第174話「極意」
~病棟~
ここに玄庵師匠が静養しているとのことだ。大病院だけに廊下も広く静かで、あまり人気がない。その上、時折聞こえてくる館内放送がやけに不気味さが伺えた。
「ゴー……サン…ゴーマル……サン…」
クリスは念仏を唱えるように部屋番号をつぶやいていた。
「おまえ、それ一昔前のジーンズのシリーズみたいだからやめろw」
「え?なにそれ?」
「いや、なんでもない」
そして、玄庵のいるはずの部屋につくとそこには誰もいなかった。
一つは空きのベットであり、もう一つはガランとしていてたが、棚の上を見るとそこにはフルーツバスケットがおかれており、その横には花がいけてあった。
「玄庵さんは診療でも受けているのかな?」
クリスは廊下に出て、ネームプレートを確認すると、近くを通りがかった看護師に尋ねる。
「あのー!橘さんはどちらに?」
「あら?病室にいないということは外に出たのかもしれませんね?リハビリテーションし過ぎもよくないので、車椅子でお散歩かしら?」
―――おいおい、この看護師大丈夫かよ。一昔前は“白衣の天使”と謳われた聖職だぞ……。
セイメイは眉間にしわを寄せていたが、クリスはそうとも知らず話を進める。
「では、探してみます。またわからなければナースセンターに問い合わせてみます!」
ピリリリリィィ♪
看護師の院内ケータイがなると足早にその場を後にした。
「おい、クリス。こんなでかいところで人を探すのか?顔もわからないのに?」
「大丈夫ですよ、待っていればいずれ帰ってきます。そんなに外に出れるわけでもないんですから」
クリスはセイメイの愚痴をサラっとかわすと、セイメイの背中越しに車椅子に乗る老人が現れるのをみた。クリスはひょこっと顔を出してこちらにくるのを眺めている。何をみているんだと言わんばかりの表情をしながら、セイメイは振り返ると、会ったことない老人をみて悟らざるを得なかった。
眼光は鋭く、とても死の淵を渡りそうになった人間の目ではない。
玄庵であろう老人も車椅子越しに若い二人をみて“何か”を悟っていた。
「ヘルパーさん、ここでいい。この若い衆と話があるんでな?あとのことぐらいまだ自分でできるわい。ありがとうさん」
ヘルパーらしき人は、老人に一礼をすると車椅子を離れセンターに帰っていった。
老人はしばらくセイメイの顔をみると、口を開いた。
「お若いの、ワシの顔に何かついているかの?」
「師匠……玄庵…師匠ですよね?」
「はて?何のことかな?」
「それは……」
「何もいうな。おまえさんらがここにきたということは…死期が近いということだ。ふう、俺もヤキが回ったな……時代は俺の何倍も先にいってしまっている」
「し、師匠……」
「お前をこの世界での弟子にした覚えはない。それと同時にお前を俺は知らない」
「そんな……」
クリスは思わず口を挟みそうになった。
「だが、これは老人の独り言だ。付き合え」
玄庵は独り言を言うためにエレベーターの方に車椅子をいこうとしたが、片手で車輪を回そうとするのをみて、クリスは思わず後ろから押すようにした。
―――半身不随なのか?
「お?若いのに気が利くな?最近の若いヤツはとんと目上のモンを大事しない。まったく……」
玄庵たる老人はボソボソとぼやきを言っていたが、何を言っているのかわからないので聞き流していた。
パンポーンとエレベーターのドアが開くと三人はエレベーターに乗り込みおそらく来たであろう中庭にあるガーデンに向かった。
~院内・中庭『ガーデン』~
ここは吹き抜けのような構造をしており、空が見えていろいろな草花が整理されている。そして、真ん中にはゆっくり休めるような長椅子とテーブルも設けられており、憩いの場が提供されている。
「これは老人のぼやきだ。聞け若いの」
草木を見ながら語り始める。
「勢いや思いで動くのはもうやめろ。我慢も時には大事だ。これからはお前は責任世代に入る。それにわしらのような老いぼれは“老兵は死なず、ただ消え去るのみ”だ。お前らが時代の舵取りを行うのだ。この国を豊かにし、他国に後れを取ることなく、世界をリードできるようにしてくれ。その力はお前さんらのような人間が引っ張るのだ。決してあきらめるな。挫折することもあるだろう。だが、必ず立ち上がれ。先人たちも同じように挫折を味わって這い上がっている。人間にはそれが出来る。特にこの国の人間はな?」
「玄庵さん……」
「なぁに、ただのぼやきだ。聞き入れようと聞き入れなかろうとお前はそれを吸収して生かすことが出来る男だ。他人に邪魔されようとも、たばかれようとも、あの草花のように越冬し、春には力強く芽吹き、花を咲かす。それでいいじゃねーか」
「師匠…俺は……」
「だからよぉ……俺はぼやいているだけだ。年寄りの戯言に付き合ってもらっているだけなんだよ。気にするな。それと……」
セイメイを見上げて服をつかんだ。
「伝言を頼む」
「すみれを頼んだ。あの子はまだ若い……。剣の腕もまだまだだ。イッパシの剣士としての心構えを教えてやってくれとセイメイという弟子に伝えてくれ。あいつの心技体をもってすれば、大丈夫だ。どんな剣も志も折れてしまう。ワシを超えよう・倒そうなど思わなくていい。すみれにも、お前にも、二人はもう、立派な“志士”だとそう伝えてほしい」
「ししょ……」
老人は悲しい顔をしたセイメイをみると、老人は顔をクシャクシャにしてセイメイに笑いかけた。
「カッカッカッ……。かかりよったな?またワシの勝ちだな?セイメイよ?これが“無手勝流”だ。よく覚えておけ……」
「な、なに?」
「お前は師匠であるワシを超えないこといけないと決めたのだから、この場でワシを殺すこともいとわない心構えをしておらん!!」
「そ、そんな!?」
「バカモンがぁ!!貴様の殺意なんてものは所詮!子供のおもちゃのようなモンじゃあ!!」
「この老害がぁ!!人の気持ちをコケにしやがって!!この場で殺してやろうか!?ああん??」
「ナースさぁん!この人部外者です!!助けておくんなましぃ~!!」
老人は叫ぶと数名の看護師達が近寄ってきた。それをみて老人はセイメイ達にいう。
「さて、若いの。お別れじゃ。もう会うこともあるまい。セイメイよ。“無手勝流”忘れるなよ?ワシが教える最後の極意じゃ」
先ほどまで笑ってのけて、すぐさま懇願する表情や声までして助けを求めるような顔をしていたのに、今はまっすぐな眼光でセイメイの目を見ている。
「師匠!あんたって人は!!」
セイメイが言いかけようとしたときに、クリスは必死にセイメイの体を揺する。
「ほら、やばいですよ!?セイメイさん!!面倒になりますから帰りましょう!!」
「そのほうが賢明じゃ。ワシはボケ老人じゃからな?今、退却せんと面倒になるぞ?」
セイメイの腕をひっぱりながら、クリスは中庭の別の出入口へ向かい病棟を抜けることにした。
遠く小さくなっていく老人は親指を立てて笑顔で笑っていた。
セイメイはそのワケがわかるまで時間がかかることになる。
―――見舞いありがとな。お前は立派な男だ。お前に最後に会えて悔いのはないぞ?
セイメイとクリスは死に物狂いで病院を出て駅へ向かっていた。
小さくなっていく二人組をみて、玄庵は看護師達に追わないでくれという。玄庵は“最後の弟子達に極意を教えていたが、中々帰してくれないから助けを求めた”といい、事なきをえた。
―――その夜、満面の笑みを浮かべ、家族に看取られながら天に帰っていった。
橘 義之 享年85歳、若き頃は警察官として警視庁に入庁、退官後は兼ねてから剣道場師範として道場を切り盛りしていた道場の門下生の指導を行う。根っからの剣士であり、現役時代はタイトルをいくつも獲得、その後は指導に廻り後進の育成に力を注ぐ。
イーリアスでは、“剣豪”の称号を持ち、玄庵と名を名乗る。シニアプレイヤーとしてダイブしていた。セイメイの師匠であり、剣士としての在り方を教え込んだセイメイの師匠であり、数少ない理解者でもあった。また、セイメイと違い無名でありながら、知る人は知るその界隈では、最強の剣豪、“剣聖”なのでは?と噂が立つほどであった。
現場から逃走したようなセイメイ達は帰宅し、セイメイはクリスを家に置きながら、ルカの待つイーリアスへダイブするのであった。
セイメイの心には、大きく刻まれていくのだった。





