親殺し
他者の怪我や病を触れることによって治すことが出来る「癒やしの力」を持つ一族に産まれた祓清 静火は一族の長の孫娘でありながら「癒やしの力」とは真逆の「腐らせる力」をもって生まれたこと、更にその力のせいで自分の母親が自死したこともあり、一族やその長である祖父からも「異端児」「親殺し」として疎まれていた。
義務教育が終わった後は里から出ることも出来ない軟禁状態で暮らしていた静火であったが、ある日長から翌日には里を出て街へ行くようにとの宣告を受けて……
一族の中で対照的に育ってきた二人の少女のストーリーです。
※ この作品は「pixiv」「ノベルデイズ」「ノベルアッププラス」「カクヨム」にも「Fire and Water」のタイトルで掲載しております。
まだ朝も早いというのに屋敷の中は妙に慌ただしく、廊下を行き交う人の足跡と話し声が本宅とは渡り廊下で繋がっている離れにまで響いてくる。
その離れ――離れと言うよりはまるで座敷牢のような作りになっている狭い部屋に一人で寝ていた少女――祓清 静火は騒々しい音で目を覚ますと、何かを察したように黙って起き上がり、無表情にいつもと同じように身支度を済ませると部屋の中にある姿見の前に立った。
狭い部屋の中には不釣り合いなほど大きい鏡の中には黒く長い髪を後ろで一本の三つ編みにして垂らし、服装はつい先日まで通っていた中学校の着古した制服姿の15歳の少女の姿が映っている。
「すり切れてるけどこればかりは仕方ないわよね……」
少女は苦笑しながらそう言ったきり黙って部屋の中で正座をして「何か」を待つ。程なくして渡り廊下の歩からこちらへと近づいてくる足音が聞こえ、それが部屋の前で止まると襖が乱暴に開けられて不機嫌そうな中年男の声が少女に向かって放たれた。
「長がお前をお呼びだ。さっさと来い」
男の苛立ちを感じさせる命令に少女は声に出して返事をするでもなく、頷くことすらもせずにただ黙って立ち上がると部屋を後にした。
自分を呼びに来た男の後に続いて本宅にある一番広い座敷に入ると両脇には「一族」の主立った面々が座っており、正面の上座には背骨が曲がり、頭髪もすっかり無くなった一人の小柄な老人がちんまりと鎮座していた。
少女は末席ではあるが老人と相対する位置に方に座ると三つ指をついて黙って頭を下げた。そんな少女に老人が静かに声をかける。
「久しいの、静火。我ら一族の異端児、そして我が祓清家の面汚しよ」
「まことに。同じ屋敷に住んでるとは思えぬほどにお久しゅうございます」
周りに座っている者達が不快そうに顔を歪めるのを一向に気にするそぶりも見せずに静火と長と呼ばれた老人は答えた。
「ほっほ、相変わらずのようだな。所でその服はいったいどうしたのだ?やけに見窄らしいが」
「中学の制服の他に私服はもっておりませぬ故。なにせ高校に進むことも許されぬ身でありましたから」
静火の最後の方の言葉に老人──この一族の長に対する非難めいたものを感じた同席者が皆一様に苦虫をかみつぶしたような顔をするが、老人も彼女も一向に周りの様子を気にもとめずに続ける。
「まぁそれは仕方の無いこと。何せお前は……ああ、いや。今はそれは良いか。それよりもな。今日お前を呼び出したのは訳があってのこと。お前にな、この里を出て行って欲しいのよ。明日にでも早速」
ああ、遂に来たか――静火はその言葉を自分の胸の内で反復すると、ゆっくりと一つ息を吐き出して老人に向かって皮肉げに笑いながら言った。
「遂に厄介払いですか?お爺様」
「静火!いい加減にしないか!」
「長の命令に口答えするなど!」
「お前に長を祖父と呼ぶ資格があると思うのか!?」
「この──」
開き直ったかのような態度に我慢しきれなくなった一族の同席者達が口々に静火を非難するが老人が手を上げて一同を黙らせるとその場にいる者全員に聞かせるが如く告げた。
時が来たのだ、と。ただそれだけを。
もとより静火には老人――彼女にとっては実の祖父でもある一族の長に逆らう術などはなく、どんなに反抗的な態度を取ろうともそれを受け入れるしかなかったので、承知した旨を述べると来たときと同じように一礼してから自室の戻るべく座敷を出て行こうとした。そんな彼女に背後から小さいが、はっきりとした悪意と憎しみをもった声が飛んできた。
「――この『親殺し』が!」
毎日20時に更新予定(全五話、完結済)ですのでよろしければご覧下さいませ。