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二話目

 兵士をやめたレベッカは特にやりたいこともなかった。故郷へ帰るための荷造りはあっという間に終わってしまったし、欲しいものもなくひたすら兵士として勤めた日々だったため、趣味も何もない。今更ながら、自分が何もないことに気づいてレベッカは呆然としていた。


 そんな時、見計らったようにアイザックがやって来た。


「よぉ、暇してるだろ。祭りに行こーぜ」

「しかし私は…」

「大丈夫だって。少しぐらい休暇を伸ばしたって故郷は逃げやしない。ほら、行くぞ」


 強引に手を取られて歩き出す。外は結婚の祝賀ムードが続いており、更に大規模な祭りとなっていた。狭い路地には露店が並び、皆、葡萄酒片手に飲み歩きながらそこいらで食事をする。広場では踊る人が集まり陽気な音楽と笑い声が絶えなかった。


 祭りになど、兵士になってから来たことがなかった。子供の頃は故郷の祭りを毎年楽しみにしていて、ワクワクしながら露店を回った。英雄となった友人と。

 レベッカの横を二人の子供が走り抜ける。手を繋ぎ笑顔で走る様は昔の自分達のようで、チクリと心が痛み出す。

 感傷に浸って黙りこんだレベッカの目の前に袋に入ったポテトが差し出された。


「これ、食ったことあるか? 」


 いつの間に買ったんだ…と思ったが、差し出されたそれを手にとった。ジャガイモが細かく刻まれそれを丸い形にして揚げたものだ。揚げたてなのか、ジャガイモからは湯気が立ち上ってる。レベッカはしばらく観察した後、パクリと口に頬張る。


「むほっほん! (訳:なにこれ!)」

「旨いだろ? 揚げてあるのにジャガイモの味は残ってる。芋がいいんだろうな。弱い味だと油っぽくなって味がしないし、ただベタつくだけだ。それがカラッと揚がってるから、見事なもんだ」


 ニヤリと笑ったアイザックを無視してレベッカはあっという間に食べ終わった。


「もう一個」


 揚げかす一つ残らず袋を空にして、レベッカは真顔で言う。それに笑いながらアイザックはもう一個注文した。



「むぅ~! 」

「むほっむほっ!」

「くぅ――っ!」


 露店の隅から隅まで食べ漁り、歩きながら常に口は動いていた。レベッカは目を爛々と輝かせ、祭りを…もとい食べ歩きを楽しんでいた。アイザックの勧めるものは全て美味しくレベッカの心と胃は幸福に溢れていた。細い体の一体どこにそんなに食べ物が入るんだと、疑問を感じるほどレベッカはブラックホールの如く食べ物を飲み込んでいく。


 レベッカにとって食べるとはこの上ない幸福だった。

 長い戦争の間で食事は現地調達が主だった。国全体が戦への気運が高まっているとはいえ、国境付近は貧しい村も多く、その人たちから食料を奪うのは心苦しかった。子供が飢えた目で引き上げる食料を見る。それがやるせなかった。そんな日々を過ごしていたため、レベッカにとって焼きたて、出来立てのものを勧められて食べることは貴重で感謝すべきことだった。


 広場に向かった二人は踊りを楽しむ人々を眺める。一心不乱に食べ続けるレベッカにアイザックは食べ物が入っている袋を取り上げる。


「あっ!」

「食べるのもいいが、踊ろうぜ」

「私は踊りなんて」

「いーから、いーから」


 強引に手を引かれ輪の中に入る。入ったら最後、踊るしかない。見よう見まねで踊り出すがカクカクした変な動きになる。


「ぶはっ! いいなー、それ! 最高だ!」


 アイザックが笑いだし、レベッカの真似をする。それに隣の人も笑いだし真似をする。そうして次々と皆がレベッカの奇妙な踊りを楽しみ出す。レベッカはただ真顔で踊り続けていたが、頬は高揚しその場を楽しんでいた。



「ぷはーっ、踊った踊った!」

「ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ」


 冷えたサイダーをイッキ飲みして、アイザックが身震いして、額の汗を拭う。その隣にいるレベッカも腰に手をあて同じようにイッキ飲みをする。火照った体にサイダーが染み渡り全身を爽快感が突き抜ける。はぁ…と息を吐き出すとなんともいえない心地よさだけが体に残った。


「腹ごしらえしにいくか?」


 こくこくこくこくと、レベッカは何度も頷いた。そして町に繰り出した。


「アイザックは本当に何でも知ってるんだな」


 焼き菓子を頬張りながらレベッカは感心しきっていた。


「そうか? まぁ、料理と人間観察をするのは好きだけどな」


 そう言うがアイザックは行く先々の店で顔見知りが多く、しかもかなり知った仲に見えた。中でも食材についての知識は料理人も舌を巻くほどだ。


「料理は生きる基本だし、人間観察は作家にかかせないだろ? 生き生きした描写なんて実際に見て自分で感じないと文字に起こせないからな」


 どちらもレベッカにとっては大切さに気づかなかったものだ。ただ、ひたすらに目の前の敵を倒してきた日々。それに後悔はないが、大切なものを大切だと感じられなかった時間はもったいなく思えた。



 その日から祭りが終わる三日間はレベッカにとって新鮮な驚きに溢れる出来事ばかりだった。知らない食べ物を味わい心が満たされていくのを感じた。アイザックは露店で買ってきたものを更にアレンジして未知な味付けもした。彼の手は魔法のように次々と食べ物を美味しくし、レベッカはそれを次々と平らげていく。そんな彼女をただ目を細めてアイザックは見続けていた。


 すっかり二人で行動することに慣れてしまったが、アイザックはレベッカに対して何も求めなかった。ただ、レベッカのお腹を満たし、楽しませるのみ。男の親切は裏があるものと思い込んでいたレベッカはアイザックの行動が不思議でならなかった。



「アイザックは…私が好きなのか?」


 色恋やら駆け引きを知らないレベッカは三日目の夜にアイザックに実直に問いかけた。アイザックは飲んでいたコーヒーをむせて苦しそうにゴホゴホと息を吐く。


「いきなりなんだよ…」


 ジロリと睨むアイザックを不思議な生物でも見る目つきでレベッカは淡々と言う。


「なんでこんなに親切にしてくれるのだろうと思って」


 考えた結果、それが一番近い答えのように思えたが、腑に落ちないことが多いので問いかけてみたのだ。しかし、レベッカは答えを知ったらどうするつもりなのか自分でも分かっていない。


「そうだって言ったらどうするんだ?」


 アイザックが近づいてくる。その顔はいつもの笑いがない。照れているような顔だ。それを見た瞬間、レベッカの顔は真っ赤になった。異様に心臓が早まりだし変な汗まで出る。


 な、なんだこれ!?


 自分で自分の感情がコントロールできない。沸騰した頭を落ち着かせようと深呼吸をしてみるが無理だった。

 面白いほど真っ赤になったレベッカを見つめアイザックはふぅと息を吐く。そして腰をかがめ、椅子に座っていたレベッカに視線を合わせた。


「レベッカ。好きだ」

「!?」


 真剣な目の告白。それがレベッカの心に突き刺さった。見つめ合った数秒間。レベッカは心臓が止まるのではと感じていた。


「で、昼のサンドイッチに挟むのは、生ハムとソーセージどっちがいいんだ?」

「は?」


 先程の甘い熱はどこへやら、アイザックは何事もなかったように昼の話をしだす。


「だから、聞いただろ? ハムとソーセージどっちがいいんだ? それとも両方か?」


 食いしん坊だもんなと付け加えられた言葉にカラカラとした笑い声。それにレベッカはますます分からなくなった。


「いや、まて。まてまてまて! 返事はいいのか!?」


 思わず声を上げたレベッカにアイザックはまた息を吐いた。


「返事、くれんのか?」

「それはっ…」

「だろ? だから、いーって。俺、フラれるの嫌いだし」


 そのままアイザックは鼻歌まじりに料理をしだす。レベッカはなんとも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 レベッカの中でニコラスへの思いはまだ燻っている。しかし、その火種は消え、ただ煙のみが立ち上っているだけだった。



「ほら、飯だぞ~。食え、食え」


 テーブルに並んだのは二種類のサンドイッチだった。一つは薄く硬いライ麦パンにハムがこれでもかというほど挟まれたサンドイッチ。もう一つはソーセージに葉野菜、スライスした玉ねぎや細切りのニンジンが入ったサンドイッチ。二つとも見ているだけでヨダレが出そうだ。

 

「頂きます」

「おう」


 まずはハムが詰まったサンドイッチからだ。両手で持たないとハムがこぼれ落ちてしまうほど重厚だ。これは一気に食いちぎるしかないと、レベッカは大口を開ける。歯に硬いライ麦パンが当たる。しかし、それを通過してしまえば予想以上にしっとりとしたハムが口いっぱいに広がった。リスのように頬に食べ物を詰め、口を動かすレベッカの瞳は輝いていた。


「んー! んんんんんん!(訳:きゃー! これ旨すぎ!)」

「そうだろ。そうだろ。ほら、しっかり食べろ」


 アイザックが嬉しそうに笑う中、レベッカは頬いっぱいに食べ物を詰め、至福の時間を過ごした。


 食事が終わると今度はアイザックがお茶を淹れてくれる。ミルクティーだ。鼻歌を歌いながらカップをあたため、茶葉を蒸らしているアイザックの姿を見て、レベッカはチクリと胸が痛んだ。

 アイザックはこんなにもよくしてくれているのに自分は何もできていない。ただ、食べているだけだ。それをアイザックは嬉しそうに見ているが、やはり釣り合いのとれた関係とはいえなかった。なら、負担になる前に離れた方がいい。


「アイザック」

「あー?」

「その…そろそろ。故郷に戻ろうと思う」

「なんだ? 俺との新婚みたいな生活が嫌になったか?」

「新婚っ!?」

「まぁ、新婚は言い過ぎだが。どうした? 何が不満だ?」

「不満なんて…」


 なさすぎているから困っている、とは言えなかった。心地よすぎてこのままでもいいぐらいに気持ちが傾いている。


「不満がないならなんでだよ」

「…アイザックにメリットがないだろ…その私と暮らしていて」

「はぁ? メリット? ありまくりじゃねぇか」


 予想外の言葉にレベッカは目を瞬かせる。アイザックは見たことのないほど穏やかな顔でレベッカにお茶を差し出した。


「好きな女と一緒にいるんだ。メリットしかないだろ」

「っ…」


 その言葉にレベッカは甘いホット・チョコレートを飲み込んだような気分になった。


「俺は惚れた女はデロデロに甘やかしたいの。俺の作った飯を食わせて、楽しいことを沢山してやりてぇ」


 ポンポンとアイザックはレベッカの頭を軽く撫でる。


「特にお前はなんも知らないから甘やかしがいがある。それに俺の飯を本当に旨そうに食うしな」


 その言葉は優しくレベッカの中で燻っていた火種を消してゆく。ふっと、火種から立ち上っていた煙が消えたのをレベッカは感じていた。



 レベッカはアイザックに何も言えずにいた。アイザックは返事を望まずただ、ひたすらレベッカに甘く心地よい時間を与えた。このまま流されてしまいたい気持ちがレベッカの中に芽生える。そして、アイザックへ感じる甘い高鳴りはニコラスへ感じていたそれとは別物のような気がした。


 だからこそ、レベッカは決意する。

 アイザックに自分のことを話そう。

 捨てられなかった花柄ワンピースを見つめてレベッカはアイザックの元に向かった。


「アイザック、話がある」


 レベッカのいつもとは違う雰囲気にアイザックは黙る。それを話してもよい合図と捉えたレベッカはゆっくりと語りだした。自分とニコラスのこと、彼が英雄と呼ばれるようになった出来事のことを。


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