第110話「同時進行」
マノの頭上に鉄槌が下ろうとしている。
土壌の飛沫!!
「なにぃ!!??」
黒い影がマノを抱えて少し下がり、黄竺に所属する格闘家は、マノの頭をかち割ることなく、振り下ろしカカトは地面を叩いた。
「クソッ!!完全に捉えていたのにッ!!」
「ほう、それはすまなかったね。近接攻撃を一瞬で躱す方法がさ、生憎、魔導士には存在しなくてね。命中率を下げる事しかできないのだ。」
マノはうっすらと瞼を開くと、逆光しているため、顔がわからない。しかし、メガネのレンズが光で反射をするのと、聞きなれた声を耳にすると安堵していた。
「遅いですよ…、ファウストさん…。」
抱えている腕の中でマノはぐったりしている。ファウストは傷ついているマノに手を当てながら回復魔法を行っている。
「貴様ッッ!!どこから湧いて出てきた!!??」
「ああ、君の足元から湧いてきた感じだね。ワープしたからさw」
「ワープだと!!??」
「知らなかったのか?ある一定の距離であれば、CTを受ける代わりにプレイヤーのみ、瞬間移動をすることが出来るのだよ。君達でいう瞬歩かな?でも、あれは高低差無視できないねwまぁそんなイメージでいいよww」
「小賢しいヤローだな!!」
「小賢しい??小賢しいのではない。僕は君より知識が多いだけだよ。ああ、君より頭が良いということになるね?だから小賢しくないのだよ。そう、賢いのだw」
ファウストは言い終わるとクスリと笑っていた。
「てめー!!ぶっ殺す!」
格闘家は瞬歩を使い、ファウストの懐に入ると左拳でファウストの鳩尾を狙う。
それと同時にファウストは、回復を行っていた左手を格闘家の顔面に持っていき詠唱を飛ばして攻撃魔法を放っていた。
エレメンタル魔法:焔の嵐!
ファウストの手から突風に乗った炎が一気に噴き出す。
相打ちを狙ったファウストはお互いにダメージを負い、CCを共に喰らっている。
ファウストは鳩尾を抑えながら、膝をつき、もろに炎を浴びた格闘家は火傷をおい、押し戻されていた。
「この野郎!!どこまで俺をこけにしやがるッッ!!」
「コケにするのは好きじゃない。見下して戦えるようにするのが好きなだけだよ。」
「コイツッッ!!」
格闘家が構えを変え、もう一度突撃してくるところだった。
カチャ
「はい、そこまで。」
グラニが格闘家の首筋に剣を突き立ていう。
「まぁったく、うちの先生は俺らの知らない魔法を使用してらっしゃる。そりゃ“チートのファウスト”って揶揄されるわけだ。俺達が登り切る前にワープ使って先にいっちまうんだもん。そりゃ一番最後に登るっていうわなwww」
「ほんとだわ。俺らはまだまだ駆け出し途中だってのに…。困ったもんですよ。」
ホルスはグラニの背中を守る様に、追手の黄竺ギルメンへの牽制を弓を引いて威嚇をしている。
「しょうがないでしょ。君達と旅するのが楽しいから高スキルは使わない様にしているのさ。青い狸だって、逐一便利な道具を出していたら、話が5分で終わっちゃうだろ??」
「俺らは小学五年生かよ!!しかもアイツは猫型だ!」
「まぁいいじゃないかw細かい事はさ♪」
「てめーら!!俺らの領地で普通に漫談かましてんじゃねーぞ!!コラァ!!!」
一瞬のスキをつき、グラニの剣をすり抜けてファウストに急接近する。
今度は上段への胴回しを狙ってきた。
シュン!
ファウストは予見していたかのようにワープを使って城壁から降り、民家の屋根に移っていた。
「マノ、もういけるかい?」
身体を起こすように肩を引き上げる。
「ええ、いけます…!!」
「いい子だ。さぁ我々はグラニとホルスの援護射撃をしよう。」
「は、はい。」
「飛び道具・スキル使いまくっていいよ。経費はマスター持ちだ♪」
「はい!!」
「ちょw俺が本当は援護射撃に向いているんですけど??」
ホルスが戸惑っていた。
「あー大丈夫だ。ホルス君!!君の方は手前のプレイヤーから落としていくから、君は二番手辺りを狙って弓を撃てばいいよ~!」
「じゃあ私はグラニの方を!!」
「ザッツライッ!いい忖度してくれて助かるよ!んじゃあ!いくよ!!」
エレメンタル魔法:氷晶の吹雪!!!
ホルスを狙っていたプレイヤーは硬直した。
その瞬間、両脇からくる手勢は一気に動き出した。
「多勢に無勢とはお前らのためにある言葉なんだよッッ!!」
シールドアタック!!
格闘家の瞬歩を、打ち消すかのように盾を前に出し押し返した。
「こういう通路での一対一はお互い有利条件一緒。つまり防衛しながら押し返せばイーブンよ。」
「そうやって亀になっていりゃジリ貧だぜ!!カメさんよぉ!!」
ドガッドガッと格闘家はグラニの盾をブン殴り耐久力を奪っていく。
通常時であれば、ガードブレイクまで時間の問題だが、ここでマノの援護射撃がモノをいう。
真紅の針ッッ!!
シュパパパパーン!
マノは両腕を大きく開くと、一気に腕をクロスし、針のような暗具をグラニが対峙する黄竺ギルメンに投げ飛ばした。
「ぐは!」
「うっ!」
苦しそうな声などが聞こえてくる。
「え?今、何を投げつけたの?」
ファウストは、見えないスキルを見て驚いていた。
「スカーレットニードル。敵の攻撃をスタンさせて、流血のCCを打ち込みました。」
「な、なにそのスキル!!こわっ!!」
「はぁ??アンタの方がよっぽど怖いわよッッ!!死神ファウスト!!」
「お?僕の通り名を知っててくれたんだね?嬉しいなぁ~!」
「はぁ??変態魔導士の方がよっぽどお似合いですぅ!!さりげなくアタシの胸触ったでしょ!?スケベ魔導士!!」
「だから、僕は故意に触ってないんだって!!」
「いーから!!ごちゃごちゃ言ってないで俺らを助けろぉ!!」
足止めをしていた黄竺のメンバーは、息を吹き返すようにグラニを押し返していた。
クリスタルブリザードッッ!!
ファウストは右手で打ち放った。
「ちょ!分担作業じゃないのッ??」
「臨機応変に対応しただけさ。ほら、正面左のホルス君を援護してあげなさい?」
「こんのぉ!ボンクラ魔導士がぁ!!!」
ダークレイン!!
複数の短刀がホルス側の黄竺メンバーに当たり、ホルス側の方が数を減らしていた。
「フー!!流石アサシン!シゴトが早いねぇ♪」
「最高級の匕首よ。数量限定!BOSS討伐などでしか採算合わない暗器よ!」
「あ~あマスターは頭を抱えるだろうなぁ。」
「そんな無駄口叩いてないでさっさと落とす!!」
「僕も負けてられないね。」
両手をパンと叩いて両手を開くと小さな魔球が出来ていた。
「さぁさぁ!!本邦初公開!!Chemistryを越えた異次元魔法の完成だッ!!!」
エレメンタル究極魔法:炎の吹雪!!!
ホルス側のギルメン達を薙ぎ払うのには十分すぎるほど、贅沢な魔法を撃ち放っていた。
雪の結晶に炎が纏う。この時点で矛盾している。が、突き刺さる氷と付着した時の炎上を加味するとこれ以上厄介な攻撃魔法はない。無論、属性を帯びているため、耐性差はバラつきがあるが、相反する者同士が手を組んだ時の厄介さは人間社会でも恐れられる存在になる。この魔法はそれを体現している究極魔法である。
手や体に小さな結晶が突き刺さると、炎は勢い良く全身を駆け巡りプレイヤーを火傷のCCに負わせる。それと同時にブリザード効果による硬直CCが同時に発生し、追加ダメージも目を見張るものだ。
単純に回復魔法を打ち込んでいればダメージ計算上は大したことではない。
だが、皮肉にも今回の黄竺のギルメンの中には格下の魔導士・魔術師、ヴァルキリーしかいなかった。
それらを最初のうちに狙い打ちしていたファウストだったのだが、マノとの会話でその行動を誤魔化していたのだった。
「ホルス君!グラニ!今のうちに降りるんだ!!我々は作戦失敗だ!裏から逃げるぞ!!」
―――え?裏って黄竺の本丸があるところじゃないッッ!!何言ってるの!?この人!!
二人はファウストの指示に従い塔を経由して、街道に降り立った。
ファウストは持ち前のワープを使い、二人の下へ向かう。マノは屋根を伝い、三人のいる方向とは真逆へ走っていた。
「お、おいマノ!こっちだぞ!!」
「アイツ何やってんだよ!」
マノはこめかみに指をおいた。
ーファウストさん、二手に分かれましょう。私は一人の方が身軽ですし、逃げるだけなら私だけで十分です。私は敵の目を引き付けます。その間に脱出を。
ーわかった。君はどうするんだ?
「二人とも南に向かうぞ。」
『はい!!』
ファウストもこめかみに指を置いたり離したりして、会話を同時に進めていた。
三人は南に走り出した。
ー私は、このまま海側の東へ抜けて南へ合流します。走るだけなら、そこの二人より早いはずです。
目的の確認と情報収集を。私がうまく引き付けます。ではご武運を。
ーおい、死ぬなよ。ゲームだからって諦めずにね。
ーええ、もちろん。これで死んだら唯一死神に文句言えるプレイヤーがいなくなるでしょ?
ーそうだな。Good luck!!
ファウストがマノとの通信を終えると、南にある宮殿に向かっていることにホルスが気づく。
「せ、先生!この方向はヤバイんじゃないの??」
「いや、大丈夫だ。情報収集も行いながらの同時進行だよ♪」
「いえぁだって目の前にめっさ敵おりますやんッッ!!」
宮殿近くの通りに差し掛かると待ち換えている黄竺のギルメンが立ち塞がっていた。
先頭に出るファウストは即座に放った。
エレメンタル魔法:出血の突風!!
突風に乗った風は相手を切り刻むように攻撃を受けていた。
「まぁた変な魔法だしてる!!」
「まさか、魔導士が切り込み隊長の役をやるとはねw普段ではできない事をやると新しい私見が広がるもんだね♪」
目を見開いてニタニタしながら、黄竺の小隊を弾いていった。
「おいおい、ノリノリだよ。あの人…。」
「ニヤニヤしながら人殺ししている人ってあんな感じで不気味なんだろうね。」
「まぁ…あの人を敵にしなくてよかったね。俺ら…。」
ホルスとグラニは、ファウストが弾いた敵の追撃を受け流すだけの作業だったが、宮殿に近づくに連れて、倒しづらくなっていた。
すると目の前に黒い円の中に入ってしまっていた。
「侵入者を排除する。」
ファウストは急に膝を突き出したのをホルスとグラニは見た時には自分たちも地面に膝をついていた。
ファウストは気配に気づき、ふと空を見上げた。
すると、宙に浮く一人の少女がゆっくりと降臨してきた。
―――セイメイさん、みつけたよ。貴方の目的物がね。
重力場・開錠…。
「ぐは!!」
三人は両手をつくまでに身体は耐えきれていない。
「君が…ルカ…だね?」
今にも地面に這いつくばらりそうになりながら、ファウストは話しかけた。
ルカは何も話さず、ただ3人を見下ろすだけであった。
身体は当たり前のように、通常よりも重くのしかかっていた。





