第69話「希望とは明けの明星」
ユーグことユズキは、目を覚ました。
寒すぎて目が覚めてしまったのだ。眠いのに寒さで起こされて不機嫌になったユズキは布団からなるべく身体を出さない様にそうっとエアコンのリモコンに手を伸ばし、眠い眼を薄っすらと開け、季節外れの冷房から暖房を選び、スイッチを押す。
外はまだ夜明け前の暗さ。この暗さからあの明るい朝を迎えるなど今も昔も想像できない。永遠の闇だと思ってしまうのは、古代から脈々と引き継がれてきた危機感と恐怖からなのだろうか。
試験も終わり、今日から冬休みであるのを忘れていた。そしてクリスマスを迎える。帰省するか悩んでいた。
今の俺はユーグでいたい。帰省して彼女との遠距離を繋ぎ止めるのはめんどくさく感じてしまう。決して嫌いになったわけではない。ただ、今の状態で考えると途轍もなくめんどくさい。
少しずつ部屋が暖かさを取り戻し、布団の中で縮こまった身体が伸び伸びと伸ばせるまでになった。もうひと眠りしようとしたところ、机の上に置いたケータイの光を見つけてしまった。
―――なんだ、こんな時間に。
ケータイをみてみるとメッセージが1件入っていた。
―――あ、希望からだ。なになに?
ユズキへ
色々考えたんだけど、私には遠距離は無理だよ。
最近、職場で飲み会があって気になる人ができたんだ。
ユズキはまだ未来あるし、きっといい人が現れるよ。
ユズキは大学生、私は地方のOLだもん。価値観が変わって
きちゃっている。だから、お別れしよ?
いつか笑って会える時があったら話しようね!
じゃあね!今までありがとう!
… … ………。
は?
慌てて希望に電話をかけた。
こちらは○○○○○○です。お客様のおかけになった番号にはお繋ぎできません。番号をお確かめになっておかけなおしください。
???
着信拒否…設定??
「…まじかよ…。」
直接地元に帰って会って話す事が最終手段になった。
―――いやぁ最終手段やったらダサイよな~。ていうか、遠距離恋愛にハッピーエンドなんて眉唾モノだったんかなー。
カルディア達の言葉が頭をよぎる。こういう時、マスターはどうやって失恋を乗り越えたんだろう。
マスターに連絡してきこう…。
心の整理がつかないので誰かに連絡しておきたい。
DMを送り、連絡を待つことにした。
「あ゛あ゛あ゛ー!!めんどくさいがさらにめんどくさくなったーー!!!クソッ!!しねっ!!あ゛あ゛あ゛ー!!」
軽く半狂乱になりそうになったが、無理くり冷静を取り戻そうと理性が頑張っていた。
ことなくしてセイメイから電話が折り返してくる。
「んだよ!どうした!!??こんな朝方に連絡してくるなんて、どうした?死ぬのか?」
「いえ、マスター。希望と…彼女に振られました。」
「…。おい。」
「…はい。」
「そんなくだらねぇことで明日仕事ある俺に電話かけたのか?」
「すいません。。。」
「すいませんじゃねーよ…。で、なんで振られたんだ?」
俺は振られた経緯を話した。
「ぶはははは!!!おまえ馬鹿じゃねぇの??いや、好きなのはわかる。わかるけど、言い訳がしょうもねーほど美談にし過ぎて…ぶはあははははwwww」
「ちょ!マスター!そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!?」
「いやぁわりぃわりぃwwでもなぁ、そんな女の事で俺に朝方かけてきたやつは後輩でもいねーよwwぎゃははははは!!!!」
「それはマスターが嫌いな後輩が多かっただけですよ…。」
「ははは!そうかもな!?俺にいったら爆笑されて傷つくもんな!?ぎゃははは!!笑いがとまんねーぜ!!朝っぱらから笑わせてくれるなよ!!」
「もういいですよ。相談したのが間違いでした。」
「ちょまてよwいやぁ~ゴメンゴメン、メンゴ☆彡ブフッ!ぎゃはははは!!!」
「自分でダジャレいって爆笑してどうするんですか…。」
「はあ~ははは…。それくらいどうしようもねーほどくだらないってことだよ。」
「なんでですか?」
「女ごとき…あえて使おうw女ごときに振り回されているようじゃ、本当に好きな子が出来た時に引っ張っていく事なんてできないぜ?」
「??」
「よく聞け。価値観が変わるなんてことはお前の世代じゃよくあるし、それを理由にして好き嫌いを判断する歳じゃないって事だよ。
そもそも、ユーグの事を本当に好きな女なら健気に『いつ帰ってくる?今度遊びにいこうか?』とか、予定を合わせて『中間地点で会おうよ?』とか提案してくるもんだぜ?無論、お前からも言わなきゃいけないけどな。けど、仕事が忙しくて会えないとか、お前の事一切考える余裕ないじゃん。逆にお前は考えた事あるのか?
仕事出来る出来ないはともかく、そういった小さな努力を二人が怠った結果だよ。その時点で相手の事を考えていない。ハナっから関係破綻しているんだよ。別れて正解だよ。お前はまだ若い。俺と違って20代が始まったばっかだ。
周りをみろ。遊び人がわんさかいるだろ?そいつらとつるんで女の枝をわけてもらって、その繋がりを辿ってそんな中でイイ女と付き合えよ。なんどもいうが、まだ若い。だからいろんな出会いをしておくと後々役に立つ時がある。傷ついている時間がもったいないぜ?」
「なんかよくわかんないけど、振られている場合じゃないって感じだけは理解しました。」
「おう、そうだな。わかったら、イーリアスやれ。」
「はい。」
「じゃあおやすみ。」
「ちょっと、この流れ違くないですか?w」
「違くない!俺はわけぇ衆のきったはったのもんだの恋愛沙汰はとうに捨ててきた。いわば、悟りの境地…!」
「だから、彼女、いないんですね。」
「…。おまえ、自分が傷ついているからって、八つ当たりで俺を傷つける権利があると思っているのか??」
「マスターだって俺の傷に塩塗って追い込んだじゃないですか?」
「そんなことねーよ。そういうのは誰もが通ってくる道だから気にしないでいいぞって事をいったんだぞ?」
「全然伝わりません!!」
「あのなぁ…」
「……。」
「黙るなよ…。うちのギルドは恋愛自由だから、勝手に漁れ。」
「いやですよ!!キャラ濃い女の人多すぎです。」
「年齢でいったら…ああ、クリス。クリスがいいじゃねーか。」
「は??あんた何言ってんの??クリスさんは…。」
「クリスがどうかしたか?あ!!カルディアみたいな姉御肌はどうだ?一人称が“俺”だけど、意外に面倒見いいじゃんか!?」
「いやですよ!尻に敷かれっぱなしじゃないですか!!」
「じゃあ…スカルドは?お姉様系!」
「あんたって人は…。」
「まぁ俺が指定するのはおかしいな!すまんすまん。でもあれだぞ?付き合うならちゃんと付き合ってます宣言してからにしてくれよ?俺らもコミュニケーション取るとき、接触の仕方とか少し変えなきゃいけないからな!!」
「(そうじゃねーんだよ!!お兄さん!!!)…。」
「まっ、少しは気が晴れたろ?」
「まぁなんか悩んでいるのがバカらしいというのは理解しました。」
「そうだろう!!(ドヤッ)」
「(ドヤッじゃねーよ)とりあえず、寝ます。ありがとうございました。」
「あと年末帰るのか?」
「帰って会ったらダサイ事になりそうなので帰りません。」
「そうか、なら年末ラーメンでも食いに行くか?酒が先か!w」
「いや、酒はいいです。迷惑かけるぐらい酒飲みそうだからです。」
「フフまあいいか。都内でいいのか?」
「はい。そういえば、初めて会いますね。他も呼びましょうか?」
「ええ?めんどくさいよ。目上の俺が全部出さなきゃいけねーじゃんw」
「いや、OFF会にすればいいじゃないですか?」
「ええ~。集まんねーだろ。年末はみんな実家に帰ってこたつでぬくぬく紅白見るのが、定番だろうよ。」
「マスター…、最近は友達とか恋人とかと過ごしたり、親しい人達と過ごす事が活発なんですよ?」
「そ、そうなのか?」
「はい、とりあえず、OFF会の計画にしましょう。そうすれば、マスターも俺に奢らなくてすむでしょうし。」
「奢りたくないってことじゃねーぞ?」
「ハイハイわかってますよ。じゃあそんな感じで。ありがとうございました。おやすみなさい。」
「おう、おやすみ~!」
ふぅ…。
ケータイをみて再度読み返した。
…俺は振られたんだ。
彼女ってなんだろうな…。
当分その答えは、朝を迎えるまでに出そうにない。
もう一度、寝よう。
布団は傷ついた俺を優しく温め直し、深い眠りを促してくれた。
外は明けの明星、くしくも、女神の星だ。
しかし、聖書でラテン語ではルシファーと呼ぶことを、のちの選択授業で知ることなった。
淡い恋愛は、強い光により輝きは薄れ、やがて消えてしまうのだった。





