第153話「君主論」
日は落ち、夜空には星が煌めいていた。
蓬華はセイメイに進言をした。それは、ベルス率いるフォルツァを帰順させるということだ。
かねてからベルスは、セイメイに対して絶大な信頼をおいている。
過去にセイメイと何度も会話し、セイメイのところで一緒にやりたいと思っていた。しかし、セイメイはそれを拒んだ。一時的な感情であろうし、また、セイメイ自身が仲良くなったわけでもないコミュニティに入り、いきなりリーダーとなるには、あきらかな肩書と実績、そして人柄を求められてくるからだ。
セイメイはその軋轢をよく知っている。東大出のエリートがいきなり上司になるなんてことはザラだからだ。
それゆえに、そいつとコミュニケーションを取らざるをえくなってくる。別に東大に限った事ではない。優秀な人材が途中入社し、上司に据えられるのはどこの会社でもありえる日常なのだ。
その度に方針を変えさせられて旧体制を壊し再構築する。それで下がついてくると本気で思っている輩を嫌というほど見てきたのだ。
実際はそうじゃない。
前話で紹介したマキャベリズムという言葉を生んだ人物、ニッコロ・マキャヴェッリの君主論は違う。ちなみにマキャベリというのは日本人が発声しやすい響きの名称である。
話を進めよう。
このマキャベリに関して、君主論について何度も議論を重ねられた事がある。そして、合わせて戦術論・政略論も読んでもらいたい。
彼の書いた理論書には5つの項目から成り立っている。
【君主の統治】
【君主の征服】
【君主の力量】
【君主の軍備】
【君主の気質】
これらを熟知し、会得したものが理想の君主であるとされている。即ち、ゲームであるこの世界にもこの理論が通じると蓬華はいいたいのだ。
セイメイは、奇しくもその理論を地で行く事をしている。
なぜなら、統治・征服に関してだけでも、この統治理論の三項目に当たる。
“ある程度の自治を認めて君主に従順な寡頭政権を成立させることである”
セイメイはアーモロト制圧後にベルスに感謝を述べたあと、ロームレスの統治を願い出た。
すると、連立政権だったものを壊し、一党独裁を許可しそれが善政統治を行う。
このことにより、弱小零細ギルドは住みやすく活動しやすくなる。すると、複数だった頃より税収ががっつりと入ってきて統治しているギルド資金が潤うし、一定数の不満を生まなくなった。
この税収の上げ下げが各プレイヤーの所属するギルドを苦しめる結果になる。だが、一つのギルドならそこまで事をかかない。
まかりなりにもベルスに“セイメイに従順なマスターが統治するギルド”のレッテルを貼らし安定させた。
次に、マキャベリが提唱した“運命を引き寄せた技量”を彼はアイオリアと共に過ごす事により、知らず知らずのうちに行なっていたのだ。その力量という点では追放者・お尋ね者からかつての英雄達を引き連れての逆襲劇を演じたセイメイは、一時“時の人”となった。
これは、どのプレイヤー達もどこか夢見た“真の英雄像”を重ねさせた。
アーモロトの統治を開始してから不満の声が上がらず、圧政からほど遠い税制統制を行い、各国へ自由に出入りできるようにしたことにより、セイメイの統治方法はより頑丈な基盤づくりに成功を収める。
それは元来、エウロパが嫌がっていた中堅クラスのギルドも入りやすくしたことにより、高い税収が吸い上げられていく事を知っていたし、ギルド資金の枯渇を心配することもなくなっていたのだ。
統治もこれだけ成功させれば、次は軍事になる。マキャベリは軍事理論に対して非常に重要性を説いている。
『君主論』において、国家主権たる君主に必要なものとして、法律とともに戦力が挙げられている。また援軍ではなく常備軍の編制を重視し、また騎兵ではなく歩兵の有効性を論じてもいる。
つまり、傭兵(援軍など)ではなく、歩兵の有効性を説いている。イーリアスの世界では歩兵戦が主となり、騎兵戦というのは移動に使われる事が多いのだが、オーラアタックや、重要なスキルは下馬してからでないと、発動できないようになっている。そこをふまえていくと、第一章での鮮やかな戦略は他ギルドのマスタークラスは震えるほど興奮したことだろう。
名も無きマスターによる戦略で、強敵エウロパを下すなど誰が想像できただろうか?
セイメイの運命は既にマキャベリズムの上に立っていたのだとわからされてしまう。
だが、ここで大きくそぐわない点が出てくる。
【君主の気質】があきらかにマキャベリが提唱する理論に反しているのだ。
“マキャベリは理想国家における倫理的な生活態度にこだわり、現実政治の実態を見落とすことが破滅をもたらすことを強く批判しており、万事にわたって善行を行いたがることの不利益を指摘する”
ここが、既にセイメイの気質にあっていないのだ。
“君主は自身を守るために善行ではない態度も取る必要がある。あらゆる君主はその気質が評価されるが、一人の君主があらゆる道徳的な評判を勝ち得ることは原理的に不可能なので、自分の国家に損失を招くような重大な悪評のみを退けることになる。
しかしながら、自国の存続のために悪評が立つならばその払拭にこだわらなくてもよい。全般的に考察すると、美徳であっても破滅に通じることがあり、逆に悪徳であっても安全と繁栄がもたらされることが、しばしばあるからである”
この箇所に関してセイメイは同意が出来ていないのだ。
そして、こう記されている。
“憐れみ深い政策によって結果的に無政府状態を許す君主よりも、残酷な手段によってでも安定的な統治を成功させることが重視されるべきである”
セイメイは憐れみ深いという点では、明らかに目的が仲間を救うという点であり、意見を取り入れていくという優しさ、この優しさがセイメイ自身を陥れるという判断になっていく。
セイメイというパズルはマキャベリの最後のピースを埋める事で、完全なる体現をなそうとしている。
蓬華はそれを数多のデータからはじき出した最後の問いであった。
「主よ、ここらで大きなかじ取りを願おうか」
「俺に非情になれというのか?」
「少なくとも仲間には多少恐れられた方がいいのではないか?支配者は常に孤独であるというデータもあるしな?」
「そんなデータ如き、俺が破壊してやる。お前の好きな言葉だろ?破壊という言葉にな?」
セイメイはルカに扮する蓬華へニヤリと笑った。
蓬華はあっけにとられた。人類史を紐解いていくとある程度の学術論でまとめていかれていた。しかし、人間はそのデータ通りの行動を取らず、あえて失敗するであろう道を選択する。これが愚かな選択でもあれば、最良の判断であるときもある。蓬華は今までデータ上でのニンゲンしかしらない。
セイメイはそのデータの裏の裏の裏まで動きが読めない人物であると書き込んだ。
「どうやら、破滅願望があるようだな?自らも破壊するという狂人者か……?」
セイメイは川を見つめながら、ゆっくりと街の大通りへ向かう。
それについてく蓬華へ語りかける。そして、止まる。
「いいや。これはゲームだぜ?人間社会のいざこざは現実世界で十分味わってきている。ここは理想にどれだけ近づけさせることが出来るかが楽しいんだろ?それに、うちの人間は一定以上の生活をしているもしくは平均的だ。
そんな身分や素性を排除しても、いい奴らと出会えている。だから、俺はこのままでいくだろう。そして、悩むだろうし、悔やむだろう。それも、また楽しい思い出に変わる。なぜなら……」
「破壊者セイメイは、この世界の理をぶっ壊すッッ!!!」
セイメイはいかにも悪そうな顔をしたのちに高らかと笑っていた。
遠くでログインするユーグを見つけて手を振る。
駆け寄るユーグへ何事もなかったように、いつもの日常会話をしていた。
蓬華はこの男に、未来を託す事を決めた。
夜は明け、東から昇る太陽はセイメイの背中を押す様に照らしていた。





