第191話「人の思いと現実の格差」
「俺はお前らのような人種が大っ嫌いだ」
「混血だからですか??」
「そんなもんどーでもいいし俺はそんなステレオタイプじゃないんだよ!俺が頭に来るのはなぁ!!成金セレブも嫌いだが、筋金入りのセレブはもっと嫌いなんだよ!」
「金持ちが?……ですか?」
「そうだ!」
クリスはキョトンとした顔でセイメイを見つめる。
「だいたいなぁ、資本主義の悪いとこだ。金も既得権益も持ち合わせているのに、まだ追い求める事が出来てしまう!しかも、金持ちだからってだけで、自分たちの法まで曲げようという浅ましい人種だ!これは、共産主義のお偉方も同様だ。金持ちってのは、自分の事しか考えられない奴があまりにも多すぎる!!」
「ちょ、ちょっとまってよ!私は好きでお金持ちの家に生まれたわけじゃないわ!むしろ!一般的な普通の家庭に生まれたかった!!第一、セイメイさんは私の人生を知らないじゃないですか!」
「ああ、知らないね。知りたくもないね!生まれてから英才教育を施され、何不自由もなく生活出来て、学校は一丁前に一流の学校に通わせてもらった。しかも、金持ちの子供というだけで、いい大人達は子供にヘコヘコしてゴマまですりやがる!反吐が出るぜ!」
「そんなことないわ!私も兄もきちんと勉強して……」
「その勉強出来る環境は誰が与えたものなんだ?」
クリスの言葉を遮るようにセイメイは詰め寄る。
「親からですけど……」
「ああ、そうだ。親の愛情をたっぷり受けて英才教育だ。歪んだ愛情でもな!!」
「私は……私達は!母が……死んでからは……!!ずっと2人だった!」
クリスは俯いたまま、セイメイにうったえかけた。
「物心ついた時には、母と父はすれ違っていた。母は気丈にも私達を愛し一生懸命に子育てをしてくれていた。それから数年後、母は病に倒れ帰らぬ人となった。兄は責任を感じ、父と掛け合ったが相手にしてもらえなかった。その後はただただ、無駄に学歴を重ね、無駄に知識を得て、何を目指すわけでもなく、紙の点取りゲームをさせられて、そのまま卒業していった―――。
そんな中、ある日突然、私を残してアメリカに留学していったわ。その後、何度か日本に帰ってきても、私には軽く挨拶だけして次の日にはもう日本を発っていく…そんな生活の繰り返しよ……。私はそんな兄の背中をみて、必死に勉強した。兄の背中を追いかけるため、勉強して勉強して!世の中で何が起きているかを知りたくて!膨大な知識を身に着けたわ!それでも、ずっと孤独だった―――。兄は何に向かっているのかわからなかった。父が反旗を翻した騒動でCEOに就任した時もそう!私を勝手にグループ内の社長に任命して、今のままよ……」
セイメイは黙って聞いていた。口を挟むわけでもなく、相槌を叩くわけでもなく、ただクリスの半生を聞いていた。
「セイメイさんに会う半年ほど前に兄がイーリアスをしていることを知ったわ。そのまま、兄を追いかけてこのゲームを始めた。あの兄がこの世界でTOPを取ることなんてわかりきっていたわ。課金もそうだけど、並外れたキャラクターのコントロール、装備、運営主催の闘劇大会、全て取りつくしていったわ……」
「まぁ……こういったゲームは札束ゲーになるのは知っていたが、所詮、金を持っているヤツのみが廃人を超えるというのは世の常だ」
タバコを咥え出したセイメイは立ち上がり、換気扇の下にいくと火をつけた。吸った煙はそのまま、換気扇に向かって吐くと、大きく深呼吸をした。
「セイメイさんに出会って本当に嬉しかった。私の過去も今も気にしないで一人の人間として接してくれた。それが何よりも嬉しかった……!!」
「んなもん。金持ちのお嬢様だったら俺は声をかけなかっただろうし、そんな情報ももっていない。当たり前だがな?あんなところでぶっ倒れていたら、声をかけるのが普通だろうよ?」
「それでも私にとっては嬉しかった。他の出会った方々よりも……」
「そうかい?俺のところで落ち着けたなら、ギルドをもった甲斐があったってもんだよ。んで、今じゃ俺んちに押しかけ女房ってとこだもんな?ハハハ!!」
セイメイは灰皿にポンポンと灰を落とし、再度、またタバコを吸い換気扇に吹きかけていた。
「まぁいい……。生い立ちを聞く事なんてなかったし、俺の勝手な先入観で人を判断してしまった。それは本当に申し訳ない。だけど、価値観を変えるというのは難しいものだ。中々、納得がいかない。ああ、いや、理解はしているんだ。クリスの事をね?だけど、納得していないのだよ。頭では理解していても、この偏屈な考えが根底にあるのでな?」
「私は……普通の家庭に生まれ、兄弟や姉妹達と楽しい生活に憧れていました。私にはそれを追い求めるのは間違っているのでしょうか?」
「いや、間違っちゃあいない。だけどな、世の中ってのは普通が一番難しいんだよ。金持ちか貧乏人か。この二極化しかいない。その中で勝ち組や負け組を決めて自分の今いるポジションを確保し納得させ、他人を見下す事で充足感を得ている。これが、現実だ。なんとも浅ましく情けない。価値観の固定化は衰退を意味する。常に新しい価値観を生んでいくことで革新し発展し、時代は流れていくのだ。人類史なんてものは所詮、中途半端な志と堕落した精神の狭間で成り立っている。俺はこれらの境地を悟る事が出来なかった。だから、今は楽な仕事をしている。俺は世捨て人みたいなもんだ」
「いえ、セイメイさんはそんな世捨て人になるにはまだ早すぎます!」
「早すぎるも何も、この世間では俺みたいなのを負け組という。それに甘んじて過ごしている。これはこれで麻薬的に楽なのだ。これを知ってから抜け出す方法が見つからないし、見つからなくてもいいとさえ、思っている」
「なにをバカな……!!セイメイさんは!!世に出て、活躍すべきです!!私の勘ですが、あなたはゲームだけじゃなく、人の上に立つべき人です!!」
「学問のすすめの序文を真っ向から否定するんだな?おもしれー考えだな」
「それは間違いです!」
「ああん?」
「あれは、神様は人間を平等に造ったと言われているけれど、実際には人間には差が出てくるよ?というのが、本当の意味です」
「ああそうかい?俺はあの手のものは触ってない|んでな?」
「では、答えを申し上げます」
「“人は平等だって言われているけれど、現代には賢い人とか愚かな人がいる。お金持ちとか、貧乏な人とか、偉い人とか偉くない人とか!雲泥の差があるのはなんでだろう?”これが一文目の言葉です。」
「ほほう?して、その心は?」
タバコの火を消し、ご飯が並ぶ席にまた座りクリスを見つめる。
「勉強が重要なんじゃないですか?です」
「勉強ねぇ……」
セイメイは肩を落としながら茶碗にもられたご飯を見つめる。湯気がまだゆらゆらと揺れている。
「セイメイさんは、もう歩みを止めてしまわれたのですか?」
クリスはセイメイの顔を覗き込むようにみつめる。
「別にそれが間違っている間違ってないというわけではないんだよ。俺には……自信がないんだよ。現実で人を引っ張るようなリーダーシップは俺のガラじゃないということなんだよ」
「セイメイさんなら、私よりもリーダーシップがあるし、みんなを正しい方向に導けますよ!?」
「正しいというのは、どこを基準にし何を目的としているのか俺にはわからないんだが……」
「人を思いやり、人に感謝を忘れないという、とても大切な事で人間にしかできない事をです!」
「そういう考え方、俺は好きだぜ?」
セイメイはにやりと笑うが、その笑顔の裏には皮肉を感じさせていた。だが、クリスは真剣に見つめて言う。
「ダサイとかカッコ悪いとか、どうでもいいと思うんですよ?そんなところで時間をつぶさないでください。セイメイさんが擂れれずにいて、斜に構える事無く色々な人の心の鎖を解いていってほしいのです。それでこそ、人の上に立つ資格があると思います」
「クリス、俺にはその資格も立場もないんだよ。ただ、俺は架空の世界でお山の大将をしたかっただけなんだと思う」
セイメイは下を向いた。己の浅はかさと愚かさ、そして、陳腐なワガママで今のギルドマスターの座についていることを認識していた。
「いいえ。そんなことはありません!」
「はぁ?」
クリスは少し不機嫌そうな眼差しでこういった。
「とある海外企業のCEOは、入社する際に自分がMMOをやり、ギルド運営のやり方や方針、自分が導き出した人の管理を述べたそうです。それで受かるわけでもないと誰もが思いましたが、面接官は彼を採用し今やCEOなのです」
「すげーな、アメリカ様々だな?」
「ですから、セイメイさんもその方と同じ立場にいます」
「だからといって、俺に今何をしろと?」
「今すぐではありません。その素質を生かす場所がそのうち見つかりますってことです」
「はぁ……?」
「そのためにも、今を頑張りましょう!今は架空でもその立場と資格はありますから!」
「まぁ!!話が色々流れて元の話もどこへやら。腹減ってるときに難しい話はイライラするだけだしな。すまんかった……。さ、悲劇のお嬢様が作ったせっかくの夕飯が冷めちまう。いただきまーーす!!」
「もう!そうやって茶化すんですから!……召し上がれ♪」
白飯を頬張り、おかずを貪るセイメイを横から見るクリスは、生きてきた人生の中で、とても幸せな顔をしていた。
拠点戦を前にセイメイの人生は大きく歯車が狂い始めていく……。





