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三話目

レベッカの過去回想ですが

ニコラスの視点の話が途中で入ります。

 話は幼い頃まで遡る。

 まだ兵士になる前の話だ。


 その日、隣にはニコラスがいて、二人で王家のパレードを見ていた。美しく可憐な姫が手を振ってこちらを見ている。物語から出てきたような光景にレベッカは心を奪われた。


『キレイだね。ニコラス!』


 興奮したレベッカが隣にいるニコラスに話しかける。


『ニコラス…?』


 ニコラスは瞬きもせずに王女を見つめていた。それにドクンと、レベッカの胸が嫌な音を立てる。


 何でも知っている一番の友はこの日、恋に落ちた。


 その日以来、ニコラスはおかしくなった。ボーッとして考えることが多くなった。心配したレベッカはニコラスの思いを聞く。


『俺…王女様のことが頭から離れないんだ。ははっ。こんな庶民の俺なんか話すことすらできないのに』


 友の思いを知ったレベッカはぐっと唇をつぐんだ。そして、友の手をとる。


『兵士になればいい、ニコラス』

『兵士…?』

『今は戦争中だもの。より多くの兵士が求めてられているわ。そこで戦果をあげるの。それこそ、誰もが認めるくらいの戦果を挙げれば王女様にだって会えるわ!』

『でも、俺…戦いは…』


 自信なさげなニコラスにレベッカが強く手を引いて立たせる。


『だったら、私も一緒に兵士になる! 二人一緒なら怖くはないでしょ?』


 太陽のように笑うレベッカにニコラスは意を決して頷いた。それにまたレベッカは心から嬉しそうに笑った。


 その時のレベッカはまだニコラスへの思いなど気づいてなかった。幼なじみに力を貸したい。それだけだった。



 兵士になった二人は厳しい訓練の日々を過ごす。特に女でありながら兵士になったレベッカへの目は酷しかった。誰もが冷たく、下品な目でレベッカを見た。だが、レベッカは毅然とした態度で剣と長槍の腕を磨き、その腕で騒ぐ連中を黙らせた。血の滲むような努力をしなければなし得なかったことだ。

 レベッカは女である自分を殺し、いつしか感情や表情までも殺すようになった。

 ニコラスもまたそんなレベッカに刺激され腕を上げていく。

 命すれすれに敵を凪ぎ払う二人の鬼神に周囲は二人の存在を注目せざるを得なかった。



 そして、ニコラスが英雄と呼ばれるきっかけが訪れる。それはまったくの偶然の産物だった。


 その戦に勝てば講和が結ばれ、平和が訪れる。戦争を続けてきた両国は疲弊し、戦争を続ける体力はわずかだった。最後の戦いは熾烈を極めた。左翼で対戦していたレベッカ達は司令官が怪我をして指揮系統を失い、敵の勢いに押されていた。左翼が崩れたのを知った右翼の敵も集まり、このままでは退却を余儀なくされる。


 後方で司令官代理となっていたニコラスは決断を迫られていた。


『やむを得えないか…』


 苦渋の選択をしようとしたニコラスの元にレベッカが訪れる。


『ニコラス! 騎馬兵を貸せ! 私が敵側面をつく!』

『敵側面って…お前! あそこは断崖だぞ! 落馬する! それに万が一、馬で下りられたとしても敵の矢の的になるだけだ! 無謀だ!死ぬ気か!』

『お前が無謀だと言うなら、敵の虚をつくには充分だな』


 ふっとレベッカが笑った。それを見てニコラスは彼女が本気だということを知った。そして、これが会話する最後かもしれないということを感じた。


『なら、俺が行く!』

『馬鹿か、お前は! 司令塔が前に出てどうする! それにお前より私の方が騎馬は得意だ』

『しかしっ…』

『ニコラス。このままでは左翼は持たず大敗だ。不利な講和を結べば国の存続にも関わる。この戦いは勝たなければならない。起死回生の一手があるなら打つべきだ!』


 ニコラスとて、この戦いの意味など分かっていた。だが、レベッカはかけがえのない友人だ。その友を死地に送る命令を下そうとしている自分が歯がゆかった。


『司令官代理、命令を』

『……騎馬を率いて側面をつけ』

『御意』


 レベッカの走り出す足音と馬の声を遠くで聞きながら、ニコラスは長槍を手に持つ。


『俺も出る。レベッカが来るまで前線を保たなくちゃいけないからな』

『司令官代理!』


 ニコラスは駆け出した。レベッカだけを死地に送り、自分だけがのうのうとしているなど我慢ができなかった。



 レベッカは崖まで騎兵を率いて、槍を高々と掲げる。


『これより、崖を下り、 側面を打つ。私に続け』


 そう言た後、レベッカは美しく笑う。


『お前たち、女である私に遅れをとるなよ』


 後ろにいる兵士達がその一言にプライドが刺激される。その様子を見て、レベッカは初めて自分が女であってよかったと思った。


『進め! 勝利は目の前だ!』


 兵士の怒号と馬の駆ける音が大地を揺らす。完全に虚をつかれた敵は弓で一斉にレベッカたちを襲った。レベッカの目の上を矢が掠め、血が出たがそれでもレベッカは雄叫びをあげ敵に突っ込んでいった。


 レベッカの作戦は見事に敵を崩した。混乱に乗じ、一気に敵を切り崩しにかかる。優勢に立った好機にレベッカは槍を振るい上げ敵を薙ぎ払っていく。しかし目の上を切られたことで目に血が入り、レベッカに隙が生まれた。


『ぐっ…』


 腕を引き裂かれた痛み。それにレベッカは唸り馬から落ちた。


『貴様、女か! 女めがよくも!』


 落ちた拍子で兜が取れ、レベッカの長い髪がさらけ出される。敵の男は充血した眼で剣を振り下ろす。利き腕をやられたレベッカはとっさに左手で槍を持とうとするが間に合う気がしなかった。



 ここで終わりか。

 呆気ないものだな。


 だが、戦況は有利だ。

 きっとニコラスなら、このまま敵を打ち崩す。

 そうなれば、平和がくる。

 ニコラスの夢も叶うかもしれない。

 だったら、それでも―――



 ガキン――と、剣を受け止める重い音が響いた。レベッカが顔を上げるとニコラスが目の前にいて、敵の剣を受け止めていた。


『くっ…!』


 なんでここにいるんだ!と叫びたくなった。しかし、うまく口が開かず視界は混濁する。腕の傷が思ったよりも深く流れる血がレベッカの意識を奪う。


『逃げろ、レベッカ!』


 敵を倒し叫ぶニコラスの声を遠くに感じた。視界に別の敵がニコラスを襲うのが見えた。それにレベッカの意識は覚醒する。左手で槍を持ち、渾身の力で投げつける。


『よけろ、ニコラス!』


 槍はニコラスの横を通り次の敵を倒す。

 それを見届けた後、レベッカの意識は深い闇へと沈んでいった。




 戦いはレベッカたちの国の勝利で終わった。レベッカは一命をとりとめたが、傷が深く意識は戻らない。そのベッドの横にニコラスは座り、彼女の意識が戻るのを待っていた。その表情は暗く沈んでいる。それは彼女の意識が戻らないのもだが、それ以外にも彼を苦しめるものがあったからだ。


 先ほど、総司令官にニコラスは呼び出された。その内容はニコラスに戦の報奨を与えるというものだった。


『こたびの働きに勲章が与えられる。よくやってくれたな。ニコラス少佐』

『恐れ多いです。しかし、この度の戦はレベッカ中尉の奇策が功を奏したものです。報奨は彼女にこそ与えられるべきかと』

『ほう…そうか。しかし、彼女は目を覚まさない。しかもあの傷では剣を振るうのも難しいだろ。それに、あの時、指令を出したのは君だと聞いているが?』

『それはっ…そうですが』


 初老の総司令官は目を細め、淡々と続ける。


『君は確か平民の出だったな』

『はい…』

『庶民だった兵士が戦で勝ち、英雄として凱旋する。美談としてはこれ以上ないだろう。失った魂も少しは慰められよう』


 それを聞いてニコラスは総司令官が言おうとしている意図を理解した。戦で数多の犠牲者を出した。その数は正確に計れていない。その悲しみの涙をニコラスを英雄に仕立てることで勝利の涙に変えようというのだ。


『君は第三王女に気持ちがあるという噂があるが本当かね?』

『それはっ…』


 ニコラスが頬を赤くする。その顔で総司令官は顔色を一つ変えずに言う。


『君は英雄として凱旋し、王女殿下との婚約が発表される』

『待ってください! それは…』

『国王陛下も了承済みだ。君は退役し、爵位が与えられるだろう。話は以上だ』

『総司令官!』


 ニコラスの顔が歪む。言葉に詰まったニコラスに総司令官が言葉を付け加える。


『君は武勲を上げ、王女殿下に近づきたかったそうだね。よかったじゃないか、夢が叶って』


 その言葉はニコラスをどん底に叩き落とした。レベッカと共に見た夢を汚されたような気分だった。


 そこでやっとニコラスは気づく。


 確かに夢を描いたのは自分だった。

 しかし、これまで走ってこられたのは、隣で一緒に走ってくれていた人がいたからだ。


 そしていつの頃か、二人で走ることが夢そのものになっていたことを。



『んっ…』

『レベッカ…気がついたか?』

『ニコラス…?』


 まだ微睡みの中にいるレベッカにニコラスは優しく微笑みかける。


『痛みは?』

『痛い…というか体が動かない』


 憮然としたレベッカの言い方にニコラスは可笑しそうに笑う。ははっと、弾んだ笑いがやがて消え、ニコラスは神妙な顔で口を開いた。


『戦いは勝った』

『っ! …そうか。よかった』

『…あぁ。それで…』


 ニコラスはそこで言葉を途切れさせた。なんと言えばよいか思案したが、考えてもそのまま伝えるしかないことに気づく。


『総司令官から話があった。俺に戦いの報奨を与えるって…それが…』


 ニコラスがレベッカを見つめる。レベッカはキョトンとした顔をしていた。


『英雄として凱旋し、王女殿下との婚約をすると…』


 その言葉にレベッカの目が見開かれる。ニコラスはそれを言った時のレベッカの反応を確かめたかった。


 もし、少しでも彼女が自分と同じ気持ちでいると感じたなら。その時は――



『…そうか。よかったな、ニコラス』


 その時はまた二人で走り出したいと思っていた。


『…祝ってくれるのか?』

『当然だ。なんのために兵士になったと思っているんだ。あの日、王女殿下に恋をしたお前の手をとった。そして、二人で兵士になったんだ。その夢が叶う』

『しかし、あの戦はレベッカが…』

『ニコラス』


 レベッカが厳しい表情で言う。


『欲しいものがあったんじゃないのか? 何よりも誰よりも欲しいものが。ならば、目的を遂行しろ。手段など選ぶな。最短の道をゆけ。お前は兵士だろ? ニコラス』


 その言葉は正論で、今のニコラスには残酷な言葉だった。


『そうだな。本当に…』

『そうだろう…っ』

『どうした?』

『少し興奮した。少し休む』

『そっか。わかった』


 そのまま、レベッカは目をつぶった。

 ニコラスはそれに深い息を吐き出す。


 横で眠るレベッカを見つめながら、ニコラスは微笑んだ。立ち上がり、ベッドに手をつく。


『好きだ、レベッカ。だから――俺は英雄になるよ』


 そう言うとニコラスはレベッカの額に秘密のキスを落とした。



 レベッカが目覚めた時、そこにニコラスはいなかった。体がまだ動かない。それにレベッカは兵士としての自分が終わったのだと感じた。


 先程のニコラスとの会話を思い出す。自分はうまく笑えていただろうか。夢を叶えた友人に対して。


 チリチリと炎が心を焦がしている。その炎をこれから自分は隠さなくてはいけない。それができる自信が今はない。


 一人、レベッカは目を伏せる。


 ニコラスとは結局、それ以来、何も話せずに道を違えてしまった。



 ◇◇◇


「最後にありがとうと、さよならを言っておけばよかった…ニコラスは私の命を助けた恩人なのだから…」


 ぎゅっと動きづらくなった腕を掴む。全て話し終えた時、残ったのは深い後悔だった。アイザックは黙ったまま、レベッカの頭を抱き寄せた。そのあたたかさが心に沁みる。全身で寄りかかりたくなる。そんな自分をレベッカは恥じた。


「言わなきゃいけないことがあるなら、言わなきゃな」

「え…?」

「任せておけって。お前の未練は晴らしてやるよ」


 いつものようにカラカラ笑うアイザックにレベッカは不思議そうに目を瞬かせた。



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