第86話「メビウスの輪」
クリスの放った聖槍はアジ・ダハーカの眼に突き刺さろうとしていた。しかし、バリアを張られているので、中々突き破る事が出来ない。石化する光線を出す時に、オロバスのバリアが相殺していく。
詠唱しているバリアーは、古代文字と古代文字がぶつかり合いをしているため、オロバスの魔力とアジ・ダハーカの魔力のぶつかり合いを意味する。
「まだ、貫けんのか!!??」
「今、発動中!!!もうすぐ出し切っちゃう!!!」
神聖力ゲージ(※いわゆるMP)が、みるみるうちに溶けていくように減っていく。
クリスは自分の背中に触れる手を感じた。
精霊注入!!
ドクゥゥン!!
クリスは漲るエネルギーを肌で感じていた。ゲージを見るとみるみると回復していく…!
―――なぜ?もうすぐゲージが枯渇するのに!!?
その答えはすぐにわかった。
ハァァァァーー!!!!!!!!!!!!
「クリスさん、あなた!!だらしないわね!ほら!!打ち続けなさい!!!セイメイ様が持たないわ!!」
後ろを一瞬振り向くと、セイメイの石化は上半身まで固まってきている。
「嬢ちゃん!!マスターを見ている余裕はないぞ!!」
「はい!!!」
打ち続ける槍を握り返し、すべての力を振り絞る!
「はぁぁぁァァァアアアアーーーーー!!!!!!!」
アジ・ダハーカは尚も光線とバリアーの併用を打ち続け、オロバスはクリスらを守り続ける。
「いい加減に死ね!!この死にぞこないが!!」
災厄の爪!!!
ソロモンは切れ端を持っている反対の手から眼を狙い、魔法を放つ!
一瞬のスキができ、薄くなった部分を聖槍が魔眼を貫く!!
≪ウジ虫ゴトキガァァァ!!!≫
「はぁ…。はぁ…。」
「MPも切れたわい…。このしつこさはどこからくるんじゃぁ…。」
「わたくしのMPを全て注ぎ込みましたわ…。」
スカルドは膝から落ちていた。
オロバスが語りかける。
≪冥界ノ門ガ開カレタ…≫
見たことない門がアジ・ダハーカの背中に現れていた。門の隙間からうっすらとこちらをみる悪魔の眼が無数に広がっていた。門の中にアジ・ダハーカは吸い込まれていく。
≪ウジ虫ドモガァ!倒シタトデモイウノカ…グアアアァァ………。≫
アジ・ダハーカを吸い込むと、門は閉じそして消えていった。
オロバスは役目を終えたことをソロモンが伝えると、消えてなくなり切れ端は燃えてなくなった。
「ふぃ~~!危なかったわぃ。これでダメなら全滅だったのぅ。」
「スカルドさん!ありがとうございます!」
クリスは笑顔でスカルドに肩を貸して起こした。肩を借りて立ち上がるスカルドはゆっくりと膝を起こす。
「私は精霊使いですのよ?支援魔法のエキスパートですからこれぐらい当然…。」
ボロボロになったクリスをちらっと見て、照れ隠しをしながら、クリスの目をみてにこっと笑っていた。
「おーい。どうやら倒したようだな~!」
セイメイは三人に近寄って、のん気に手を振っていた。すかさずクリスはセイメイをいじる。
「石化を理由におさぼりしたマスターさんだぁ!!」
「ちょwあんなん無理だろ!!??」
「まぁ石化していくのに構えを解かなかったのは評価しようぞ??」
「ソロモンまで!!?」
「途中までかっこよかったのですけどねぇ…。今回は少し残念な結果でしたね?」
「ちょっと!!みんなしてなんだよ!俺も…いじけるときはいじけるぞ!!??」
3人はセイメイをからかいながらも、健闘を称え合っていた。
「人の可能性…。諦めない心、数字では表せない…。」
ルカは何を感じる様に呟いていた。
「よぉルカ!助かったぞ??」
セイメイは少し逃げる様にルカに話かけていた。
「いえ、私はサポートしたまでで…。最後までやり切っていたのは、セイメイさん達です。」
「何言ってんだ?コイツ?」
「…おまえw途中仕切ってたじゃんかwなぁ??」
セイメイは三人に聞こえるようにいうと三人にやっと笑ってルカに近づいた。
「そうだよ!ルカちゃんがいたから初動の攻撃を防げたんだよ??」
「そうね?私は何もしてなかったけど?」
「がははは!!まぁよいじゃないか!」
セイメイはルカをみてにっこりと笑う。
「だってさ、みんなから感謝されているよ?」
ルカは顔を赤らめたように見えたが、いつもの表情になり石櫃のある場所を指した。
「ソロモンさん…、あそこを開けてください。」
何気ない壁を探ると奥に隠し扉があり、そこを進むと祭壇が存在していた。そしてお目当ての石櫃があった。ソロモンはワクワクしながら開けてみると、またしても魔導書があった。
「これで魔導書が二つ。これをどうするんじゃ?」
「右手に“大きなカギ”言われている魔導書を、左手には今手に入れた魔導書をお持ちください。」
ソロモンは言われた通りにすると、両手に置いた魔導書が宙に浮き、メビウスの輪を描くように回転し始めた。やがて、メビウスの輪は円を描き始め、輪になると指輪大の大きさに変化する。そして、ソロモンはその指輪を手にした。
「…これが“ソロモンの指輪”??」
「そうです。はめて見てください。」
ルカに促されるように指輪をはめると、ソロモンを囲うように魔法陣が描かれて急に膝をついた。
「な、なんじゃあ!!MPが…!!吸われて…いく!!!」
「な、おい!!大丈夫か!!?」
「ルカ!!どうなっているんだ??」
「召喚に当たっては大量のMPを流し込むので、現在のMP上限値では足りません。なので、一度枯渇させて、入れ物を入れ替えるのです。」
「はぁ?」
セイメイは困惑する表情をみせた。
「ようは、MPの上限値上昇だと思って頂ければ、わかりやすいでしょうか、あなた方が飲むコップの大きさを新しく大きな…いえ、巨大なコップに仕様を変えるということです。」
「それ、容量が“タンクやポリバケツ”に切り替わるということですか?」
クリスは困惑しながら聞くと、ルカはいつもの通りに会話を続ける。
「そういうことですね。ソロモンさんは今、クラスチェンジも入ってます。あ、終わりましたね。」
そういうと、ソロモンの魔法陣は消えてなくなり、指輪がきちんとはまっていた。
「おめでとうございます。ソロモンさん、めでたくこれで真の“ソロモン王”です。」
「クッソ!なんじゃあ??MPゲージが…。」
「ご、5、5マンじゃと???」
「はい、今までは上限値がせいぜい1万がいいところでしたけど、ネクロマンサーにクラスチェンジしましたので、MP上限値の大幅な上昇と魔法使用制限がかかります。基本的な補助魔法と呼ばれる類は使えますが、攻撃魔法は基本魔法のみとなりました。そのかわり、ソロモン72柱が召喚出来ます。おそらくチュートリアルが始まると思うのですが、やってください。じゃないと使えません。」
「お、おうw嬉しいんだけど実感がわかない。」
「ええ、ですのでチュートリアルを…。」
指輪をハメたソロモンは召喚を選択する。
「ん??あれ?一項目しか選べんぞ?」
「ええ、ですのでチュートリアルをと申し上げております。」
「おう。じゃ、じゃあいくか!!」
ソロモンは一つしかないので、とても単純なコマンドを入力する。
いでよ!!魔神!!!
≪我ガ名ハ崇高ナル、バアル。東方ヲ支配シ、66ノ軍団ヲ率イル序列1番ノ大イナル王デアル。≫
指輪が輝き、その輝きを終えると、禍々しい魔法陣を描き、魔神を呼び出す。
その魔神は第一の柱、バアル王。バアル王はしわがれた声でソロモンを話しかけた。
ソロモンは驚くことはなく、既に知っているかのような表情だった。
「おっしゃあああああ!!!!」
ソロモンは叫んで喜んでいた。
≪汝ハコレヨリ、大イナル知恵ト、偉大ナル力ヲ手ニ入レルコトニナル…。存分ニ利用サレヨ…≫
バアル王はそういうと、指輪へ消えていった。
「はい、以上です。」
ルカはソロモンに近づいた。
「これにて、本来のネクロマンサーのルートとは違った昇格でした。おめでとうございます。」
「おお、ありがとうな!」
「但し、油断は禁物です。防御力が下がっていますので、今までのような無茶はできません。また、戦い方も遠隔操作のようなものになり、常に魔力を注ぐ形になりますのでご注意ください。」
「その辺の仕様は、システムに書いてあるじゃろ?」
「はい。用法はそちらでご理解頂けるということなので、説明は割愛させて頂きます。以上です。」
「ソロモン、おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「おめですぅ!!」
三人はソロモンのクラスアップとレアアイテムをゲットしたことを喜んでいた。
「さて、マスター。このあとの予定は?」
ルカはセイメイに問いかけた。
「ん~そうだな。メディオラムを経由して帰るか?」
「わかりました。てっきり東にある国を偵察にでもいくのかと思いました。」
「それでもいいが、目立つしな。俺は。顔もわれているしな。」
「では、私が潜入し情報を集めて参ります。」
「いや、それはしないで良い。一度、アーモロトにいき戦力を把握してほしい。その上でアドバイスをもらえないか?」
ルカはしばらく黙ると答えをだした。
「わかりました。両方とも情報はほしいので、まずは“敵を知り己を知れば百選危うからず”の“己”を指すマスターの陣営を把握しましょう。そのあとでも、“黄竺”にいこうかと思っています。」
「あの国にいくのかぁ…。」
セイメイは少し苦手そうな表情を見せた。
「なんじゃマスター浮かない顔をして?」
「コウジクはあんまいい思い出がないんだよなぁ。」
「わしらが出会ったトコじゃ!そんなこというなや!」
「いや、だって、あそここそ、ネクロマンサーの多い国じゃん。」
「まぁあそこに死神の鎌が売っているのもそうじゃが…。」
「あれな、不気味だよなぁ…あは…あはは…」
顔を引きつりながら話を続けた。
「あそこを超えてこっちにきたのは、当時、他のプレイヤーががしゃ髑髏みたいなのを使って狩りしているのをみて、不気味だと思ってこっちにきたんだもん。」
「ああ、それでこっちの地方を拠点にしたのか。」
ソロモンはハハーンという納得した表情をしていた。
「どちらにしろ、あそこのギルドが今回メディオラムの占領しているところに攻めにくるということが判明している以上、情報集めにいってきます。」
「そ、そうだな。お願いしよう。」
クリスはセイメイの引いている顔を見ると意地悪をいう。
「セイメイさん?刀もそろそろ新調しなければなりませんよね?たしか、海を渡るとスメラがありましたよね?スメラにはいかないんですか?」
「いきたいんだけど…。コウジクがな~。」
セイメイは頭を悩ませていた。
「じゃあ、占領戦が終わったらいきましょ?」
「あ、うん…。行くか…。」
あまり乗り気じゃないセイメイをおいていくかのように、帰路に立つ一行であった。
薄暗い道を抜け、ダンジョンを出るとあたりはすっかり夜になっていた。





