第67話「偽りの正義」
ユリゼン王国を出国し、ポートウィル軍港に歩いていくと、唯華が眠そうに言う。
「あたし疲れたから寝るねー!おやすみ~!」
「俺も落ちるわ~!先帰っててもいいぞ!」
「ユーグ君、お疲れ様。暗黒騎士おめでとう!じゃあね~!」
ピピンは何か調べものがあるようなので別行動をした。
~ポートウィル軍港~
ようやくこの国をでることになる―――
色々思いを返すと、最初はわけもわからず、カルディアとピピンの二人に連れて行かれ、無理くりクエストを進められてきた。その後、力不足で一度は断念した暗黒騎士の道を諦めたけど、やりきりたいと思いだけはあった。今回、マスターに進められてクラスアップを促されたけど、正直、できるはと思わなかった。
嬉しさと達成感に浸ったが、それと同時に虚しさが等しく込みあがってきていたのだ。
―――このまま帰るのもなんだか寂しいなぁ、眠いっちゃあ眠いけど少しぶらついてくるか
ポートウィル軍港を出る。北側にある風車群を抜けて小さな山脈を登るとそこには大海原が広がっている。岩肌にこしかけて景色を眺めた。かすかにケブネカイゼの沿岸が見える程度だ。思えば遠いところまできたのだと思う。なにせイーリアスは広いことで有名だ。端から端まで最速で30分はかかるとかいう話だ。それを思えば、この距離も大したことは無いらしいが…。
海をみていると定期船が出航していた。
「あ!あれにのれば先に大陸に帰れたのに!やらかした!!」
俺は思わず立ち上がって叫んでしまった。
「ん?でも、やっぱみんなと帰ったほうがいいよなwここまできて自己中なのもどうかと思うから明日、みんなで帰ろう。」
せっかく座っていたのだが立ち上がってしまったので、ゆっくりとポートウィルの風車群へ足を向けた。
しばらくして、獣道に出ると動物もモンスターもでなくなってきていた。レベルのせいかも?と考えながら歩いていると眼の前にはJOKERが立っていた。
「…。」
カチャ…。静かに剣を抜いていた。魔剣グラムをぺんぺん草のように軽々と持ち上げ肩に乗せている。
俺は少しだじろいだ。
―――俺が一人になるのを待っていたのか…?
致し方なくこちらもレーヴァティンを抜き、構える。
片手に道具袋をあさり、いくつかのエリクサーを飲み合わせているが、こちらに仕掛けてこない。
―――コイツ…俺がブーストするのを待つほど余裕こいていやがる…!
じりじりと距離を詰める。
―――今、俺はヤツと同じ暗黒騎士条件は互角、しかし一撃特化型。俺は連撃ダメージ蓄積型、俺の一撃よりヤツの一撃のほうがはるかに重いッ!!!
聖騎士や暗黒騎士のクラス帯は好みやプレイスタイルで変わる。
ギュスターヴやJOKERのような一撃にかけるプレイスタイルと俺やマスターのように隙をうめて連撃を重ねていくスタイルとではペース配分が違う。
少なくとも相手のペースに合わせてはダメだ。こちらのペース配分を読まれないように戦わなくてはならない。
均衡が破れるのは時間の問題だった。
つま先が相手の見えない領域に入るか入らないかの瀬戸際で火蓋は切って落とされた。
壱の太刀をお互い浴びせると剣は弾き合い連撃の間合いに入った。
―――いまだ!!
弾かれた剣の勢いを使い、横回転を行い、すかさず剣を左側から右上段に切り上げた。
ヤツはガードモーションをとり連撃に備えていた。
幾多の打ち込みをしたが、相手のガードゲージは減らないらしく、それどころかカウンターを狙っていたのだった。兜割りを組み込んでいたコンボをまってましたといわんばかりに受身を取ったあとに反撃モーションを取った。
すかさず、黒い霧でごまかすが剣先は俺の左肩にダメージを負わせていた。
「くっ…。」
HPゲージの三分の一を奪っていったのだ。
―――うっそだろ…。たったカウンターを受けただけでここまでのダメージを受けるのか?
俺は距離をとり、仕掛けるタイミングを探るのであった。
時を折りにし、剣士同士や将棋打ちなど勝負師のような感覚が研ぎ澄まされた事を俺はここで覚えた。
いわゆるシミュレーションだ。
この形で攻撃すれば、こうくる。ここで技を打てば返されるなど、攻撃のバリエーションを展開して幾多の手の内を取捨択一していく。現段階では5つの方法しか思いつかない。
しかし、ヤツは俺のよりも実戦経験も上、立ち合いも数え切れないほどの数をこなしている。
ここでどうやって打ち勝つのか?
―――いや、逃げるって選択はあるんじゃないか?
本来、勝てない相手と戦う必要もないので、わざと負けて町に戻る方法もある。ペナルティはない。
ましてや、戦って五分でおわるはずもない。ただ、プライドの問題だ。そうプライドだ。金にもならないただ自分がそこにいる。唯一無二の自由を邪魔されるというただ一点に抗う行動原理なのだ。
それにしても、コイツとは由縁というか共通点と接点が多い。
先の占領戦でコイツは幾度と無くオケアノスをはじめ、七星連盟の進行を妨げた。それも裏方の進行を潰していく行動だ。進行具合によってマスターの首元まで攻め上げた名うてのプレイヤーだ。ただ無駄死にすることでもなく、一矢本軍にさされば、それだけ動揺が広がる。指揮系統を停滞させる行動である。英雄的行動ではないが戦術としては理に適ったプレイヤーとして動きをしている。並みのプレイヤーなら突出してただの無駄死にだと嘲笑されてもおかしくない行動なのだが、我々のウィークポイントを読んでの行動だ。味方に理解者がいない以上、彼の行動は評価されることはない。
皮肉にも敵対した我々が評価することになっているという現実。
そして、お互い“暗黒騎士”だということだ。
同じシナリオ、同じルートをこなしてきた同類なのだ。
聖騎士ルートは“IFルート”であり、アルトリウス王(アーサー王)が、ユリゼン王国を帝国にし、アルビオン諸島を統一させ、アルビオン帝国を建国し世界の覇権争いの一端を担うシナリオなのだが、我々はその帝国の建国の道を阻み、新王を擁立し、他国との共和制を曲がりにも強いてしまった裏切り行為に近い行動をしてしまった事に当たる。何が裏切りでどの方向で裏切り者なのか、大半の聖騎士ルートを選択した数の多さ多数決での決議に過ぎない。
もし、暗黒騎士が多ければこの世論のような“裏切り”というレッテルは貼られなかったのかもしれない。
どちらが善でどちらが悪なのかは、人の多いほうが正義になっていく仕組みなのだ。それは真実をみていうのではなく、一種の思い込みによるマインドコントロールのようなものだ。
俺はなるべく真実をみて、感じた意見に票をいれようと思う。噂や検証もきちんとされたデータなどに基づき意見を述べたいと思う。
しかしアイツはなぜそうも、聖騎士達が思っているような悪に染まるのか?真実は我々に正義があるじゃないか。偽りの正義のいわれるままの悪を演じている。俺らは真実を知ってしまっている。
「なぁ、JOKERさん。なんで俺らが戦う必要性があるんだ?このシナリオの真実を知ってしまった我々が邪魔なのか?」
JOKERはバイザーをおろしたまま、微動だにしない。
「質問を変えよう。なぜ、聖騎士達の思い込みの通りの悪を演じている?我々はこの真実を公開し、暗黒騎士ルートのプレイヤーを増やしてもいいのではないか?」
俺は話を続けた。
「偽りの正義に加担したまま、暗黒騎士への道を絶つ必要性があるのか?なぜやつらの思い込みを利用する?」
意外な回答が返ってくることに俺は驚いた。
「思い込みこそが、最高の麻薬なのだ。」
いつものボイスチェンジャーのような声ではなかった。
「普通に…しゃべれたのか…!?」
俺は戸惑いを隠せなかった。
「雰囲気づくりのためにボイスチェンジャーを使っている。おまえには話しておこう。暗黒騎士の本当の姿をな…。」
重い口をヤツは開いた。
「…かつて、イーリアスの暗黒騎士のイベントに当時は躍起になっていた。しかし、何度と無く脱落者がおり、当時の仕様では暗黒騎士狩りが横行した。」
「聖騎士と暗黒騎士では初期仕様により勝てないという不具合を運営は認めなかった。そして、相次ぐアップデートの末、いつしか暗黒騎士の存在は忘れ去られていった。そして、いつしか取り残されていった結果、昔の仕様だけが暗黒騎士に残りアドバンテージが逆転した。統合調整による各職のスキル下方修正と調整によるものだ。このことにより、暗黒騎士は弱いというレッテルが剥がれ、闇落ちした狂ったプレイヤーというレッテルに代わり、比較的手軽な聖騎士を促す事になった。海外のプレイヤーは強い職業を選択することが極端に多い。また、宗教的な部分が色濃いため、“聖騎士”を選択が安直になった。暗黒騎士はこのまま、最弱にして、最強の職業というのをこの手で確立できたのだ。」
「ということは、この職業は忘れ去れた職業としてこの仕様のまま、思うがままに戦いが出来るということなのか?」
「そうだ。この職業は唯一無二の最強職になった。世間の意見なんぞどうでもいい。」
「じゃあ俺が公開したら弱体化がくるとでも?」
「おそらくその可能性は高い。それをつぶすにはお前にしつこく仕掛けたほうが早いだろうと思っている。すでに暗黒騎士のクラスアップが済んでいる以上、お前を力づくでもこちら側になってもらう。」
「おいおい執拗なPKはアカウント停止案件になるぞ?」
「残念だったな。執拗か執拗じゃないかなんてこの運営はいちいち1プレイヤーの意見なんぞ聞いてくれるのなら、とうの昔に暗黒騎士の初期状態の仕様のまま放置なんてしないんだよ。それともあれか?偽善の上で、せっかくクラスアップした自分の職業の下方修正を依頼するのか?ばかげている。」
「俺は…対等な条件で戦いたいだけだ。」
「古今、対等な条件での立場で戦いなんぞ、存在しない!おしゃべりはここまでだ。いくぞ!!」
「俺がここで死んでも外部に漏らしたらそれまでだろうが!!」
俺はガードモーションをしたが、ガードゲージの吹っ飛び方が尋常じゃない!!
「忌むべき兄弟、さらばだ!」
堕天使の神殺し!!
魔剣グラムに暗黒の光が直下に轟き、一気振り下ろす!
Guard break!!!
―――くっそぉ…!!!
俺はこのままやられるのか… ? ?
JOKERは弐の太刀を構えていた。
ゆっくりと時が刻む中、ヤツの動きが見て読み取れるのだが、身体が硬直ペナルティを負っているため、動きが取れない!
黒い霧でごまかせるか?
無理だ!!間に合わない!
昼下がりの太陽は木漏れ日となって二人の鎧を光らせていた。





