第163話「無力者」
~ 天穂村 ~
セイメイは玄庵の身体を雲海ギルドのギルドハウスへ戻すと、既に雫はおらず、残りのメンバーのみがいた。
そして、セイメイにつっかかっていく者がいた。
「貴様ッッ!!恩を仇で返すのか!!?」
「おい、おちつけよ。俺は何もしちゃあいない」
「じゃあなんでこんなことになって雫まで落ちていんだよ!!」
「それがわかったら苦労していない!それにみろ!PKモードオンにしていないし、何よりも未だにPTを組んだ状態だ。これでどう殺すっていうんだ!?PTには相手の承認がないと無理だろ!?」
「クッ……」
雲海ギルドの大男はセイメイの胸倉を掴んでいたものの、怒りをぶつける先もみつけられないまま、憤慨していた。
―セイメイさん、私に許可をください。
ふと、wisが飛んできた。それは、蓬華から戻ったルカの声だった。
―なんだ?
セイメイはこめかみに指をもっていくのを、回りに悟られない様にチャンネルを合わせた。
―玄庵というプレイヤーの情報を確認しても良いか許可を頂きたいです。このままでは埒が明かないです。
―ダメだ!個人情報を抜くような事をすれば、お前が消されるだろ!?
―痕跡はいくらでも消せます。それに、端末に情報がある以上、私のような能力をもっている者には、簡単にわかります。
―なんとも情報に関するブロックする壁が甘いのだろうか!脆弱性がここにあるとはな。
―いえ、これはあくまで個人情報の設定を確認したのち、別の回路を使ってオンライン上にある個人情報を照合するだけです。どこまで本人のデータかはわかりませんが、整合性をとることぐらいはできます。
やらせてください
―はい、そうですかと俺が言えるわけないだろ?
―では、私が勝手にやったことにしましょう
―お、おい!!
それは瞬きをするのが面倒だと思うほど時間しか要してなかった。
―出ました
―はっや!はやすぎるぞ!ルカ!
―本名は伏せた方が良さそうなので伏せますね
―ああ、そうしてくれ
―年齢は?
―年代だけでいい。
―80代、男性です。
―!!な、なんだと!?
セイメイは焦った。よもや、老人がこんなフルダイブ型のVRMMORPGをやるなんて思ってもみなかった。
―つ、続けてくれ
―職業は、無職。居合の元師範代であり、格闘家だったようですね?
―んな、バカな!!
―まだ、続きます。患った病名を病院ネットワークのアカウントを作成してみる事も可能だったので行いました。
―閲覧したのか?
―ええ、だめだったでしょうか?
―そこまでする必要性あるのか!?
―年代をみてからもわかると思いますが、ニンゲンの寿命でしょうね。ましてや、日本という国では中々の長寿でありますから
―そうだけど!!それにしたってまずいだろ!?色々と!!
―まぁ既に終えた事なので、続きます
ルカは第三者が知ってはいけない個人情報を抜きとり、ましてや、そのことが公になれば取り返しのつかない事になることを知らない。知っていても自分は壊されるだけ、消されるだけ。という、あまりにも単調的な思考をしているようにしか思えないのだ。セイメイは良心の呵責で心を引き裂くようだった。
セイメイは自分が提示した条件で、玄庵の情報を知り得るだけ知り得た。
玄庵が動かなくなる前に吐いたセリフを思い出す。
“俺はもう先が長くない”
それを脳裏によぎると、ユーグに話しかける。
「俺は、ログアウトする」
「え?もう??」
「ちょっくら!やらなきゃいけないことがある!!」
「え?え?ええ?」
「雲海ギルドの諸君、また明日ここで会おう。私は、玄庵師匠を仇で返すような人間じゃあない!それだけ言い残させてもらう」
そういうと、セイメイはログアウトしていくのだった。
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~ セイメイの自宅 ~
ログアウトしたセイメイは、急いで着替えてジャケットを羽織り玄関にある靴を履く。そして、戸締りを済ませると通勤で使う自転車に跨り、ペダルを踏み込み、ものすごい回転で自転車を扱ぐ。駐輪場につくと、転がすように自転車のレーンへ自分の自転車を流し込んだ。次の瞬間には駅へ向かって猛ダッシュをしていた。
場所は、××区の病院だ。
セイメイは、スイカに予めチャージしてあったお金を自動改札機のモニターでチラッと確認したのちに、エスカレーターを駆け上がり、総武各駅停車に乗り込む。
―――なんとか、間に合った!このあと、秋葉原で乗り換えだ。京浜東北でも山手でもいい。来たものに乗ればいいはずだ。ルカの言っていた情報が正しければ、おそらくあそこしかない!!
玄庵は、以前入院した脳梗塞を患った事があるようだ。その際に右手が動かないという後遺症がでた。しかし、呂律が廻らないということにはならなかったようで、普通に言語は喋れるという具合だった。
そんな中、このゲームは一人で始めたようである。ここまではルカがくれた情報の一部だ。
セイメイは電車よりも早く走れる気持ちで車内では落ち着かない様子で窓の景色を消費していった。
そして、いつもなら楽しいはずの車内放送がセイメイの焦りを掻き立て、ストレスを蓄積させていく。
“まもなく、秋葉原、秋葉原、お出口は左側です。
山手線、京浜東北線、地下鉄日比谷線と、つくばエクスプレス線はお乗り換えです。
The next station is Akihabara. The doors on the left side will open.
Please change here for the Yamanote Line the keihin-Tohoku Line,
the Hibiya Subway Line and Tukuba-Express Line.”
“パーポーン♪パーポーン♪”
普段何気ないドアの開放音も気にならないはずなのに、勿体つけるような音に感じ耳障りに聞こえてしまう。
セイメイは急いで乗換の階段を駆け下りて、踊り場のある階段を下りて山手線に乗り換える。
―――もうすぐだ。あそこの病院に担ぎ込まれているに違いない!!
セイメイはとある駅をおりていくと目の前には大きな病院が広がっている。
どこにいるのかわからないが、きっとここに担ぎ込まれるであろうと思い、じっと緊急車両が入ってくるのを待ち構えていた。
しかし、入ってくる気配がない。
間違えたのだろうかと思い、緊急搬送の入り口へ向かう。すると、後ろから救急車のサイレンが近づいてきた。
脳外科の病院は都内にそんな多くない。おそらくかかりつけの病院はここであるだろうと予測していたセイメイは、もはやストーカー行為であるのを忘れてどさくさに紛れて病院内に入る。
タンカーに乗せられていたのは、老人であった。
―――間違いない。玄庵師匠だ……!!
そこに付き添い人の女子高生が半泣き状態で入っていった。
セイメイは、他の緊急搬送者の付き添い人のフリをして、聞き耳を立てていた―――
「君は?」
「孫です!」
「家族の方に連絡を!」
「まもなく父と母が来ます!」
「わかった!おい!緊急手術だ!入るぞ!」
女子高生は泣き崩れそうになりながら、待合スペースのソファに腰かけて俯いたままだった。
セイメイは話しかけようか悩んだが、今の自分には何も出来ない事を痛烈に感じる。
人間はこういう時は無力だ。
人の生死の時、無知識な人間ほど、知識者・有資格者の前では無力である。
若きセイメイも経験がある。それは学生時代にバイク事故でなくなった友人がいた。正確には事故で死んだのではない。緊急搬送後、奇跡的に一命を取り留めたのだった。
無論、セイメイは何もできなかった。彼は奇跡的な復活をしたが、脳に後遺症が残り軽い障害者になってしまったのだ。しかし、奇跡的に息を吹き返した彼は、その後、普通に大学に通ってはいた。就職先も決まっていた。だが、現実は容赦なく彼を追い詰めていた。障碍者となった新卒を取る会社など、当時は存在しない。彼は自らの手で未来を閉ざしてしまったのだ。
たった一瞬だった。そのバイク事故の前に、セイメイは彼と遊んでいた。去り際に冗談交じりで“気を付けて帰れよ?”といったその日の出来事だったのだ。
また、病院に通いながらリハビリを行っていた彼は、普段通りの生活をし始めて事故から1か月近く経った頃、セイメイは道端でその彼を見かけた。
ふと“あ、元気に歩いてやがる。何の問題もないな”と思い、その時連れていた仲間と世間話を続けた。
だが、その日の夕方、友人伝手に彼が死んだことを知る。
それは何気ない日常での友人の死だった。セイメイはあの時、話しかけていつものふざけた冗談交じりに注意してやればと後悔をしていた。『なにかあった時では』もう遅いのだ。駆け付けたとしても、なにもできないのだ。ただ祈ることしかできないし、なんの効力も起きない。
何気ない日常で、どれだけ人を思いやり、行動できるかそれが何よりも『無知識な人間の出来る、ケガや病気への防衛力で治療法』なのだと痛感する。
それなのに、セイメイはまた凝りもせず自分の目の前で、自分と交流し仲良くしてくれた人が死んでいくことを味わうことになっていた。
セイメイは足が重くなった気がして、セイメイも近くのソファに隠れるように座り込んでしまう。
ただ、病院内の時たま起こる喧騒が耳にはいってくるだけで、思考が停止したようにぼーっとしていた。
どれくらいの時がたったのだろう。セイメイは時計の方に目をやると、既に17時近くを回ろうとしていた。
セイメイは立ち上がり、玄庵の孫であろう女子高生をチラッとみる。そして、俯いたままの女の子に話しかける資格がないのを知っている。ただ、黙って静かに正面玄関へ足を運ぶ。
自動ドアが開くと冷たい風がビューと吹き、セイメイの体温を奪っていく。
何もできない自分をまたここでわからされる。わからされると知っていても、どうしてもその現場に行って相手の心配をしてしまう人間の性分がムカついて仕方がなかった。それは、ただの邪魔者以外の何者でもないからだ。
セイメイは自分の愚かさを自分自らの行動でわからされてしまうのだった。
顔を上げて夜空を見る。真冬の夜空は澄んだ空気のせいで星が綺麗に見えるはずなのに、なぜか滲んで見えなかった。





