第63話「解釈の暴走」
ユーグに刺さった十字架はそのまま動かない。
黒い霧がモヤモヤと移動を始めた。霧は二、三歩の距離を移動すると黒い霧の隙間から鎧が現れ、やがてユーグの姿を現すのであった。
「ふう…。この十字架が魔法攻撃扱いだってわかるのに、体張った賭けをすることになるとはね!」
残った霧を振り払うようにレーヴァテインを一振りし、残霧を消した。ユーグは軽く深呼吸をすると、魔法陣へ目掛けて飛び出しレーヴァテインを突き刺す。するとサーマスの化身は断末魔を叫び、亜空間を消し、その姿もあとかたもなく消えてしまった。
―――悪の化身がNPC風の装いでプレイヤーを騙してもカラクリがわかれば、どんな難問も簡単に見えてしまう。あべこべの世界でも法則性が見つかるとそれに準じて適応していく人間の性だな―――
静けさを取り戻した教会はより一層虚しさを強めていた。ここまでなんの問題もなく進めてきたが、この辺りで何かおかしいことに気づいた。
―――なんの変哲もないところまで誘導させる意味があるのだろうか?
この疑問が晴れないうちは教会を探索することにした。椅子の下、教壇の裏、壁の切れ目…くまなく調査したのだが、手掛かりがない。オルガンなどを見たけれど特に何か流れるわけでもない。
むーと悩んでみた。
ドアに手をかけると鍵がかかっている。
―――鍵をかけたつもりはない。
―――!!
「まさか!?」俺はふと振り向くと、通常であれば、ボスの再復活!!!となるのだが、拍子抜けを少ししたと同時に、少し戸惑っていた。なんとヴィヴィアンが出会った頃と違って少し幼女のような大きさにまで大きくなっていた。
「おいおい、お前がまさかボスだなんて言わないよな…?」
少し警戒した俺は、レーヴァティンの腹を出しガードを構える。
≪ううう…お腹が痛い…。≫
ヴィヴィアンがそういうと体を光らせ辺りを眩い光で覆いつくす。
―――眩しい!!
やがて光の輝きが収まるとそこには一人女性が立っていた。
≪我が名はアーソナ、森羅万象を操る神≫
「おいおいおい!まじかよ!このクエストでアルビオンの四神の一角の神に出会っちゃったよ…!」
―――ん?まてよ?ということはヴィヴィアンがアーソナだったということ?
色々困惑していると、アーソナが話しかけた。
≪我が加護を受けし咎人よ、汝、これより贖罪の洗礼を受けなさい。≫
そういうと、俺の方に手を翳し何か念じていた。
システム音がなる。
【システムロック解除 ダークマター を覚えました。】
【システムロック解除 ダークブリンガー を覚えました。】
【システムロック解除 ドレインブレイク を覚えました。】
「え?」
≪この地はもう我々の地ではありません。我々の願いは全ての人間が幸せになること、豊かになることです。この四神戦争を終わらせるのはあなたしかいません。≫
≪サーマスの民は、ユリゼン王国の宣戦布告により、酷く怯え、神に祈りを捧げる毎日でした。その中でサーマスの教えを説いていた者がおり、サーマス教が興り、いつしか改変に次ぐ改変が行われ、やがて歪んだ教えになって行き、この有り様です。≫
≪やがてサーマスの民はいつしか神聖力と魔力を融合させた禍々しい力を使い、各地方の神を呼び出す事が成功し、手始めにアーソナへ呪術を施したのです。そのことにより、……≫
―――それで、ユリゼンとアーソナの小競り合いが激化し、それに乗じてアーソナの化身を呼び起こした。アーソナは元々は女神の位置だった。ただ創生という点での争いでそれが発端だったのとユリゼン派の勢いが優勢になったため、そこで倒す目的として魔女アーソナという闇をよんだ。のちに魔女討伐という流れになったのだが、結局はこの紆余曲折の結果、聖アーソナの名の下に洗礼を浴びる。
ユーグは膝をつき洗礼の儀式を済ます。
暗黒の力、神聖の力、聖も悪も表裏一体であるのを、まざまざと俺に押し付けてくる。くそっ…、出口のない螺旋階段をぐるぐる登らされている気がする。いや、下っているのかもな…ハハハ…。
どこの国の歴史も勝者が歴史改変を行い、都合の良い事を書き残す。真実なんて蚊帳の外だ。もっとひどいのは虚実を捏造し、あたかも実際に起きていたように騒ぎ立てるというのも、反吐が出る。真実というのを闇に葬るという言葉、台詞、一文を目にすることがあるのだが、まったくもって傲慢の極みだと思っている。まったくどこも一緒だな。中世のお国体質というのは…―――
≪そして、私の愛したユリゼンにこうお伝えください。“私は天界で待っている”と。この地を治めるのは人間の知恵と努力です。あなたを私は見守っています。さぁお行きなさい。黒き勇者よ…。≫
そういうと、アーソナは天に昇って行った。
―――いつも思うんだけど、こういうシーンを建物内でやると頭ぶつけねーのかな??まぁ野暮な事をいうのはナシとしよう。うん。きっと異空間なんだ!そう!そうだとも!
俺は教会を後にし、スキルチェックをしながらサーマス共和国へ不法侵入することにした。
~サーマス共和国・城門入口~
入口はがらんとしていて警備も薄い…あれ?誰も警備していない。松明がユラユラとゆれているだけだった。ときたま、強い風に煽られて風下へ靡いていた。
グォオオオオオーーーーーーー!!!
まさかと思ったけど、どうやら邪悪な神となったユリゼンが禍々しいほどの負のオーラを纏いながら大聖堂の屋根をぶち破っていた。
「そりゃそうなるわなw」
と独り言を呟きながら、走ろうとするとレーヴァティンが俺の行く手を塞ぐ
≪従者ヲ開放デキル…≫
「ああん??お前、さっきここを出るときといっていること、ちげーじゃんか!!」
レーヴァティンはまた眠りについた。
レーヴァティンを抜刀状態で持ち、暴れるユリゼンを横目に見ながら混乱する街を縫いながら、街はずれの牢獄に向かった。
~サーマス共和国・牢獄~
階段を恐る恐る降りると、監視はいなかった。
ガシャン!!
「おい!ユーグおせぇんだよ!時間かかりすぎだろ!!NPCのしゃべりくらい省略して飛ばせよ!!ったく!!そもそもな!…~~」
待ちかねたピピンは鉄格子にガミガミ騒いでいた。
やれやれと思いながら、鉄格子に近づく。
「 あ 」
―――鍵、なくない???
落ち着け、落ち着け!ここまで来て鍵がありませんなんて口が裂けても言えない!!
やべーー!!どうしよう!!???
と焦っていて頭の中が真っ白になった。そんな動揺を無視するように、レーヴァティンが背中から抜けて、ガミガミ文句を言い続けているピピンの前に現れて、目を光らせるとロックを解除した。
カチン
―――ほっ、よかった。
そっと胸をなでおろすと、そんな安堵の余韻を思う間もなくピピンは更に金切り声を上げる!
「この野郎!!解除できるならな!最初からさっさとやれよ!」とイライラが頂点に達していたようだ。
「ユーグ君、クエストは終わったのかい?」ピピンのお説教をよそにファウストの声を聞くと安心した。
「いえ、これから最後の決戦です。転生した邪神王ユリゼンを討伐するのが残っています。」
「ほほう?」
「それって、…たしか報酬額美味しかった気がするぞ?」と唯華が目を輝かせていう。
最後にカルディアの錠が解除されると、俺の肩を叩き優しく語りかけた。
「これで最後なんだよな?」
「ええ、これで最後のはずです。残りは会話で終わると思いますけど?」
「そんじゃあここが大一番となるわけだな?」
「カルディアさん、一緒にきてくれますか?」
「無論だ。フィナーレを飾ろう。」
一同は牢獄を出て、街の中心街に位置する大聖堂に向かう事となった。
~サーマス共和国・大聖堂~
邪神王ユリゼンの降臨が完了されたのか、一夜にしてサーマスは火の海へ落とされた。
近くにサーマスの化身と邪神ルヴァが立ちふさがっている。ユリゼンの足元には逃げ遅れた青年がいた。
―――あいつは、俺に高圧的な態度をとったやつじゃないか!
逃げ遅れた賢者は振り向いて何かを唱えていたが、無残にもユリゼンの下敷きになった。
「敵は三体か!?ひゅ~!こういうんだよなぁ~。やっぱRPGってのは!」カルディアがにやりと笑い、ポンポンと大斧のとってを手で鳴らす。
「コテコテの魔王がいてのRPGだろ?さぁだれがFAする?」ピピンが言い終わるまもなく、唯華が飛び出る!!
「こういう金目のモンスターは一番乗り~♪」
炎舞:千朱雀!
飛翔した体をひねり、回転を加える。槍を前に突き出し、槍から火の鳥が複数飛んでいく!
ユリゼンに当たりHPゲージバーが表記される。
「なかなか手ごわいんですね。」とファウストがメガネをくいっと上げる。
「さて皆様、死神の魔導士の開演ですよ…。」
ファウストは服の中からエリクサーを出し、一気に飲み干す。
「It's PARrrrrryyy!! TaaaiME…!」
ステータス上昇のシステム音が連射ボタンを押しているかのように音が鳴り響く。
「PT用のエリクサー各種、配合済み」
攻撃力UP!
防御力UP!
クリティカル率上昇!
魔法攻撃力上昇!
耐魔法抵抗力上昇!
アンチクラウド率上昇!
・
・
・
文字が重なって読めなくなるほどのバフのバーストオンパレードだ。
「おい、ファウスト~、久しぶりのPT戦だからって、こりゃ大盤振る舞いすぎないか??」
カルディアがファウストを珍しく諌める。
「僕だってね、たまにはハメを外したくなるのさ。ショータイムといこう!!」
ファウストの周りに数多の魔法陣が現れる。
―――それってどこかで見たような…まさか!?
魔法陣から出てきたのは凍てつく氷の刃だった。
「さぁ…!マトは大きいんだ。全弾必中といこうかっ!!」
氷結魔法!雪月花!!
無数の氷刃がファウストを中心に三日月型に並び、片腕で横一線に払うと氷刃は斉射される。勢い良く飛びてた氷刃は邪神に当たると綺麗な花のように咲いている。
「まだ終わらないよ…。」メガネを輝かせながら、ファウストはさらに詠唱を続けていた。
火焔魔法!地雷炎!!
邪神王ユリゼンの足元に即時で魔法陣が現れ、無数の火柱が上がる!!
息つく間もなく新たな詠唱を続けていた。
「さぁ魂を狩りにいこうか!!魔法の連続技、本邦初公開!!出し惜しみ無しだよっ!!」
エレメンタル魔法・極!!天変地異!
地震・雷・火事…
オヤジ!!!!
「え?」俺は思わず、ファウストの顔を見てしまった
「あっちゃ~…このセンスのなさよ…。」カルディアは頭を抱えて恥ずかしそうにしている。
ファウストは眼鏡越しでニヤリとやり切った感を出している。
フハハハハハ!!!!
「ユーグ、いいか?ありゃおっさんの片鱗だ。お前はあーなるなよ?」ピピンは背中をポンポン叩いて俺を窘めた。
「え…?いやぁまぁ俺、嫌いじゃないですよ?w」
「はぁ?」
「クッソ強いのに真面目にギャグいうパターン、あれ、意外に好きですw」
「あのなぁ…お前のクエストなんだぞ?一応。調子狂うんだよなぁ~。まぁ、こっちは報酬うまいけどさ…。」
「このままなら手頃で倒せるんでしょうから、楽しみながら討伐しましょうよ?」
「ファウストがいなかったら結構きついんだが…、でもなぁ~。」
「ギャップというやつですよ、自分が暗黒騎士が似合わないのと同じです。」
「まぁそうだな…。それよりユーグ、援護するから突っ込め。横にいるコバンザメを狩るぞ!?」
「了解!!」
ユーグはバイザーを降ろし、レーヴァティンを肩に背負い走りだした。
にやりと笑うユーグをバイザー越しの笑顔をまだ誰も知らない。





