第164話「サンノゼ」
レオとアイリーンは、リチャードの弁護士事務所に向かっていた。
防弾ガラスに拳銃の弾が埋まったまま、車を走らせている。道行く人々は見ても見て見ぬふりをしている。それは面倒事には“我、関せず”というスタンスであり、それが湾曲してかそれも自由であるという事なのだ。
ことさらサンノゼについてからは、少し雰囲気が変わっているのだ。
~サンノゼ~
スペイン語で【聖ヨセフ】を意味する。スペイン語の発音では“サンホセ”だが、英語の発音では“サノゼイ”“サンホウゼイ”など言い方が異なる。
ここではサンノゼと表記するが、ガイドブックによってはサンホセの表記になるので、その辺りはその時代の言い方で理解してもらえればいい。ただ、間違いなくこの街は“シリコンバレーの首都”という別名があるのを忘れてはいけない。なぜなら、半導体・コンピュータ関連の産業の街だからだ。そして、治安も全米一位の治安の良さを誇る。
レオはこの街が好きだ。人生のどん底にいた時に、学生時代のリチャードが声をかけてくれたことに始まる。
リチャードはどん底のレオに声をかけて、マネジメントを依頼することから始まった。元々、学生時代から仲が良かった二人はこの街で住む事になった。そう、あのメアリーと共に……。
それからというもの、その縁があってかこの街に住む事になっていた。それは卒業から7年後の話だ。
それは留学と共に国籍をアメリカに移した時の事である。日本国籍でもあり、アメリカ国籍も有するレオは、アメリカの国税庁IRSに試験をパスするまでに色々準備が必要だった。
父方の戸籍に入り、留学という形から通常の学生に戻した事。試験問題や試験形式のサイコメトリックス分析などありとあらゆる試験をパスしていった。
卒業後は一時期ワシントンD.C.に勤務となり、この州を離れた。
だが、それをわずか5年でやめてしまった。それはあまりにもIRS内におけるスキャンダラスな案件に辟易し、それを理由にやめたと本人は口にする。そして、死んだ母の国、日本に残したクリスに会うまでにやるべきことを済ませ、それを完了させると共にアメリカを離れ、日本の国籍へ戻し、二度とアメリカの地を踏むまいと決意したのだった。
しかし、こうやって踏む事になったのには、AIの軍事転用だ。
それはそれでいい。世界に誇るアメリカの軍事力が世界警察というのも世界規模で考えればさほど悪くはない。だが、あの小さく広大な世界で暗躍しているというリンク・オデッセイ社の噂がどうもきな臭い。それに実の父が一枚噛んでいるという情報を耳にしたのが、つい去年の話だったのだ。
もし、いや、いつか来る『臨界点』において、AIがこのまま進めば軍事どころか国の中枢をAIに乗っ取られる危険性があるのを知っているはずなのだが、どこか引っ掛かる。
一企業が軍事産業に加担するのは、ごく当たり前の国ではあるが先ほど言ったAIの暴走の一つ、AIに軍事力を乗っ取られるという危険性を軽視している。もしくは、それを促しているようにしか思えない。お偉いさん方は何を考えているのか、レオには皆目見当がつかないでいた。
サンノゼについたレオは、日本人のいる日本町のはずれに構えているリチャードの事務所へ向かった。
交差点の角にある入口に入り、3階に登る。窓から差し込む日差しが廊下を照らし、目当てのフロアにつくと、ドアはひとつしか無かった。
ノックしようかと思ったところ、うっすらとドアが空いていた。
レオとアイリーンに戦慄が走る。
レオは手でサインを送る。
アイリーンは銃を出して、突撃のサインを出すが『ドアを開けて様子を見ろ』と手振りで伝えるが、よくわかっていなかったので、手を出し待てのサインを送る。伝えてからドアを蹴り開けて部屋の様子を見る。
だが、リチャードの事務所は荒らされた状態ではあったが人気がなかった。
部屋を物色した様子を探りながら、リチャードのデスク部屋に辿り着くと、特に酷く荒らされていた。
「ひどい有り様ね」
「ああ、アイツは関係ないのだが、関係者だと思われたようだな」
レオは何か手がかりとなるようなものがないか、物色していた。
これだけ散らかっていると、恐らく目当ての書類またはデータがないと思われる。
「クソッ!手がかりとなるようなものが無さすぎるッッ!」
苛立つレオを宥めるようにアイリーンが落ち着かせる。
「落ち着いてレオ、私を誰だと思っているの?」
「FBIの穀潰しだろ?」
「そんだけ、嫌味の冗談が言えるなら、まだ諦めてないようね?」
「いや、実際にはお手上げ状態だよ?」
「あーら珍しい!学生時代はそんな弱音を吐いたこと無かったのに」
「俺の学生時代なんか知らないだろ?」
「知ってるわよ。一応、後輩なのよ?私は」
「おま……まさか!いたのか?あの大学に!?」
レオは学生時代の思い出の中にアイリーンがいたことを知らずにいた。
「まぁ驚く事はないでしょ?あの時は地味な子だったし、あなたと話した事は1回くらいよ?」
「嘘をつけw俺は知らんぞww」
「でしょうね?1回だけだもの」
「いつだよ?」
「本当に覚えてないのね?私が廊下で教科書を落とした時に拾ってくれた時よ?どう?覚えてない?」
ため息混じりに渋々答えた。
「いや、覚えてないよ……ごめん」
「謝らないでよ!それより、話が脱線したわ。手がかりなら、もう見つけたわ」
そういうと、本棚の奥にある壁の色を見てと言ってきたのでレオは恐る恐る投げ捨てられた本棚の壁をみる。
「ここ。色が他のパネルの色と違う」
「ああ、本当だ」
「見てて??」
壁一面に立てられた本棚がゆっくりと分割して動く。
そして、人1人分ほどの隙間に入れるようになっている。
「か、隠し通路?」
「どうやら、あなたの親友は推理小説やスパイ映画がお好みのようね?」
「お前、リチャードのデータでも持っているのか?」
「ん~多少は!って事にしとくわ。これはある種のプロファイリングのようなものよ?」
「なんだって?」
「みて。この部屋の作り。どこかで見たことない?」
部屋をぐるりと見渡すが特に何も無かった。
「わ、わからないよ」
「そうねぇ。リチャードはイギリス系の母とイタリア系の父方の家系のようよ?そして、幼少期は母方の家に預けられ、イギリスで過ごした。そして、彼の祖父は無類の007好き、毎日スパイ映画を観ていたようよ?」
「おい、お前……!!」
「あ、これは私の事前調査に過ぎないわ。これくらい知っておかないとね?特にレオの周りは特にね♡」
そういうとウィンクをして何かを誤魔化すように隠していた。
そして、恐る恐る隠し扉の向こうに入ると、1本のポールが立っていた。
「レオ!気をつけて床がないわ!」
レオは下に、目をやると1階、もしくは地下にまで落ちれるようになっている。
「ここでポールダンスを練習していたわけではなさそうだな。趣味だとしたら、アイツらしくないな」
レオはリチャードの失踪を追いかけるため、降りようとポールを握りだした。
「さて、俺と一緒に地獄へ落ちてくれるか?」
「え?な、なにをいってるの?」
「冗談だよ。ついてこい!アイリーン!」
そういうと、レオはレスキュー隊の出動するかのようにスルスルと降りていった。
~地下道~
ピチャン……ピチャン……
どうやら、レオは地下道に降りたようだ。そこには人が1人通れるかのような広さの管の中だった。ポールは天井と同じ高さでカットされている。通常定期点検で回るロボットや年に一回見るぐらいの人間は天井を見ることは無いだろう。
アイリーンも降りてきてくるが、体制を崩した。
「危ない!」
ドサッ!
レオはアイリーンを抱えるように受け止めていた。
「大丈夫かい?お姫様?」
「ちょ!ちょっとからかわないでよ!」
「なんだよ?リクエストされたのかと思ったよ?」
「いいから降ろしてよ!」
「はいはい」
レオは腕からアイリーン降ろして周りを見渡した。
「匂いがすごいなぁ……」
「下水?」
「いや、これは電気の配線だな。みてみろ、アナコンダみたいな太さの線がいくつも束にされているだろ?」
「これが電気の線なの?」
「ああ、他にもインターネット回線やら他の回線も配線されている」
「で、どっちにいく?」
レオは再度、周りを見渡した。すると、微かに足跡のような痕跡をみつけると、つま先の型がある方へ目を向ける。
「どうやら、あっちのようだ」
うっすらと照らしているペンライトは、暗闇を映し出していた。
その暗闇を掻き分けるように2人は歩いていくのだった。





