第106話「齟齬と葛藤」
~湖畔のルガール~
セイメイ達一行はルガールを経由し、メディオラムへ入国するルートをとっていた。
通いなれた林道を越えていく。セイメイはここ数ヶ月の出来事を思い返しつつも、走り続けていた。
―――俺は…何をやっているんだ…。たかがゲームなのにこんな必死に動いて…
AIなんてあってないようなものじゃないか。しかし、目の前におきている現実に目を背けるのか?現実??仮想世界での出来事を現実とするのか?俺が頭おかしいんじゃないのかと思えてきた。
…クソッ!!現実と仮想の差もここまでくると境目がわからんッッッ!!
坂道を駆け下りながら自分の考えとそれを第三者的に捉えた状態との葛藤に悩まされていた。
今やれることをやることでしか前に進めないことを知っていたセイメイは、疑念を抱きつつも手綱を強く握り締めていた。
一行はメディオラム地方に入り、ロンパルドを走り抜ける。セイメイはロームレスのベルスと話をするため、馬脚を早めるのであった。
~ロームレス城・城門~
城門にさしかかると、番兵に値するフォルツァの面々が俺らを出迎えていた。
フォルツァの宿将ともいえる人物がベルスとの会談をする際に案内を務めるとのことだった。
「直接お話するのは、初めてですね?ミラーズといいます。」
厩舎に馬を預けると、城まで歩きながら説明を聞いた。
「ベルスさんは、今は演習中であります。連絡はしてありますので、このまま中庭の見える応接間にお通しします。」
「わかった。それと今回の防衛戦のメンバーは選出されたのか?」
「それが…年末ということもあり参加者も芳しくありません。相手方もそうだと思うのですが、如何せん当ギルドは社会人が多く、地方出身者の帰省が多くなりつつあります。」
「だろうな。別にそこは仕方ないと思う。独身者が多いうちはそこの部分を補えるようにしてある。」
「ええ、そのおかげで大分、助かります。」
「気にすることじゃないさ、ぽっと出の我がギルドを推してくれたのはベルスさんだ。無論、そこにいるアイオリアのおかげもある。」
「ははは、あの時は私も最初は正気かと疑ったぐらいですからね、無理もありません。ささ、中庭で演習中ですので、ご覧下さい。」
~ロームレス城・中庭~
フォルツァは元々、好戦的なギルドではない。これといった集団による威力もない。かといって、守衛は他ギルドより優秀といった極々普通のギルドなのだ。ただ古参が多くいるため、数字では表せない現場の経験値がある。
そのため、アーモロト攻略戦の序盤に陣が乱れることなく移動できるのは最早老練の巧みといっても過言ではない。何も言わずとも自己の判断で近くにいる仲間の連携が取れ、何かあればカバーをすることができ、また、攻めるときは陣営を前に出すことはなくじりじりと相手の戦力を削るといった“勝てずとも大敗することはない”という安定した陣を敷くことができるギルドだ。ギルメンからはベルスへの絶大な信頼と信用があるため、守衛に関しては定評のあるギルドである。
年齢層がそこそこ高いため、無駄な冒険はしないといった感じだ。血気盛んな若いプレイヤーが少ない分、いざこざがないというのも特色だ。
ベルスの指示による錬兵力は、占領ギルドの中でも目を見張るものでもあった。現にこの演習はギルメン同士の戦いを行っているのだが常に一進一退の攻防を繰り広げていた。
演習中のベルスを横目に案内される応接間に通されたのだった。
~ロームレス城・応接間~
部屋に案内されると、ミラーズはベルスを呼びにいってくるとのことで部屋を出て行った。
丁度いい角度で中庭が見下ろせる。ベルスのいない間は各自が自主的に戦うグループのローテーションを組んで戦っているのがわかった。
紅白戦をやっているところに、ドアを叩く音が聞こえる。
コンコン
「おお、セイメイ殿!この前はログアウトしていてお目にかかれなかった。申し訳ない。」
「いえいえ、こちらこそ毎度毎度なにかの中断をしているのかと思い、気遣いさせてしまっているのではないかと肝を冷やしておりました。」
「なぁに、セイメイ殿は私の友人であり戦友だ。かしこまった話は今後なしにしましょう。」
「そういって頂けると、今後もご相談しやすいというものです。」
「して、本日の御来城というのは、来る占領戦…防衛戦についてのお話かな?」
「ええ、それもありますが…。これは、ベルスさんは確信に変わる節が出てくると思います。」
セイメイは先日、ロンパルドで起きたルカの誘拐の件とその際に起きたシステム上ありえない改変を行ったことを話した。
「やはり…。AIが台頭してくる日がきたということですかな?」
「ええ、私もそう思います。たかがゲーム、されどゲームです。その中でAIによるディープラーニングよる会話の成立・交渉・どれをとっても人間を超えることはたしかです。」
「たかがゲームの世界ですらAIがここまで幅を利かせてくるということは、それなりの実験データを運営は取りに来ているということですな…。」
「ええ、十中八九そうでしょう。しかし、我々はそれに対抗すべき対策がなされていません。現時点で今回の対戦相手はAIの頭脳がバックについており、おそらく過去の戦績とここの地形で使われた最良の策を用いて侵攻してくるでしょう。」
「う~む…。」
ベルスはしばらく黙ってしまった。
セイメイはこのままでは手をこまねく状態であるのは、状況と知っていればわかることだった。
ベルスは重い口をようやく開いた。
「無血開城か…。」
「!!??」
「んー手立てが思いつかないのだ。セイメイ殿も知っておろう。AIの頭脳戦で、チェスや将棋が人間の脳と戦った戦績をね。」
「ええ、知っています。あれは先手後手・同戦力という条件下での話。この場合は戦力も先手後手の条件もない。」
「わかる。わかってはいるのですが、どうもね。このままでは敗戦覚悟をするしかないかと弱気にもなりますね…。」
「ええ、AI相手と言う点では我々は不利になります。だが、こちらにもAIがいれば互角以上の戦いになりませんか?」
「しかし、彼女…は誘拐されたのであろう?それを取り返すのはほぼ不可能だ。」
「その不可能をなんとか可能なゾーンに引き込むように、私のギルメンが動いております。今もね。」
「可能性は?」
「神のみぞ知るってところでしょうね。やらないよりはやって足掻けるだけ足掻いてみようと思っています。」
「流石のセイメイ殿も無茶が過ぎる。まさか…!?黄竺に潜入すると???」
ベルスは驚きを隠せないでいた。
「ええ、私が潜入するわけではないのですがね。うちの死神と三羽鴉が向かっているのです。そして、占領戦開幕直前までに間に合わせるといった感じですね。」
「ありえない!!どうやって彼女を取り戻すんですか?」
「いや、いますぐどうのというわけではないんです。相手の出方も知りたいですし、なによりどこに配置されるのかも知りたいのですよ。我々は今回、傭兵扱いですから遊撃として動きます。」
「それは結構だが…。この時期に行くこと自体、危険すぎる!!」
「虎穴に入らずんば、何とやら。私はこれからその虎穴に向かおうと思っています。」
「罠であるかもしれないのにですか??」
「ええ、罠ですよ。しかもどびっきりのわっかりやすいやつのね。」
「そこまでする必要性があるのですか!!?」
ベルスは思わず立ち上がった。アイオリアが前に出ようとしたため俺はアイオリアに向かって手を出し動きを止めた。
―――ベルスにはわかるわけがない。一緒に旅して色々悩んでいるAIの存在など…。はたからみれば悩む人間と同じであることをベルスはしらないのだ。
情報がすべてではあるのだが、取捨択一をするときの人間の葛藤の部分は処理速度と解釈されるか、心理の悩みなのかは人それぞれ違うのと等しく、AIには情報処理の齟齬があることを知っているのは一緒に過ごした仲間しかわからないのだ。
セイメイはすくっと立ち上がり、少し咳払いをしたののち、手を差し出してベルスに着席を促した。
「まぁお座りください。私どもも、別にAIがなきゃ勝てないとはいっていません。少しでも可能性の…、勝率の確率をあげるひとつの要素として考えています。無論、私個人的にはもう一度取り戻したいですけどね。」
「取り乱してすまない。どうもこういうときはピリついていかんな…。」
「今回は特にそうだと思いますよ。いきなりAIと戦えなんていわれたら頭にくるのは当然ですからね。」
「そういって頂けると少しは私の心は救われるというものだ。良い友人を持てて私は感謝せねばならないな。」
「それは、この防衛戦に勝ってから感謝してください。今はできるだけのことをしましょう。お互いにね。」
「ああ、そうですな。そして、他にもあるのですかな?」
「ええ、他と言うよりは先ほど話をしたAIの件なのですがね、我々が罠にハマったとき、おそらく我々の別動隊と合流できると思うのですが、最悪の事態を踏まえていつでも援軍を送れるようにしてほしいのです。あの森に向かってね。」
中庭を見通せる窓の先にある緑色の樹海を指していった。
「あそこは、進軍するにしても迷うことのある森ですよ?あそこがあるから黄竺は中々攻めてこれない、いわゆる天然の城壁だったのですがね…。」
「そう、あの森を迂回してくるのが今までは定石の戦略であったのですが、今回はどうやらかなりの人数を配置するであろうと思っています。というのは、今回、私が冷静でないことを装う必要性があるのですよ。」
「ほう、あのAIの子の件でですかな?」
「ええ、その通りです。私はわざと東の森から潜入するという名目を、作らなければならないのです。」
「何かしかけていくのですか?」
「まぁ、学習させてあげるのですよ♪AIにね?」
セイメイは窓を見ながら笑っていた。が、目の奥の瞳は、真剣な眼差しで森を見つめていた。





