第122話「マルチデバイザー」
セイメイは口をパクパクさせていたが、ようやく喉から声が出るのだった。
「まともに口を開いたと思ったら、…なにいってんだ?」
「どうもこうも、ありのままです。セイメイ様、なぜイーリアスが、フルダイブ型MMORPGがどのように出来ているかご存知ですよね?」
「ああ、ある程度は…。」
アイオリアはゆっくりと解説が始まった。
「まず、人類は脳波の情報と筋電技術の組み合わせで、このマルチデバイザーの開発が行われた。これは元々、障碍者の欠損した四肢の補助を目的とした開発から端を発し、今やこのようなエンターテインメントにまで汎用性を広げた。指の動きが滑らかに自分の指が触れているかのような感覚は、この開発研究の成功から爆発的に汎用と進化が始まったといっても過言ではない。
人類は…、いや、人類にとっては、このオーバーテクノロジーにより、大幅な文明開化の加速に拍車がかかり、センサーパッチで肉体への伝達がよりスムーズとなった。
筋電を操作できるセンサーパッチを耳や手足に貼り付けることにより、現実に近い体験が可能になった。
無論、パッチにはより繊細な操作等の調整を行う極小のAIまで搭載されてる。
さらに、某ボーダレスLINK社が開発したチップが、こめかみと首の脊髄あたりにパッチを貼り、また頭頂部には右脳と左脳の脳波を拾い上げるべく、ヘアピン止め・人によってはカチューシャをしていますね?これで、四肢と脳波をデジタル化し、肉体と脳へリアルタイムでの伝達を可能とした。
このことによりフルダイブ型のVRが体感可能となり、視界は微弱電流を流し視覚神経へ映像を映し出すために眼を閉じた状態で行うこととなっている。健康被害はあるかと最初は懸念があったが、それは時を要さずに開発に成功した。
今じゃ怪我や病気で視界を奪われた人ですら、健常者と同じように生活を送れるようになった。
このことにより、北米のグレイムバーグ博士による素晴らしい開発はその年、ノーベル賞をとることとなる。」
アイオリアは淡々と当たり前の事を当たり前に説明してきた。
「そ、そんなのはわかっているよ!で?本題は何がいいたいんだよ!?」
「問題は微弱の電流がゲーム内での不具合による荷電流が発生し、感電しかねないということです。」
「あほか。そんな商品不具合が起きないようにアースみたいなのどっかにあって逃がす方法取っているだろーよ?」
「いえ、脳への伝達内容、つまり想像を越える大電流と大量の情報量を止めどなく流した場合、どうなるかわかりますか?」
「わかんねーよ。そもそも、その前に安全装置か何か働いて人体への影響を及ぼす前に遮断するだろうよ?」
「その安全装置が、意図的にブロックされていた場合、人体への影響は計り知れないのは想像つきませんか?」
「おまえ、何かアニメの見過ぎなんじゃないのか?」
「いえ、情報量の大小によって変わります。筋電に大量の電流が流れれば筋力が耐え切れず、痺れや麻痺が起こる。下手すれば壊死するでしょう。そして、それを制限しようと、脳が抑制する。抑制するために情報を自主的に分析をしてしまう。そのスピードに追いつかず、オーバーロードを引き起こし、心理的に一時的に膨大な環境負荷がかかる。これがどういう事かわかりますか?」
セイメイは黙って話を聞いていた。
「このことにより、想像を絶するストレスによるPTSDは勿論、脳へのダメージは不可避、下手すれば、本当の…廃人になりかねない。」
「おいおいおい!!たかがゲームでそこまで危険な事象が発生するなんて、お前の想像…いや、仮説は飛躍過ぎていて、漫画の世界だぜ??」
「マスターは何もしらないのですね。もし、AIが人を殺すのであれば、マルチデバイザーのプロトコルを操作し安全装置・安全弁を外すことが出来てしまった場合、大量殺人が発生しますよ?」
「アイオリア、お前は変わっているが、俺を洗脳しようとすることはしなかった。だが、これ以上はハリウッドでも採用しないくらいB級映画の夢物語に付き合うほど、お人好しじゃねーってことぐらい自分でもわかるわ!!」
「マスター!!聞いてください!!」
「聞いてるよ!そんなことをすれば、AIどもは破壊命令がホワイトハウスのお偉いさんによって発令されるだろうよ。国家の信用に関わる大事件だもんなぁ!??」
「ええ。その犠牲者に私もセイメイ様もなりたくないですし、させたくもありませんッッ!!!」
「はぁ…それで?何か手を打つ算段はあるんだろうな??」
「ないからやめてくださいとお願いしているのですッ!!」
二人の睨み合いは今までにないほど真剣なものだった。
セイメイはふーと溜息をつきながら、目を逸らし質問をした。
「…、アイオリア。質問いいか?」
「どうぞ?」
「仮に俺がそれをやった場合、事象範囲はどれくらいで発生するとよんでいる??」
「おそらく、ルカと接続している範囲内かと。」
「ああ、見えない切れ目のことか?」
「ええ、いくらオープンワールド方式だとはいえ、どこかしらに切れ目はあります。そこの範囲内のフィールドであれば、被害は少な…い…!?」
アイオリアは答えながら正解を察した。
「ッダメです!!セイメイ様!!」
「大丈夫だよ。お前には被害を受けない。なんせ、持ち場が離れたところにいるだろうからな。仮に死んでも俺は独り身だ。所詮、人生負け組の男だ。散り際ぐらいかっこいい方がいいだろ??」
「未熟なものほど美しい死に酔い、老いるほど生に縋るというが、アンタは…!!俺が死なせないッッ!!」
「お前に俺の人生の何がわかる!??この国で!この社会で!黙殺されてきた人々をお前は知らなすぎるッッ!!」
「だからといって死んでいい人間なんて1人もいない!!少なくとも!!アンタはこの世界で必要とされているッッ!!!」
「ったく!死なねーかもしんねーだろが!!」
「俺はこれ以上!!失いたくないんだ!!それはあんたにゃわからんだろうな!!」
「んだてめーー!!さっきからわけわかんねー理屈と御託並べやがって!!挙げ句の果てにテメーのセンチメンタルに俺を勝手に組み込んでくるじゃねー!!」
「老いては子に従えって言葉あんたの為にあるんじゃねーか??」
「俺はそこまでボケ爺じゃねーわ!!このキ○ガイ!!」
お互いの襟首を掴みながら、今にも喧嘩が始まりそうだった。
すると、ある黒い影が2人を包んだ。
「はい、ワシの悪口はそこまでじゃ。」
ソロモンが2人を見つけて揉み合いのところに割って入ったのだ。
「なんじゃあ?ワシ抜きでディベートの果てに場外乱闘とは!?昭和の国会じゃないんじゃぞ?まったく…。」
ソロモンは両手で双方を引き離し、腕を組んで話を続けた。
「夜更け過ぎにログイン情報を見たら、お前さんらはいるし、サブマス権限でマスターの位置をみたら、目と鼻の先におるし、喧嘩してるし、なにしとんじゃ?わけーもんが。」
「なんでもねーよ。ソロモン。コイツがいつもの病気が発生しているから、俺が宥めてやったのさ。うちの患者さんだからな。」
「セイメイ様!!」
「おいおい、さっきまではアンタとかいってたよな?冷静だったのは俺だけか?あぁん?」
セイメイはアイオリアを煽っていた。
「マスター、その辺にしとけ。お互い疲れとるんじゃ。今日は寝よう。明日になれば、忘れるじゃろうて?」
「フン、一緒にすんな。俺は落ちる。ソロモンはそこにいるバカに俺への反省文を書かせるんだな。じゃあな!」
すると、セイメイはログアウトしていった。
「のぅアイオリア、お前さんがマスターにつっかかるなんて初めてじゃの?どうしたんじゃ?」
「いえ、私は…セイメイ様を思って…。」
「ふむ。マスターはときたま一人で何もかもしようとする節があるでの。そこを汲み取ってやらなきゃいけんのが、昔から付き合いのあるワシや、ディアナじゃった。お前さんには無理じゃろうな。」
「すまぬ、ソロモン殿…。」
「お主はマスターと一方通行に見えてしまう。それはそれで傍から見ていれば面白いんじゃが、今回のような本当に伝えなきゃいけないときは、もどかしくなってしまうの?」
「はい…。」
「マスターの気持ちに添いながら意見をすると良いと思うぞ?あれでもなんだかんだいって優しいマスターじゃからの。」
「………」
アイオリアは人知れず、相手に伝わらない思いの原因が、自分という思わぬ障害が発生していたことに嘆き辛くなっていた。
俯くアイオリアの頬を伝う光は、ソロモンの影で隠れていた。
イーリアスの空はまだ夜明け間近なのにも関わらず、今日は冬の流星群の時間だった。





