第182話「妖精の谷」
オーブが漂う不思議な空間に移動した一行は、一度来た者も“また”魅了する雰囲気だ。
独特な雰囲気に飲み込まれるほど幻想的な世界が目の前には広がっていた。
~妖精の谷~
ユグドラシルの残滓が辺りを包み、ありとあらゆる力を寄せ付けない聖域。ここに入るものは全て等しく、種族も関係ない。それがここ、妖精の谷である。
妖精達とオーブの光はたわいもない遊びや時には踊り、踊っては消え、どこからともなくまた現れてお遊戯を行っているようだった。
幻想的な世界にモンスターであるユニコーンもいる。動くダークウッドも何故か攻撃をしてこない。ゴブリンも含めモンスターすらここでは敵ではない。すべてはユグドラシルにおける恒久的な平和がこの辺りは存在している。
当然、どこの所属かわからないプレイヤーも点在しているが、決して話しかけてくることもなければ話し声も聞こえない。閉鎖的であるが、いざこざという言葉無縁の世界をここは体現している。
この美しさを知らないセイメイはいずれここを訪れるだろうとソロモンは予感していた。
それは彼に必要な世界の一部がここに存在しているからだ。まやかしでもいい平和な世界。だれも傷つかない世界であるのは間違いないのだから……。
「さぁきたぜ?全ての理がここにあり、ここから全てが始まったユグドラシルの根幹だ。
イーリアスに存在する人間は等しく、神の姿をした複製だと言われている世界らしいが、現実の聖書でもそんな事は書かれているらしいな?ダーウィンの進化論とはなんの因果があるかなんてわからない。
だが、この世界はその設定を採用している。……まぁ、神話の世界を取り入れているからな」
「まぁワシらは聖書とは無縁じゃし、異教徒を邪険にする風習もないがの。ただ、過去に起きた宗教戦争で人々を殺める歴史は繰り返したくないものじゃて」
「そうだな。神様なんて気まぐれの産物さ、困っている人に手を差し伸べるなんてのは神はしてくれない。実行できるのは人間だ。人間が神のような振る舞いをしてもそれは真似事でしかない。ましてや、『他人から傲慢だ』『自己陶酔している自己満だ』と卑下される今日では無縁の世界だ。
それが、ここイーリアスであり、神の代行者たる所以だ。ゲームの世界ぐらい他人からチャチャ入れらない世界であってほしいものだぜ」
アーカードとソロモンは人間の醜さを知り、美しい部分も少なからず知っているようだ。それが人間であり、我々人類の最大の課題でもある。それは、正義も悪もない。
決めるのは他人であり、己であり、賛同が欲しい・共感がほしいなんてものは無縁であるべきものだとわかっているようだ。わからないから人は不安になり、共感や同意を求めてしまう。弱い生き物だと悟っているのかもしれない。
だが、力を合わせれば、神をも超える力を秘めている生き物なのもどうやら二人は知っているようだった。
「さて、倫理の授業は終わったか?俺には無縁の学術だな。ましてや、神学など……」
「ほっほっほっ!そうじゃなったなwお主は己を信じ、己の力を欲するという生き物じゃしな」
「フン、なんとでもいえ。俺はそんな尊ぶような事は出来ると思ってはいない。つるむ仲間がいればそれでいい」
「お前さんらしい回答だな。聞いてて気持ちがいいもんじゃぞ?」
「ケッ……じじぃが偉そうに……」
セルはソロモンから目を反らした。ソロモンはそれを見てフフフと笑い、歩みを戻した。
「さて、皆々様はここにきて何をなさるんでしょうか?私共はそれを見届けて報告する義務がありますのでね。内容によっては剣を抜かなくてはなりませんがねぇ……」
アーカードは両手を広げ、ソロモン達の前に立ち塞がるようにしているのか、はたまた歓迎をしているのかどちらにも同じように捉えれる態度を取っていた。それに動揺する一行だが、ソロモンだけは違った。
「わしらは、城で話した内容と変わらんぞい?少なくともお主らが尾行してこなければ、素直にセントラルに帰還していたところだ」
「ほぅ?フェンリルに襲われてもいいと?」
「わしらはそれらを切り抜けてきたツワモノ揃いじゃぞ?甘く見積もらんでくれぃ♪」
ソロモンはウィンクを飛ばす。
アーカード達は「うっ…」と血の気を引く感情を抱いた。そこでスカルドがありもしない提案をしてくる。
「妖精の谷のクエスト……、神器を獲得するために、ここに来たと言っても過言ではありませんわ。何せここにはストライカーのカルディア、弓使いのピピンがいますからね?」
「ほう?神器のクエストは難関クエスト、これをご存じであるのは、言うまでもないが?」
「ええ、ここでのクエストをお許しいただけるのであれば、同行されますか?無論、通行料金は支払ってますから、拒否されるいわれもないですけどね」
―――このハイエルフ、お高く留まっているただの高飛車女かと思ったら中々度胸があるな。だが、コイツ……どこかで見た覚えがある。ハイエルフへの転職は数えるほどしかいないんだが……。
「我々はまず、ピピンにはミスティルテインの弓、カルディアにはミョルニルの雷鎚を獲得してもらいます」
「おいおい……。俺らでそんなクエストクリアできるなんて思っていないぞ?」
「おいスカルド、ハッタリも休み休み言えって……」
「何をおっしゃいますの?この機会に獲得できなければ、マグナカルタに勝てるとお思いですか?」
「おまえなぁ…!!」
「つべこべ言わず、さぁユグドラシルの残滓をドワーフの長老のところに行きもらってきなさい!!」
「ちょwwおまwwww」
「別に私はいいのですよ?足手まといになりたいのであれば、そのようにセイメ……いえ、グラマスに報告させて頂きます」
「おいおい、ねぇーちゃん、そりゃ酷だぜ?コイツらに獲得できるとでも?」
「当り前ですわ。戦力を見てわからないわけでもありませんでしょうに。我々が本気であるのをここで証明すべきですわ!」
「まぁワシもマスターの力添えで獲得したがの……(ルカのチートまがいも込みじゃが)」
「では、我々に出来ない事はありません。それにこのクエストクリアにより、イザヴェル騎士団への戦力を知らしめることにも繋がりますわ」
「そ、そりゃそうだがよぉ……」
セルはチラッと二人をみてもう一度質問する。
「まぁあの女のいう煽りにのるこたぁねぇぞ?弓に関してはアルテミスの弓並みに難関だし、斧を使ってきたお前さんには雷鎚は勝手が微妙に違うしな……」
「何言ってんだ?お、俺らはこう見えても元エウロパ勢だぞ?なめんじゃねーぞ?」
「そ、そうだぞ!俺らにできないわけねぇーじゃん!!!」
二人の目をみてやれやれといったため息交じりにセルは答える。
「はぁぁあ!じゃあ勝手にしろ。骨ぐらい拾ってやる」
「じゃあ今回の旅はそれも兼ねたと報告すればいいな?……まぁ答えは見えてるがな」
「おう!付き合い悪いな?お前も一緒に手伝うんだよ」
ガンとアーカードの首をぐっとかかえると剣を抜きそうになるアーカードの隊員を手で抜くなと指示する。
「ほう?我々の力が無ければ獲得できないと??」
「言い方が悪いな。手伝わなきゃイザヴェル騎士団への援軍の力が弱いままだろ?底上げの手伝いしたところでもおつりが出るぜ?まぁつき合えや」
そういうと一行はドワーフの長老の住む家に行き二人は残滓を取り、妖精の谷の奥にあるクエストの場所へ向かうのであった。
時間を忘れさせる事がこの谷には存在する。それが恐ろしくもあり、暖かさでもあることを誰も知ることがない。それは時間が有限であることを人間であるプレイヤーは良く知っているからだ。





