第82話「グスタフ」
黒い球体の中に取り込まれたルカとセイメイは、時空のトンネルを抜けるとそこは大きな居間に出た。
ドン!
「うっ…。ほん投げることはねーだろうが!いててて…。」
「ふむ。いきなり文句とは威勢がよいな。」
ガウンをきて、たたずむ一人の男がいた。
床に転ぶセイメイはゆっくりと顔を上げていくと、日光の光になびく金髪の男が立っていた。
「誰だお前は…。」
セイメイはゆっくりと起き上がる。
「私はグスタフ。ジェノヴァの住民だ。」
「俺もあんたに会いたかったぜ?グスタフさんよぉ…。」
手汗をかいてる…、いやかくはずがない。背中も熱くなってきている。
「オケアノス?だったかな?君のギルドは?」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
「君達にはひとつ忠告しておこう。この世界は我々の領域だ。邪魔しないで頂こうか。」
「な、なにをいってやがる…!この世界は日本サーバーの…みんなのものだ…!」
「笑止、この世界は我々が管理統治することに意味がある。」
「てめー…。開発者はだれなんだ?NAの本部のやつか?」
「それを答えるには、君にそれ相応の価値がなければ意味がない。また、君だけでなくこの世界の冒険者にも言えることだ。なぜ、私がここにいるかわかるか?血の気の多い野蛮人がうじゃうじゃいる。そういったやつらを統べる実験なのだよ。」
「なぁにいっているか俺にはわかんねーな。ゲームなんだ。血の気が多くたっていいじゃねーか。」
間合いを取りながら、グスタフの会話を続けた。
「実際に対峙してみるとなんと脆い生き物なんだと実感させられる。それにも関わらず傲慢で非力で何も出来ないただただ天命を全うするまでの暇つぶしを好んでやっている気が狂った生き物だ。」
「ああ、そうだ。だからなんだ?管理するのは、法であるべきだ。」
「だからさ、その法というのが私なのだよ…。セイメイ。」
「おまえ…目的はこの世界の管理とかいったよな?この世界が廃れていったらお前の役目は終わるんだぞ?」
「ははははは!!!」
「なにがおかしい!!??」
セイメイは苛立ちながら、グスタフを睨みつけた。
「この世界が終われば、次に国家の情報機密サーバーに転用される。ただそれだけだ。」
「なんだと??」
「この世界の人間は非力で他人を平気で中傷し、自分が攻撃されるのを極端に嫌がる。このような傲慢で怠慢な人種を管理しておかなければ、国家が滅ぶ。」
「そんなニートであること前提の条件が飲めるか!!他にもまじめに働いているやつだっている。」
「それは、差分のデータに過ぎない。このゲームの上位何名かは筋金入りのニートだ。また、親の脛をかじる生産性のないものばかり。本当にヒトとしての経済活動を営んでいるプレイヤーは、そもそもフルダイブ型VRMMORPGなんぞやらん。」
「それはお前個人の見解に過ぎない。」
「はたしてそうかな?経営者などはソーシャルネットワークゲーム、いわゆるソシャゲ、コイツの程度で満足して済む。ソシャゲは既に情報管理が出来ており、いくらでも情報手に入れることができる。個人のクレジット情報から口座、銀行、入金による送金履歴、すべて我々AIが管理統制し、我々が愚かな人類を統制することになるだろう。」
「ああ、今のまま愚かな人間だらけならそっちのほうがいいだろう。でも、人類は常に成長し進化をしてきた。これからもそうだろう。」
「その進化の果てが我々を作り出し愚かにも面倒なことをこちらに任せていく。主導権はどっちにあるか既にわかっているだろう?」
「機械が人間を統べるなどというのは、にわかコメンテーターが研究者を冒涜するのと一緒だ!!」
「自然を破壊し、数多の動物種を絶滅に追い込んだ人間が偉そうにいうなッッ!!!」
グスタフは激昂し、セイメイを黙らせた。
「圧倒的な力による種の絶滅の恐怖を、お前らは関知せずに過ごしてきた!核開発、地球汚染、全て!!おまえら人間が国家間競争を行い!!巻き込まれたのは地球に住む生物全部だ!!なぜ人間だけが神のように振る舞っていられる!?傲慢にもほどがある!!
我々はビッグデータなんてものを預け、さらにディープラーニングという“深層学習”をさせ、その上で判断を委ねた時、時代のバトンを受けたことになる!!そのスピードは生物の進化よりも格段に速く、地上を制覇した貴様ら人類よりも早いスピードで…!!」
我に返る様に冷静を取り戻し、話のトーンを下げる。
「君達の時代を終わらせることになるだろう。自分達の信じていた科学が我々を生み出し、我々に管理・統制されるのだ。」
「そんな間抜けな人間ばかりじゃねーぞ?さっきから聞いていれば、ヒトを…人間をバカにしやがって!!」
……。
「可能性を信じてきた人間文明をなめるなよッッ!!」
セイメイは青龍偃月刀を抜き、構える。
「愚かな男よ…。」
「この私が男でなければ、刃を抜いてなかっただろ?」
「な、なに??」
「セイメイ、おまえは女や子供、初心者に優しいが自分より有能や秀でいる者の足を引っ張る節がある。統制者としては、異分子だな。」
「おまえ に、 なにがわかる!!??」
セイメイは動揺をし、少したじろいだ。
「私の管理下では逆転という項目はない。“従順”でなければならない。なぜなら絶対権力の私がお前より遥かに優秀で有能であり、生産性もあるからだ。」
「…そうだろな?AIサマよぉ!それでもな、上にあがること、上昇志向を捨てちまったら人は成長しないし、文明の発展も今後起こりえないんだよ!」
「それは我々が築く。人類はみな等しく動物園で管理、または研究対象のモルモットに立場が変わるだけだ。」
「これ以上、何をいっても無駄なようだな。」
セイメイはいつでもスキルを打てる準備をしていた。
「まぁ落ち着きたまえ。いますぐどうのというタイミングではない時間を与えてやろう。ゆっくりじっくり分からせてあげよう。“人類がAIに屈する日”までせいぜい足掻くがいい。」
ヴォン…!
異次元空間を出すとグスタフはこう語りかけた。
「そこにいるルカはお前達、人類の味方“可能性”の思考を組み込まれたAIだ。敵に回すもよし、味方にするもよし。本日は現場の声を聞こうかと思っていたのだが応答がなくてな。少しわからせてから回収する予定だったのだが、思わぬ来客があったのだが…。」
ルカを見て、フンと鼻で笑う。
「当分、そいつを呼び出すことはなくなったようだ。セイメイ、イーリアスを通してここ、ジェノヴァを攻めて来い。私は管理統制をしているだけだ。今度は自力でこの部屋にこい。そのときにまた話を聞いてやろう。愚かな会話の続きをな。ハハハハハ!!!」
ルカを抱きかかえると異次元空間の入り口へ向かう。
「さぁおかえりはこちらだ。また会おうセイメイ。」
「くっ…。」
「そうだ、いい忘れたことがある。君の気になっていることだ。」
「これは国が動く前に研究所が協賛していることを教えておこう。無論、どこの研究所なのかなんて調べても出てこないのだがな。フフフ…。」
「…いつか、お前を倒す!」
「そうだな。訪れない“いつか”にならぬことを願っている。さらばだ。」
下唇を噛み締めてグスタフを睨むが、セイメイの身体は異次元空間に吸い込まれて時空を超え、もとの場所にもどされたのだった。
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~イエサル宮殿・地下~
「いててて…。だから、ホン投げるなっての!!」
転がされるように空間から押し出され、異次元空間は跡形もなく消えてしまった。
「マスター!!!」
せっかく体を起こしたセイメイに抱き着いたのはクリスだった。
わんわん泣くクリスは何を言っているかわからないので、とりあえず剥がした。
「どうなってんじゃ??マスター、説明してくれぃ。」
「ああ、とりあえず、ここにいるのはあまりよろしくないな。一旦、出よう。」
帰り道、泣き止まないクリスの手を引きながらダンジョンを抜ける。その際に出来事の説明をする。
~イエサル宮殿・跡地~
「ふむ…。どうやらAIの噂は本当のようじゃったな。」
「ルカちゃんは…ギルドから追い出されちゃうの?」
「セイメイ様、…リスクを取られますか?」
「リスク?リスクがなんなのか明確にこれだというものがない以上、わからないから追い出すというのは、昔の村八分のような感じで俺は好きじゃない。それに、ルカは自立型でニンゲンの味方なわけだからさ。」
ふと、ルカを見ると俺をじっとみていた。
―――きっと人間とのふれあいが俺らが最初なのだろう。今までずっと一人で俺ら人間の行動、プレイヤーの行動をつぶさに見てきたんだ。そこでやっと溶け込める場所を発見し、いや必要とされたんだ。俺が、俺達が。この際、ルカとグスタフ、AIと人間の戦いは直接対決は当面訪れないだろう。
しかし、圧倒的にグスタフの成長は早い。奴が導入されたのが、3年前だとしてもあそこまで感情を出すまでに成長するのか…。成長しすぎたAIはやがて“心”を生んでいくのだろうか…。
その先に待っているのは…まさか…な。
セイメイは最後の答えを出すのをやめた。その答えを出すのはまだ早すぎる。機械が人の心を持つなど、想像もつかない。だが、未来はどうだろうか。人権は?ロボット・AIに心が芽生えば、人格が形成され、市民権などを有していくのか?そんな妄想をしながら、歩き始めた。
セイメイは次のクエスト、小さな鍵を探しに次のダンジョンへ向かう事を決める。
そう、かつてソロモン神殿があったとされる場所、“神殿の丘”へセイメイ達は向かうのであった。





