第91話「栄光と挫折」
ブッ…ブッ…ブッ…
どこか聞きなれた機械音に起こされると、顔の近くに置いたケータイが震えているのに気づいた。
―――ん?ユーグからか?
緊急を要する内容なのかと思い、DMをみる。
“相談したいことが、あるので連絡ください。”
「おいおいなんだよ、この時間に緊急ってあれか?酔っぱらって喧嘩でもしたんか?」
瞼を擦りながら、電話を掛けた。
「んだよ!どうした!!??こんな朝方に連絡してくるなんて、どうした?死ぬのか?」
俺はブラックジョークを交えながら、会話を切りだした。
ユーグは神妙な面持ちの声を発してきた。
「いえ、マスター。希望と…彼女に振られました。」
俺はあっけに取られてしまった。
―――そんなことで俺を起こしたのか??
“くだらない事”で起こされた事による怒りは同時に疑問の方が上回ってしまったため、怒りは通り越して呆れてしまった。そして、疑問だけが俺の中に残ったのだ。
確かに、この世代は“恋に焦がれて恋に泣く”世代ではある。
かくいう俺もそんな淡い時代があった。どんな人であれ、淡い恋の一つや二つはあるだろう。
その度に、その人が相談する相手によって恋による半壊されている精神を再構築してあげることになる。相談する相手を選ぶのは意外に慎重なのである。
なぜなら、相談者は卑屈な考えにとらわれてしまうからだ。
相談する相手が軽薄であれば、失恋などの傷は抉られるだろうし、バカにもされるだろう。最悪なのはバラされ拡散されて惨めな思いまでするだろうからだ。
それでも俺を選んだのは、彼の中で信用・信頼たる人間だからであると推測した。
そう思わないと納得させられないのだ。
俺は仕方なく相談に乗ってあげることにした。
こういうのは目上の人間としての役目だと思っているためである。
しかし、一応、文句は言っておく。
「…。おい。」
「…はい。」
「そんなくだらねぇことで明日仕事ある俺に電話かけたのか?」
「すいません。。。」
「すいませんじゃねーよ…。で、なんで振られたんだ?」
ユーグは振られた経緯を話した。
内容は遠距離恋愛にはありがちな心のすれ違いだ。このご時世で遠距離はうまくいく確率は格段に上がったのではないのか?会う事が叶わくても、今はVR通話だってできるだろうし、コミュニケーションは昔よりは格段に利便性が高くなってきたのだ。
その発展でアダルト産業も盛んだ。基本的にアダルトに直結してしまうのは、人間の本能をそういう産業で抑圧させている、または発散させるためである。性犯罪が抑えられてない一部というのは、罰則を強化してもやるやつはやる。
しかし、そこにも経済を産んでいるのが風俗である。かくいう風俗というのは歴史がある。その歴史は古代から存在するのだが、現代では直接的な性交渉ではなく、自慰による発散が主な主体となっている。
無論、今でも性交渉を生業にしている産業は存在している。また、反社会的勢力の資金源の温床になっているのが、いつの世も悲しいお話だ。そのことによる金銭的なトラブルや、助長を促したなどという人間も出てくるだろうが、一部をみるのではなく全体を見た時に、必要悪な部分として生きているといっても過言ではない。光と闇が存在する世界の一つだ。
全てはバランスなのだ。
全ての被害者が女性とは限らない。女性も結局のところ、自分の身体を生業にする者もいるからだ。その中で彼らは同じ穴の狢なのである。そして“共食い”“キツネと狸の化かし合い”をしているのだ。この部分に関しては議論をする価値があるかというと、不毛な議論である。
人間が生物である以上、いつの世も切っては切れないものなのだ。
無論、VRの発展で性犯罪が低下していく事に問題はないのだが、それは所詮、先進国の国内のみで、発展途上国や中進国ではなおもその被害は問題ではある。この日本でも結局一定数は発生しているが、むしろ形態を変え複雑な諸問題を抱えている。
おっとこういった話は別の機会に掘り下げよう。
色々考えを巡らしたが、結局のところ単純に考えて思うのはただ単に若さゆえの失恋話だ。
なぜなのか、俺は真剣に壮大な考えを膨らまし、しかも風俗経済まで考えた自分が滑稽に思えてきた。
底計りしれぬ笑いがこみ上げてくる。
「ぶはははは!!!おまえ馬鹿じゃねぇの??いや、好きなのはわかる。わかるけど、言い訳がしょうもねーほど美談にし過ぎて…ぶはあははははwwww」
「ちょ!マスター!そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!?」
「いやぁわりぃわりぃwwでもなぁ、そんな女の事で俺に朝方かけてきたやつは後輩でもいねーよwwぎゃははははは!!!!」
「それはマスターが嫌いな後輩が多かっただけですよ…。」
「ははは!そうかもな!?俺にいったら爆笑されて傷つくもんな!?ぎゃははは!!笑いがとまんねーぜ!!朝っぱらから笑わせてくれるなよ!!」
「もういいですよ。相談したのが間違いでした。」
「ちょまてよwいやぁ~ゴメンゴメン、メンゴ☆彡ブフッ!ぎゃはははは!!!」
「自分でダジャレいって爆笑してどうするんですか…。」
「はあ~ははは…。それくらいどうしようもねーほどくだらないってことだよ。」
「なんでですか?」
「女ごとき…あえて使おうw女ごときに振り回されているようじゃ、本当に好きな子が出来た時に引っ張っていく事なんてできないぜ?」
「??」
笑ってしまった理由は、結局ところ互いの努力の欠如なのである。
「よく聞け。価値観が変わるなんてことはお前の世代じゃよくあるし、それを理由にして好き嫌いを判断する歳じゃないって事だよ。そもそも、ユーグの事を本当に好きな女なら健気に『いつ帰ってくる?今度遊びにいこうか?』とか、予定を合わせて『中間地点で会おうよ?』とか提案してくるもんだぜ?
無論、お前からも言わなきゃいけないけどな。けど、仕事が忙しくて会えないとか、お前の事一切考える余裕ないじゃん。逆にお前は考えた事あるのか?仕事出来る出来ないはともかく、そういった小さな努力を二人が怠った結果だよ。その時点で相手の事を考えていない。ハナっから関係破綻しているんだよ。
別れて正解だよ。お前はまだ若い。俺と違って20代が始まったばっかだ。周りをみろ。遊び人がわんさかいるだろ?そいつらとつるんで女の枝をわけてもらって、その繋がりを辿ってそんな中でイイ女と付き合えよ。なんどもいうが、まだ若い。だからいろんな出会いをしておくと後々役に立つ時がある。傷ついている時間がもったいないぜ?」
「なんかよくわかんないけど、振られて悲しんでいる場合じゃないって感じだけは理解しました。」
「おう、そうだな。わかったら、イーリアスやれ。」
「はい。」
「じゃあおやすみ。」
「ちょっと、この流れ違くないですか?w」
「違くない!俺はわけぇ衆のきったはったのもんだの恋愛沙汰はとうに捨ててきた。いわば、悟りの境地…!」
「だから、彼女、いないんですね。」
年下の嫌味というのは普通の嫌味以上にダメージがでかい。
しかし、それでキレては、器の小ささを露見してしまうのだが、俺も大人になったと自覚した。
脊髄反射の如く、キレるところを俺はキレずに冷静な対応をしていた。
「…。おまえ、自分が傷ついているからって、八つ当たりで俺を傷つける権利があると思っているのか??」
「マスターだって俺の傷に塩塗って追い込んだじゃないですか?」
「そんなことねーよ。そういうのは誰もが通ってくる道だから気にしないでいいぞって事をいったんだぞ?」
「全然伝わりません!!」
「あのなぁ…」
「……。」
ユーグは黙ってしまった。少し後ろめたい気持ちがあり、反省した。
そこで俺は一つの提案をした。
「黙るなよ…。うちのギルドは恋愛自由だから、勝手に漁れ。」
「いやですよ!!キャラ濃い女の人多すぎです。」
「年齢でいったら…ああ、クリス。クリスがいいじゃねーか。」
「は??あんた何言ってんの??クリスさんは…。」
「クリスがどうかしたか?あ!!カルディアみたいな姉御肌はどうだ?一人称が“俺”だけど、意外に面倒見いいじゃんか!?」
「いやですよ!尻に敷かれっぱなしじゃないですか!!」
「じゃあ…スカルドは?お姉様系!」
「あんたって人は…。」
「まぁ俺が指定するのはおかしいな!すまんすまん。でもあれだぞ?付き合うならちゃんと付き合ってます宣言してからにしてくれよ?俺らもコミュニケーション取るとき、接触の仕方とか少し変えなきゃいけないからな!!」
「…。」
「まっ、少しは気が晴れたろ?」
「まぁなんか悩んでいるのがバカらしいというのは理解しました。」
「そうだろう!!(ドヤッ)」
「とりあえず、寝ます。ありがとうございました。」
少し寂しくなった俺はユーグの気持ちを労わる様に話かけた。
「あと年末帰るのか?」
「帰って会ったらダサイ事になりそうなので帰りません。」
「そうか、なら年末ラーメンでも食いに行くか?酒が先か!w」
「いや、酒はいいです。迷惑かけるぐらい酒飲みそうだからです。」
「フフまあいいか。都内でいいのか?」
「はい。そういえば、初めて会いますね。他も呼びましょうか?」
「ええ?めんどくさいよ。目上の俺が全部出さなきゃいけねーじゃんw」
「いや、OFF会にすればいいじゃないですか?」
「ええ~。集まんねーだろ。年末はみんな実家に帰ってこたつでぬくぬく紅白見るのが、定番だろうよ。」
「マスター…、最近は友達とか恋人とかと過ごしたり、親しい人達と過ごす事が活発なんですよ?」
「そ、そうなのか?」
「はい、とりあえず、OFF会の計画にしましょう。そうすれば、マスターも俺に奢らなくてすむでしょうし。」
「奢りたくないってことじゃねーぞ?」
「ハイハイわかってますよ。じゃあそんな感じで。ありがとうございました。おやすみなさい。」
「おう、おやすみ~!」
軽はずみな返事をしてしまった。
「OFF会かぁ…。やったことねーなぁ…。」
ボソッと呟いた。すると、頬を伝う水気を感じた。
俺は焦って慌てて目を擦った。
そう、セイメイにとって飲み会は楽しくない催し物なのだったからだ。
酒瓶を片手に上司にお酒を汲んで回り、おべっか使って機嫌を取る。これで上司の機嫌を取り明日の自分の存在を維持していくというのだ。結果や人材をみるのではなく、懐く者を可愛がるという悪しき風習のせいでもある。無論、慕う上司が存在するのであれば、何の問題もないのだが、仕事とプライベートというのは日本では一色単に考えるのは未だに存在する。ほぼそういった上司の機嫌を取るというのはもう既になくなってきてはいるが、官僚などのお役所仕事、金融機関ではいまだに名残が存在していると聞く。それに俺は慣れなかった。そのため、ドロップアウトしたという経緯もある。
情けない。そう結局、自分は情けない負け犬なんだと自覚していく。
どうにもならないほどの屈辱と社会に適応していく能力が結局なかったのだと思えてしまうのだ。
どんだけ数字を叩きだしても、一つの躓きで全てがダメになる。その後悔による悔しさのあまり、そのまま眠りにつくのだった。
外はほのかに明るく、まだ薄暗い夜空に星が瞬いていた。





