3話 魔導国の王女
朝から憂鬱である。
そうだった、私は思春期の乙女の肉体をしっかり造り上げていた。
だから吐き気を伴い下腹部の痛みに苦しんでようやく何故あの時、ゴブリンに人気があったのか分かってしまった。
要するに生殖器の有無であり、奴ら曰く【メスの匂い】がしたのは私だけだったのだろう。
大精霊クラスでしかできない高等な術のレベルが上がったといえば、聞こえはいいが要するに潜入活動に必要がない無駄な機能を作ってしまった間抜けって事ね。
それにしても教国の女騎士として活動していた時と比べてかなり酷い。
「ルカ様?何かあったのですか?」
「なんでもないわ。それより出発の準備はできた?」
「ベルサンディさんも私も準備できました」
眷族の無駄に明るくて大きな声は、私の下腹部に影響を与えていた。
すかさず痛みの元凶となる現象は無くしたが、根本的な原因を除外するのは避けた。
自信満々に造り上げた物を排除するなんてなんか負けた気がするから。
眷族が感情豊かで、やらかしても教育や矯正するが完全に無くさないのと同じこと。
「ところでこのペースだとデュラント教国に着くまで1日は掛かりませんか?」
「珍しく良い事を言ったわねエレーヌ」
「珍しい!?そこまで低評価されていたんですか!?」
眷族の抗議を無視して大地を駆ける準備をする。
水の精霊は、なにも人体だけだとは限らない。
牛でも良いし蛙でも良いしなんなら粘液生物でもいい。
「じゃあ私は馬になるから」
「お待ちください。我々の格好では、乗馬するのは不適切です」
私が馬になるという発言にさっそくベルサンディからツッコミが入ったけどそれは想定内。
だけどもそこをツッコミとは思わなかったけど、とりあえずエレーヌの眼が輝いているのは気になる。
「ルカ様に馬乗りをする良い機会じゃないですか!乗りましょうよ!」
「創造主に向かって発言することではないわね」
「ところで何で馬になろうと思ったのですか?」
良い質問ね、ベルサンディ。
もちろん、水の大精霊が馬になろうとしたのは深い理由があるのよ。
「昔、教国の女騎士として活動していた頃、派手な装飾を施して大地を駆ける騎兵隊に興味があったのよ」
「はい」
「実際に訓練や実践で乗馬して風を感じて大地を駆ける感覚に感動を覚えたわ」
「はい」
「だから私は馬になることにしたの」
「意味が分かりません」
そう発言して興味が無い様にどこからか取り出した魔導書を読み始めたベルサンディ。
この短時間でエレーヌは立ったまま寝ていた。
「せめてもう少し聞こうとする努力は無いの?」
「この場で馬になる意図が分からなかったので訊いただけで、長くてつまらない昔話に付き合う気はありません」
「そして、エレーヌ!創造主に向かってその態度は何!?」
「ふにゃああ!?寝ていません!夢に向かって全速前進してました!」
ええいこいつら、さっさと本国に送還したい。
「…何か来ましたね」
「あれは教国の騎兵隊じゃない!?」
銀色の甲冑に緑のマントを纏って馬を翔ける騎士達。
あれは私が話題にしていたデュラント教国の騎兵隊、そのものであった。
「済まないが、一つ訊かせてくれないか?」
「私達に協力できることがあればいいのですが…何か用でしょうか?」
私達の前に立ち塞がったリーダー格らしき騎士に呼び止められた為、仕方なく無難な対応をする。
騎士時代に学んだのは処世術もある。
「白馬に跨って逃走する赤髪の少女を見かけなかったか?」
「いえ、見かけておりません。アナトールソーヌの街方面からここまで来ましたが、その様な方は見かけておりません」
「そうか、ありがとう」
そう言って、騎兵隊は北東に向かって行ってしまった。
「ルカ様、どうしてあんな事を仰ったのですか?」
「あら、エレーヌも感知していたのね」
「むしろ、その役目で私はここに居るみたいなもんですよ!」
ここから遠く離れていない森に孤立して乗馬している少女がいる。
エレーヌなら身長や髪の色までしっかり感知しているはずだけど、そこはいい。
騎兵隊に少女の場所を言わなかったのはただ1つだけ。
「いくらなんでも騎兵隊の部隊が多すぎるのよ、国境に近いとはいえいくら何でも王国内で活動し過ぎよ」
「分隊が30、小隊が6、本隊と思われる中隊が1.、王国軍から見れば国内を偵察する斥候と判断して厳戒態勢を取ってもおかしくないわ」
もちろん、堂々と訊いてきた所を見れば、王国軍の許可は得ているのは明白。
でも、更に問題なのは。
「『キャデラック8個中隊騎馬隊』の1つが活動しているなんてただごとじゃないわ」
「どっかで聞いた名ですね」
「四大騎兵隊の1つよ、よく覚えておきなさいエレーヌ」
四大騎兵隊、『教会審問部騎馬隊』、『連合王立騎兵隊』、『魔導機動隊』そして、『キャデラック8個中隊騎馬隊』
キャデラック中隊は、あの『デロリアン4個中隊』に次ぐ精鋭部隊で、機動力と情報伝達だけなら、かの部隊を凌駕する。
デロリアン中隊と比べて、装備も活動内容も統一されている分、尖兵として動かしやすい部隊ね。
特徴なのは、馬ではなく【B+ランク討伐対象】の魔物に騎乗している竜騎士みたいな部隊という事。
「ここまで過剰な戦力を投入しているという事は、聖印騎士団の高官、もしくは貴族の令嬢でしょうか?」
「どうでもいいわ、そんなこと。それより異世界人の方が世界に影響を及ぼす分、害悪よ」
触らぬ神に祟りなし、関わらなければ問題は起こらないのよ!
「それにしても冷淡ですね。もう少し少女の心配でもされたらどうですか」
「ベルサンディ、その少女が騎兵隊を引き連れてこっちに向かって来てるのよ」
「あら、ルカ様、そこまで関わりたくないのですか」
案の定、騎兵隊の先鋒に発見されたらしいが逃走しているところをみるとね。
「私達の目的地は、魔導国よ!こんな所で油を売ってる場合ではないの!」
「そう仰るなら早くお歩きなられては?置いていきますよ」
「ルカ様ー!はやーく!」
いつのまにか私を放置してそのまま歩いていく彼女達の後ろ姿に腹が立ったが怒ってもしょうがない。
後を追うべく、歩いた瞬間、彼女達が居た場所に爆炎が上がり辺り一面が吹き飛ばされた。
火炎 中級魔法クラスか、中々の威力ね。
そう思って感心していたら、いつの間にか臨戦態勢になったベルサンディと目が合った。
殺処分してもいいですか?
視線でそう訴えてきたが、却下。
だけども、すぐに撤回する羽目になった。
私の胴体に向かって『暴風 初級魔法“風の刃”』が飛んできたから。
この肉体を創るまで、“擬似変身能力”でどれだけ練習したと思ってるのよ!
高等な術で細胞単位で造り上げているこの肉体は、眷族を作るより遥かに難しい!
「目撃者は、1人残らず消す気みたいね、殺さずに五体満足にできるなら正当防衛としてやってもいいわよ」
私の一言によって、ここに展開している騎兵隊の全滅が確定した。
いえ、全滅した。
少なくとも肉体が泡の様に破裂する未来を回避できただけでも良しとする。
「…息があって手足の欠損なし、そして五体満足、問題はその後だけどね」
死体でも情報を聞き出せる大いなる魔の探求者相手に意識を失うだけで済んで良い。
とはいえ、落馬して大怪我してるし、意識が戻らずに臓器の機能が停止してそのまま死亡する可能性はある。
「戦おうと思ったら全滅していたんですけど、どうすればいいんですか!?」
「じゃあ、白馬の首にしがみ付いている少女を下ろしてあげなさい」
「少女を助けるんですね!」
「馬が死にかけているから助けるのよ!!」
自分で発言しておきながらズレているのは自覚してるのはまあいいとして、
年端も行かぬ少女が乗馬できるわけもなく無理やりしがみ付いている状態だった。
実際に馬になって活動していた感覚から惨状を見てられないので眷族と一緒に馬を助けないと。
「気絶してますね」
「こんな少女に向かってフル武装した兵士達が殺意剥き出して追っていくものかしらね」
「そういえば、この服装、この辺りじゃ見ない物ですよ」
エレーヌの言う通り、この格好は、ゴンサレス魔導国の民族衣装ね。
「肩当を見れば身分が分かるわ」
「さすがはルカ様、物知りなんですね!」
「一応、潜入する国家について少しは調べておきなさいよ…」
「はい、次回の任務から気を付けます」
つまり、魔導国で活動する間は調べないのね。
もっとも、どこかしらの街にある図書館に着くまでは調べようはないけど。
「左肩から右側の腰に繋がっている肩当を見て見ましょう」
「はい!」
「肩当には4本の筋が入っていて、左から順に金色が王族、水色は独身、白色は未成年、桃色が女性」
「つまり王女様って事ですね!」
エレーヌの言う通り、魔導王のご息女ね。
…面倒事を抱えてしまった。
「ルカ様、報告してもよろしいでしょうか」
「別に構わないわよ、なんでこちらに攻撃を行ったか簡潔に説明して」
情報を得たベルサンディの報告を受けることにした。
でも、彼女から発せられたのは意外な事だった。
「それがこの少女を目視した場合、少女及び味方以外の目撃者を排除する洗脳魔法を受けていた様です」
「なるほど、つまり第三者の仕業って訳ね」
「えぇ、人間にしては高等な術式を施されており、宮廷魔術師に匹敵する人物によるかと…」
「それ以上は、洗脳魔法により意識の混濁の記憶障害の為、生存している限り手は限られますので、明確な情報は取れそうもありません」
無表情で淡々と報告してるけど、殺意を隠さずに発言してくるから困る。
貴女の創造主は、不要な殺害を好んでいなかったはずよ。
「それで騎士の本心はどうだったの?」
「記憶を探る限り、馬を強奪して逃走した王女を連れ戻しにいっただけで危害を与える気はありませんでした」
「それは教国内で逃走したと踏んで良いの?」
「いえ、魔導国から教国経由でこの王国内に追跡してきた王女の護衛集団だったようです」
意味が分からない。
ここからデュラント教国を経由して魔導国に入るまで早馬を飛ばしても3日は掛かる距離。
王女を見れば、衣装は比較的に綺麗で逃走して半日くらいしか経っていないように見える。
「王女様を叩き起こせば分かるんじゃないですか?」
「ええ、その通りよ、でもその斧で叩いたら起きるどころか永眠するわよ!」
エレーヌが片手で斧を振り回しているのを見て思わず額に手を当てて、本気で彼女達を帰したくなった。
「起こしました」
「無理やり意識を戻したせいで朦朧としていて、あのまま寝かせ方が良かったんじゃない!?」
ベルサンディによって無理やり目覚めさせられたけど、何度も言うけど貴女ならもう少し効率良く訊き出せる手段なんていくらでもあるでしょう!
「ここ…は?」
「パンタゴーヌ王国よ、貴女は気絶しながら馬を走らせていたの」
「そーな…ですか」
もはや会話が成り立っているのが奇跡に近い。
「ベルサンディ、やっぱり会話させるより良い手段ってあるわよね?」
「ありますけど、魔法耐性のせいで、下手に弄ると拒絶反応で死に至る可能性があったので無難な対応をしました」
「私、エレーヌです!よろしくお願いします!貴女の名前はなんですか!好物は!彼氏は居ますか!私は彼氏が欲しいいいいぃ!?!」
両肩を掴み揺すりながら少女に大声で語り掛けているエレーヌをつい殴り倒してしまったが後悔はない。
「精霊の割りには、人間の様に一時の激情に駆られてますね。ああ今は感情がある人間でいらっしゃいましたか」
「それは誉め言葉として受け取っておくわ」
眷族にも受け継がれているマーヤ節。
遠回しに不適格な指示している私が無能で、ご自身が選択した手段で情報を得れば良かったのでは?
つまり、私は悪くない。悪いと思うなら自分でやれということか。
「ごめんなさいね。もう一度、ゆっくり休んでね、 安息の怠惰を求めし旅人よ。暫しの眠りにつけ 補助 中級魔法“睡眠”」
「うっ!?……魔法が反射されたのね」
ところが、睡眠の魔法をかけたつもりが、反射されてこちらに効果が発揮した。
…嘘でしょ、反射の反応も魔道具の感知もしなかったのに。
ほら見た事か、と言わんばかりにベルサンディもといヴェルザンディの視線を感じる。
分かっててあえて止めなかったわね…。
「何か身体でも仕込んでいるのかしら?…これは、【24の神聖武器】の1つ、“鳩の血のお守り”!」
「なんですかそれ?」
「文字通り、貴重な神聖武器の1つ。紅玉の聖獣の王が自らの命と引き換えに額の紅玉を人類に授けたとされるものよ」
「ふーん、ルカ様が借りパクしたあれらと同じ物ですか」
失礼ねエレーヌ。
潜入任務で、聖印騎士団の女騎士になって3つの神聖武器を授かっていたけど、本来の目標を達成した時に巻き込まれて、
『魔神を討伐したが巻き込まれて時空の歪みへと消えていった悲劇の女騎士』と名が残ってしまったので、
教国に返却しようがなかったのよ!!
その影響からか、教国は神聖武器の管理が厳しくなって、戦場に持ち出すにも厳格な審査の下で許可を得ないと使えない代物になったけど!!
「とにかく、この右手の親指に填められている指輪は、あらゆる魔法を反射するとともに精神汚染を完全に防ぐ代物よ」
「神聖武器っていうより、神聖防具みたいですね」
「つまり良からぬ者達が、王女とこの指輪を狙っていたという事ですか。神聖武器に関しては専門外なので高価な魔道具にしか見えませんでしたけど、言われてみれば人類が創った物にしては良くできてますね」
「ベルサンディ、マーヤから一言多いとか良く言われたりしない?」
黙り込んだという事は図星か。
「うう…」
いくら反射が攻撃を受けて無力化した魔法の魔力を使用するとはいえ、人体に経由して発動するのでこの状態で発動されれば、魔力で身体に重負担が掛かって死にかけたみたいね。
指輪を外してあげたいけど、大いなる魔の探求者ですらそれに手を加えなかった所をみると保安防衛罠が仕組まれている可能性があるので、無難に睡眠薬で休んでもらいましょう。
「これで手札が1つ減りましたね。あとで補給するんですか?」
「残念だけど当分、補給はできそうにないわ。でも新たな手札が手に入った事だし利用させてもらいますか」
所詮、市販にある睡眠薬など大して期待はしてなかったので、魔導国を目指す上で、かの国の王女が手に入ったのは大きい。
とはいえ、少女とはいえ背負って運ぶのはきつい。
開き直って、馬車だけでも借りようかしらね。