第109話「トレーサー」
~黄竺~
城壁は堅固な壁となっており、二段階ジャンプを有するマノですら、手が届くような高さではない。これを登るという考えを持っていることが時間の無駄であることは、誰しもわかることだ。
マノは、ファウストの言った“凹みのある部分”を探しに必死に探していた。
しかし、城壁を登る階段はない。あるといえばあるのだが、それは四隅にある塔から登る手段が存在する。しかし、通常時は占領ギルドしか登ることは出来ないようになっており、固く扉がしまっている。つまり、通常は解放されていない。それゆえ、侵入は不可能なのだ。
とはいえ、ファウストが無理無茶無策を言うはずもない。マノは必死に登る方法を模索していた。
~ダイトー地方・国境付近~
ファウスト達は、例の窪んだ城壁の見える位置まで森の中を移動していた。
移動しながら、ホルスとグラニは不安になっていた。不安に駆られたホルスは耐えきれなくなり、重い口を開き、ファウストに質問した。
「先生、マノはやり遂げられる確信か何かはあったんでしょうか?」
ホルスは少し心配な顔をして、ファウストに話しかけていた。
「確信?そんなものないよ。冒険に保険があったら、“危険を冒す”ことができないじゃないか、そういうものだよ。」
「深い事を言っているようなんですけど、自分には全くわかりません…。」
「まぁ、保険という点でいうなら、信頼ということかな?」
「期待を裏切るかもしれませんよ?」
「そしたら、他の方法を探すさ♪」
「まったく…天才の考える事はわかんねーな。」
「天才なわけないだろ?やめてくれよw」
「じゃあ、なんですか?」
「人より知識があるだけだよ。」
~黄竺・民家街~
どこの街にもある民家の通りだ。個人プレイヤーが部屋を借りて、ハウジングというコンテンツを遊べる場所でもある。しかし、普段は人がいないためNPCが通りを歩いている。
そこを歩くマノの姿は、ごく普通の通行人のように紛れていた。
―――今できることは、あの男3人をここに入れること。城壁の上には入る事は可能だ。塔があれば、落下に合わせて二段ジャンプをうまく決めれば城壁の上の通路に乗ることが出来る。塔を探すしかない!!
マノはキョロキョロと周りを見渡すと、路地裏に伸びる階段の先に寺院によくある五重の塔が目に入った。
―――あそこに登れば…!!
マノは早速、寺院の入り口に回り込み五重の塔へ入っていった。
~黄竺・五重の塔~
内部に入ると、狭い構造となっている。
本来、五重の塔というものは各階層に部屋が設けておらず、柱盤と支柱で階層を作り、中心となる心柱は地中から地上へと伸び、一本の柱で構えている。そのため、地震が来ても倒れないのは、この心柱のお陰なのだ。
しかし、イーリアスの世界の五重の塔は、ご丁寧に部屋が設けられており、外を見ることが可能なのだ。
少し狭いのは、構造をよく知らない運営の開発者が製作したせいかもしれない。よく見ると階段が数段で次の階層に行けるようになっている。
マノは各階層へと階段を跨ぐように上がり、5階相当の高さまで登り詰める。
外を見るとそれなりの高さにあった。城壁までの距離は落下速度と飛距離による。高ささえあれば、飛び移れるかどうかの距離であった。
―――この距離は普段なら越えられない…!もう一段あれば…。
マノはふと屋根になっている瓦に触れると何かを思いついた。
すると、マノは屋根に乗り、更に上へと上がるためだ。それは、6階層相当の高さを手にいれるために外から屋根瓦を蔦って登る事を試みるのだった。
―――よし、屋根に手はかかる!!つまり!これは登れるアクションが存在するッッ!!これならいけるッ!!
屋根瓦を掴んだ状態で身体に反動を持たせると、振り子のように動かし一気に手首を返す!
すると、マノの身体は屋根に登り最上階、いわゆるR階に登り詰めた!!
―――よっしゃあ!!とりあえず、こ、怖いから避雷針を掴んで身体を安定させよう!
避雷針という名の心柱に手をかけて城壁を見渡す。山脈側の城壁を見ると、一部かけている箇所を見つけることができた。
―――あそこか~!でも、ここから城壁に登れるかなぁ…。
マノは自分に自信がない。本来、こういったことはグラニやホルスの役柄だ。マノ自身、そこまで操作に自信がある方ではない。そのため、失敗を恐れていた。しかし、ここにいれば誰かに見られて気づかれてしまう。迷っている時間はないのだ。勇気を振り絞り、少ない助走距離を取る。
―――あたしには距離を計算する力なんてないわ!…女は度胸って、親戚のおばちゃんがいっていたわね!
下をみると結構な高さが窺える。
―――あわわわわ!!!アタシにこれを飛べって言うの???
空を見て、心柱へ視野をうつす。瞬きを一度する。そして、もう一度城壁の通路に目をやった。
―――くっ!!一か八かよ!!えぇい!思いのままよッッ!!
2、3歩の助走を踏むと一気に前に飛ぶ。ふわぁ~とジャンプし少しでも滞空時間を稼ぐ!
ブォワン
風を切る音が耳をかすめていく。
ヒューーーーーーーーー
下には民家が見える。ちょうど半分の距離を越えた辺りでもう一度ジャンプをする!!
すると、またふわぁと舞い上がり城壁の辺りまで飛んでいく。
―――あと少し!!
すると、あと一歩のところで足が届かない!!
―――まだまだ!!
ドン!
音が聞こえて城壁の通路の足元に手をかけると、城壁に張りつくように身体を当てる。
―――な、なんとか…、引っかかることには成功したようね…。
足を城壁にある僅かな窪みや突出している部分にゆっくりと足をかけていく。まずは顎を載せられる高さまでこれた。
―――あと少し!
ようやく片足を通路に乗せると身体を起こす反動で通路の上で大の字になっていた。
「はぁ…はぁ…なんとか乗れた…!」
顔を横に向けると、五重の塔が何事もなかったように、ただ決められた場所に建っていた。
ふぅーというと、呼吸と気持ちを落ち着かせたマノは、ファウストが指定した場所へ急いで向かう。
そして少し窪んだ城壁、“凹みのある部分”へたどり着くことができ、ファウストとのコンタクトを取る。
「ファウストさん、現場に着きましたよ。どこにいますか?」
「マノの頭が見えている。今、向かっている。」
森から出てきた三人を見かけると、ほっと胸をなでおろす。
「今ロープを垂らします。」
マノは城壁のレンガに爪をかけてロープを放り投げ、下にいる3人に垂らした。
「OKOK!」
グラニはクイクイっと爪がかかっている事を確認していた。グラニはそのままロープをファウストに渡そうとするとファウストは首を横に振った。
「え?先に先生どうぞ?」
「いや君達が先だ。マノの心も少しは和らぐだろう。」
「しかし、リーダーだしなぁ…。」
「僕はあくまでもバックアップだよ。先にいきなさい。」
「わかりました。先にいきますね。」
「うん、後からいくから。」
先にグラニ、そしてホルスが登り続ける。
すると、開戦時でもないのに城壁を登っているマノを、物珍しそうに他のプレイヤーが見つける。すると、三人が登り終える前にマノは気づかれてしまった。
「二人共!早く!!!」
「バカいうな!持久力がバカみたいに減っているんだ!!ゲージ回復させながら登っているんだよ!!」
「そんなこといったって、存在がばれちゃっているの!!」
「マノ、人数はどれくらいだ?」
街を見下ろすと、数人だったはずが、数十人に膨れていた。
「やばいって!めっちゃいる!!」
「めっちゃって何人だよ!?正確な数字をいいなさい。もしくは、大体でいい。」
「30人くらい!!」
「あちゃ~そんなにいるのか。」
PTVCでワーワーいっていると、黄竺のギルメンがマノに叫ぶ!!
「おい!おまえ!!そこで何をしている!?開戦前なのにどうやって入った!!??」
「やっば~い!!黄竺のギルメンにバレたぁ!!」
「そんなこといったってなぁ!!あともうちょいなんだよ!!うまく時間稼いでくれ!!」
「ばかじゃないの!?無理よ!!」
城壁の塔を登ってきた黄竺のギルメンが仲間を呼びながら、話をしている。
「不法侵入者発見!応援求む!」
「おまえら!どこのモンだ!」
「と、通りすがりのモンです…けどぉ??」
声を上ずる様に発声していた。そのことで動揺することが目に見えてわかった。
「さては貴様ら!!オケアノスだな!?」
マノはドキッとする。
「西の森でPKが発生したとの情報が入ってきたが、こういうことか!!」
「西の森??知らないわよ!私たちはここで綺麗な景色を眺めたいだけですよ??」
「何をバカなことを!!そんなに見たければ、通行手形をみせろ!」
「うっ…。」
当たり前だが通行手形なしではいっているため、お尋ね者なのだがシステム上の判定はまだ受けていない。
しかし、もっていないものをもっているとも言えず、ただ黙るしかないかったのだ。
「そうか。なら、ここの住人でないのであれば、この地で果てるがいい!!死ね!!」
黄竺のギルメンは格闘家だ。瞬歩でマノの腹をめがけて、中段正拳突きを打ち放った。
マノはすかさずムーンサルトで躱し後退する。距離は取れた。この距離であれば、スキルとスピードで、黄竺のメンバー達や下にいる野次馬からも身を隠すこともできるのだが、三人を置いて逃げるという選択肢がでてこなかった。
しかし、無情にも後ろ側からもわさわさと黄竺のメンバーらが塔へ登り、集りつつあった。
「さぁ!諦めてヤラレな!!」
「そうはいかないわっ!!」
ポイズンレイン!!
高くジャンプしたマノは身体を捻り、格闘家に毒のついた複数のダガー投げ与えた。
しかし、確実に捉えたエリアに格闘家はいなかった。
「え!?」
降下したマノは着地寸前に目の前に格闘家がニヤリと笑いながら、マノとの距離を詰めていた。
「アメーんだよ!技自体がな!!」
「なっ!?」
格闘家の拳はマノの腹に思いっ切り打ち込んでいた。
ゴフォ…。
その場に前かがみに倒れ込んでしまう。
「大人しく死ねぇぇぇ!!!!!!!!」
空を見上げるように相手を睨むと、天高く振り上げている足が日光と重なり眩しく見えていた。





