第158話「反逆者の汚名」
セイメイは振り返ると、風に靡く容姿に硬直せずには、いられなかった。
そこには着流しの袴と着崩した羽織、刀をぶっきらぼうに肩に担ぐ姿は、セイメイの生き方を踏襲した姿だ。正確には、セイメイが彼を踏襲しているといった方が正しい。
その男の姿を見た雫は、セイメイの切っ先を避けて、その男の後ろに逃げ込む。
「げ、玄庵…さん……」
「え?この人が、マスターの師匠なの?」
ユーグは構えを解き、セイメイの前から退く。玄庵なる男は、刀を鞘に納めるとセイメイに近づき、セイメイの顔をめがけて思いっ切りぶん殴る。
ドゴッ!!
殴られたセイメイはよろけて驚き戸惑っていた。
「師匠と呼べ!成り上がりが!!」
セイメイを一喝する声にユーグもルカも驚き委縮してしまった。
「お師匠!この人がセイメイ?あの、アーモロトの?うっそでぇー!?」
「ああ、そうじゃ。こやつは事もあろうかワシを切り捨てて逃げよったやつだからの!!」
「ザマーみろ!セイメイ!これで、我ら雲海のモノとなったな!!オケアノスとか、オシャレな名前つけてるけど、結局イキがったただの子ヤンキーじゃん!!ぎゃははは!!」
雫がセイメイを指さして馬鹿笑いしていると、玄庵の拳が雫の脳天に直撃する。
ボカッ!
「ってーーな!!HPが半分になったじゃんかよ!!」
「お前も半人前なんじゃ!!どんぐりの背比べをしているんじゃないぞ!!」
玄庵は怒り心頭の様子だった。
「あ、あの……」
ユーグは内心ビクビクしながらも、玄庵に話しかける。
「なんじゃ?わけぇーの?」
「あはは……すいません。一応、旅の途中でして、よかったらゆっくりとマスターのお話を聞かせて頂けませんか?」
「フン!!破門したやつの昔話なんぞしたくないわぃ!」
「ですよねー!」
すんなりと引き下がるユーグをみて、ルカが声をかける。
「玄庵殿、我がマスターの非礼をこの私が心からお詫び申し上げまする。ご気分を害しているのは承知の上でお尋ねしたいことがございますゆえ、何卒、お聞き願えて頂けませんか?」
ルカは深々と頭を下げた。
ルカの口から普段の会話からでは聞き慣れない丁寧な喋りにユーグもセイメイも驚いていたが、玄庵はルカをみて快諾していた。
「うむ。よかろう。遠路はるばるここ、極東サンライズに訪ねてきたお主の姿勢に心打たれた。我がギルドハウスで伺おうとしよう」
そういうと玄庵は村を案内するかのように先頭を歩き始めた。
セイメイとユーグは目を合わせて状況の把握を急いだが、無駄な時間を浪費しているように感じ得たため、慌ててあと追うように小走りに、玄庵の後を追った。
~ 天穂村 ~
ここは帝都スメラお抱えの農耕地帯。サンライズの国の穀物を栽培するのに最適な土壌、最適な気候を持つ栽培コンテンツの名所の一つにあげられる。ここで育つ作物はどれも一級品であり、小麦だけをとっても、特級品扱いになり、取引所でも挙ってこれを売買するのである。意外にもイーリアスは料理コンテンツも存在しており、料理おけるバフ効果も自炊で行う事が可能なのである。
但し、料理も名人クラスであったり、最低でも上級クラスのレベルを上げて置かなければ、効果も効果時間もままならない。生活コンテンツの良さはこれらの上級クラスに上がった者が料理を取引所に流す事により、金策を行うという方法もある。事例として、錬金コンテンツの最上位に位置するファウストは、隠居生活時代はこれで、生計を立てるという事をしていたため、市場の数パーセントはファウスト印のエリクサーなどを販売していたのである。
MMORPGにおいて、生活コンテンツを怠ると自キャラの成長が止まってしまうのは、こういった部分でやっていないとダメになってしまうをよく熟知してほしい。
とはいえ、イーリアスはどこの町でもどこに本拠地をおいても、結局は首都に該当するギルドから税金を吸い上げられるので、クエストなどで報酬を稼ぐしかないのも現状である。比較的、この土壌があるおかげで、少々高い税率でも賄えてしまうのは栽培の名所である土壌の恩恵に授かっているというものだろう。
村のはずれにあるギルドハウスが建ち並ぶ場所へ移動する。
ログハウスを思わせるような景観は自然と共存していると思わせる描写がなんともいえない。
本来、人間も自然界の生き物である事をわからされてしまう。
一角の家に入り、雲海ギルドの面々が身構える。
それはかつて、セイメイがサンライズを抜けるために、斬り捨てていったメンバーが僅かに残っていたからだ。
「玄庵さん!そいつは!!」
玄庵が手を挙げて、仲間たちの怒りの衝動を抑える。
「よい。ワシが招いた。この子の礼を私は吐き捨てる真似はできんかった。まぁ落ち着け」
刀に手をかけるものや、弓を引く者に声をかける。
セイメイは実に居心地が悪い。自分がやってきたことを引け目に思っているからだ。
「まぁかけろ。お前らがここに戻ってくる事はわかっていた。特にセイメイ。お前に関してはな?」
「師匠……」
「お前に師匠と呼ばれる筋合いはないッ!」
「いぃえぇぇええ??だって!そう呼べってッ……!!」
「黙れ。青二才!アーモロトなんぞ、お前ひとりの力で手に入れたわけではなかろう!?」
「そりゃあそうですけど……!!」
「たまたまお前の歩んだ道で、気まぐれな女神かなんかがお前に微笑んだに過ぎんのだよ。愚か者め!」
セイメイはチクリチクリと心に刺さる。
「マスターでも、頭上がらない人いるんですね……?」
ユーグはセイメイに耳打ちしてくる。
「うるせーな……!お前まで俺に嫌味言わなくていいんだよ……!」
「バッカモーン!!まだワシの話は終わっとらん!!小童共がっっ!!」
『はいッッ!!』
セイメイとユーグは背筋をピンと伸ばして姿勢を整えた。
「して、お嬢さん。今回はこのアホウが、どのような事を願い出てきておるんじゃ?」
「あの、それはマスターから……」
と言いかけた時、そこには蓬華の人格が入れ替わる。
「いや、やはり私からはお話させて頂こう。玄庵殿、どうか我がギルドにお招きしたい。我がギルドは、宿将はあれど、大局的に物事を洞察する力がどうしても足らない。そのため、玄庵殿を我がオケアノスの幕僚、しかも軍師の地位について頂きたい。無論、我がマスターのお目付け役も兼ねてのお話である」
ルカの身体を乗っ取った蓬華は、雰囲気が周りにわかるほどの変わりっぷりだった。
「ほう?それをいうためにわざわざこんな遠い辺境の村まできたというのか?」
「はい。セイメイが何を玄庵殿にしでかしてきたかは存じ上げないが、人間性とそして規律という点では、セイメイの先生にあたる。であれば甘えた考えや理想論を諫める事が出来るのはあなただけしかいない。どうか、これから謝罪するセイメイの言葉に耳を傾けて頂けると大変ありがたいです」
―――なんで、こいつは俺の思っていた事を知っているんだ?誰にも喋っていないのにッッ!!
蓬華はまた玄庵に向かって深々と頭を下げた。
すると、ギルドハウス内にいる全プレイヤーがセイメイへの視線に集中する。
「いや、その、出来れば玄庵師匠と二人で話がしたかったんだけど……」
「フン、どうせ皆が聞き耳を立てて聞くんじゃ。いまさらじゃろ?」
セイメイは少し黙ってしまった。
「なんじゃ?黙ってても謝罪は伝わらんぞ?」
「あの時は、あーするしかなかったんだ……」
「ワシを斬り捨ててまで、この国……いや、地方を抜ける必要性があったのか?」
「……玄庵師匠、YoShi光をおぼえていますか?」
「ああ、お前とは仲良かったやつだな?」
セイメイは下を向いてしまった。手を組んで、そして、重い口を開いた。
「……そいつは、ずっと俺を庇っていたんだ……俺が抜けてからも……」
「なにからだ?」
「俺がMIKADOギルドの参謀役、ミヤゾン首謀によるクーデターを未然に防いだ。はずだったんだ……」
セイメイは組んだ手が拳に変わり、左手で包むように握っていた。
サンライズを出ていったセイメイの謎がついに明かされる!!





