叫び
「 行かなくちゃならない時はちゃんと行くよ。 」
「 じゃー、あした行って! あしたが行かなくちゃならない時だから。 」
「 えーっ? あしたかい? お仕事はどうするの? 」
「 お仕事の前に行くの。 」
「 せきもひどくないし、ねつもないし、頭も痛くないんだ。なのにお医者に行くなんて、はずかしいよ。」
「 何でもないなら、お医者さんが、何でもないっておっしゃるでしょう?
ひなは、それが聞きたいの。 」
「 まいったよ、ひなちゃん。あした お医者に行く手配をするよ。 」
お父さんは、ひなちゃんをだきしめました。
目をまん丸くしているお母さんの前で、お父さんはテキパキと電話をしたり、紙をいっぱいまとめたり、色んなカバンにつめたりしています。
つぎの日、お母さんは、大きなふくろを持っておひるすぎたころ出かけていきました。
夕方、すずしくなってから、帰ってきたお母さんは、自動車をガレージに入れると、家に入らずに ぼくのところに来て、「 先におさんぽ、行っちゃおう! 」 と言いました。
今日は、お山に行くコース。
お山の上に大きな池があり、夏休みにはひなちゃんとひゅうがも、この池でお魚をつかまえたり、タニシを取ったりして遊びます。
お母さんは、何も話しかけず、ぼくのようすだけ見ながら、歩きます。
( いつものお母さんとちがうなー )
ぼくもお母さんのようすを見ながら、山道をのぼりました。
お池につくと、お母さんはぼくの首に付いたリードをはずします。
そして、「 クロ! 遠くはだめ ね。 」 と ぼくの目を見て言いました。
( わかっているよ! お母さん )
ひるの間ずっと日が当たって、夕方になってもまだあたたかい水
( ひゃっほー !! ) ひゅうががおふろに入るときみたいに飛びこんだ時、
とつぜん
「 りょうがー! しなないでー!! おねがい!りょうがー!! 」
お母さんが、大きな声でさけびました。
( おかあさん! なんて言ったの? )
ぼくの首からせなかの毛が、ぜんぶ立っているのを感じ、お母さんの所に走りました。
お母さんは、ないています。
ぼくは、お母さんに体をすりよせました。
ほっぺにいっぱい流れているなみだ。
( おかあさん どうしたの? おかあさん、ぼく そばにいるよ! )
お母さんは、ぼくによりかかるようにして、しばらくないていました。
それから、なにか思い出したように立ち上がると、
「 りょうが、ずっといっしょに生きていくの! しなせやしないわ!!
クロおいで!もっとのぼったら、おやしろがある 」
と言って、どんどん歩き始めました。
この上には古いおうちがあるのを、一人でさんぽした時に見たことがありました。
ふしぎなおうちで、かべはなく、やねと板のおうち。
しーんとしていて、だれもいなかった。
お母さんは、いきを切らしてのぼって、その古いおうちにつきました。
すると、くつをぬいで、はだしになりました。
ポッケからティッシュペーパーを出し、ぬれて光っているぼくの足を、ていねいにふきました。
そして、おさんぽの時、いつも持って来る ふくろに入れました。
こんどは、ハンカチを反対がわのポッケから出して、また、ぼくの足をふきます。
それから、お母さんは、立ち上がり、はだしのまま 古いおうちに向かってゆっくり歩き始めました。
ぼくは、お母さんから はなれないように ぴったり付いて歩きました。
何ども 何ども 何ども くつをぬいだあたりから、古いおうちの前まで歩きました。
お母さんは、口の中で 「 生きるの、生きるの、いっしょに生きるの。 」
と言っているようです。
−−33話につづく−−−