1話 腕試しは、ゴブリンの群れで
「おっそこの嬢ちゃん!目が冴えているね!」
「これってノートルフルール産の刺突剣?」
「おおう!そうだよ!」
ここは、パンタゴーヌ王国という多種族で構成される国家。
ここなら、【あの子達】が多少のヘマしてもカバーできる。
そう思って武器屋を覗いてみたら、つい刺突剣を手に取ってしまった。
護拳にこのような豪華な花の装飾を施されているのは、ノートルフルール産である。
「嬢ちゃん…もしかして剣術の心得があるのかい?」
「えぇ、デュラント教国の騎士様に護身術として指導して頂きましたの」
鞘から抜いて刃を眺めていたら、つい、一通りの構えをやってしまい頭を抱えたい。
ちなみにさっきの話は嘘は言っていない。
デュラント教国の『救世軍士官学校』という場所で教官である騎士に叩き込まれたのだから。
まあ、まさか自分が教国で伝説になっている【戦乙女】のヴィーラとは思うまい。
「ん?どうしたんだ?」
「…ちょうど、護身用の武器で悩んでいたけど、これにしても良い?」
「嬢ちゃんの腕なら大丈夫だろう!10000ソリダスになるぞ!」
高い!『王様蛙の唐揚げ』が2ソリダス。
そこそこ良い宿泊施設は200ソリダスであることを考えるとブランド品とはいえ高い。
「この左手用短剣もお願いしても良い?」
「あいよ!合計で10800ソリダスだ!」
蜥蜴人の店主では、人間の女では値切れないと悟ったのでさっさと会計を済ませて、トラブル起こしてそうな私の眷族を探しに行く。
この店の収穫は、ノートルフルール産の刺突剣、左手用短剣。
そして、刺突剣を持つと教国で叩き込まれた『構え』を一通り無自覚に行ってしまう癖があるということ。
「嬢ちゃん!」
「はい、なんでしょうか?」
「頑張れよ!」
「ありがとう!店主さんもお元気で」
この店主とは一期一会の関係になるだろうけど、武器の進歩やブランド品、色んな物を見せてもらったのでとびっきりの笑顔で彼に手を振って清々しい気分で外に出ることができた。
さて、私の眷族は…。
「あっ!ルカ様!!」
すぐそこに居た。
革製のブーツに膝まで覆う黒い靴下、そして絶対領域を見せつける青いミニスカート。
フリルのキャミソールとニットキャミソールを羽織っているピンク色のショートボブの可愛らしい女の子。
その手には、柄は、自身の身長に匹敵する偉大な両手斧を携えていた。
「ねえエレーヌ?」
「はい!なんでしょうか!?」
「さっさとその斧を売ってきなさい」
「ええっ!?」
その大胆な格好は、偉大な両手斧を買ってからファッションを考えたにしか見えない。
わざわざ手首から上腕まで覆う黒色の腕保護を装備して肩出しルックなのは、逆に言えばその部位を覆う生半可な衣服では、その斧を扱うには不向きというわけね。
というかその斧、戦闘力が人間の3倍ある獣人の専用装備でしょ!
「嫌ですよ!この大胆で頑丈で大きい斧!一撃で敵を葬れる凄い武器なんですよ!」
「それは分かるけど、その細い腕でどうやって振り回すというの?」
「大丈夫です!この程度なら…ほら!こんな風に片手で振り回せます!」
「貴女、か弱い乙女だという事を忘れたの?」
得意げに大きな枝を振り回すかのように、偉大な両手斧を片手で操る我が眷族を見て、強制送還する手続きをしたくなってしまった。
別に、予算の限りであれば、武器の指定はしてなかったけど、もう少し【人間の女の子】の自覚をもって欲しかった。
なにより厄介なのは、無駄に乙女心があるせいで、武骨なイメージがある鎧とか金属製の肩当、腕当てをしないのが更に不自然な雰囲気を醸し出している。
「はい!か弱い乙女です!」
「か弱い乙女は、偉大な両手斧なんか振り回さない!ほら、通行人が貴女を白い目で見ているじゃないの!」
「いくらルカ様でも!この斧は譲れません!」
一応、バックパックを身に着けており一応、創造主の命に従って買い物は済ませていた感じではあるけど余計な物…は自分も分相応ではない高価な物を買ってるから何とも言えない。
「まあいいわ。ただし斧は、布で覆うなどして人目に付かないようにしなさい」
「はい分かりました!」
私の眷族の中で最も純粋な笑顔を見て、怒る気力が消失してしまった。
ところで、もう一人の姿が見当たらない。
もし、彼女と一緒であれば、もう少しまともな武器を所持させていたと思うのだけど。
「ところでベルサンディはどうしたの?一緒だったんじゃないの?」
「口煩かったので撒きました」
前言撤回、殴りたいこの笑顔。
何かやらかすと思いコンビを組ませてエレーヌを放任させた自分がバカであった。
やはり手綱を握っていないとなにやらかすか分からないわこの眷族。
「それで?彼女はどこに居るの?」
「えーっと、ルカ様の後ろです」
振り向くと、私の青髪の当てつけのような色をした魔女帽子を深く被り、外套を纏った女性が居た。
もちろん、大精霊たる私が腑抜けだったのではなく、瞬間移動して私の後ろに回り込んだようであり、彼女の性格ではありえないほど服装が乱れており息が上がっている。
「あらベルサンディ、わざわざ私の後ろに隠れなくていいのに」
「ハァハァ…反応を見ていました」
「へえ、エレーヌを捜索せずに私を監視していたの?」
「いいえ、滅相もありません。ルカ様と合流する前にエレーヌさんと接触なされてしまい、どう報告していいか困っておりましたの」
私の部下、マーヤの命で、土壇場でパーティに加わった女性。
当然、人外ではあるがここでは、高位魔女を演じているけど…。
どうも、支援に来た割には、やる気が感じられない。
「その恰好と装備を見る限り、二人とも準備は整った様ね?」
「はい終わりました!」
「ルカ様もそのご様子だと、一通り揃えたようですね。特にその無駄に豪華な刺突剣は良く似合ってますよ」
マーヤ譲りの嫌味か。
私の選んだ装備が、実戦向けというより装飾品とでも言いたそうね?
貴女の魔法杖も似たような物じゃないの。
魔力伝道が高い宝石を取り付けただけのシンプルな杖、まあ、こんな辺境では期待できないか。
「貴女こそ、彫刻一筋の熟練の匠の技が光る魔法杖は似合ってるわよ」
「ありがとうございます」
「え?なんで不穏な空気になってるの?」
「エレーヌ、別に気にしなくて良いのよ」
エレーヌってムードメーカーの役割もあったのね。
まあ、いいわ。準備が整った以上、この街に居てもしょうがない。
「準備も整ったことだし、この街を出て、南下してデュラント教国の国境要塞に目指すけど忘れ物は無い?」
「はい、大丈夫です!」
「問題ありません」
「それじゃあ、行きましょう!」
いざ、私の出身国、デュラント教国へ!
いえ、別に教国自体はどうでもいいけど、地理的には、このパンタゴーヌ王国から陸路でゴンサレス魔導国に向かうには、一度デュラント教国を経由しないと辿り着けない。
転送術で飛んだり、海路を使っても良いけど。
「ゴンサレス魔導国ってどんな国なんでしょうね!?」
「デュラント教国以上の宗教国家よ。【ベロボーグ神教】を信仰していないと死刑になるくらいの」
「あわわわ、噂通りの国家なんですか!」
人間状態における彼女達の実力が未知数なので、どこかで試さないといけない。
本来の実力の1割未満に抑えた水の精霊、大いなる魔の探求者。
どちらもその気になれば、世界を滅ぼせる実力者。
最初から強者である為、人間として手加減ができるのか否か。
「それにゴンサレス魔導国は、魔法が使えないと下級市民として一生暮らしていくしかないの」
「知ってます!そのせいで下級市民は、下手すれば魔法が使える奴隷以下の待遇って聞きました」
「逆に言えば、魔法さえ使えれば成り上がれる国家とも言えるわね」
杖を振っただけで大陸を割ったり、魔法を唱えただけで大陸が海底に沈むとなったら…。
考えるだけで頭が痛くなってくるわ。
できれば、政治的混乱で都合が良いパンタゴーヌ王国領で実力を推し量りたい所ね。
「そこのお嬢さんたち!」
「はい!お爺さんどうかしましたか!?」
門に辿り着くと茣蓙に座っていたボロボロの外套を纏った翁が話しかけてきた。
一見すると美女に釘付けにされたお爺さんだけど、衣服の破れた個所や顔を見ると傷があり、老いてもなお、歴戦の強者の雰囲気を漂わせている。
「もしかしてゴンサレス魔導国に行く気かい?」
「そうです!」
「今は、止めておいた方が良いぞい」
「ええ?なんで?」
うーん、エレーヌって意外とコミュニケーション能力ってあったのね。
いつも何かしらトラブル起こしているからこうしてみると色々と新鮮。
「最近、魔導国ルートの物資を運ぶ隊商がゴブリン共に襲撃を受けてな。王国軍が群れを討伐するまでじっとしておいた方が良いぞ」
「だったら私達がゴブリンを討伐します!」
「嬢さん、ゴブリンを舐めたら後悔するぞ!Dランク冒険者達でも討伐に失敗することがあるのだから」
「でも、それって油断したとか準備不足による結果のはずなので用心すれば問題ないかと」
初心者で構成される冒険者や村の力自慢などの勘違い野郎は、ゴブリン退治を甘く見やすい。
何故ならゴブリンは、他の怪物と違って、非力な女子供でも討伐できるのだから。
数十人の村人が農具もって突撃すれば、ほぼ確実にゴブリンの群れを討伐できるという有名な話があるほど、過小評価しやすい怪物ね。
もちろん、舐めてかかれば、化け物。多少奮闘してもゴブリンの集団に蹂躙されるでしょう。
でもね、お爺さん。その子達、水精乙女と大いなる魔の探求者なのよ。
「ご忠告ありがとうお爺さん。でも私達は魔導国に行かないといけないの」
「ふむ、強くは引き留めんが気を付けなされよ!ゴブリン共は特に若い乙女を繁殖目的に血眼で探しているのだから…」
「ええ、警戒しておくわ」
と発言したものの、どう足掻けばゴブリンに負けるのか逆に気になる。
まず私達3人は、物理攻撃を完全に無効化できるうえに上級魔法程度なら直撃しても問題が無いどころか、あらゆる耐性があるので、猛毒や疫病ですら通用しないのだから。
とりあえず死んでも世界に害が無いゴブリンで腕試し、いえ実力を推し量りましょう。
「エレーヌ、ベルサンディ、行きましょう。ゴブリンで足が竦んでいたら先に進めないわよ」
「ゴブリンなんて、一瞬で吹っ飛ばして見せますよ!」
「ゴブリン如きに負けるなどあってはならないことです。必ず滅してみせます」
とりあえず、見ず知らずのゴブリンさん達のご冥福を先にお祈りします。
ちなみに私は、ルカという王国でも貧しい農村出身。
マーヤの部下にして大いなる魔の探求者三姉妹の次女、ヴェルザンディはベルサンディと名乗らせた。
ネーミングセンスが安易で捻りがない理由は簡単、エレーヌが名前を覚えられないから。
彼女だけは、自身の改名に断固反対して、私達2人の名前はすぐに忘れてしまう困ったちゃん。
《『エレーヌ』は創造主が直々に付けた名です!絶対に改名しません!》
彼女の健気な一言は、名付けた私の心に強く響いて感動すらしたものだ。
でもね、一時的とはいえ、その創造主が直々に改名してあげたのに拒否するってどういう事?
だからエレーヌはそのままで通さなければならなくなった。
「太陽神ベロボーグ様のご加護がありますように」
「お爺さんこそ、豊穣と再生の女神マルザンナのご加護がありますように」
久しぶりに神々の名を口に出した気がする。
一応、精霊は、神々の配下であるけど、もはや我々、水の精霊とは関係がない。
水の女神クパーラが神の責務を放棄して、その偉大なる力を大精霊に擦り付けて雲隠れしてしまった。
お陰様で混乱した水の大精霊同士がその力を巡って潰し合った結果、その力が唯一の大精霊になってしまった私に宿っている。
だからこそ、神を!見捨てた我らの!我らの主である女神クパーラを嫌悪する!
「ルカ様!さっきのやり取りってどういう意味ですか?」
「意訳すれば、私たちの進む道を太陽神様が照らして頂いて更なる活躍と幸運を祈るって感じ」
「じゃあ、ルカ様の発言はどういう意味ですか!?」
「私もお爺さんの長寿と輝かしい来世を願っていますって意味になるわね」
創造神であり太陽神であるベロボーグ。
そして基本6神と、補佐5神、そして邪神チェルノボグ。
その中の女神クパーラを除いた12神の力が、異世界から召喚された人物たちに宿っている。
たった1つの力ですら、水の精霊を狂わせる力。それがー。
「ルカ様、どうかなされましたか?」
「いいえなんでもないわ」
眷族に心配される創造主ほど惨めなものはないわね
嗚呼、考えるだけ無駄か。
この怒りと鬱憤はゴブリン共にぶつけてあげましょう!