第88話「ブルームーン」
~メディオラム地方・国境付近~
エイブラハム地方との境界線、いわゆる国境線に当たる。通常、PK行為を行い国境を越えると前回セイメイ達がアーモロトを追われたように、お尋ね者(赤ネーム・犯罪者扱い)の対象となり、一定のペナルティが存在する。しかし、エイブラハム地方ではそのルールが適用されないため、PKが横行しているのが現状だ。また、他の地方でPK行為を犯しても国境を越えれば、また対象外なのもまた面倒でもある。
そう、自然的国境でこの世界は区切られているのだ。アーモロトも湖畔のルガールが国境付近の最後の町になり、それ以降はメディオラム地方である。アーモロト侵攻の際に、七星連盟がウルススまでの強行したのは、戦略的な地形を有利もしくは五分に持ち込むためであった。そのため、行軍の足を速めたのはセイメイの非凡な才能と恵まれたカードの手配のお陰であろう。
メディオラム地方とエイブラハム地方の境目は往路の時に渡った川が自然的国境であるのは明白である。
メディオラム城下町南門手前の森の切れ目に沿った平地を進み、何気ない道を越えるとエイブラハム地方であった。今回は復路にあたる。
砂煙を立てながら逃げるソロモン一行は、後ろ髪を引かれる思いでセイメイと別れ国境付近まで来ていたのだ。ソロモンとルカ、そしてクリスが馬脚を早めている。
「おい、嬢ちゃん!ポーションはいくつ持ってきている?」
「残り僅かです。戦争ではないのであまりもってきていません。」
「なんで…!!あーそうか、お主は祈れば回復するとかいうのがあるのか…。」
「はい。ですけど、そんな時間相手はくれませんよね?」
苦笑いしながら、ソロモンをみるとソロモンは道具袋を漁り必死に何かを確認している。
「な、なにやっているんですか!?道具の整理ができない青いネコ型ロボットみたいなことして!!」
「うるせー!ww今、切れ端がどっかに挟まってないか確認しているんじゃ!!」
「ば、そんなの使わなくても指輪が!!」
「嬢ちゃん、甘いぞぃ!切れ端は召喚後、一定の距離または時間まで攻撃を随時してくれる。相手を邪魔さえできれば、国境越えができる。そこに意味があるんじゃぞ??」
「倒すんじゃなくて??」
「うちのマスターが、事あるごとに格言ぽい事いうじゃろ?」
「はい。」
「こういう時なんていうと思う?」
「いやぁ…、、、わか、らないです…」
「“三十六計逃げるに如かず”っていうじゃろな。」
ソロモン達は橋を遠くに見えるとさらに馬を叩き、スピードをあげていく。
ルカは二人の会話をよそに後ろの敵を数えていた。
「10人いる。」
「え?なんだって?」
「10人います。」
「そうなの?一人三人相手すればいいの??」
「でも、一番後ろにいる人が厄介。」
「なんでだ?」
「相手にもヴァルキリーがいて少し面倒ですけど、さらに、その後ろが聖騎士がいる。」
「聖騎士?ギュターヴか?」
「いえ、別人です。」
「まったく、聖騎士という名の悪党のイメージしか湧かないわぃ…。」
ソロモンはため息をつくと、クリスの馬が急に止まる。
「わっわわっ!!!」
馬はだいぶ疲れを見せており、スタミナ切れのようだ。道半ばでどうやら対峙することとなりそうだ。
ソロモンは早速、指輪をかざし魔神を呼び出す。
「いでよ!!魔神!我が使徒となりて、力を示せ!!」
指輪から魔法陣が出る。
ヴォォン!ドシューン!
灰色の煙と共に馬の蹄の音が聞こえてくる。
ドドド…ドドド…ヒヒヒィィィン!!!
青ざめた馬に跨る、獅子のフルフェイスの兜を被った黒騎士が現れた。
≪我ガ名ハ、サブナック…序列、第43番ノ偉大ニシテ強大ナル侯爵ナリ…≫
「サブナック!!先手必勝じゃ!!」
≪我ガ剣ノ錆ニモナラン…≫
サブナックは剣を抜くと迫りくる追手のプレイヤーを刻んでいく。無論、殿を務める聖騎士やヴァルキリーは一撃を交わしていた。
バタバタと倒れていく仲間を飛び越えてソロモンの前に現れた。
茶髪のヴァルキリーと赤髪の聖騎士が馬から降りてきた。
白銀の鎧はアイオリアを彷彿させる姿だ。その鎧を纏う赤髪の聖騎士が口を開く。
「おい、そこにいる小娘を渡せ。そうすれば、今回の件は目をつぶろう。」
「どこの人間か所属も言わずに要求を先にいうとはな。どいつもこいつも社会不適合者ばかりじゃな!」
「はぁ?なにいっているの?このクソジジィ!?」
茶髪のヴァルキリーがスピアを地面に刺して嫌味をいってくる。
「はい?そちらさんが追いかけてこなければ、別にこちらも攻撃しません!!いきなりなんですか?マスターとも離れ離れになっちゃうし!あんた達の言葉なんか信用出来ませんっっ!!」
クリスは関を切ったように文句を言い捨てていた。
「おいおいおい、ピーピーうるせーのは女の特権みたいなことを振りかざすような痛い女かよw」
「はあ??あんた…」
ソロモンがクリスの前に手を出す。
「仮に差し出して…、お前らは何を目的としている?聞く権利はあるだろ?」
「それは渡してから発生する権利だ。無論、我々も答える義務が発生するわけではないがな。」
「しかたない。女に振られるのなら日常茶飯事じゃが、男に振られるのは妙に気分がすこぶる悪い。ますますこじれていくぞぃ。」
サブナックがソロモンの前に立つ。すると、赤髪の聖騎士は皮肉をいう。
「召喚獣を盾にすることしかできない魔術師よ。灰となれ!!!」
弓を引くように剣を引き、左手で手を前にかざす。
雷鳴衝撃!!
一気に距離を詰める。が、サブナックの剛剣がそれを阻んでいた。
「そうだった。魔術師やネクロマンサーは、裏取り・サイド攻撃に弱かったな。」
剣を下すと、一気に距離を詰めてくる
フハハハハハハハ!!!!!!
サブナックの剣筋を受け流すと横からオーラアタックを繰り出す!!
―――クソッ!!まだコイツを使いこなせていないッッ!!
神技:雷鳴剣!!
剣を掲げ、一直線に振り下ろす!!
ガキーーーーン!!
メタリックシルバーの盾がソロモンに影を落とす。
「??嬢ちゃんか!!」
「セイメイさんがいない中、アタシのバックアップしてくれるんじゃないのッッ!!!!??」
レイジオブゼウスを受け止めながら、半ギレしてくる。
はじき返されてソロモンに倒れる。
「大丈夫か!?嬢ちゃん??」
「イタタ…ええ、ガードブレイク寸前でしたけど!」
紅蓮の炎よ、燃やし尽くせ…!!
フレイムフォールデイング!!
ルカの杖から魔法陣が出ると、扇状に広がり地上を走る!
「くっ!!」
炎を避ける様にバックステップを取る。
「ほう、貴様。意志があるのだな。どうやら噂は本当のようだな。」
「なにぃ!!??」
「貴様知らんのか?いや、知っていようが知っていまいがリスタをさせてやるッ!」
「残念だったな!もう我がギルドに参加しているんじゃ!!おまえらの入るスキなんぞ!とうにないわぁ!!」
「ゆけぇ!!サブナックッッ!!!」
ヒヒヒィィィン!!!
サブナックは馬を走らせ、赤髪の聖騎士に近づき剛剣をふるう。
「嬢ちゃん!!ワシはいい!ルカと共に国境を越えろ!!」
「で、でも!!」
「いいからいくんじゃ!!」
クリスが強張りながらルカの手を掴み、馬を取りにいこうとするとルカは握り返す。
「ダメよ、クリスさん。ここで食い止めているおとうさ…いえ、ソロモンさんに悪いわ。それにマスターは必ず合流するって約束を反故することになるわ。」
「で、でも!!」
「大丈夫。私はあなたの…あなた達の味方よ?」
ルカが今まで無表情だったのに、少しニコっと笑った。
ハイプロテクションバースト!
三人の防御力が上がる。
「クリスさん。ディフェンダー唱えて。あと、神の加護も重ね掛けして。」
「わ、わかったわ!」
ディフェンダーと神の加護を唱えた。
「さ、前に出なさい。ガードブレイクを恐れちゃダメ。あなたは十分強いわ。」
「わかったわ!」
サブナックの攻撃を受け流しているところを、見計らってクリスがスキルを放つ
セイクリッド!エンスラァァー!!!
白い閃光を放ちながら赤髪の聖騎士の左側を攻めると茶髪のヴァルキリーがセイクリッドエンスラーを聖銀の盾で相殺してくる。
「あなた、中々のポジショニングを行うわね?ただの発情期の子猫ちゃんかと侮っていたわ!!」
「くっそがぁ!!!!!」
スキルを放ち終わると、茶髪のヴァルキリーが攻め立てる。
「ほらほらほらほら!!隙だらけよ!!」
聖槍の乱れ突きが容赦なくクリスの鎧を翳めていく。ようやく、盾を前に出すとさらに攻撃の手数が増す。
「まだよっ!」
セイクリッド・サーブレントサースト!!!
数多の突きがクリスを襲う!
「キャアアァァァーーー!!!」
致命傷には至らないものの、HPは削られるというよりは、抉られていた。
―――なにこの攻撃力!!ケタ違いに強い…!!
最後の一撃を盾で防いだが、クリスは吹き飛ばされてしまった。
「嬢ちゃん!!」
―――このままだと、勝てない!!一体どうすれば!!?
「さぁコウキとは違って、私は甘くないわよ。トドメて刺してあげるッ!!」
地面を蹴ると槍を構えていた。
―――この構えは…!!ジャスティスエンスラー!!!
「さようなら。」
ジャスティスエンスラー!!!
聖槍がクリスをめがけて貫かんとしていた。
バァァァァン!!!
青い爆発が夜空を照らした。月はただただ瞬くだけである。





