第165話「灰銀色の体毛」
~ユグドラシル・最南エリア~
道を歩く三人のプレイヤーがいる。セル・スカルド、そしてソロモンだ。
イザヴェル騎士団のヴォルフガングに会いに旅を始めていた。時折でてくるMOBのモンスターを倒しながら、進めていく三人は目的地へ向かう。目指すは首都のあるアースだ。その語源となったガルズへ向かっていた。
「まぁおまえらならこの辺、一帯はソロ狩りじゃあ物足りないだろ?」
「そうね。近接攻撃に切り替える必要性がなくてもよくってよ?」
「わしゃ、通常魔法でヒーヒーじゃぞぃ!!?」
ソロモンは魔法を連発しながら回避していたせいか、少し動きが鈍くなっていた。
「おいおい……、そんなんだったら召喚でもすりゃいいじゃんかよ。召喚獣の魔法で一掃してくれた方が大分楽なんだがな?」
休憩をしてスタミナ回復をしているソロモンにいうと、ソロモンが呆れたようにセルへ言い返した。
「ワシが召喚獣……、悪魔を召喚すれば、動きが更に鈍くなるじゃろうが!」
「別にいいよ。俺らの手間が省ける」
「ったく、経験値やドロップもあるだろうよ……」
「そりゃPT振り分け設定してあるから大丈夫。PT解散すれば、自動的に振り分けてくれるから。それにレアドロップがあったら、それは話し合いか、まとまらなければ取引所に流すかの二択になるからな?」
「貧乏くじを引かせようとしよってからに……」
「まぁ、バックアタックの危険があれば、俺がカバーリングするから大丈夫だよ?ははは!!」
セルは笑いながら道中を進んでいった。
「まったく、お気楽なやつじゃな」
ソロモンはスタミナを回復させると再び歩き出した。
ポツンポツンと生えていた木はやがて林となり、いつの間にか森へと景色を変えていった。
~魔獣の森~
ここはフェンリルが治めるエリアだ。時折、出没してはプレイヤー達の手を煩わせてくる。
システム上、フェンリルを倒す事が出来るイベントはギルドクエストを受けて、倒し宵闇に帰す(撃退するといったイメージの方が強い)と報酬がもらえるという内容のシナリオだ。だが、通常時は往く手を阻み旅の邪魔をするというランダムイベントだ。
フェンリルが出るのは、夕方から朝方にかけての夜時間のランダムポップである。撃退方法は特にない。つまり、逃げ一択のイベントだ。
日は落ち、山が焼ける様に赤かった。ソロモン達は、イーリアスの時間帯はその時間帯にかかろうとしていた。
「ここのフェンリル倒した事ある?」
スカルドがふいに口にしてきた。
「ないし、お前フラグ立てんなよ。今は構ってられないんだぞ?」
「そうじゃな。今は先を急ぎたい。今回は馬を使う事をしていない。いつでも身を隠せるようにしたいからの!」
「これ、でてきたらメンドクサイわよね?」
「俺はこっちの方に何度も通ってたからわかるが、息を潜めればやり過ごせたぞ?」
「どうやってやり過ごすの?」
「俺ら忍び系は、“霧隠れ”が使えるんで、それでやり過ごせていたのさ。あんなモンに構ってる時間がもったいないからな?」
「ちょ!ちょっと!私達はどうなるのよ?」
セルが少し悩んで“あっ”と気づいた。
「まあ~君達は必死に逃げるんだな」
「ちょっと!身を隠すって!!?白い霧しか出せないんだけど!!?」
「じゃが、あれは存在があるけど、当たり判定がでないというシロモノじゃがの」
「じゃああなたどうするおつもりでしたの?」
ソロモンは道具袋からゴソゴソと取り出した丸い玉のようなものを見せていた。
「ほい。けむり玉」
「ほいじゃないわよ!!これ!範囲と効果時間は!?」
「そうじゃの2~3分じゃないのかの?」
ソロモンはシステムでアイテムの詳細を確認していた。
「だとしても!!目的場所までどれくらいあるのよ!?」
「1500といったところか?」
「まだ結構あるじゃない!?無傷で通過できると思って??」
「一応、3つはあるぞぃ?」
「それ……三人分とか言わないでしょうね?」
「いや、そのつもりじゃが?そもそも使う予定はなかったからの」
「ちょっと!!ここの仕様は把握していたんでしょうね!?」
「まぁセルもお主もおるから安心してたんじゃよ?ふぉ!ふぉ!ふぉ!」
ソロモンはのん気に如何にもいそうな爺さん役のセリフを吐いていた。
セルは頭を掻きながら、舌打ちをしていた。
「まぁ爺さんが一番足遅そうだからそれは全部使いなよ。問題は骸骨だ。てめーはどうすんだ?」
「まぁた!それの言い方を……!!私は自衛しますわッ!」
「まぁ白い霧の間は攻撃されても問題ないが、効果終了の後はどうすんだ?攻撃対象になるぞ?」
「うっ……!!」
「その時はワシがけむり玉をうつでいいんじゃないかの?」
「はぁ~。あのな、けむり玉はあくまで目くらまし。俺の霧隠れや白い霧とちがって、闇雲に攻撃した場合でも当たれば、攻撃判定が有効になる。それをわかっているのか?」
セルは頭に手をあてて頭をもたげながらいった。
「まぁ、無いよりはいいがな。そもそもランダムポップだ。出てこない事を祈ろうぜ?」
一行はフェンリルの出る森へ深く進んでいった。
ザザッザザッ……ザザッ……
――なぜ、魔獣の森にフェンリルが存在するかというと、このユグドラシルへの北伐を侵攻しようとしたセントラルへの防衛策として、妖精王ユグドラシルが配置したと言われている。
争いを好まない妖精王は、色々なところにトラップを仕込むように幻獣達を配置している。その一つがフェンリルだ。基本、この世界は馬が必要でありそれなりの旅には馬はうってつけなのだ。しかし、お忍びで国境を跨ぐような事は馬では向かない。
例えば、アカネは馬に乗ると周囲に警戒が通知されるようになっている。
但し、馬から降りて歩く分には周囲の警戒は発生せず、やり過ごす事が出来る様になっている。また、以前も紹介したが、国境を跨いでしまえば、アカネは解除され再入国まで時間を待つことになる。
道はあれど、時々、道と道との切れ目がある。それは草や砂利がその切れ目を作っている。目で追えば、道は薄っすらと浮かび上がる程度の道だ。
日も暮れて夜時間に入って程なくして隆起のある道を進み、時折聞こえてくる狼の遠吠えに過敏に反応していった。
「ちょっと……これ、出るんじゃないの?」
スカルドは少しずつ怯えながら、二人に問いかける。
「お前……、フラグ立てるの好きだな~!あれか?フラグ立てないと死んじゃうのか?」
「違うわよ!!リスクを……!リスクマネージメントですわッ!」
「それ…リスクマネージメントと言わねーよ……あれだ!その衝動はまるで泳いでないと死んじゃう魚か?」
「それをいうなら回遊魚じゃろ?まったく、最近の若いモンは……」
ソロモンは呆れ顔で二人を窘めた。
「お生憎様!そんなんじゃありません!それに回遊魚の中でも回らないと死んじゃう魚の方ですぅ!!」
「そういうことじゃねーわ!!お前はマグロかカツオかってことだよ!」
「はぁ??」
「まぁ?女だからマグロが良いところだな!はははははは!!!」
「はい、それセクハラ発言。あんたよく会社で訴えられないわね??」
「会社じゃ真面目だからな!これくらい外では言わせてくれってんだよ!!」
「だからって!あたしに言わなくてもいいでしょ!!??」
「おまえら落ち着けって!!こんな時にフェンリルに遭遇したらどうすんじゃ!!?」
ソロモンが言い合いをしてヒートアップする二人を止めようとすると、後ろから黒い影が忍び寄ってきた。
制止を振り切ってガミガミ言い合う二人は、ふと視界が暗くなった事に気づき、ゆっくりと横目で光を遮る夜陰へ目をやると……
フサフサした毛並みをした前足と鋭利な爪をみた。そして、ゆっくりと顔を上げると、月光を浴びている大きな狼をみた。
それは美しい灰銀色の毛並みをし、薄っすらと冷気を帯びていた。
それ見た三人は口をあんぐりとあけて驚きと恐怖を感じていた。
三人はゆっくりと後ずさりをするが、フェンリルは久々の獲物、または玩具があると思うような喜びの遠吠えをする。
ア゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオォォォォーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!
地響きが起こっているような鳴き声が響き渡り、背筋が凍りそうな冷気を口から息を吐くごとに出していた。
「久しぶりにみたぞぃ……こんなデカい化物は……!!」
「か、感動している場合じゃなくってよ!?」
「ったく……どっかのバカ女がフラグたてっからだよッ!クソッ!!」
セルは捨て台詞を吐くように、霧隠れを使用し姿を消して先へ急ぐ。
「おい、スカルド!霧をだせぃ!!」
「あ、はい!!!」
スカルドの手から瞬時に魔法陣が出ると、一気に放出し辺りは白い霧に包まれ、三人は先を急いだ。
その場を後にする一行は逃げる様にガルズへの道のりを全速力で走りだした。
フェンリルは目を細めて、大きく息を吸い込むとスカルドが唱えた白い霧へ向かって飛び込んでいった。
月の光に輝く銀毛は美しいほど怖かった。





