第167話「届かぬ思い」
地面に衝撃波が走り、セルは目を瞑ってしまう。
しかし、フェンリルの前足はセルの身体をすり抜けていた。
それは攻撃を受ける直前にピッと触り、防御態勢をとっていた。
目を開くとすり抜けている自分の身体を確認し、すぐにその場から離れた。フェンリルから距離を取る様に逃げだすと、フェンリルはセルも見つめたまま追いかけるのをやめ、反対方向に歩いていくのだった。
「な、なにが起きたんだ?」
呆然と立ち尽くすセルは、ふと思いPTの一覧を開き確認する。
そこには、スカルド、ソロモンの名前が連ねてあり、その横には“ヒルレイン”という見慣れない名前があった。
周囲を見渡すセルへ近づく一人のプレイヤーがいた。
「おい君!!君は…死にたがりなのか?」
「あぁん?誰だ?テメーは……?」
「命の恩人に向かって“テメー”とは失礼極まりないな?よくこんなのとつるんでいられるな?スカっち?」
「スカっち?」
セルは見慣れないプレイヤーの見る先にスカルドとソロモンが立っていた。
「おまえら……なんでここにいる!?」
「そこにいるヒルレインは昔の同僚よ?狩りをしているところに私たちが走り込んで、モンスターを引っ張った事で偶然出会ったのよ」
「あ~。横狩りだと思われたのか?」
セルはチラッとヒルレインをみた。するとヒルレインはムッとした顔で睨み返した。
「まぁそんなところだよ。横狩りは流石に狩場争いの発端、初期動作だからね。追いかけてみたら見覚えのあるエルフが……!ヘンテコな魔術師…いや、ネクロか、そいつと一緒にいたので状況を確認したのだよ」
「ヘンテコは余計じゃぞ…。嬢ちゃん……」
「これは失敬、オケアノス、グラマス代理でしたね。ていうか…、なんでそんな恰好なの?もっとカッコイイアバターとかあるじゃない?なんで、ヘンタイ魔導士みたいな恰好を好んでいるの?」
「ネクロマンサーといったら、おどろおどろしいが定番じゃろ!?そのイメージじゃ!」
「ふーん。なんか、変わっているね?この人」
「変わってる!?じゃと!?」
「いや、すまんオッサン。流石にそこは擁護できんぞ?」
「まぁ言われて当然ですわね……」
ソロモンは肩を震わせていたが、次の瞬間何かを吹っ切れたかのように騒ぎ出した。
「いいもんいいもん!!わしゃ極悪非道のネクロマンサーになるもん!!」
「うわ……拗らせちまった」
セルは頭を抱えてしまった。
「はぁ……こんなんで…ヴォルフガングと対等に話が出来るんですの?」
「え?うちのマスターと話するの?」
「そうですわよ。プレミアの暗躍があるとの情報を聞いたのでね」
「え?」
ヒルレインは少し戸惑いを見せていたが、すぐに平常に戻し会話を続けた。
「それで、なぜオケアノスが関わってくるんだい?少し気になるね」
「あぁん?そもそもお前はそっちのギルドの役職はなんだよ?三下に話す内容じゃないだろ?」
「副マスだよ。一応ね……」
「ちょちょっと!なんでさっきから喧嘩越しなわけ?」
「いけ好かねーんだよ。恩着せがまし態度とか色々とな。鼻につく!」
「……」
「おい、なんで反論しない?はは~ん、言い方がきつすぎて泣いちゃったか?だったら副マスなんてやめちまえよ!」
セルはイライラしながら、ヒルレインの肩を押す。
「ああ…そうさせてもらう予定だ!!」
セルの手を払い、すばやくPT解除をするとPKをオンにする。スピアーを出し、セルに向かって攻撃態勢をとり、攻撃を繰り出す。
「本性出しやがったな!?テメー!!」
ヒルレインの攻撃をヒラリと躱しながら、セルは小刀を抜き暗器を持ち戦闘態勢を取る。
「ちょっと!セル!!あなたにも言いすぎている部分があるわよ!!」
「ああ??お嬢様言葉どこいったんだテメーは!?」
「君は…君達は…!!イザヴェルをどうするつもりだ!?」
激昂するヒルレインをみて、ソロモンはセルとスカルドの間を割って入ると同時に前に出る。
「同盟関係を結びたいと思っている」
「な、なんだと!?」
「我々はまだまだ弱小の成り上がりのギルドに過ぎん。セントラルを獲れたのは奇跡に近い。それでも今のメンバーが苦労した結果だ。それを外敵にみすみす渡す事はしたくないんじゃよ」
ヒルレインは黙ってソロモンの言葉を聞き入っていた。
「お主が……、いや…わしらは自分達の仲間のためにログインして一緒に楽しんでいる。お前さんは何のためにログインして楽しんでいる?自分が強くなりたいからか?そこに、気の合う仲間は不要なのか?わしらはそういう感じでギルドを作っていないから、いわゆるガチ勢の殺伐とした空気はわからないのじゃよ」
しかし、他ギルドであるソロモンの言葉はヒルレインには届かなかった。
「……悪いけど、落させてもらう!!」
聖銀の槍がスピアーが白く光り、夜を照らす!
セイクリッドエンスラー!!
ドォォォーーーーン!!!
―――いきなりスキル発動させて、通常攻撃のコンボの“刻み”も無しかよ!!?
衝撃波を受けながら、刀でキリキリと槍の攻撃を受け流そうとしていた。
「やめなさい!ヒルレイン!!」
「スカっちにはわからないんだよ!ボクの事なんか……!!」
「でも!!あなたには……!!」
攻撃を受け流したセルは、吹き飛ばされながら空中で態勢を整えるとすぐさま暗器が投げつけ、ヒルレインの盾に突き刺さる!!
ガシィィィン!!
「チィィ!!」
スカルドとソロモンは戦いを止めるためにPTを解除し戦いを止めようとするが、セルへ攻撃をするにしてもヒルレインにも当たってしまう。この状況に手も足もでないのである。致し方なしとソロモンが二人を倒してしまい兼ねないと思いつつも、状況を打破するためと指輪に手をかけ悪魔召喚をする寸前に、一閃の矢が二人の目の前を横切る!!
シュパーーーン!!
矢は血走って睨み合っている二人の視線の間を走り去っていった。矢が放たれた方向に目線を向けると、そこにはピピンが弦を放し弓の残身をしていた。
そこに大きな巨体が空から落下してくる影を一瞬感じたが、セルは避けれる合間なく背中へのしかかる。
―――クッ!このスタンピングマウント!!あいつらか!?
巨体は一瞬の出来事で怯んでいるヒルレインに向かって突進を行い首を鷲掴みにする。
「うっ……」
もがこうとするとその身体は地面へと叩きつけた。
「ぐはっ!!」
硬直とダウンのCCが入り身動きが取れない!!
ヒルレインが瞬きをした次の瞬間には大きな斧が目の前に大きく振り下ろされていた。
「おい、ソロモンのオッサン!ちと、俺らを蔑ろにしすぎじゃねーか?」
ソロモンはふーとため息をつくと頭をかきながら礼をいっていた。
「カルディアか!すまんの!大事にするわけにはいかんのでどうしてもな……。ストッパーがいるのといないのでは大きく違うんのぅ!がははは!!」
「…ったく、俺らがいなかったら、どうするつもりだったんだよ!?」
「だぁーもう!悪かったの!」
「それより!あなた達、どうやって私達に追いついたの?」
「あん?オッサンたちがいなくなったって聞いて急いで後を追ったんだよ。いい具合にMOBが討伐されて、ここにいるフェンリルどっかいってたし、あとを追うのに苦労しなかっただけだよ」
「いててて……」
起き上がるセルへピピンが弦を引く。
「おい、テメー。好き勝手やってんじゃねーか。こいつはなんなんだよ?」
「あぁん?そいつからPKかましてきたんだぞ?俺はどっちかというと被害者だ!」
「まぁ…一理あるな。現に俺らにはPK表示されてない」
カルディアは状況を把握していた。
「で、このヴァルキリーさん、ぶっ殺していいのか?」
「や、やめて!!話がこじれてしまう!!」
「あん?こいつになんか未練かなんかあるのか?」
「昔の仲間なのよ。色々あって…」
「おいおいおい!煮え切らないなぁ!!」
「まぁ、あれじゃな。これだけ囲まれてPKをしかけて得することはないからの。放してやろうぞ?」
ソロモンがカルディアにいうと、それもそうだといい、ヒルレインを開放した。
「チッ!命拾いしたな?おめー…」
セルは苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。しかし、ヒルレインは武器をしまうことはなかった。
「ボクは…!それでもあなた方をヴォルフガングに合わせるわけにはいかない!!」
ヒルレインは改めて武器を構えた。
「往生際が悪い奴だな!カルディア!ピピン!お前らが止めたのが無駄に終わるなぁ?」
セルは恨み辛みを込めた表情を投げるとカルディアとピピンは不快な思いを怒りに変換し、ヒルレインにぶつけようとしていた。
圧倒的な力の差がある中で、蹄の音が聞こえてくる。それはひとつだけではない。二つ三つと徐々に増えていき、やがてソロモン達を囲むようにし、闇夜の隙間から馬の顔が覗きだした。
辺りには日が昇り、その姿を現すこととなる。
「我々はイザヴェル騎士団、副長のアーカードだ。お前ら全員生きて帰れると思うなよ!?」
囲まれたソロモン達はなすすべもなく、立ち尽くすだけだった。
さきほど飛び立った怪鳥達はグルグルと迂回しこちらの様子を伺っていた。





