第173話「父と子と」
「吠えるというのはまた未熟な愚か者だな」
「お前に母を殺された子供の気持ちなんぞ!わかるわけがない!!」
「しかし、お前は我がベルガモット家の出自で、名をレオナルド・スチュアートと語れるのは、俺がいるからだぞ?」
父と名乗る男はレオににやりと笑い、あごひげをさすっていた。
「その名は、もう捨てた!!俺はレオ・タチバナだ!!」
「ほう?我ら名門ルーヴィヒ家から外れるというのか?」
「死の商人をするくらいなら、俺は日本で身をおいてアンタからの呪縛を解いてやる!!」
黒ずくめに両腕を取られながらも必死に抗い続けながらレオは怒りを言葉にのせていた。
「愚か者が!!あんな小さな国が何ができるというのだ!?」
「あんたにはわからんだろうな?お遊びで母を使い果たし、二人まで子供をもうけて……」
「何をいっている?あれは勝手に気が狂った精神病者だ」
「あんたが原因だろうが!!」
「さぁどうだろうな?俺が日本でのビジネスを成功し、日本を出るとき連れていく予定だった。お前も物心ついてた頃だから覚えていただろ?」
「あんときにはすでに!!他の女に手を出していただろうが!!」
レオの髪の毛をぐいっと掴み、顔近づけた。
「なにが悪い?」
すぐに髪の毛を離し、男は話をつづけた。
「権力!金!容姿!教養!すべてを手にした俺が出来るのだ。その力を存分に使わないのはただのバカだ。お前も、身の丈にあっていない力をお前に譲ろうと一瞬でも思った俺がバカだった。気の迷いというのはかくも恐ろしい」
「そんな力なんていらない!解体してしまえばいいんだ!!」
「その考えが愚の骨頂だとなぜわからん!!今や我がグループのリンク・オデッセイ社の勢いは止まらん。世界に君臨してきたITの王者達と肩を並べるぐらいにまできたんだ。それのどこが悪い!?」
「この国は、人の命を喰らい大きくなった。そこに正義があってもなくてもだ。戦争で大きくなった国が統一を成しえたとき、衰退の一途を辿り、極刑にまでいくことくらいアンタの頭でもわかることだ!」
「それがどうした?先代から受け継いだ貧乏貴族上がりの爵位が、この現代が復活させてやっているのだ!どんな名家・名門だろうと!力がなければ!!嘲笑され、バカにされるだけではないか!」
「そんなことはない!!まっとうにビジネスをすれば、必ず答えは導かれる!そう俺はこの30年近く学んできた!アンタに教わることなくな!」
「そう綺麗事を並べてくるのは、あの母親の血を引いているせいだな?あいつは清く美しい女性だった。しかし、お前を身ごもった辺りから俺への関心が薄れた。それを俺は仕事に充てたまでのことだ。その結果、俺はここまで這い上がってこれた!!地下資源鉱の発掘権!海洋航行権!そして、先々代から負債を抱えていた汎用型人工知能センターで行われた研究で日の目をみた!!すべて!!俺一人の力だ!!」
「アンタは日本領海にある地下資源の発掘権利を手に入れたかっただけだろうが!!そして、母を!!」
「ああ、そうだ。雅子はいい女だった。従来の鉱物、レアアース以上のものに代わる地下鉱源の権利をいち早く交渉し、帝国ホールディングスとの提携を結び、領海内から直接本国へ航路を確保した!!そして、長年温めてきたAGI(汎用人工知能)の発展に寄与してきたかいがあったというものだ!!」
「曾爺様の研究を悪用するとは!!」
「何をいっている?これは研究成果だ!!AGIだけではない。人工意識・意識のデジタルへ再現だ。今もなお、莫大な費用を研究開発を行っている。それには、金が必要だ。金がなければ研究も進まない。他社との競争に遅れをとるばかりだ!!」
「その大義名分で!なぜ軍事転用をもくろむ!?」
「簡単なことだ。国からの莫大な研究費をつぎ込み、やがては世界一を誇示し、U.S.が№1であり、私も№1の座を狙うからだッッ!!」
「愚かな……!!戦争で何もプラスを生まれない!ただ、悲しみと憎悪しか生まない!!」
「だからだ!人工知能を搭載した機械で無血開城を目指す!!」
「そんなことはできない!!その機械で初動の上陸作戦で、無差別殺人という愚かな行為に加担するのか?」
「“争い”というのは、力が拮抗している、もしくは同じような立場だと片方が勘違いしている状態で発生するのだ!」
「何をいっている!?人と人を争わせて何の意味がある?」
「違うな、これは民族対民族の争いから、国対国、主義主張の戦いにまで発展していくのだ。人類は所詮、争いの呪縛から解かれることはない!!だから、AIによる圧倒的な管理が必要なのだ!!」
「そんな身勝手な価値観で……!?」
「よく言えたな?それが人間の傲慢であり、人類は常に共喰いをしている。それにまだ気づかんのか?」
「クッ……だからといって、人類の!文明の発展を!!貴様の手で止めていいはずがない!!」
「止めるのは私ではない。委ねられたAIの判断だ。人類の可能性という造語のまやかしにいつまで浸かっているのだ!?」
「それでも、人間がAIに支配される世界が必ずしも!!正しいとは限らないッッ!!」
男は跪かせている自分の子供をみて、哀れな目をしていた。
「残念だ。俺の息子としては不出来だったということか。これも運命だというのか」
「あんたの価値観においてはな!!俺は少なくとも、間違った方向に進んでいる事を正す事は間違っているとは思えない!!」
「そうか。それがお前の生きた答えか!?」
「AIの力を己のみの思考で支配できると思っている考えは浅はかで傲慢だ!」
「もう、お前と話すことはないだろう!おい、連れてけ!」
「俺も殺すのか!?俺を殺しても、俺のことを心配する仲間がいる!!その仲間が仇をとりにくる!!……くそ!!離せ!!」
暴れるレオを抑えようと必死になっている黒服達のところにちらりと顔を覗かせているに黒い人影が、静かに小さな筒を投げ込むのが見えた。レオは急いで顔を背けて目を瞑る。
ドーン!!眩い発光体が部屋中を光らせると、すぐさま煙幕が部屋中に籠る。そして、ガラスの割れる激しい音が響き渡る。
バン!!バババン!!
銃声が鳴り響く音にレオは地面に伏せて、レオを羽交い締めにしていた黒服達はレオの父と名乗る男を庇うかのように銃撃戦を繰り広げていた。
「レオ!!レオ!!大丈夫!?」
「クッソ!!耳をやられた!!ん?アイリーンか?」
レオの体は一時的に解放されており、地面に伏せていた。肩を担ぎ上げられるとレオは覚えのある肉体であることに気づく。煙幕の中で手探りの状態でアイリーンのふくよかな胸を触り、目を開くと煤汚れたアイリーンがレオの肩を担いでいるのを再確認するのであった。
「こんな時になに触ってんの!!?」
「こんな時に触っておかないと死ぬに死にきれんだろうが……」
そして、発煙筒がさらに焚かれて煙幕が部屋中を包みこんだ。
“ターゲットロスト”
“ターゲットロスト”
アイリーンの耳についているイヤホンには、あの男が突撃の最中に脱出したという事に驚いてレオの顔をみたが、聞こえている様子もないので、なんとか平常を装うことができた。
アイリーンは想い人を安全な場所まで連れていく任務を全うしていくのであった。
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あれから数日後―――、
レオは病院で一日入院をしたが、大したケガもなく平常であると診断され特に心的障害をうけたわけでもないので退院を認められた。
その後、アイリーンから聞かされたのは父の逃亡であった。
死亡者4名、負傷者3名
いずれもボディガードのメンバーだったとされた。
レオは特に驚く様子もなく、病院の建物から沈みゆく夕日に照らされながら浮かない表情をしていた。
「あいつは何の罪に当たるんだ?」
とレオはアイリーンに聞くと呆れた顔で容疑を並べていく。
「殺人未遂及び、国家反逆罪、拉致監禁と……。あげたらキリがないわ。それでも、CIAが入ってきて『待った!』の声を上げてきているわ。そりゃそうよね?軍事開発の投資家を失うようなものだから、映画やドラマのようなFBIとCIAのコマの取り合いになっていくわね」
「そうか、あとリチャードは??」
「リチャードは取り調べがあるんだけど、すぐに釈放されるわ。彼はあなたの協力者であって、逮捕に至ることはないはね。ただ、情報漏洩に当たるかどうかと言われたら……まぁあなたのことを思っての行動でしょうからね。問題ないでしょう」
「そうか。それより、礼を言ってなかったな。ありがとう」
「礼なんかより、今夜、ディナーは一緒にできるんでしょ?」
「そうだな。今はそれぐらいしかできない」
そう言い終わると、アイリーンはキスをしようとしてきたが、ふとレオは思いつく。
「おい、俺もアイツの家族の一人であるのは間違いない。俺の身はどうなる??」
アイリーンは少しすねながらも答えをいう。
「あなたの身の潔白を私が証言しているわ。私の立場を利用したのは、あなたよ?」
「そうか。なら、日本に帰れるのだな?」
「ええ、もちろんよ?その時は私も同行するわ」
「保護観察官がご一緒なら、心強いな」
「そう言ってられるのも今だけよ。レオ……」
日の入りを終えた空は宵の時を迎え、アイリーンがエンジンをかけると、サンフランシスコへ向けてサンノゼを後にしていった。





