出力レベル制御のケーブルを抜く。じゃあ行くぞ。」

「はい。」

「どうだ?」

 ケーブルを外すと、すぐにヒガシダニは声をかけた。

「特にエラー上がってません。」

「分かった。」

 ヒガシダニはもう一度丸フダを確認すると、そのままケーブルを測定器へ繋げた。これで受信側の制御信号の測定が出来る。そして測定器のモニタを見てから、コントロールセンターに声をかけた。

「よし、データセンター準備完了。いいぞ。」

「はい、こっちも大丈夫です。」

「まずレベル2変更だ。」

「はい。」

「そっちのタイミングでやってくれ。」

「では、レベル2、行きます。」

「どうぞ。」

「行きます。」

 その声かけで、コントロールセンターから制御命令が再び実行された。その結果は、データセンターの測定器でも即座に確認できる。

「よし。オッケー。九十四ミリボルト。」

 しばらくの無言があってから、コントロールセンターからも連絡が入る。

「波動装置はレベル1のままでした。運用センター側も問題なしです。」

 それは試験用のレベル2変更が、実際には実行されなかった確認だ。

「運用センターの表示盤は?」

 ヒガシダニがコントロールセンターに聞いた。

「それはレベル2になったそうです。」

「予定通りだな。」

「はい。」

 レベル表示盤は切り替えを行わない。これも手順通りだ。運用センターのレベル表示盤は、コントロールセンターの試験内容でレベル表示されているはずだ。

「じゃあ、そのままレベル4変更を一回やってくれ。」

「はい、行きます。」

「どうぞ。」

 ヒガシダニと私は、同じタイミングでまた測定器のモニタを覗き込む。

「七百ミリボルト?」

「ダメだな、これ。」

 データセンターでも状況は変わらない。命令が受信できないわけだ。

「問題はコモン電圧が高い理由ですね。」

「もう一回やっていいかい?」

 ヒガシダニは私にそう言ってから、コントロールセンターに再度指示を出した。

「もう一度レベル4でやってくれ。」

「はい、行きます。」

 測定器に電圧の変化はすぐに現れた。電圧の下がり方は変わらない。測定結果に間違いはないだろう。

「レベルの違いで変化は出ないはずですよね?」

「ああ。なんでだろう。」

 その場でヒガシダニは腕組みを始めた。測定したのは同じケーブルだ。制御ケーブルは一本のケーブルに何本もの制御線が束ねられている。指定したレベルによって制御線は変わるものの、測定値に大きな変化が出るとは思えなかった。

「測定値は取れたので、一旦、図面を見直しませんか?」

「・・そうだな。データセンターでの測定はここまでか。」

 ヒガシダニはそう言って、測定器からケーブルを外して、ラック側に繋ぎ直した。次に測定器の電源を落とすと、最後にラックの後ろ扉を閉じる。

「データセンター側の接続は復旧だ。」

「お疲れ様でした。」

 ヒガシダニとコントロールセンターとのやりとりの後、私もコントロールセンターに声をかけた。

「こっちのケーブルを一度外したので、正常動作の確認試験をお願いします。」

「はい、分かってますよ。」

 コントロールセンターは正常動作の確認をすぐに終えた。私たちは測定器を持ってデータセンターを出る。

 六階から三階へ戻る途中、頭の中では電圧変化のことを考えていた。

「最近、レベル4以上にしたのは事故の時だけ、ですか?」

「ああ、あとは昨日と今日の試験。」

 エレベーターの中で私はヒガシダニに質問をした。

「機材を入れ替えたとか、メンテナンスしたとかはないですか?」

「コントロールセンターでは絶対なかったな。他も大きな作業はやってないと思う。まあ、コントロールセンターの外は関係ないか。・・・いや、待てよ。」

「なにか、ありそうですか?」

「図面を見てからにしよう。」

 三階でエレベーターを降りると、すぐにコントロールセンターへ戻る。私たちは残りの作業を手早く片付けた。


 手順が最後まで進んで、本日の試験は完了した。その後、すぐに私はヒガシダニと図面を囲む。ヒガシダニはじっくりと図面を眺めた。そして、コントロールセンターの先の経路を指差した。

「コントロールセンター以外の経路、あるとすれば運用センターのレベル表示盤だけだ。この表示盤には制御機能はないがな。」

 ヒガシダニの言葉を聞いて、私は今日の手順を思い出す。レベル表示盤用のケーブルは切り替えていない。試験システムと繋いだ時も、データセンターの時もだ。

「レベル表示盤で抵抗が変わるとか、ないですかね?」

「抵抗が変わる?」

「レベル2とレベル4で状態表示の内部抵抗が変わる、そんな挙動があるんじゃないかと思いまして。」

「ああ、そういえば運用センターはレベルごとに表示盤の動きを変えていたな。」

 そう言われて私は、運用センターのレベル表示を思い出した。

「ここはリレー接点ですか?」

 図面上の制御指令部を指して私は聞いた。

「リレー接点だったはずだがな。」

 リレー接点とは制御信号を繋ぐ時の仕掛けで、これがあればコモン電圧は確実に小さく出来る。

「もしリレー接点じゃなかったら、状態表示の抵抗が変わればコモン電圧が上がりますね。」

 そこでヒガシダニはもう一度、手元の図面を見始めた。

「そういえば、運用センターに渡している二本のうち、リレー接点で電圧差を固定させているのは一つだけだ。もう一つはストレートに出している。後から一本追加したからな。」

「その繋ぎ込み合ってますかね?」

「確認してみる。ただ、ここ数カ月は何も変えてないのは間違いない。」

「運用センターの状況も確認した方がいいですね。最近なにか変化がなかったか。」

「俺たちに何も言わずに何かやるとは思えないなあ。ちょっと運用センターに行ってくる。あんたはコーヒーでも飲んで、待っていてくれ。」 

「私も行きますよ。電圧が上がった理由を、ちゃんと理解しておきたい。」

「まあ責任者だからな。」

「いや技術的興味とでもいいますか。」

 私たち二人は五階へ向かった。


 その夜、運用センターの机の向かいで、ロイは汗をかいていた。一昨日に事故当時の様子を聞いたのと同じ場所だ。夜勤のロイを待ち伏せていた理由は、彼が行なった模様替えだった。

「いや、そんなはずないですよ。」

「でも実際に変わっている。表示盤のケーブルの繋ぎ方が間違っているんだ。」

 ヒガシダニは最初から尋問口調だ。

「確かにレイアウト変更しましたよ。レベル表示盤の位置が見づらかったから、中央に持ってきて棚の上に持ち上げて固定したんです。でもケーブルを変えたつもりはなかった。」

 レベル表示盤を動かしたのは、一回目の事故の後だ。前にロイが言っていた通り、それは運用センターなりの対応策だった。

「ケーブルを外さないと動かせないだろう。」

「同じ状態にしましたよ。元から逆だったんじゃないですか。」

「元と同じかじゃなくて、正しく繋げたかの話だ。見てみるかい?」

 ヒガシダニは立ち上がると、問題のレベル表示盤の方へ近づいて、ロイを招き寄せる。

「ここだ。見てみろよ。」

 私たちはレベル表示器の側面に顔を寄せた。レベル表示盤に繋がっているケーブルには丸フダが付いている。二本のケーブルが繋がっているレベル表示盤には、コネクタに監視用1、監視用2と印字してあった。ヒガシダニは丸フダの表をロイに見せる。監視用2、監視用1だ。つまりは接続が監視用1と監視用2で互い違いになっている。

「コントロールセンターの人間じゃ、これに気づかない奴はいないと思うがな。」

「・・・。この前のレイアウト変更の時は、電源を切っておけばいいって。」

 ロイは詰問されてばかりで気の毒だ、私はそう思ったので、別の切り口で質問をした。

「どうも繋ぎ方を間違うと、データセンター側の制御に問題が出るんです。ご存じでした?」

「いえ。」

「そうですよね。今の繋ぎ方がそもそも良くないんです。」

 制御信号は、それが伝わる経路の内部抵抗の影響を受ける。レベル表示盤の繋ぎ方によって抵抗が変わることは、今日の調査で分かっていた。

「ひょっとして、わざとかい?」

 ヒガシダニがロイをさらに問い詰める。

「いや、絶対に違う。確かに移動させる時に間違ったかもしれません。照明のケーブルと一緒に抜いちゃったんだと思います。でも、わざとしないですよ。」

 ありえる話だと私は思った。当時レベルは1で、表示盤はきちんとレベル表示される。ケーブル作業に不慣れな人は気づかなくても無理はない。私はそっとロイの肩を叩いた。

「何が起きたかの理由を解明したいんです。そのために実験をさせて下さい。それでケーブルの繋ぎこみが原因だと分かれば有難いので。」

「はい、それはもちろん。」

 ロイは小声で答えた。

「繋ぎこみが原因だと分かれば、一つ疑問がなくなって大進歩です。波動装置のレベル5の事故とは無関係っていう証明にもなる。手伝ってくださいよ。」

「レベル5の事故とは関係ないんですか。」

「ええ、繋ぎこみを変えて出来るのは、制御信号の一部を無効にするだけですから。偽の制御信号を時間を狙って出すなんて、出来ないです。」

 その言葉を聞いてロイは、息を吹き返したように急に立ち上がった。

「分かりました。すぐやりましょうよ。」

 ロイは自分の失敗の種類を理解したのだろう。内心ほっとしたはずだ。

 その後、ケーブルの繋ぎ方を何度か変えて試験をした。レベル表示盤はレベル4以上になると一瞬光る仕掛けだった。運用センターの誰かが面白がって作ったそうだ。このレベル表示盤を使い続けるのには異論があったが、事故の話からずれていくので、私はそれ以上は言及はしなかった。

 データセンター側でも、レベル表示盤のケーブルの繋ぎ方によって、制御信号の違いが明確に現れた。私たちの仮説が証明されたことになる。つまり原因究明は成功だ。

 これで午前三時の現象に手が届いたわけではない。ただ、過去二回の事故原因は同じという確信を、私は持つことが出来た。


 私は今夜も泊まり込むことにした。試験をしたら夜中に切替器が作動する、それを確かめるためだ。この法則にも確信を持っておきたかった。

 コントロールセンターでカードを借りて、データセンターを定期的に見回る。昨夜一時五十分には、すでに切替器は『接続』に変わっていた。できれば切り替わった時間を突き止めておきたい。二十四時まで切替器が正常なのを確認すると、その後は十五分ごとに見回りをする。

 何度目かの見回り、データセンターに入って歩いていると、奥でカチリと小さな音が聞こえた。切替器に近づくと『接続』の電球色ランプになっている。おそらく切り替わったのは一時三十分ちょうど。その夜、私には昨日ほどの動揺はなかった。一度経験するだけでずいぶん違うものだ。

 昨日の夜よりはずっと落ち着いてボタンを押す。すぐに切替器のボタン表示は『切断』になった。

 やっぱり昼間に試験をしたせいだ。レベル4変更がきっかけなのかもしれない。次は午前三時だ。過去二回の事故と同じタイミングは、特に注意する必要がある。

 それから私はデータセンターの奥へ進んだ。突き当たりにある非常口を開く。廊下には、椅子を置いて座っている男がいた。たしか総務課の人間だ。その男は、ドアの開く音で目を覚ましたようだった。

「誰か来ましたか?」

「いいえ、夕方から誰も来てないですよ。」

 ミエに指示された見張り役だ。その役回りを、私は気の毒に思っていた。

「ご苦労様。もう現象が発生したので、朝まで見張る必要はなくなりましたよ。」

「帰っていいんですか。」

「はい。ミエさんには私から言っておきます。」

「ありがとうございます。」

 男はあっという間に椅子を折りたたむと、廊下を歩き出した。非常階段から帰るつもりなのだろう。男を見送った後で、私は非常口の扉を閉めた。


 午前三時が近づいて、私は再びデータセンターに入った。ラックの立ち並ぶ奥へ進むと、切替器の『切断』を確認した。それから昨日と同じように、コンピューターの画面で制御命令の受信ログを探す。

 午前三時を回ったが何も見つからない。私は続いて現在のレベルを一度表示させた。


 『レベル2(0日2時間11分継続)』


 大丈夫だ、今夜もレベル5の制御命令は来ていない。レベルが切り替わったのは二時間ほど前だ。今夜はレベル2への変更を運用センターでやったようだ。それから私は技術局長室へ戻ると、今夜の現象をメールで連絡をして、昨日より少しだけ早く施設を出た。調査の収穫があったせいか、帰りがけの気分は軽かった。

 『ヤマシロ』を出ると、地面が濡れているのに気づいた。駐車場の一部に水たまりが出来ている。そうか、雨が降ったんだ。私がデータセンターを行ったり来たりしている間だろう。運用センターではレベル2の実験で何か分かったんだろうか。次は出来るなら運用センターの実験を見物したいな、私は思った。

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