第168話「冬の風物詩」
現実に打ちのめされたセイメイは、無様に帰路につく。
たったネット上だけの付き合いなのに、玄庵を傷つけ、尚且つ許しをえてまで掴んだ“やり直し”を果たせないまま終わった。
友人の時もそうだった。結局自分は無力で邪魔な存在でしかなく、無価値に等しい人間だと思えてきてしまった。いざという時に何もできない人間の無力さ・その資格を有さない自分への憤りと情けなさが、波のようにセイメイの心を飲み込み削り取り、また押し寄せてを繰り返しているのだった。
地元の駅につき、自転車を押しながら煙草に火をつけて何度も頭によぎる負の言葉を振り払う。途中、道に面しているコンビニを見てガラス越しに薄っすらと見えるお酒のウォーク(冷蔵庫)に目が行く。
酒に逃げるような人間になってはダメだと己を律する。欲を振り払うように自転車に跨り、ペダルをこぎ出す。
そして、会社と自宅の間に位置する川を眺めることにした。橋の中腹辺りに自転車から降りて川を眺めると、夜の川目に波打つ音はコポコポと静かに聞こえてくる。
―――なんで俺はこんなにも無力でどうしようもないほど使えないんだッ!!
無言の感情が溢れて橋の手摺りに拳を叩きつけていく―――
ゴン!ゴン!ゴン!!
手摺り叩く音は鈍く、骨に響くような痛さが拳に跳ね返ってくる。すると、ケータイがなる。画面を見ると、クリスからの着信だった。
セイメイは誰かに縋りそうな思いで思わず電話に出てしまう。
「ハイ……俺だ…」
「あの…今から会えませんか?」
―――――――――――――――――――
~ 最寄駅改札口付近 ~
セイメイの住んでいる地域の最寄駅
改札口はガランとして、時折冷たい風が吹き抜ける。クリスから電話で一方的にこっちに来るという事で、弱っているセイメイはその行動に甘んじていた。
上下線で何本かの電車が過ぎ、乗客がバラバラと降りていく。また何本かが過ぎていくと、階段から降りてくるクリスはイーリアスのクリスのようだった。セイメイは目を擦ると鎧や武装のものは消え、私服姿だった。クリスは改札に向かいゲートを出る。
過ぎ去るサラリーマンや若者は目で追い、後ろを追う。見た目は相変わらず容姿端麗であり、幼さと大人びた体型が混在した状態でセイメイを探している。腐った生物のセイメイには不釣り合いな女性である。斜に構えクリスを出迎える。
「よ、よぉ。どうした?」
「やっぱり…。ユーグ君から聞きましたよ?セイメイさんが慌ててログアウトしたんだと!慌てふためいていて!城に連絡が入りましたので、私もログアウトしてすぐ連絡しました!」
―セイメイさんの目が腫れている……
クリスはセイメイが泣いたのであろう事を予測したが、敢えて聞かず胸の内にしまい込んだ。
「にしちゃあ、連絡くるまで時間差がありすぎるな。すぐ連絡きたのか?」
「違いますよ。ユーグ君は必死に向こうの?ギルドを説得していたようですよ?無論、ルカちゃんがいるからだいぶ制御できたみたいですけどね……」
「…そうか」
「なにが『そうか』ですよ!セイメイさ……、ううん、今のあなたはセイメイさんじゃなかったですね。それより、なにかあったんですか?」
「んまぁ色々あってな…。詳しい事はどっかに入って話そう」
「それが!あと一時間ほど早ければ良かったんですけどね?みて下さい。“あれ”を!」
駅の改札前にいたセイメイは電光掲示板の時計を見る。
終電がなくなる15分前だった。
「きょ、今日は仕方ありませんね!セイメイさんがどうしても会いたいというので来たまでです!せっかくですから、私が夜食を作りますから!!あぁあと!!変な事したらお兄ちゃんに言いますからねッッ!!?」
「いや、俺はそんなこといっ……!」
「ではスーパーにいきましょう!!一人暮らしで自炊してないでしょうから!私が腕によりをかけますっ!!」
セイメイの声を遮る様にクリスは強引に話を進めた。
~スーパーマーケット~
最近のスーパーはコンビニのように24時間だったりする。それは忙しい日本人の勤務時間に多様性を見出したからだ。セイメイとクリスはセイメイの家に近いスーパーマーケット入っていた。
食材を物色するクリスを横目に、セイメイは少し昔の自分と過去の恋人と重ねてしまった。
『そういえば、今日はあなたの好きなもの作るわね?』
過去の恋人がよぎっていく。それは淡い恋の場面の切り取りだった。
別に未練があるわけではない。そんな経験をしている男は世の中にごまんといる。もしされていないのであれば、自分の為に料理でもなんでも尽くしてくれる女性には愛情を注ぐべきだ。セイメイにはそれが叶わなかった時がある。その事に少し後悔の自念が存在し、生まれては消えていくという心境にあった。
「あ、夜ですからあまり重たいものはやめときましょうね!御飯とか炊いてあるんですか?」
「ああ、いや、冷凍して保存しているからそれを温めれば……」
「じゃあ、雑炊にしましょうか?土鍋とかありますか?」
「あるぞ?一人鍋をよくやるからな」
「うわ。独身男性独特の一人飯ッ!」
「おいうるせーぞ。好きでやってるんだ!」
「はいはい。今度から一緒にやりましょうね?鍋パ!」
「な、なべぱ??」
「お鍋でパーティーですよ!お兄ちゃんはすき焼きが大好きなんです!だから私も一緒になって食べてますよ!?」
「なんか、食材とか豪華そうだな。まぁいいけどよ……」
「まぁまぁ!いいじゃないですか!お!シャケの切り身がこのお値段!値下げもされています!これなら、塩焼きから何まで作れますね!?」
「魚料理ていうのはあんましたことないなぁ…」
「じゃあ今日は“シャケ茶漬け風雑炊”にけってぇーい!!」
スーパーの中で、はしゃぐクリスを横目に辺りを見渡すと夜のせいか誰もいなかった事に胸をなでおろした。
~セイメイの家~
「お邪魔しまー……うわっ汚ッ!!」
部屋には脱ぎ捨てたままの服やゴミ回収日に出し忘れたゴミ袋が散乱していた。
「お前、男の家に上がるってことはこういうことくらいわかるだろうよ」
「ゴミは片づけてください!えーっと、明日なら今日出しても同じですから……、外のゴミ収集の大きな箱にいれてきてください!!あと着たものを…そのまま脱ぎ捨てて置く人がいますか!?」
冷蔵庫に貼ってあるゴミ回収の一覧をみながら買ってきた買い物袋から飲み物などをしまう。
「ここにいるぞ?」
「そうじゃなくて!いいから!洗濯カゴに入れて明日洗濯機を回してください!夜中だとご近所に迷惑ですから!!」
「はぁ~ったく…。親みたいな事をいうんだな」
「まぁったく、男の人のガサツさは王道中の王道すぎます!って!これ……!!」
テキパキとあらかた冷蔵庫に買い物した品をしまい、Tシャツなどの服を玄関近くにあった洗濯籠を引っ張り出して拾っていたクリスが硬直していた。セイメイが気になってみると、そこには畳んであった洗濯物の山が崩れてトランクスが横たわっていた。
「ああ、トランクスか。それがどうした?」
「ふ、ふ、ふ、ふふふふ不潔!!!きたなーーーーい!!」
「バッカ!綺麗だよッ!!洗濯し終わったやつだよッ!!」
「じゃ、じゃあなんで!タンスとかの引き出しに入れておかないんですか!?」
「あーもう!取り出すのがめんどくさいから畳んだ山から取り出す習性になったんだよ!!」
頭を掻きながらセイメイは言い訳を述べた。
「まっ!紛らわしい事しないでください!!」
「勝手にあがってダメ出しするお前に言われたくないわッーーー!!」
そんなどんちゃん騒ぎを終えて夜は深けていく……
部屋を片付け、ゴミを出し終えたセイメイは、フローリングを拭き出し見た目だけは綺麗にした。
ある一定の水準まで汚れないと掃除しないという習性なのも一人暮らししていると癖づいてしまうのだ。
また勝手口に立つクリスを横目に、セイメイは炬燵に入りTVをぼーっとみていた。
「あ、セイメイさん?出来上がりそうなので、炬燵に小皿の用意や鍋を置く鍋置きを作ってください」
「なんで鍋置きなんか必要なんだ?俺はいつも置き型コンロの上だぞ?」
「え??そんなのあるならなんで先に言ってくれないんですか!?」
「言う機会がなかったんだよ!!あああーーーーもう!!今出すから待ってろ!!」
「セイメイさん!ずぼらすぎません??なんでもめんどくさがってる気がします!」
「じゃあ覚えておけ!大半の男のみならず、老若男女問わずめんどくさがりの生き物なんだよ!人間ってのは!!」
そういうと、台所の上からコンロを取り出しテーブルに設置する。
「これでいいだろ?」
「ふっふーん!これはこれで雰囲気出ますねぇ~。古き良き時代の日本の食卓風景といいますか。私には画像でしか知らない日本の風情ですねぇ~!!」
「お前んちだって鍋やるだろ?鍋って言ったら炬燵で家族団ら……すまん」
―――クリスの家は家族がバラバラになっているんだ。時たま帰ってくる兄、アイオリアと囲む食事は限られてしまっている。食事は家族で囲むのが世界中どこでも存在しなきゃならない。だけど、クリスの家はそうじゃなかった。
「ああ!いえ!大丈夫ですよ!?お気になさらずに!」
「気が廻らなかった。お前を傷つけるつもりはなかったんだ」
「気にしてませんし!それにセイメイさんとこうやって鍋を囲めるギルメンは私だけ唯一無二の存在になり得たわけですから!!鼻が高いです!」
「元々お前の鼻は高いだろ?血筋的に…!」
「そういうツッコミはいらんのですよ!」
「お前ってやつは……」
「ささ!!食べましょう?美味しいですよ~!」
「味見したんだろうな!?」
「料理の腕はシェフと同格ですぞ?マスター?」
ギクッ
ドヤ顔で返すという予想しえない返しにセイメイは戸惑ったが、ゆっくりと茶碗に雑炊をうつし、湯気立つ白米の石畳に微かな冷たい風を送り込む。レンゲは一つしかないため、箸で口へかき込むように流し込んだ。
熱い!だが、はふはふしながら食べる雑炊はなんともおつなものである。
「どうですか?美味しいでしょ?この料理は割烹料理店の店長から教わったシャケ茶漬け雑炊なのです!」
「ああ、美味しいよ。これなら毎日でも食べたいな」
セイメイはもう一杯とレンゲを掴み雑炊を集めて掬っていた。腹を満たしていくセイメイは少し落ち着きを取り戻しつつあった。そのセイメイの横顔をみてクリスは笑顔と嬉し涙を浮かべながら鍋を囲っていた。
鍋の湯気で誤魔化す様に涙を拭き取り、クリスの心はセイメイに寄り添っていた。





