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ヤマシロ調査委員会  作者: takine_kuon
2/13

着任と着手

 駅に降り立つと、のどかな風景が広がっていた。改札を抜けて、街へ歩を進める。山並みが間近に迫ってきた。近くの山の頂きに、不釣り合いな白い建物が見える。あれがきっと『ヤマシロ』だ。

 小さな駅前、予約していたホテルはすぐに見つかった。私は駅前のホテルに荷物を預けてから、『ヤマシロ』へ向かって歩き出す。たぶん一時間もかからずに到着するはずだ。


 小さな市街地を抜けて、山に向かう道を歩く。緩やかな上り坂は、山が迫るにつれて斜度が上がっていった。一本道は、蛇行しながら延々と続いている。

 上り坂の先には広い駐車場があった。そして、その向こうに白い建物が見える。『ヤマシロ』だ。私は汗を拭きながら、その建物に目をやった。

 建物の屋上には巨大パネルがそびえている。あのパネルは、自由に向きや角度を変えられるはずだ。そして、特殊な波動を空へ出すことが出来る。

 私の所属する会社は、ここの設計全般を任されていた。屋上の波動発生装置はもっぱら研究者が担当だが、それ以外の多くは私の責任範囲になる。


 半分ほど埋まった駐車場を通って、正面玄関へ向かう。広い階段を上って二階から館内へ入ると、出入り口のすぐわきに受付があった。

 受付にあった内線で総務課長を呼び出すと、彼女はすぐに受付フロアに現れた。

「どうも、お疲れ様です。連絡頂ければ、駅まで迎えを出しましたのに。」

「いや、初めての場所ですし、少し歩いてみようと思いまして。」

「遠かったでしょう。しかも山の上で。」

「全国いろんな所から呼ばれますんで。こういう山の中での仕事も何件かやってます。」

「ミエと言います。はじめまして。」

 三十代後半くらいだろうか。落ち着いた服装で、オフィス街にいそうな佇まいなのだが、早口なので押しの強い印象を受けた。

「サナダです。これから、よろしくお願いします。」 

「技術的なことはあまりお役に立てないですが、サポートが必要な際はなんなりとお申し付けください。今日からよろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

 私の前任者はすでに解任されていて、直接引き継ぎは出来ない状況だ。まず彼女と接触しろと、私は連絡を受けていた。技術畑でない人間が指定されたのは、事故の調査委員としての役割が私にあるからだ。

 調査委員会のメンバーは、まずは私とミエの二名のみだ。今が調査委員会の顔合わせでもあった。後のメンバーの追加は、必要に応じて私から要請する予定だ。

 現段階で、最も事故の詳細を把握しているのが彼女のはずだ。ただ彼女が事故をどう捉えているかは、把握できていない。まず私は、彼女の理解を確認することにした。

「今回は立て続けに大変だったでしょう? 滅多にない事件だ。」

「全くです。年に一度の定期確認のはずだったのに、大ごとになってしまって。」

 ミエの言う通りで、毎年春に行う試験の日に、最初の事故は発生したのだ。手順は毎回同じ、何年も繰り返している試験だった。

「技術陣の後始末ですからね。あなたも災難だ。」

「私はこの施設の人間ですから。サナダさんに緊急でお力を借りることになってしまい、大変申し訳なく思っています。」

 そつがない人だ。ミエの発言は調査委員会のメンバーである自覚を持ちつつ、事故を起こした仲間たちも気にしている。信用に足る人物なのだろう。彼女との距離の保ち方が一旦決まった。

「辞令が出たばかりで、準備が間に合っていません。」

「まずは状況の報告をしましょうか。」

「二件の事故の報告書と、前任者のまとめ資料をもらっていますので、最低限は大丈夫です。それより、この施設への理解がぼんやりでして。先に施設の状況を知りたいです。」

「では最初に、設備を一通りご案内する方がいいですかね。」

「はい、ぜひ。」

「あ、そうそう。サナダさんの認証カードを渡しておきますね。これで五階まではどこでも入れます。」

「手配が早いですね。ありがとうございます。」

 そのまま私たちは、二人で『ヤマシロ』の中を回ることにした。


 この施設は地下二階、地上七階で、その上には巨大な波動装置が乗っている。まず受付のある二階から一つ上の階へ移動した。ミエの背中に続いて三階の廊下を進むと、両側の壁ばかりが目につく。そして奥には大きな扉があって、威厳を放っていた。

「まずは、ここが全体の様子が分かりやすいと思いますので。」

 ミエはそう言ってカードをかざすと、すぐに扉が開いた。閉じられた部屋は広くて、見通しが良い。正面の大型モニターに向き合うように、横長の机が三列に並べられていた。

「ここがコントロールセンターです。」

 正面の大型モニターはかなりの大きさだ。設備の構成をシンボリックに表現していた。波動の出力、解析データの流れ、電源構成まで入っている。天井は高いのに、大型モニターはその壁一面を占拠していた。ユニットごとの表示は背景が塗り分けられ、その色が状況を表していてる。こうした表示は、赤であれば異常を告げていることが多い。

 大型モニターと机の間には広いスペースがあるが、そうしないと大型モニターを見渡せないのだろう。これだけの大きさだ。確かに全体観がつかみやすい。

「屋上の波動装置の制御は、最上階にシステムがまとまっています。その下の六階がデータセンターですね。ここまでは基本は無人です。」

 私が見た図面でも、最上階の七階は屋上の波動装置と密に繋がっていた。屋上と七階を一体として波動装置と考えた方が良さそうだ。その下の六階が空調が整ったデータセンターで、コンピューターや通信機器がラックに整然と並んでいるはずだ。

「実際の波動装置の操作は五階の運用センターで行なっていて、システム全体の監視がこっちのコントロールセンターです。電源、空調、ネットワークにハード設備とか、全体管理がここです。ただ『ヤマシロ』の主役は運用センターなので、このコントロールセンターは下支えですね。」

「コントロールセンターが屋上に近い方が、良いんじゃないですか。」

 事前に見ていた資料と頭の中で照らし合わせながら、疑問を口にした。

「最上階のシステムに問題があって、真っ先に様子を見に行くのは運用センターなんです。ここは完成されたシステムの運用ではなくて、使いながら処理を洗練させていく段階ですから。開発者はみんな運用センターにいます。」

「なるほど。コントロールセンターは、波動装置の足回りや全体統制の役割ですね。」

 資料で読んだイメージとは、そう離れていないようだ。

「コンピューターが一台故障したくらいなら、上でやりますから。」

 ミエが『上』と言ったのは運用センターだ。そこには、たぶん住所的な意味あいしかないのだろう。

「ルールとしては、レベル2まで運用センターのみの判断で稼働できます。普段は運用センターだけで閉じたオペレーションなんです。レベル3以上はコントロールセンターが介在して実施する。特別な電源を使う必要があるのと、なにぶん影響が大きいですからね。」

 波動装置の出力はレベルという定義がある。レベルは1から始まり、最大でレベル5まで出力可能だ。レベル3からは雲を急発達させる可能性があるため、より厳密にレベル変更の作業が行なわれる。実際のオペレーションの詳細まで把握してなかったので、私は地図の空白域が一つ埋まったような感覚になった。

「レベル3以上は、今は禁止になっているんですよね。」

「あ、ええ、そうでした。原因が分かるまではレベル2までしか許可されないので、運用センターが研究が進まないって文句を言ってますよ。」

 それからミエは、フロアの中央へ声をかけた。

「ヒガシダニさん。」

「あいよ。」

 ミエにそう言われて、体躯のいい男が振り返った。四十代くらいか、少し日に焼けている。

「ここのシステムに一番詳しいのは彼ね。」

 ミエは小声でそういうと、男へ向かって私を紹介する。

「ヒガシダニさん、こちらが本日付で技術責任者になったサナダさんよ。」

「ヒガシダニだ。あんたが新しい親分かい。よろしく頼むよ。」

「ここのメンバーに、サナダさんを紹介してもらえないかしら?」

 ミエに言われると、すぐにヒガシダニは振り返って、フロア中央に声をかける。

「おーい、みんな。こっちに注目。」

 フロアに十人ほどいたメンバーは、一斉にヒガシダニへ顔を向けた。

「新しい技術責任者の到着だ。ご挨拶しろ。」

 ヒガシダニはそう言って、私の方へゆっくり手を向けた。それを合図に個々のメンバーから声が飛ぶ。

「よろしくお願いします」「お願いします」、あまり統率された感じでなく、ヒガシダニ以外の声は小さい。ただ、皆にこやかだった。穏やかな性格の人間が多いのかもしれない。

「サナダです。本日着任しました。よろしくお願いします。大きな事故があったばかりですので、私はまずそちらに注力します。現場の業務でも細心の注意を払って頂いて、何かおかしいことがあれば、すぐ私に教えて下さい。」

「はい。」

「はい。」

 私は簡単な挨拶を終えると、ミエとヒガシダニの方へ視線を戻した。ヒガシダニは私に向かって大声で言う。

「まあ、ここは裏方の巣窟だ。建物のどこかにあと二、三人隠れているはずさ。」

「そうですか。シフト勤務もありますよね。おいおい他の方にも挨拶しないといけないですね。」

 自分の席へ戻ろうとしたヒガシダニに、ミエは声をかける。

「サナダさんに屋上とデータセンターをお見せしたいんだけど、一緒に来てくれない。」

「今からかい?」

「そう今から。」

「はいはい。」

 ヒガシダニは緊張した様子もなく、ミエに従った。重大な事故があった後で、原因もまだ分かっていない。同じ技術スタッフであれば、すこしは不安や動揺があってもいいはずだ。ここは現場と管理層の垣根が高いのかもしれない、そんな風に私は思った。


 四階から七階を後回しにして屋上へ向かう。屋上へ出るドアはロックされていて、ヒガシダニが手持ちの鍵を使ってドアを解放した。

「その鍵は、ヒガシダニさんしか持ってないんですか。」

「まさか。いつもコントロールセンターに置いてある。誰でも記録すれば持ち出し可能。でないと緊急対応できないだろう。七階と六階も同じさ。屋上と七階は鍵、六階はカードだ。」

 鍵を手で弄びながら、ヒガシダニは笑った。ここでは六階から上はセキュリティーが一つ厳しくなっているのだ。ヒガシダニに続いて屋上を一歩踏み出すと、急に頰が野外の空気にさらされた。

 午前十一時、青空が広がっている。空の一部を切り取ったように波動装置の影が視線に入った。私は見上げながら波動装置に近づく。

 波動装置は圧巻の大きさだ。特に『ヤマシロ』は定常的な実験が目的なので、特別かもしれない。以前に波動装置の試作機を見たことがあったが、その十倍はありそうだ。ここから出る波動で、本当に雲が発生するんだろうか。

「もともとの専門はこっちかい?」

 ヒガシダニはそう言って、巨大パネルを指差した。

「最初は無線設備で、いつのまにかシステム全般になっています。ただ、こんなに大きいのはやったことないですね。」

「そうか、じゃあ念のため、ちょっと講釈しようか。あの大きいパネルが波動の発信と受信をやっている、最も重要な部分だ。でも、これだけデカい上に細かく動くからさ。下の制御部、それに両側の支柱部、この辺の動きがデリケートなのが、普通のレーダーと違っているね。」

 次にヒガシダニは、腕を振り下ろすように指先を床へ向けた。

「あそこに太い線があるだろ。あれが七階と繋がっていて波動を出している。その両側の細い線、あれが二百弱あって、受け取った波動は細い方の線でやっぱり七階へ行っているってわけだ。」

 どうやらヒガシダニは話し好きなようだ。客がくれば誰にでもこうして解説をしている、そんな感じだった。内容は私が事前に把握したものと大差ないが、ヒガシダニの話し方のせいか、飽きずに聞いていられる。

「もういいでしょ。下に行きましょう。」

「はいはい、分かったよ。」

 ミエは早口に告げると、ヒガシダニはあっさりと話を切り上げた。ミエにしたら、聞き飽きた講釈だったのかもしれない。

 屋上から七階へは、階段一つの移動だ。波動装置の一つ下のフロアは、全て波動装置のための設備になっていた。パネル制御やデータ送受信用のスペースが大半で、ガラス扉を挟んだ小さなスペースには、コンピューターを格納するラックと作業用の机が見えた。

「ここは波動装置の土台みたいなもんだ。何も全部を屋上にさらして置いておく必要はないからな。」

「なるほど。奥に作業机がありますが、基本的には人はいないんですよね。」

「ああ、あそこを使うのは波動装置の特別なメンテナンスの時くらいだ。だいたいはリモートで中から出来るから。」

「まあ、そうですよね。」

 そのさらに下の階、六階のデータセンターへはエレベーターでの移動だ。六階へのドアが開くと、ひんやりした空気を感じた。この階は空調の効きが良い。最上階の七階と違って、埃っぽさは六階には全くなかった。

 ヒガシダニがカードをかざすと、扉のロックが解除された。私に渡された認証カードと色が違っていて、たぶん特別なカードだ。

 ヒガシダニに続いて、私は廊下から仕切られたフロアに入った。中は照明が落とされていたが、小さなランプの点滅がたくさん見える。ヒガシダニが照明のスイッチを入れると、一気にフロアの奥まで見渡せるようになった。通路の両側にはラックが整然と並んでいる。

「専用の空調に消火装置、無停電装置と一通り揃っている。ネットワークのメインもここさ。」

「しっかりしてますね。」

「そうは言っても非常用発電機は入ってない。実験設備だからって、ケチったみたいだ。」

 そう言ってヒガシダニは大声で笑う。私は付き合いで笑顔を作った後に、改めてフロアを見回した。普通のデーターセンターと大差ない印象だ。

 近くのラックをよく見てみると、小さなシールがいくつも貼ってあるのに気づいた。青や緑色、他の現場でも見かけたことがある。データセンターの見回りで確認に使うものだ。ここはデータセンターを点検するルーチンが、確立しているようだ。

「そうだ。切替器を見ていってください。」

 ミエが言った。切替器、二つの報告書に登場した機材だ。正面にボタンがついている。事故のあった二晩とも、データセンターに誰もいないのに、いつの間にかボタンが押されたという。まるで怪談のような話だ。

「切替器はあの奥さ。ほら、『切断』になっているだろ。今回の事故の原因が分かるまでは、ずっと『切断』にしておけって言われている。だからレベル3以上は出せないのさ。」

 切替器の入っているラックには『接続』『切断』の文字が入った二つのボタンがあった。ボタンはランプつきで、今は『切断』の方のボタンが赤く光っている。プラスチックのフタがついていて、それを持ち上げないと押すことは出来ない仕掛けだ。

「報告書で読みました。このボタンを誰が押したか、分からないんですってね。」

「ええ、そうなんです。」

「ヒガシダニさんはどう思ってます?」

 現場のメンバーの考えが知りたくて、私は聞いてみる。

「どうって誰が押したかって話?」

「誰がでなくても、どうやって操作されたか、でもいいですけど。どんなやり方が可能でしょうか?」

「さあ。現地の俺たちが知っているのは、ここに来ない限り、切替器を操作できないってことだけさ。かと言って用もないのに、わざわざデータセンターの奥まで誰も来やしない。」

「なるほど。」

「データセンターの入室記録は全部ミエさんがチェック済み。怪しい奴がいないから、みんな不思議がってる。」

「やっぱり難しい話みたいだ。私の手に負えるかどうか。」

 私はそう弱音を吐くと、もう一度データセンターの中を見回した。切替器のまわりもラックが並んでいるだけ、人が隠れる場所はなかった。

 切替器を通り過ぎると、他にとりたてて見る所もないため、私たちはそのまま廊下へ出た。

「このまま一つ下りましょうか。運用センターね。ちょっと賑やかですよ。」

「この下の案内はミエさんでいいだろ。」

 そう言うと、ヒガシダニは一人で三階へ戻っていった。たぶん自分のナワバリの外だと思っているのだ。


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