第70話「ぼっちの年末はイベントの誘いは断るなかれ」
チュンチュン…チュンチュンチュン!
夜はとっくにあけていた。
部屋はカーテンでまだ夜の匂いを残している。カーテンから漏れる眩いほどの日差しがユズキの瞼をこれでもかというくらい突き刺す。
ユズキは目の前に広がる白い光を遮る様に手の甲で瞼をこする。
「くっ…、今何時だ?」
部屋の時計をみると短針と長針が重なろうとしている。
「こんな時間か…なにやっているんだ…俺は…。」
重い体を起こし、壁に手を当てながら洗面所に向かう。
「おい、これが二十歳のツラかよ…。」
髪は飛び跳ね、うっすらと伸びた顎髭、年を重ねると髭剃りがめんどくさくなると予感した瞬間でもある。
型遅れの蛇口を捻り、冷たい水を出し顔をバシャバシャとぶっきらぼうに洗い、洗濯機の横にかけてあるくたびれかけたタオルを取り顔に残る水を拭う。
ケータイを見ると点滅している。
スケジュールのアラームだ。
そうだ。今日はバイトだ。
服を着替えてコートを羽織り、部屋の戸締りを済ますと階段を一段飛びで降りる。愛車のマウンテンバイクに跨り、一扱ぎ、二扱ぎ半でトップスピードに持ち込む。そのまま扱ぎ続けて駅前にあるコンビニエンスストアへタイヤを回し続けていく。
―――昨日は嫌な事あった、マスターにも迷惑かけたなぁ。
ペダルを踏みながら情けない行動をかき消すように無心で扱いでいく
ここは中目黒駅
東急東横線と日比谷線の乗り換えができる駅。
東急東横線は上り(渋谷方面)が東京メトロ副都心線を介して東武東上線・西武池袋線に、下り(横浜方面)が横浜高速鉄道みなとみらい線にそれぞれ相互直通運転を実施しており、東京メトロ日比谷線は終着駅である北千住駅のさらに先、東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)を経由して日光線南栗橋駅まで相互直通運転を実施している。駅の構造はバリアフリー化が行き届いた構造となっており、スロープ・エレベーター・ベビーシート管理、無論、AEDもきちんと完備されている。そのため、身体の不自由な人への配慮が十二分になされており、障碍者の方やお年寄り、小さな子供がいても安心できる駅として機能している。駅周辺は目黒区中央部の繁華街。駅から線路沿いに目黒銀座商店街が伸びていて、車の往来もあり、交通の便の良さからいって目黒区の中心駅として機能している。
その分デメリットもある。朝の通勤ラッシュが地獄絵図だからだ。
俺はそれが嫌で雨の日も風の日も自転車、マウンテンバイクでの移動をすることにしている。
交通費を浮かすという側面がある、いや、むしろそちらの方がメインだと思ってもいい。
この辺に住めば、自転車一つでどこでもいけて便利だ。下北沢や渋谷、原宿、新宿、池袋、いこうと思えば上野までいける。晴れた温かい日には羽田空港に行き、ジェット機を見る事もしていた。
さて、時間ぎりぎりだ。
慌てて店内の事務所に入り、店長に挨拶をする。
「おはようございます!」
「おう、おはよう」
慌ててロッカーにあるユニフォームをきて、バッチの裏にあるデータを読み取る。
「あぶなかった…。」
「寝坊したか?」
店長はニヤニヤしている。
「すいません。」
「遅刻してないんだから謝らなくていいよ。それより、今日少し遅くまで大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。」
「今日は忙しいんだわ。新人が入って研修しなきゃいけないし、夕勤の高校生がテストで来れない日なんだ。代理が見つからなくて、平謝りされちまったんだわ。そこで、ユズキにお願いできないかという事だ。」
「あーそうなんですか。今日から休みなので丁度良かったです!」
「そうか!!さすが大学生!助かるわ!!」
店長はルンルンでフライヤーの方にいき、業務用の冷凍チキンの袋を開けて、ゴロゴロっと網に入れて、スイッチを押していた。
俺はカウンターに立ち、カウンター止めを置くとレジ上げをし、裏に戻りシフトの前に入っていたクルーの誤差がないか計算していた。
特に誤差もなく、交代した。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様でした!」
13:05
オフィスワーカーが会社へ午後の仕事に戻っている。
この後のコンビニは壮絶な整備戦場と化す。
まもなく来るパンの陳列と冷凍食品、そして夕方にちらほら来る20代から30代の女性向けへの配慮なのか、サラダを沢山陳列することになっている。そのあと間髪入れずにお弁当各種も棚に入り切らないほどの発注が到着。そして乳製品、ドリンクの補充、また高校生が店長がルンルンで上げたチキンを買っていく。その間にお菓子の陳列から細かいものだとコピー機の修理などやることがたくさんある。
それは小包の受け取りなどがあり、探す事に時間を割くこともある。また、謎の長蛇の列。これも処理の為、レジを行う。そしてうまくスキを見つけてつかの間の休憩を取る。
これがコンビニで働くバイトの日課である。(あくまで代表的な仕事)
今回は長丁場の8時間勤務なので、18:00前後に休憩を取り、1時間夕飯にするとした。
夕方から高校生のアルバイトがくる。
「おつかれーす。」
「おう、お疲れ。」
「あれ?今日ロングですか?」
「ああ、そうなんだよ。」
「マジっすか?あ、あれか詩織ちゃんの変わりか。」
「詩織ちゃんにあえねーのかぁ残念」
「俺だとなんかつまらんようだな。」
「ユズキ先輩は安定感あってプレッシャーなんですよ。詩織ちゃんだと失敗しても可愛いじゃないですか!!」
「あーそうだな。俺が失敗したら『なにやってんすか!』とか冷たいもんな。」
「ええ?だってミスしたところみたことないですもん。つまんな!」
「つまるつまらんの話じゃないだろ?w」
「そうすねwでも、レジの早打ちがいると楽ですし列を捌けるのは助かりますよ。」
「お、片桐きたんか。」
「おつかれっす!店長!」
「今日、ユズキとだからな。」
「あー詩織ちゃん休みですよね?ユズキ先輩から聞きました。」
「そうか、ミーティング出来ているなら、いつでも入っていいぞ?」
「あ、軽く肉まん食ってからでもいいですか?ハラ減っちゃって…w」
「おう、構わん構わん。」
店長が俺をみる
「ユズキ休憩入っていいぞ。飯でも食って来い。」
「あざっす。休憩頂きます。」
事務所に入ると肉まんとコーラを買った片桐が入ってくる。
「ユズキ先輩って地元に彼女いるんすよね?年末帰ってイチャイチャするんすか?」
片桐は肉まんを頬張りながら、無頓着に俺の心を抉ってくる。
「いや、今年は帰らない。こっちの仲間と過ごす事になっているから。」
「まじっすか?じゃあ、コンビニの仲間うちで飲み会あるんすけど、来ませんか?」
「おまえ、高校生だろ?」
「何言っているんすか!焼肉パーティですよ。ほら、一本向こうのビルにあるはす向かいの焼き肉屋ですよ。」
「あーあそこか。うまいのか?」
「まぁうまいっすよ。安くてリーズナブルな価格!w」
「先輩が飲むなら俺も付き合いますよ!」
「バーカ俺が捕まっちまうよ。」
「へへ!そうでしたねww」
「じゃあ今月の26日金曜日でいいですか?シフト入ってませんでしたよね?」
「ああ、会費はいくらなんだ?」
「聞いてください…!4000円で飲み放題の食い放題です!」
「ん?なんでそんな金額なんだ?チェーン店だともう少し安いけど、あそこはそういった系列店じゃないよな?」
「あそこは俺のダチの店なんすよ!オヤジが焼き肉屋なんです!」
「へー!じゃあおまえ向こうで働けよw」
「焼肉臭くなるからちょっと遠慮しますw」
「友達助けてやれよwww」
「まっまっいいじゃないですか!広い座敷で出来るんすよ。いきましょう!」
「わーったよ!楽しみにしてるわ。会費はどうするんだ?」
「当日前払いっす。だから突然これなくなっても大丈夫ですから。」
「OK!じゃあ楽しみにしている!」
「おっしゃ!!あ、もう前に出ないとヤバイんでいきますね!」
「あいよ!」
―――寂しさを紛らわすには丁度いいイベントが出来た。マスターとの飲み会もあるし、土日空けといてよかった。こういった場所にいって気持ちを紛らわすのには格好の場所だな。
そう思いを巡らせて目の前にある生姜焼き弁当の飯を頬張るのであった。
外は完全に暗く、足早なサラリーマンが行き来している。
防犯カメラ越しの外は音もたてずに静かに道の様子を映し出していた。





